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静勝寺 [さいたま]

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○静勝寺
 東京都北区赤羽西1-21-17、03-3900-4455

太田道灌坐像

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☆静勝寺
 曹洞宗静勝寺は山号を自得山といい太田道産開基と伝えられ、本尊は釈迦如来、ほかに道港の守り本尊の聖観音と寺の背後の亀ケ池から出土した弁財天をまつる。 寺伝によればこの地は道灌の築いた稲付城の跡で、道港の死後に禅の師匠であった雲綱がその菩提を弔うためこの地に草庵をむすび、道港寺と名付けたのが始まりとしている。
 江戸時代に入って、道港六世の孫備中守資宗が明暦元年山号と寺号を道産の父道真と道港の住居名、自得軒と静勝軒を取って現在の名に改めた。

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☆江戸城を造ったことで知られる室町中期の武将・太田道灌が、砦として使用したといわれる稲付城。 道灌の死後、稲付城を寺にしたのが静勝寺のはじまりです。 稲付城跡はこの寺域から南へかけての丘陵一帯とされています。 東側山門正面奥には、北区指定有形文化財の木造太田道灌坐像が安置された道灌堂があります。

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☆木造太田道灌坐像
 右手の道灌堂の厨子内には、太田道灌の坐像が安置されています。 像は、道灌の命日である7月26日にちなんで毎月26日に開扉されます。 道灌堂は道灌の250回忌にあたる享保20年七月に建立され、厨子は350回忌にあたる天保6年七月に製作されました。
 像は頭を丸めており、道灌が剃髪した文明10年二月頃から同十八年に没するまでの晩年の姿を映しています。 体には胴服を着けており、左脇には刀一振が置かれています。正面を向き、右手で払子を執って、左手でその先を支え、左膝を立てて畳座に坐しています。 像高は44.5cm、構造は檜材の寄木造です。 頭部は前後二材矧ぎで玉眼を嵌入し、差首としています。 胎内に納入されていた銘札によると、元禄8年静勝寺第6世の風全恵薫によって造立され、以後6回の修復が施されました。 現在の彩色は、1987年4月に行われた修復によるものです。
 像は道灌が没してから200年以上も後に造立されたものではありますが、その風貌を伝える唯一の木像として大変に貴重で、1989年1月に北区の指定有形文化財に指定されました。

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