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女堀 メモ [ぐんま]

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☆女堀
 前橋市富田町・二之宮町・荒子町・飯土井町・西大室町・東大室町、伊勢崎

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赤堀伝説(佐波郡赤堀町、現伊勢崎市) [ぐんま]

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○ダイダラボッチの左足跡がある。(右足跡は約1Km離れた磯沼or波志沼)
※「ダイダラボッチ」は「だいだら法師」の足跡との説もある。
○ウナギは虚空蔵菩薩の使者だから食べてはいけない。(捕らえたときはカサの池に放す)
○毒島城主藤原秀郷の屋敷・墓がある。
○今井村と深津村の境界争いは、山伏寺先徳が人柱となり決まった。
○毒島城主青木入道の若君が落馬骨折したのは乳母が悪いと沈めたのが「姥が淵(おばん淵)」。
○田植地蔵はニラがゆが大好物だった。
○天幕城には天狗が住んでいた。
○千鳥橋ではオトカの嫁取り(チョウチン行列)が見られた。(多田山や片田山にも出た)

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ころとん生ロール [ぐんま]

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創業百年 大正元年創業 福嶋屋製菓舗
ころとん生ロール
 (株式会社福嶋屋@群馬県佐波郡玉村町上新田1637/イーサイト高崎、0270-65-3765、無休)

○生菓子


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天狗だるま [ぐんま]

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○天狗だるま(栃木・古峰山)


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グンマの昔:於菊稲荷神社 [ぐんま]

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○於菊稲荷神社
 宝歴年間、新町宿大黒屋に於菊という売れっ子娼奴がいた。 あるとき病にかかり見捨てられた於菊を、町人達が神社裏に小屋を建て・看病した。 三年が経ち、ある夜半稲荷の霊が現れ於菊は全快した。 これに感動した於菊は社にこもり・一生涯を身明奉仕に捧げたとされる。

※於菊稲荷濫觴記

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グンマの昔:女堀 [ぐんま]

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○女堀(赤堀・東村)
 昔、尼将軍がこの地を豊かにしようと、赤城山麓ま利根川から用水堀をひこうと考えた。 そして、いく千人もの女陣をそろえ・簪で堀はじめた。  しかし西国定まで来ると夜が明け用水路はそこまでとなった。

※尼将軍については、桜姫とも北条政子ともいわれることがある。

女堀 について

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 [ぐんま]

20140530


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東村伝説(佐波郡東村、現伊勢崎市) [ぐんま]

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○豊城入彦命が腰を掛けた石が国定赤城神社の腰掛石。
○弘法大師が独鈷で地面を突いて水を湧き出した地が独鈷田。
○宝蔵院を開いた吉繁法印を忍んで刀と法螺貝を埋めたのが国定・法螺塚。
○夜な夜な現れた馬に乗った武士を切ったら石になったのが頼光塚。
○阿満が池で「あま」と呼ぶと清水が湧き上がる。
○十六歳の娘は赤城山に登ってはいけない。
○小泉稲荷神社は「ヤンダンジ様」とよばれていた。(耶無陀羅寺)

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高崎だるま [ぐんま]

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○高崎だるま
 天明三年の浅間山焼けで天候不順となり苦しんだ農民の励みとなるよう、少林寺東嶽和尚自ら木型を彫り・紙張りだるまの「起上小法師」の作り方を伝授した、といわれている。

*高崎だるまは、かつて豊岡だるま(福だるま・縁起だるま)とよばれていた。

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猿ヶ京関跡 [ぐんま]

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○猿ケ京温泉
 上杉謙信が関東出陣のおり、宴会の席で「今年は庚申の年・今日は庚申の日・我も申年、めでたいめでたい。 ならばこの地を猿ガ京とせよ」。

☆「今日は申の日か?」のつもりで「申が今日か?」と言ったとの説もある。

※江戸時代は関所が設けられた。手形は関所ホテル管理。


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上野村 [ぐんま]

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○上野村の地名
 楢原(ならはら)、乙父(おっち)、乙母(おとも)、川和(かわわ)、勝山(かつやま)、新羽(にっば)、野栗沢(のぐりさわ)、中ノ沢(なかのさわ)、三岐(みつまた)、神行(かんぎょう)、浜平(はまだいら)、黒川(くろかわ)、明ヶ沢(みょうござわ)、白井(しろい)、坂下(さかした)、利根平(とねだいら)、堂所(どうどころ)、大平(おおだいら)、須郷(すごう)、楢沢(ならざわ)、中越(なかこし)、小春(おばる)、中村(なかむら)、田平(ただいら)、石神(いしがみ)、乙父沢(おっちぎわ)、神寄(かより)、住居附(すもうづく)、向屋(こうや)、八幡(やわた)、野乗(のぐり)、奥名郷(おくなごう)、胡桃平(くるみだいら)、

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玉村伝説(佐波郡玉村町) [ぐんま]

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連載[グンマの伝説]は、まじめに読み続けると脳崩壊のおそれがあります。
○源頼朝がヤナギの箸を地に刺したのが生えて逆さ柳になった。
○源頼朝がこの地で飯を食べ「うまい米だ、この村を飯塚(めしづか)と名付けよ」。
○百足丸と呼ばれる名刀は刃こぼれが百足のように見えたので、こう呼ばれた。
○昔疫病が流行ったとき煤炭が顔に付いた少女だけが病にかからなかった、のが「すみつけ祭り」の始まり。 【顔に泥を塗る】とはこの事。
○清和天皇がオンベ(御幣)を立てて四万の神々を祀ったのがオンベ山。(軍配山古墳)
○1193年源頼朝がこの地を見て由比ヶ浜を想い角淵八幡神社を建てた。
○忘れ物を見つけてくれる地蔵様の願果たしは、白い布・頭巾。
(軍配山)


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グンマの昔:鹿沢温泉 [ぐんま]

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○鹿沢の湯
 白雉元年頃、貞保親王なる者が眼疾でなかなか治らないでいると「信濃国浅間山裏にある温泉で眼を洗え」と夢の中でお告げをうけた。 そして現地におもむき沸々と湧く湯を見つけた。 これが「鹿沢の湯」である。 病の治った親王は、近傍の弥津村に永住したとされる。
 また、鹿を追って狩人が深山に入ると、手負の鹿が湯に入り疵を治しているのを見て、「鹿沢の湯」と名付けたとの説もある。

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グンマの昔:四万の痔蒸湯 [ぐんま]

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○四万温泉
 グンマの温泉効能として痔疾とする所が多く、鳩の湯温泉・薬師温泉・谷川温泉・四万温泉(痔蒸湯)、などが有名であった。 特に、四万温泉は蒸気浴(痔風呂・痔蒸し)といわれ、入浴で体全体が温まったら穴の上に座り温泉の蒸気をあてるものであった。

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Kitty [にっき]

20140528


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お富ちゃん饅頭 [ぐんま]

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創業百年 大正元年創業 福嶋屋製菓舗
プレミアム お富ちゃん饅頭
 (株式会社福嶋屋@群馬県佐波郡玉村町上新田1637/イーサイト高崎、0270-65-3765、無休)

○和菓子


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グンマの昔:万座温泉 [ぐんま]

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○万座温泉
 姥湯・熊四郎山の湯・錫湯・新苦湯・塩湯・苦湯・鈴湯・新錫湯・奥万座法性の湯・銅粉の湯・ラジウム北光線の湯・琥珀の湯・三昧の湯・鉄湯・甘苦湯・松の湯、がある。

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グンマの昔:報恩の水道 [ぐんま]

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○報恩の水道・吾妻町堀切
 ある昔、一人の坊さんが薬師堂に宿をとった。 しかし旅の疲れがたたり、病気になってしまった。 これを知った村人は長らく看護・世話をし、やっとのことで回復した。
 坊さんは恩返しに、水に困っている村民のために、水路をひくことにした。 それは谷から山一つ堀抜くものであり、毎日毎日少しずつ掘り進めた。 やがて村中が手伝うようになり数ヶ月経ってやっと完成した。 そしては村中喜び・お祭りさわぎとなった、そして坊さんはどこかへいってしまった。


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赤堀の鼻取地蔵 [ぐんま]

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○赤堀の鼻取地蔵(佐波郡・現伊勢崎)
 赤堀村五月には、かつて薬師堂があり堂山とよばれる小山がある。 この薬師は鼻取地蔵とよばれ、お願いすると薬師様が馬の鼻取りをしてくれた。
 この薬師如来様は「おかゆ」が大好物であり、鼻取りをお願いした人は「おかゆ」を供えた。 ある時、くたくたになるまで薬師様に手伝ってもらった人が、いつもよりうんと多くの「おかゆ」を供えた。 翌日田んぼに行くと薬師様が来てない、どうしたかと薬師堂へ行ってみると薬師様が苦しんでいた。「おかゆ食べすぎてお腹イタイ」
 それからというもの、薬師様の鼻取り手伝いは無くなった。
※「ニラがゆ」で腹痛になったので、その後は韮を植えなくなったとの説もある。
※島城跡

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グンマの昔:碓氷貞光 [ぐんま]

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○碓氷貞光・松井田町金剛寺
 都を追われた橘靭負充貞兼と賓頭廬姫の間に生まれた荒太郎(後に貞光)は、七歳にして両親を失いながらも武芸学問に優れ・怪力の持ち主でもあった。
 ある時村人に頼まれ、碓氷峠の大蛇退治に行き、太刀を振りかざして大蛇と戦っていると十一面観音が現れ鎌を授けたのでこれで大蛇を退治した。  村人は「十一面観音」そして「鎌明神」を祀り、碓氷山定光員金剛寺を開基した。 碓氷峠には貞光に因む事柄が多い。(貞光梨もある)
 また安政二年には、安中藩主板倉勝明侯が藩士の心身鍛練のため遠足(とおあし)を行わせた。 このときに振る舞われた餅にあやかり峠の名物「力餅」がうまれた。

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グンマの昔:群馬県庁 [ぐんま]

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○群馬県庁
1871年10月28日第一次群馬誕生、11月19日旧高崎城で執務開始、1872年5月27日県庁前橋移転布告、1873年6月15日熊谷県発足し熊谷が県庁となる。 1876年8月21日第二次群馬県成立し県庁は高崎、1876年9月21日県仮庁前橋発令、1881年2月26日県庁前橋決定。

※前橋全町民あげての誘致運動であり、仮県庁移転は一日で終え・その後経済力ある前橋商人をはじめとする大口寄付金で諸施設を整備して実績をつくり、高崎を退けた。

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グンマの昔:仙人窟 [ぐんま]

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○仙人窟・吾妻町大戸
 1200年前、行基菩薩が洞窟で一夜の宿を取ると、仙人が現れ言った「ここには菩薩様はいるが、仏様がいない」。 そこで行基は観音様を刻み祭った。
 また、岩櫃城主真田信幸が兵を仙人窟に隠し、敵に不意打ちをかけたともいわれる。
 そして1624年松厳が大円寺を開き、後に潮音の弟子心月が十八羅漢を作ったとされる。

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焼きまんじゅう [ぐんま]

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○焼きまんじゅう、ジャムがけ・チョコレートがけ。


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さば塩焼き [ぐんま]

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海鮮料理 
松籟(しょうらい)
 (高崎市栄町19-17、027-326-3566、17:30~23:00、土日祝休)

○さば塩焼き(おろしポン酢)


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グンマの昔:お釜神社 [ぐんま]

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○お釜神社・吾妻町原町
 昔は、吾妻太郎行盛が使った産湯の釜があった。 ある時盗人がこの釜を盗み持って逃げたが、途中で「ウォーン・ウォーン」と唸りだしたので捨てて逃げたといわれる。
※釜があった所が釜谷戸、捨てた所が保成といわれている。

※前橋室沢・八雲神社の石塔も「おかま様」と呼ばれ、安産・子授けの神様として信仰されている。 願かけは小石・願果たしは洗米とされている。


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安中教会 [ぐんま]

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○安中教会
 1878年、新島襄の元で信者となった有田屋湯浅治郎宅西寄りに建てられた。 最初は4~5人の信者であったが、海老名弾正が伝道してから信者が増え、それまで集合所として使っていた長徳寺が手狭になったので、湯浅家を改造した便覧舎を教会とした。
※湯浅治郎が設立した「便覧舎」は、民間として日本最初の図書館。

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湯のみカップ [ぐんま]

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○磯部温泉湯のみカップ(温泉協会製)
 かつて磯部温泉には飲泉所があり温泉を飲んでいた。 一般に鉄泉は歯を痛めるというのでストローなどで飲むということで、カップの柄が管(飲泉管)になっていた。

※欧州では鉱泉を飲むことが多かったらしい。

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かにめし [たべる]

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○「かにかまぼこ」で、かにめし風。


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グンマの温泉 [ぐんま]

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どこまで解るグンマの温泉。(温泉一覧)

 グンマには約461の源泉(温泉地数は203ヶ所)があり、約1/3が自然湧出泉で北部に多く・南部には掘削泉が多くある。  近年東部平野部で1000m以上掘る「大深度掘削泉」が広まった。(グンマ何処でも1000m掘れば,60℃程の温泉が湧くともいわれる) ただし、この大深度温泉水は地下停滞水と考えられ限りあるといわれている。
※泉温25℃未満は冷鉱泉。
※老神温泉や猿ヶ京温泉はダム建設で移転した掘削泉。

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