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太田窪氷川神社

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○太田窪氷川神社
 さいたま市南区太田窪2767

※南東に円正寺遺跡(弥生時代住居跡五基)

さいたま市南区 について

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☆太田窪氷川神社本殿
 一間社流見世棚造、目板葺、桁行1.520m・梁間1.390m・向拝の出1.240m、特徴的な垂木、覆屋内、江戸時代初期のものと考えられる。

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野田氷川神社

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○野田氷川神社・照光寺持
 さいたま市緑区上野田78

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○照光寺
 さいたま市緑区上野田156

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下落合氷川神社

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○氷川神社・かさもり様
 さいたま市中央区下落合5-4

 笠間氷川大明神・笠間大明神・氷川神社ともよばれる。

明神様 について

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 永承六年源頼義が、阿部一族が勢力を張る陸奥国鎮定に向かうさい、夢枕に「武蔵国足立郡下落合の社にある石笠を有すれば必勝疑いなし」。  源頼義が陸奥国を鎮定すると(前九年の役・康平五年)、凱旋途中この石笠を返納したといわれる。

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○貞樹山観智院長伝寺
 さいたま市中央区本町東5-13-13

 創建不明、天正年間普光観智国師が川越蓮馨寺から来て・浄土宗..

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大谷場氷川神社

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○大谷場氷川神社・雉子の氷川さま
 さいたま市南区南本町1-9

 江戸時代初期に焼失し創建不詳。 かつては雉子が棲みついていた。

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※この付近は、大谷場貝塚跡地。

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旧浦和宿本陣表門

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○旧浦和宿本陣表門・大熊家表門
 さいたま市緑区大間木202

 江戸時代終り頃。 薬医門・切妻造・桟瓦葺・桁行2.750m・梁間1.790m。 元中山道浦和宿本陣星野家の表門・唯一の本陣遺構、明治初年現在地に移転。

本陣 について

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○旧浦和宿本陣表門(大熊家表門)
 さいたま市浦和区仲町2-6、仲町公園・明治天皇行在所跡
 浦和宿本陣星野権兵衛家の表門、明治初期大間木へ移設。

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☆浦和宿
 本陣一(星野権兵衛家)・脇本陣二・旅籠十五。
 本陣表門、..

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氷川女体神社磐船祭祀遺跡

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○氷川女体神社磐船祭 祭祀遺跡
 さいたま市緑区見沼5381

 近世の祭祀遺跡、見沼御舟祭りは千年以上続けられていたといわれる。

祭祀 について

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 享保十二年見沼の干拓により、古より行われていた氷川女體神社の御手洗瀬である見沼に神輿を渡御させる「御船祭」の神事は、中止せざるを得なくなりました。 そこで、神事の形態を改め、鳥居下の突端に柄鏡形の土壇を設け・その周囲に池を配し・祭祀の場としました。 享保十四年九月八日、名称を「磐船祭」として復活しましたが、江戸時代の終わりとと..

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大牧氷川女体神社

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○大牧氷川女体神社
 さいたま市緑区東浦和6-23-1

 宮本氷川女体神社の二女・附島氷川女体神社の三女をまつった、宮本氷川女体神社の古い分社ともいわれる。

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☆大牧氷川女体神社本殿
 付 寛永十三年棟札 一枚 貞享元年棟札 一枚
 江戸時代・寛永13年。 一間社流見世棚造・目板葺・桁行1.182m・梁間0.970m・向拝の出0.667m・覆屋内。

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附島氷川女体神社

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○附島氷川女体神社
 さいたま市緑区大間木1522

※見沼溜井造成による氷川女体神社社領地の代替地一部が附島村内に与えられた。

見沼 について

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☆附島氷川女体社本殿
 江戸時代中頃。 一間社流見世棚造・こけら葺・桁行0.690m・梁間0.610m・向拝の出0.510m・覆屋内。

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氷川女体神社

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氷川女体神社
 さいたま市緑区宮本2-17-1

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☆氷川女體神社社殿
 武藏国一宮。 社殿は、本殿と拝殿を幣殿でつなぐ複合社殿。 本殿は江戸時代寛文7年・三間社流造・こけら葺(現銅板葺き)・桁行3.465m・梁2.260m・向拝の出1.364m。 拝殿は江戸時代中頃、入母屋造・桁行9.450m・梁間4.560m。

※依石、神山を拝する祭祀の場に埋められた神霊を依りつかせる石。

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☆文殊寺(神宮寺)
 女体社境内西側にあったのが文殊寺、文殊院(本堂)と文殊堂があり、正月八日には天下..

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内谷氷川神社

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○内谷氷川神社
 さいたま市南区内谷2-2-17

※宝しょう池、古来日照りの際にも涸れることがなかったといわれる。

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☆内谷氷川神社本殿2棟、氷川社、江戸時代、桁行1.515m・梁間1.364m・向拝の出1.015m、一間社流見世棚造・板葺・向拝付。 同型の小社を2社並列する珍しい例。

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本太氷川神社

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○本太氷川神社
 さいたま市浦和区本太4-3-33、048-885-7412

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☆本太氷川神社旧本殿、慶安三年護摩札一枚
 江戸時代、桁行1.230m・梁間1.002m・向拝の出0.766m、慶安3年の護摩札。一間社流見世棚造・厚板葺・素朴な社殿。
☆本太氷川神社宮殿、室町時代、高さ74.8㎝・木鉾長さ1.67m、宮殿の屋根裏に「宝徳三年(1451)九月十四日」、案に「文安五年(1448)六月五日」の墨書銘がある。

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☆三角稲荷
 さいたま市浦和区本太3-27-1
 三角..

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氷川女体神社

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氷川女体神社
 さいたま市緑区宮本2-17-1

 見沼を囲み、大宮氷川神社を男体社・中山神社を王子社・氷川女体神社を女体社、ともいわれる。

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氷川神社 について

さいたま市緑区 について

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○案山子の碑・唱歌「案山子」発祥の地
 唱歌「案山子」を作詞した武笠三、氷川女体神社神主家系といわれる。


Urawa_mimuro三室村・元簸河神社

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☆氷川女体神社
 奈良時代以前の創建ともいわれる。 寛文七年、徳川家康が忍城主阿部忠秋を奉行として再興。 見沼方向に向き..

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大宮氷川神社

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大宮氷川神社
 さいたま市大宮区高鼻町1-407、048-641-0137


☆大宮
 「大いなる宮居」は氷川神社のこと。

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黒塚

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黒塚・潮田出羽守城跡

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☆鬼婆 (さいたま市大宮区)
 大宮氷川神社東方は「足立ヶ原」、その中にあった黒塚稲荷。

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 ある昔、森の中に住む老婆は、旅人を泊まらしては生血を吸い・人肉を食べていた。 これを聞いた紀州熊本の東光坊阿闍梨祐慶、この地に庵室を造り・二十一日間呪文を修して折伏し、鬼女を石に化した。 この石を埋めたのが黒塚、庵室が東光坊(後に東光寺)。  

※黒塚稲荷は、浦和に移転したらしいが詳細不明。(北武蔵の巻・大宮市史第五巻)
※東光坊阿闍梨祐慶は、武蔵坊弁慶の師匠。..

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氷川丸

山田君の世界 日本郵船株式会社 氷川丸




氷川丸→氷川神社→大宮市(さいたま市)→埼玉県→埼玉丸?

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日本郵船歴史博物館


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氷川丸食堂

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