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力神社 [さいたま]

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○伊狩力神社
 川口市伊狩11

 昔六代禅師が此地に来たとき、従者の名の一字を取て「力大明神社」と祭った。
※六代禅師は、平維盛の子・高清・出家後は妙覚とも伝えられる。
※伊狩、古くは「怒」とも…

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九重神社 [さいたま]

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○九重神社
 川口市安行原2042・密蔵院持

 享保年間密蔵院中興第十六世法院栄尊が武蔵一宮氷川神社を勧請、明治の神仏分離後、領家新明社・慈林氷川稲荷・籐八菅原社・吉蔵八幡社・北谷稲荷社・花栗稲荷社・苗塚稲荷社・小山氷川社など九つの村社を合祀。
※此地久保山は、平将門が砦を築いたと伝えられる。

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安行原の蛇造り メモ [さいたま]

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○安行原の蛇造り
 安行原蛇造り保存会・川口市安行原2680-1

 5月24日(水) 市指定無形民俗文化財「安行原の蛇造り」が行われます。  安行原の蛇造りは、江戸時代中期ごろから伝えられている民俗行事です。 戦国時代の武将原弾正が討ち死にしたといわれている場所で、五穀豊穣・天下泰平・無病息災などを祈願して、藁で長さ10mほどの蛇をつくります。顎・耳・鼻・ヒゲ・胴などを編み合体して、欅の大木(現在は櫓)に設置し、最後に百万遍を行います。

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峯ヶ岡八幡神社 [さいたま]

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○峯ヶ岡八幡神社
 川口市峯1304

※中世、川口市東部~草加市西部は矢古宇郷とよばれ鎌倉鶴岡八幡宮社領だった。(寄進された)

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氷川社 [さいたま]

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○氷川社
 川口市西新井宿352

 江戸時代初期創建、文久元年本殿改築、文久三年拝殿改築、明治六年村社・その後合祀された。  社前は、日光御成街道。

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十二所神社 [さいたま]

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○十二所神社
 川口市南鳩ヶ谷5-31-1

 元禄十三年社殿再建、享保十一年鳥居造立、嘉永二年鳥居造立。
※宝林寺法印が宝厳院を介して十二神社(十二所権現社)の分霊を祀ったといわれる。
※十二所は、十二柱の神々の意。

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長屋門 [さいたま]

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○長屋門
 さいたま市緑区

長屋門 について

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旧浦和宿本陣表門 [さいたま]

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○旧浦和宿本陣表門・大熊家表門
 さいたま市緑区大間木202

 江戸時代終り頃。 薬医門・切妻造・桟瓦葺・桁行2.750m・梁間1.790m。 元中山道浦和宿本陣星野家の表門・唯一の本陣遺構、明治初年現在地に移転。

本陣 について

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玉蔵院歴代住職の墓 [さいたま]

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○玉蔵院管理墓地・玉蔵院歴代住職の墓
 さいたま市緑区原山1-34

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蓮昌寺 [さいたま]

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○蓮昌寺
 さいたま市浦和区駒場2-3-7

 二階堂資朝夫婦が開基

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氷川女体神社磐船祭祀遺跡 [さいたま]

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○氷川女体神社磐船祭 祭祀遺跡
 さいたま市緑区見沼5381

 近世の祭祀遺跡、見沼御舟祭りは千年以上続けられていたといわれる。

祭祀 について

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大牧氷川女体神社 [さいたま]

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○大牧氷川女体神社
 さいたま市緑区東浦和6-23-1

 宮本氷川女体神社の二女・附島氷川女体神社の三女をまつった、宮本氷川女体神社の古い分社ともいわれる。

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附島氷川女体神社 [さいたま]

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○附島氷川女体神社
 さいたま市緑区大間木1522

※見沼溜井造成による氷川女体神社社領地の代替地一部が附島村内に与えられた。

見沼 について

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氷川女体神社 [さいたま]

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氷川女体神社
 さいたま市緑区宮本2-17-1

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竜神社 [さいたま]

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○竜神社
 さいたま市緑区宮本2-17-1

竜神 について

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水神社 [さいたま]

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○水神社
 さいたま市緑区大間木2395

 享保十七年に見沼通船堀で江戸との物資輸送に携わる人たちが、水難防止を祈願して祀ったとされる。
 享保十七年六月創立、関東大震災で全壊・後に再建。

水神 について

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如意輪観音堂 [さいたま]

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○如意輪観音堂・マリア観音
 川口市芝西1-19-7

 三体の仏像の内、阿弥陀如来座像胎内から「十字架とマリア像」見つかった。
※徳川家光によるキリシタン弾圧から逃れたレオ竹子屋権七郎の妻ルヒイナを匿ったといわれる。

如意輪観音 について

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本杢古墳 [さいたま]

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○本杢古墳
 さいたま市桜区中島2-2-17

古墳 について

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神明神社古墳 [さいたま]

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○神明神社古墳・土合古墳群
 さいたま市南区関1-15-7

 江戸時代は東福寺の境内社、明治時代に八幡社・春日社・天王社・天神社を合祀。
※神明山東福寺、明治四年廃寺、1971年再建。

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入谷氷川神社 [さいたま]

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○入谷氷川神社(八幡社)・入谷古墳跡
 足立区入谷2-25-2

 567㎡の円墳(一部)が残る。

氷川神社 について

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伊興氷川神社 [さいたま]

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○伊興氷川神社(淵の宮)
 足立区東伊興2-12

 古くこの地は入江に面していた。 周辺は伊興遺跡であり、東隣には金塚古墳があったといわれる。

伊興遺跡 について

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瀧山 メモ [さいたま]

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錫杖寺
 川口市本町2-4-37


○将軍付御年寄 滝山
 文化三年旗本大岡権左衛門(七代目)の娘(多喜)として京都に生まれる。 十五歳の時旗本大岡孫左衛門(六代目)の娘「染島」により江戸城大奥に入り、家定・家茂・慶喜の三代に亘って仕え筆頭年寄となる。 慶応四年大政奉還により江戸城明け渡しとなり、侍女仲野(船津みね)を養女・船津幸次郎を婿養子とし、姓を滝山とした。 慶応四年十月、二軒在家村(現川口市)に染島と共に隠居。

○滝山の墓(瀧山の墓)

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錫杖寺 [さいたま]

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錫杖寺
 川口市本町2-4-37

○宝珠山地蔵院錫杖寺
 鎌倉時代に願行憲静法印が錫杖寺開山、弘安年間布教のため川口に錫杖寺開山。 そのご衰徴するも願行憲静法嗣有鎮が中興開山。  江戸時代は、日光御成街道に面しているので歴代将軍の御膳所だった。
※本尊延命地蔵菩薩像(寄木造り)は、右手に錫杖・左手に宝珠を持ち蓮華座に坐る。

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薬王寺 [さいたま]

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○薬王寺
 川口市木曽呂934

 平安時代開山、室町時代に海善和尚により再建、その後焼失し寛文年間に復興。 新義真言宗西新井宿宝蔵寺末・醫王山薬王寺。

について

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観音堂 [さいたま]

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○観音堂
 川口市木曽呂269

 川口市足立板東三十一番木揃堂・十一面観音

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阿弥陀堂 [さいたま]

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○阿弥陀堂
 川口市木曽呂

 六地蔵と猿田彦を奉る。 古くは、赤山源長寺僧侶の隠居堂だったといわれる。

阿弥陀 について

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羽黒神社 [さいたま]

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○羽黒神社・権現さま
 川口市東内野

 地蔵六体と「およし地蔵」がある。

権現様 について

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さむらい墓 [さいたま]

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○さむらい墓(腹切原・腹血)
 一色家板碑・川口市木曽呂455?

 古くは傷を負った武士が切腹した地が「腹切原」・腹が向いていた方向を「腹前神戸」・背中が向いていた方向が「後神戸」といわれる。

※調査中

切腹 について

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川口市遺跡 メモ [さいたま]

Kawaguchi_iseki1川口市遺跡 メモ

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姥神様 [さいたま]

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○姥神様
 川口市石神1

 姥神様は、子供の病に良く効くが・やきもちで円満離婚の神様ともいわれる。

について

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