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与野伝説

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さいたま市中央区(旧与野市)

○安養山円乗院(円乗院・安養山西念寺)
 さいたま市中央区本町西1-13-10
 古く浦和道場から移転。 賢明法印が中興開山、江戸時代は幕府から寺量十五石の御朱印地をもらっていた。

伝説 について

○円乗院・あみだ様とヘビ
 喉の痛みに悩まされた歴代の住職、ある時夢の中に白衣の老人が現れ・物置の長持を見るように告げた。 物置に放置された長持、その中には阿弥陀様・その首には白蛇が巻きついて死んでいた。 そしては、阿弥陀様を本堂に奉り・白蛇は木箱に納められ..

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鍋屋の井

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○鍋屋の井
 浦和水脈の上にあった川口市には多くの「吹き井戸」があった。 この水を求めて大正十二年ユニオンビール(後にサッポロビール)が進出、やがて「吹き井戸」の水は止まった。

井戸 について

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Unionbeer3

ユニオンビール


☆鍋
 肴(な)に用いる「瓮(へ)」とも。

☆行平鍋
 平安時代歌人在原行平が海女に潮を汲ませて・塩を焼いた。

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川越城跡

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川越城中ノ門堀跡
 川越市郭町1-8-6


☆川越
 古くは、河越・河肥。 入間川を渡った所の意。

Kawagoe_fujimiyagura1○富士見櫓跡
 川越市郭町2-15

Kawagoe_nagashima1○永島家住宅
 川越市三久保町5-3


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☆河越館跡
 鎌倉時代の関東武士のなかで、とりわけて重鎮の位置を占めた河越氏の館跡である。 遺跡は、現在の川越市の北西、入間川西岸に接する平坦地にあり、その東南部を占める常楽寺境内をはさんで、東西約150メートル、南北約200メートルの方形の区画を思わせる高さ1~3メートルの土塁及びその外側の堀が一..

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三日月井戸

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三日月井戸
 常泉院・海老名市

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☆常泉院の三日月井戸
 秋葉山古墳群の近く、豊かな樹木に囲まれた一角に金龍山常泉院がある。  寺の住職の話では、天文年間(1531~1554)に勇安賢存大和尚が以前からあった荒寺を改めて宗派も曹洞宗として始め、現在に至っているそうである。
 相模風土記には「金龍山と号し、曹洞宗、愛甲郡玉川村七沢広沢寺の末寺」と記されている。その前は今泉山福泉寺と称していたのである。  この寺に今なお清水がわき出している”三日月井戸”と呼ばれる泉がある。常泉院の..

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小石川植物園

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○小石川植物園・東京大学大学院理学系研究科附属植物園本園
 東京都文京区白山3-7-1、月休、03-3814-0138

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☆小石川植物園(御薬園跡及び跡)
 江戸幕府の御薬園を前身とし、明治8年に植物園となった日本の代表的な植物園。変化に富んだ地形及び多様な植物等が優れた風致景観を形成し、御薬園及び養生所等に関係する江戸時代以来の遺構が良好に保存され、観賞上及び歴史上の価値が高く貴重である。

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 1684年徳川幕府が「小石川御薬園」を設ける、1722年徳川吉宗..

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睡足軒・紅葉亭

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睡足軒・紅葉亭(新座市睡足軒の森・平林寺向)
 新座市野火止1-20-12、水休

新座市 について

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☆平林寺
 古くは岩槻にあったが、江戸時代に新座に移った。

☆武蔵野
 水の無い荒野台地では焼畑農業だった。 野火の煙は紫色にたなびいたので、紫の野→むらさきのの→むらさきの→むさしの→武蔵野 ともいわれる。
※紫根が採れたとの説もある。

☆野火止
 野焼きの火が住家などに飛び火しないように見張りの塚・堤を築いたので、この地を「野火留..

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八潮市立資料館 (1)

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八潮市立資料館
 (八潮市南後谷763-50、月休、048-997-6666)

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八潮市 について

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☆八潮市垳
 他には無い地名。 八潮は、八幡村・潮止村・八條村が合併してできた。



八潮のむかしばなし

○月夜に光る丸木舟(西袋・柳之宮)
 西袋の蓮華寺のわきの田んぼは、まん月の晩にかぎって、ピカッ、ピカッと光ったそうな。 何でも、そのように光るところには、丸木舟がうまっているそうな。 


○たから船のちんぼつ(大原・浮塚・南川崎)
 むかし、八潮は海だった。 この海をば、..

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三河島水再生センター

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三河島水再生センター・荒川区荒川8-25-1
 (旧三河島汚水処分場喞筒場)

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(旧三河島汚水処分場喞筒場施設保存修理工事報告書)

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喞筒室(量水器室・中間阻水扉室)

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東・西阻水扉室

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沈砂池・濾格室上屋・喞筒室

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沈砂池・濾格室上屋・喞筒室

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喞筒室内部

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喞筒室阻水扉室

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喞筒室導水渠

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変圧器冷却水用井戸喞筒小屋

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土運車引揚装置用電動機室

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門衛所

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文化放送川口送信所

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文化放送川口送信所@川口市赤井3丁目9−16

放送 について

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☆川口市赤井
 古くは閼迦井、仏様に供える水をくむ井戸の意味。

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西新井大師

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西新井大師@足立区西新井1-15-1、03-3890-2345

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☆西新井
 天長三年弘法大師が悪疫に苦しむ人々を救おうと、十一面観音と自画像を彫り・観音像本尊とし・自画像を枯井戸へ埋めた。 二十一日間の護摩祈願の後、井戸から水が湧き・人々の病は治癒した。 この井戸が大師堂の西側にあったので「西新井」とよばれた。 

☆西新井駅
 当初、北千住から北上し草加へ直行する路線を計画した。
 しかし、花又(現花畑)の住民が鉄道敷設に反対し..

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桶川市歴史民俗資料館

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桶川市歴史民俗資料館
 月休・桶川市大字川田谷4405-4・048-786-4030

歴史 について

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☆明星院・明星井戸
 桶川市 倉田148
 明星院境内の明星井戸からまばゆい光筋と共に、天一面の紫雲の中へ天女が昇った。


館員の雰囲気良い

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福岡河岸記念館

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ふじみ野市立福岡河岸記念館
 月休・ふじみ野市福岡3-4-2・049-269-4859

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☆ふじみ野市立福岡河岸記念館
 明治初期~、船問屋福田屋が建設。 離れは木造三階建。

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井戸

井戸 について

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Fujimino29回漕問屋吉野屋土蔵

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○福田家住宅・上福岡
 明治時代末

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江戸の八百屋

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江戸の米屋

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※米屋の鶏は、地面に落ちた穀物を拾わせる・俵に付いた虫を捕らせるため。 夜は逃げないように棚の上に寝せる。

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○八百屋・1890年

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○水菓子屋・1890年


☆大八車
 八百屋・呉服屋・酒屋などは大八車を引いてまわった。 坂の多い地域には、坂の下に後押しを仕事にする者もいたらしい。

☆大八車
 八人分の仕事をする車とも、大八がつくった車、ともいわれる。

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☆八百長
 八百屋の長さんが、関取「伊勢の海」と碁を打つときにいつもわざ..

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上野不忍

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上野山した・不忍池畔(名所江戸百景)
茶屋・伊勢屋

※不忍池畔には出合茶屋があったらしい。

不忍池 について

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不忍池(江戸名所道戯尽)

☆江戸の茶屋
 お茶だけを出すのが「葉茶屋」、酒や肴も出すのが「水茶屋」。 奈良茶飯屋などは「一善茶屋」・「煮売茶屋」とよばれた。
※明歴の大火後、浅草に奈良茶飯屋(一善飯屋)ができ、次第に江戸中に広がった。

☆池の茶屋
 上野不忍池畔の出合茶屋、蓮茶屋・蓮池院ともよんだ。 


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八百善・浅草山谷(江戸高名会亭尽)

☆八百善
 勘定..

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本庄市立歴史民俗資料館

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歴史民俗資料館・旧本庄警察署
 (本庄市中央1-2-3)

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☆本庄市立歴史民俗資料館
 明治十六年建設の元警察署。

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シャンデリア

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井戸

井戸 について

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Saitama_honjyo○繭市場・本庄

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○本庄電気軌道(大正四年~昭和五年)

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Kodama_hikoujyo 旧児玉飛行場正門(エステー化学工場)

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湯舟

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○湯舟
 本所・深川は、埋立て地であり井戸を掘っても塩水が出るので、堀割りを利用した湯舟(舟湯)が巡っていた。 

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○丹前風呂
 慶安・明暦年間、神田雉子町・堀丹後守屋敷門前の「丹前風呂」、湯女をおいた遊興風呂だった。

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※混浴は、明治二年二月二十二日・東京府下で禁止された。

☆混浴、入込湯ともいわれた。

☆洗い湯
 蒸風呂の一種に塩風呂というのがあったらしい。
※蒸風呂に対して湯船に入るのは「水風呂」。

☆行水
 入浴における行水とは、湯のこと。

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☆風呂屋
 天正十九年頃、江..

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白木屋

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○白木屋呉服店

白木屋 について

Shirokiya62○白木屋百貨店

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Shirokiyaido91白木屋の井戸

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黒焼屋

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○黒焼屋(高津)
 軒先には虎の皮・豹の皮・熊の皮・狐・狸など吊り、大鵬の翼から蝸牛の角の国争ひまで黒焼きにして売っていたらしい。 四百年続いたが1979年廃業。
※落語に「イモリの黒焼惚れ薬」がある。

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○黒焼屋・高津神社前
 虎・豹・熊などの皮、狐、狸、鳥、カタツムリの角、とにかく鳥獣草木魚など生き物を何でも密封蒸し焼きにしたのが黒焼。 一応「漢方薬」と称していた。

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☆四つ目屋
 両国薬研堀埋立地に四つ目屋佐々木忠兵衛あり、長命丸・女悦丸・帆柱丸など売る。

☆四つ目..

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水賣

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○水売り

○水屋
 井戸のある長屋は高級長屋、庶民長屋には井戸が無かった。 また埋め立て地(古くは海だった)が多く、井戸の水は洗い物・掃除などの雑水、飲料には適していなかったので売りに来た「水屋」から買って飲んだといわれる。
※水屋は深井戸などから客へ水を届けた、値段は距離制だったらしい。

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○製氷器
 明治三年五月福澤諭吉が熱病にかかり、外国より製氷器を買い入れたが、使い方が解らず大学教授宇都宮三郎に求めた。 
※冬は、富士・諏訪湖・奥州・函館などより..

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岩おこし

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二ツ井戸 津の清
板おこし
 (株式会社つのせ@大阪府堺市堺区浅香山町3-9-11)

○岩おこし・粟おこし・生姜おこし

※岩おこしは、唐菓子の粔籹が源。

おこし について

☆粟おこし
 元禄年間、二ツ井戸津初代大和屋清兵衛がおこしを売り歩き、三代目津の国屋清兵衛が粟おこしを作った。

☆濡れ手で泡
 正しくは「濡れ手で粟」。 古くは、濡れた手で粟を掴むとた くさんついてきた様子。

☆岩おこし
 身をおこし・家をおこし・国をおこし、と縁起菓子であった。 日持ちが良く・非常食として優れ..

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冷水売り

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○冷水売り
 錫や真鍮の水呑碗で、糒・葛粉・砂糖などをいれた水を売り歩いた。 桶の水は冷たいことなく・澄んでいなかったといわれる。

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○水売り
 井戸水に白玉と砂糖を入れ・一椀四文で売り歩いた者もいたらしい。


☆冷たい
 爪痛し→つめいたし→つめたし、となったといわれる。(爪が痛くなるほどだった)

☆冷水売り
 江戸時代、隅田川の水を売る者がいた。 若者は飲んでも大丈夫だったが、年寄りの中には病気なる者もいた。 なので、無理して飲むので「年寄りの冷や水」というようになった。

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小豆洗

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小豆洗(赤小豆洗い小僧)
 昔、越後高田のに一宇の法華寺あり、六代目日顕の弟子は才能に優れ・特に早く物の数を知ることができ、和尚が一合・一升の赤小豆の数を問うと一粒も違わなかった。 これを妬んだ円海は小僧を殺し・井戸に沈め、誤って落ちたように見せかけた。 それからは小僧の霊が現れ、雨戸に赤小豆を打ちつけ・川の流れで赤小豆を洗い数を数えるようになった。 やがて円海も捕まり死罪となるや、小僧と円海の霊が争うようになり、寺は寂れ消滅した。

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船橋ヘルスセンター

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○船橋ヘルス・センター
 1945年船橋市が海岸埋め立て事業開始するも資金が続かず頓挫、1951年大衆浴場を作り・埋め立てを計画、1955年「船橋ヘルス・センター」開場。 温泉として開業したため遊園地は遊動円木とすべり台のみ、後に一大レジャーランドとなった。  1955年頃から地盤沈下が深刻となりガス井戸廃止・鉱業権買い上げにより、「天然温泉」でなくなり、海汚染で海水浴や潮干狩りも不可となり、1977年閉鎖。

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☆潮干狩
 明治時代の品川沖、三月は潮干狩時期、正午の..

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グンマの昔:ノルデンシェルド

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○ヴェガ号航海誌・ノルデンシェルド
 1879年9月28日浅間山行き、馬車でナカセンドーをタカサキへ向かう。 タカサキでは何処も泊めてくれず、警官の紹介でやっと一泊できた。 翌日人力車で伊香保へ向かう(5時間)、伊香保でスウェーデン製マッチ発見・ニセモノも多し。
 籠で沢渡へ向かう(10時間)、座れないので足を投げ出す。
 草津へは籠や馬を乗り継いだ、混浴に驚く。
 10月3日浅間山へ向かう、六里カ原で野宿し4日浅間山頂を目指す。 その後追分村に泊まり、馬車でタカサキへ帰路。

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竜宮伝説

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○グンマには竜宮伝説が数多くある。

グンマの伝説 について

○伊勢崎市宮子
 雨乞い・日和乞い、阿感坊三日間滞在するも領主に龍宮の様子を話したため狂死。 椀貸し伝説あり、浦島太郎の石碑あり。

○桐生市梅田町
 鍾乳洞奥が龍宮に通じている。椀貸し伝説あり。

○千代田村
 五軒屋敷の井戸は龍宮に通じ、水が尽きない井戸といわれる。

○上野村
 龍宮洞(不二洞)、罪人が洞窟中に織姫っを見たが役人に話したため狂死。
※白鰍を見たものは死ぬといわれる。

○吹割の滝
 滝壺は龍宮への..

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館林伝説

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○城沼に住む竜が女に身を変え、七日間上人の説教を聴いた後飛び込んだのが善導寺「竜の井」。 それ以降、井戸使用禁止。

○須賀沼の南沼の主は大蛇・北沼の主は大亀、宝光寺・とみ坊主が魚取りをしたに怒り懲らしめてからは魚取りをする者はいなくなった。

○昔から洪水に見舞われた大沼を埋め立てたさい、沼の主夫婦の二匹のウナギを祀ったのが「須賀弁天祠」。

○赤岩にあった沼の主は大蛇、村の娘が次々と消えた。 そこで、藤原長良の御殿女中「おさよ殿」が弓で退治し、頭を瀬戸井・切り刻んだ胴体を舞木などに祀..

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嬬恋・昔の地名

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 あくと、ういせ、うすがどう原、うるいの、えくぼ沢、おなし、かいしこ、さる畑、のっち平、はんだぢ、ぼためき、ほとけ窪、むめの木平、もろしこ、姥ケ原、姥ケ沢、下道路(したすくじ)、嘉助井戸、花童子(げどうじ)、荷付戸、蟹掛(かにかけ)、開発場、鰍沢、刈敷山、閑木(くぐるき)、岩茸沢、鬼の泉水、郷路、狗脊原(ぜめっぱら)、群馬坂、御厩、御関所裏、御座石、向道路(むかいすぐじ)、腰巻、三吹沢、山之神、四寸道、四良戸沢(しろとざわ)、七ふしの下、車平、蛇石、手梨貝戸(てなしかいど)、..

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藤岡伝説

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○弘法大師が杖を地に突き刺したところ水が湧きだしたのが「弘法井戸」。 高山・上の谷戸、根岸に三カ所、庚申山、三本木などにある。

○高山下組の「又平だいら」には酒が湧く泉があった。(樽湧き)

神流川は天正年間前は名もない狭い川であったが、ある年の大洪水で堤防でも防ぎきれず「火の神社・水の神社・木の神社・金の神社・土の神社」を祭った。

○平塚の沼は「大蛇の沼」とよばれた。 

○高山下組は「白塩」とよばれ、塩が湧いたとされる。

○十八町坂の途中の市衛門の洞穴には古狐が住んでい..

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長野原伝説

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(石梨の木)

○「おきゃくまんま」とは米の飯。 お客専用だった。

○「三杯汁は馬鹿がする」といわれた。

○「女のもつべき穴一つ ささんとすれば毛がもじゃもじゃ つばきをつけてねじりこめ」、は針のこと。

○お供えを射ったら中から白い鳥が飛びだし・その家は貧乏になったので、「お供えを射てはいけない」。

○お熊野様の洞窟に鶏を放したら、鶏は越後へ出たといわれる。

○カッパが法印さんに教えたのが「骨接薬」、女人だけが作れたらしい。

○ダイダラボッチが高くしたのが浅間山・残った一もっこ分の土が小..

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松井田伝説

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○碓氷貞光
 碓氷の荒太郎・荒童子ともよばれ、怪力だった。 これを土産としたのが、碓氷峠の「力餅」。 貞光梨というのもあった。

○十九夜様・十九夜念仏
 お産の神様、三月十九日が祭日だが、農繁期を避け二月十九日に行うことが多い。

○天狗
 目撃情報多数。 谷急山ケゲンが穴・角内山・オヤン沢、など。

○狐
 狐に化かされた人も多数。

○丸目蔵人
 剣客丸目蔵人が、坂本町城山頂上に道場を建てたとされる。

○山賊
 灘の佐太夫なる山賊がいたといわれる。 怪力で殿様の駕籠を一人で担ぎ峠を越えたといわれる..

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グンマの昔:薬師井戸

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○白井宿

※夜盗道→白井城遠構の跡と推定される。
※気勝久保→食物が採れない土地の意(飢渇)

薬師 について

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白井城

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白井城跡

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地名伝説(赤城山西麓)

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○北橘(ほっきつ)
 日本武尊命が山頂で、弟橘姫を偲んで「あづまはや」と入ったので、この山を「橘山」。 が、植物の橘が由来との説、急崖が立っているので「立ちバナ」との説もある。 

○岩鼻
 烏川に臨んだ所が岩石になっている。

○板鼻
 碓氷川に平板が臨んだ大地。

○十二様
 十二人の神々・十二人の子供を持つ神・一年を守護する神、など言われるが本当のところは判っていない。 女の山の神様である。
※女房を「山の神」というのは、十二様が源。

○溝呂木
 オオミ堂のミゾロガ池の主大蛇が大きくなり池が小さ..

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グンマの昔:木部姫

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木部姫と長年寺(下室田)
 ある夜、美女が血脈譜を授かりたいとやってきた。 蝋燭で襖に照らし出された影はまさに蛇姿であった。 そして、身の上を語り始めた 「緑野群八幡村木部城主の妻・木部姫と申し、落城とともに榛名湖に入水し大蛇となった。血脈譜を授かることができるなら、永遠に寺に水を捧げる」
 はたして、長年寺境内に清水が湧き出て絶えることがなかった。 人々は「木部の井戸」とよぶようになった。 この井戸は底なしで・榛名湖に続いているといわれている。

※木部姫に関する逸話は多数..

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大泉伝説Ⅱ(現大泉町)

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汁かけ飯を食うと、外へ出てから恥をかく
○赤飯に汁(湯)をかけて食うと、嫁にいくとき雪(雨)が降る
○七草粥をふいて食うと、田植のときに風が吹く
○あったかい飯は、一番さきに仏様へあげろ
○箱膳は向かって左が飯、右に汁
○飯をこぼすと、食えない子になる

○家を出るとき針を使うもんじゃない
○子どもの火あそびは、寝小便のもと
○うそをいうと、鬼にべろをぬかれる
○爪を切って、その爪が火の中へほいると、きちがいになる
○便所の掃除をすると、それだけ長生きをする
○神様の前で小..

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グンマの神々(2)

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 グンマには、大勢の神様方がすんでおられます。 御願事は、各担当神様に直接お願いします。


※隣国信濃には「人神虫」がいるそうだ。 なんでも、人神虫(にんじん虫)が走ると瞼がピクピクするらしい。


Gunmanokamigami

いろりの神・ オイヌ様・ タケ神・ ホウキの神・ 留守神・ 井戸神・ 雨の神・ 屋敷神・ 火の神・ 釜神・ 機神・ 橋神・ 恵比須・大黒様・ 庚申・ 山岳神・ 産神・ 蚕神・ 市神・ 蛇神様・ 十二様・ 職人の神・ 水神・ 性神・ 川神・ 祖神・ 倉の神・ 大工神・ 鍛冶神・ 池..

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グンマの神々(1)

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 グンマの主な山は、アカギサマ・ハルナサマ・コモッチャマ・ホタカサマ・シラネサマ、などみなタケ山的性格を持っている。  また、井戸などの水資源は共同利用だったので、清浄に保つため数多くの俗信があった。

カッパはグンマ各地でみられた。 嫌われることが多かったが、六合村湯本家にはカッパに教えられた秘伝薬がある。
○グンマの川・池・淵の底には多くの竜宮が存在し、そのほとんどが椀・膳の貸し出しをおこなっていた。
○メカゴ(メッパ)ができたら、井戸の上にふるい(ショウギ・スイノウ)を半..

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グンマの占法・呪法(太田史)

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○「イネゴ」をなはすには、鎌の柄をあぶって、その部分をなぜる。
○「コウデ」が起ったら、両親揃った末っ子の異性の人に、縫糸にて腕を縛って貰うとなほる。
○「シビレ」のきれた時は、ひたひにつばきで十の字を三つかく。
○トゲを抜きたるあと局部の化膿を防ぐには、抜きたるトゲを歯で十分にかみくだきて、それを局部につける。

○夏日「カクラン」にかかったときは、破れすげ笠をかむり、水をかけるとなほる。
○顔へはたけが出来たら、もぐらの手でなぜるとなほる。
○子供の口の周りに皮膚病の出来たとき、草でそ..

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グンマの口碑(太田史)

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○「千早振る卯月八日は吉日よ、神さげ虫の成敗をする」と云ふ歌を書て流しにはると虫が出ない
○おさきなる動物は人の家に禍福を与ふ
○お月様が笠をかぶると近きに雨ふる
○からたちの木に生じたる菌は煎じてれうまちによし
○しびれのきれたる時塵を額に貼ればなほる

○烏鳴が悪いと人が死ぬ
○卯の日に田植をすると其米が不幸の役に立つ
○燕に糞をかけらると運がよい
○燕を捕れば目がつぶれる
○下雷は牡丹餅をして招んでも釆ない
○家によりて作物に作ることの出来きぬ作物あり
○柿の種を囲炉裡へ..

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渋川伝説(2)

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○千手姫(榛東村柳沢寺)
 千手姫は京の都に憧れ病となった。 京に上った夫田烈太夫信保が見たのは「散りもせず咲きおくれたる花もなし 今日をさかりりの庭桜かな」と詠み消えた千手姫似の女であった。 そのころ桃井の郷では、千手姫が他界していた。

○赤いお椀で鰻料理を出したら不幸が続いたのが地名「赤椀田」。

○雙林寺の七不思議
 ・開山堂の一本の拍子木、悪いことが起こりそうになると鳴る。
 ・月江和尚が持っていた数珠が大木となったのが「開山のつなぎカヤ」。 その実は針で通したような穴..

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渋川伝説(1)

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○小野上名石
 ・夫婦石:七社神社そばにあるのが女石、粗末に扱うと祟りがある。 男石は上流にいる。
 ・牛の屎石:牛の糞に似ている、でも高さ6m幅9m。
 ・むしば神:虫歯に見えないこともない、おがらの箸を供えると虫歯が治る。
 ・弘法の腰掛石:弘法大師が腰掛けた、足跡二つとお尻の跡がある。
 ・白丁石:弘法大師が「白丁」と書いたといわれる。
 ・蟹石:川辺の蟹に見えた。
 ・かえる石と硯石:雨乞い祈願用。

○有馬五石ほか
 ・子種石:石に手を触れて祈願すると子種が授かる。(若伊..

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勢多の伝説(勢多郡、現前橋市・渋川市・桐生市・みどり市の一部)

Souri_st

○かつて相輪塔は沢入にあったが、天狗が女人が上がるのを嫌がり、奥の塔の沢に一晩で移した。 このとき、石を一個ずつ移したので上下逆になった。 それでも倒れないのは、中に白蛇を封じ込めているからである。  さらには、勝道上人が作ったとされる寝釈迦がある。(ただし、4月8日より前は白蛇がでる)  「白蛇の塔(層輪塔or沢入塔)」というのもある。

○旅人となり伊勢参りをしたのが「板東太郎の大岩」、宿銭を借りたがちゃんと返した。

○沢入春場見・渡良瀬川にあるのが「夫婦岩(雄岩と雌岩)」..

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桐生・金山城伝説

Kanayamashiro

○根本山には黒兵衛天狗が住んでいた。 火除け・盗賊除けに霊験あらたかとされ、伝説も多くある。 根本神社は大山祇命を祀る、里宮には1578年開山の大正院。

○桐生地方の足利氏は、藤原秀郷系と八幡太郎義家系の二系統ある。

○桐生落城
 領主・桐生大炊介助綱は人望厚かったが子供が無く佐野家から養子(親綱)もらったが折り合い悪く、ついには由良成重らに攻め入られた。 そして親綱が奥方・姫達と桐生川の大滝を岩から岩へと飛び跳ねて逃げたので「跳滝」とよばれる。 
※このとき「宝の入った瓶」三..

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群馬町伝説(現高崎市)

Minowa11

○ある夜、天空の北斗七星が一塊となり群馬町冷水の小祝池に落ちた。 翌日、池を探ると金色の亀がでてきたので、妙見社本殿下に神井が掘られ・深く埋められ、本尊となった。 それっきり、本尊を見た人はいない。
※年号が、和銅から霊亀に変わったのはこのせいだといわれる。

○妙見様が火事となったとき、力持ちの力庄右衛門が仁王像を担ぎだし・境内の弁天池に放り投げた。 池では、田螺が降りかかる火の粉から仁王像を守ったので、田螺の尻は黒くなった。 それからは、この村では田螺を食べてはいけないことと..

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高崎伝説(3/3)

Takasaki_09

○「恋しくば尋ね来て見よ上野の わが浜川の須苗子の森」と唄われたのが須苗子の森。

○1646年3月23日夜、倉賀野町城跡の三ノ廊の茂みに、地響きとともに井戸ができ清水があふれた。 そして、泉の中にあったご神体を祭ったのが「井戸八幡」。

○豊岡・金ヶ崎の渕の主は大亀。 豊岡のトは岬・山・土の意、ヨは土地・畑の意、オカは山・麓の意、カは跡の意、というアイヌ語説もある。

○723年、土の中から輝きとともに古鏡がでてきたので、石凝姥命を祭ったのが小八木。「鏡の宮」。 
※石凝姥命は国鏡..

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高崎伝説(2/3)

Takasakishi

○1793年、岩鼻陣屋創設、現日本化薬地。

○1616年、下小鳥にて高崎藩検見あるもその厳しさに村人が役人を殺害。 藩主松平丹波守が激怒・出兵し、部落皆殺しにしたのが「首塚」。

○高崎はたばこの産地、「館たばこ」で有名だった。

○田嶋元七が蛇場見の谷川で水に石油気が含まれているのを見て、乗附山に石炭があるのを確信した。(1874年) 後にこの亜炭がも富岡製糸場・新町紡績所でも使われた。

○京ヶ島にある井戸が「七つ井戸」or「いろは井戸」。 弘法大師が掘ったといわれている。 
※実..

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グンマの昔:血の池

Gunma_akagijizou

○血の池
 昔、赤城山地蔵ヶ岳の頂上には立派な社があり、地蔵追分の近くに物売りをしている老夫婦と娘がいた。 娘は器量良しだったので言い寄る若者が多く、困った娘は「水の無いこの地に井戸を掘ってくれたら結婚する」と告げた。
 すると、二人の若者が争って井戸を掘り始めたが、どこからも水は出なかった。 それでも、若者は血を吐きながらも掘り続け、ついに井戸から水が湧きだした。 これを聞いた娘は「約束だから」と言いつつ井戸に身を投げた。 そして、若者も後に続いた。 井戸の水は真っ赤に染ま..

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榛名伝説

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○榛名湖女人入水
 榛名湖に入水した木部姫については伝説上、その正体は木部宮内輔弾正室・同室竜田の前・同実一室・貞朝室・木部駿河守範虎・長野業政室などいろいろ、その時期は箕輪落城の1563年・神流川合戦の1582年・山名対木部の1585年などいろいろ。 人身御供との見方もある。

○木部井戸(木部の神井・長年寺)は榛名湖に通じている、ともいわれた。

○右京のむだ堀(右京の馬鹿堀・泣き穴)
 宝永六年左京太夫輝貞が、溜堤から取水・榛名北を通り・スルス岩の下にトンネルを堀り・白川へ..

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グンマの昔:おばけ桜

Gunma_obakesakura

○おばけ桜
 笠懸野に伊助とうめ夫婦が住み着いたが、村では他所扱いされていた。 ある冬、伊助は出稼ぎにいったまま帰らず、食べ物に困ったうめ親子は村人に仕事を求めたが冷たく扱われ、とうとう伊助が掘った井戸に親子で身を投げてしまった。  しばらくして、井戸近くの山桜下に子連れの幽霊が出・村には悪いことが次々と起き・干ばつが続いた。 これに恐れをなした村人たちは、清泉寺裏の桜の木の根元に供養塔を建てた。


Saikaku_yurei

☆幽霊の足
 円山応挙が、女の幽霊を描いた際、足を省略したのがはじまりといわれ..

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太田伝説(2)

Nittayoshisada

○大男が赤城山に腰掛けて、利根川で足を洗い、捨てたキセルの灰が丸山になり、足跡は池になった。

○ダイダラホッチ(デエダラボッチ)が赤城山に腰掛けて、利根川で足を洗い、草鞋の土が落ちて丸山になった。

○大男が米山薬師を背負って来て、金山に腰掛けて、渡瀬川で足を洗い、草鞋の泥が大丸山と小丸山になった。

○ダイダラホッチが金山に腰掛けて、利根川で足を洗い、立ち上がった足跡がすりばち(下浜田・鍛冶谷戸)。

○弘法大師が霊場を創ろうとしたが、金山には九十九谷しかないのであきらめた。

○新田義貞..

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太田伝説(1)

Mantokuji

○義重山新田寺大光院の山門は「吉祥門」、徳川家康が大阪城落城を喜んで名付けた。

○植木野村にみすぼらしい修行僧がきて、芋を洗っていたお婆さんにお布施を求めたが、断られた。 そこで隣家へ行くと、快く泊めできる限りのもてなしを受けた。  お婆さんの芋は石に変わった。 隣家のまな板裏には「阿弥陀如来像が描かれ・南無阿弥陀物と書いてあった」その脇には「空海」と。 これが、宗金寺の弘法大師が爪で掘った「まな板の名号」である。

○八重傘沼には大蛇が住んでいたが、竜舞の修験者・松本院清安が切..

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新里村伝説(勢多郡新里村、現前橋市)

Ryumon

○弘法大師が杖で掘ったら清水が湧いたのが「弘法の井戸」。
○藤原秀郷が植えたのが、板橋・秀郷の末並木。
○藤原秀郷が橋を渡る途中で足下を見たら大ムカデだった。 そこでムカデを象って鳥居にしたのが「板橋・百足鳥居」。
○藤原秀郷が戦勝祈願に杉を植えたのが「藤太杉」。
○赤堀道元の娘のお供が責任を感じて腹を切ったのが「地蔵坂(腹切り坂)」

○上板橋に小豆洗い(アズキゴシゴシ)がでた。 見た人もいた。
○機織りを眺めていた六部に少し切ってあげたら、その機はいくら切っても次々に織れるようになっ..

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ぐんまわらべうた:遊び編

Gunma_warabe01

ぐんまわらべうた:遊び編

○からかう時
男んなかに 女がひとり なべほうろく あぶないところ

○からかう時
男と女で豆煎り 煎っても煎っても生臭せえ

○からかう時
みっちゃんみがつくみんまいも みんこのみんぶくろみにかけて みっちゃらっか みっちゃらっか

○からかう時
桐生人のあわくい あわがなくてひえくった

○からかう時
おんなのきのぼり みっともねえ したからみれば あなだらけ

○おできをからかう
できもんかちかち かじやの子

○頭でっかちをからかう
頭でっかち かじかの子

○バカ..

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前橋伝説(1)

Maebashijyou2

○法燈寺は堂塔伽藍が建つ度に焼けたので、杉の坊の天狗により再建されたがやはり焼けて護摩堂だけ残った。(法は水が去る・燈は火が登る、と書くので凶)

○青梨子・井戸八幡宮は竜巻によってでき、眼病に効くといわれた。 井戸には白蛇が住むと言われるが、覗くと目がつぶれるらしい。

○朝に前橋を出ると、暗くなるころ到着するので「あさくら(朝倉)」。

○蹄石は、八幡太郎義家が八幡山へと馬で飛んだ時の足跡。

○旦那坂には、追いはぎがでた。 そして言った「旦那・旦那」と。

○おこり仏、大きい方をさわると腹..

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グンマの昔:氷餅

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○氷餅
 三が日と七日に縄で十文字に縛った餅を井戸に浸してから柄杓で水を汲んだ。(若水汲み)  この餅を年神棚につるし、六月一日に食べた。 凍餅は、マムシ除け・疫病除け・蜂除け・眼病除けともされた。

○六月一日
 「氷の朔日」といい、氷餅やあられを食べて祝った。 宮中で群臣に氷室の氷を賜った古例、そしては江戸幕府の「氷室の祝」にならったものといわれる。

☆氷室開き
 六月朔日は氷室開き。
※「雪は犬の伯母」といわれた。

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小野小町

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○小野小町(小野村相野田・現富岡市)
 甘楽郡小野の地で病にかかり、小野普済寺(後に得成寺)に庵室を建て快癒を祈った。 薬師像を収めて塩俵を供えて祈ったのが塩薬師堂といわれる。 この地には、化粧井戸(小町井戸)・小町塚などもあり小町に関する伝説も多い。

Komachi32

Komachi31

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群馬での暮らし:グンマの鰻

Unagi56

○千代田村・王鉄開発株式会社(現王鉄興業株式会社・王子製鉄株式会社グループ)
 (太田市新田反町町51-1、蒲焼加工並びに冷凍パックの製造販売)

 公害問題が騒がれた時代に汚水処理した水質検査に金魚や鯉などの魚を飼ったが、なにをちまよったか鰻を飼った会社があった。 そしては本格的な鰻養殖所となり、その生産高は一工場で千葉県全体を超えるようになった。


※グンマには、ウナギに関する俗信が数多くあり、鰻を禁忌とする俗信も多かった。

《グンマを話そう》

○弘法の井戸・鰻橋
 ある昔..

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グンマの昔:弘法の井戸

Gunma_koubouido

○弘法井戸(甘楽)
 弘法大師が水を求めたところ、一人の女が遥か遠くまで水を汲みに行った。 これを見た弘法大師は、錫杖を地中に突き刺し泉を湧出させた。

※弘法大師が大盤振る舞いしたらしく、この話・この井戸はグンマ各地にある。






グンマで今までに発見された「弘法の井戸」は下記、

○藤岡市日野高井戸・弘法井戸
○松井田町坂本・弘法井戸
○榛名町間野・弘法井戸
○利根村石戸新田・弘法井戸
○利根村根利・弘法井戸
○新治村・弘法井戸
○片品村花咲千貫松峠・清水
○新里村赤城山・弘法井戸..





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群馬での暮らし:グンマまじない

Gunma_ai6

○魔境の邦グンマ 【グンマのまじない】
 グンマで生きるにカナラズ役立つ【まじない術】。 これを覚えねば命の保証はない。

--------------------
足が痛い→子の権現に草鞋をつくってあげる。
いぼ→米粒でなぜる。
いぼ・あざ→神社の小石を貰ってなでる、治ったら倍にして返す。
漆にかせたとき→おわんに孔をあけてさげる。
えぼ→米粒を雨だれおちにうめると、腐るころには治る。
男四十二才になると、村の辻に酒を供え・褌を落として厄おとしとする、女は蜜柑と櫛・手拭い。
かぜ→うるしの木に..

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グンマの昔:アズキゴシゴシ

Dondontaki

○ドンドンの滝(嬬恋村)  

①ドンドンの滝には「ドンドンばばあ」が住んでいて、油屋(油桶)を引き込んだ。
②ドンドン沢から「アズキゴシゴシ」という妖怪がでた。
③「小豆とごうか、人とって食おうか」と言う声を聞いた。

※これについては、グンマ各地に出没する「小豆とぎ婆」の仕業だと判明した。 今のところ出没が確認されたのは次の地区、沼田市神沼須の竹やぶ沢・昭和村金棒のガン沢・月夜野町師の送り橋下・桐生川の所々の沢・太田市矢田堀諏訪神社裏の橋下・赤城村村上三原田八幡宮ナゴヤ坂・箕郷生..

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グンマの昔:節分

Gunma_setsubun

○節分
 節分は、トシトリ・トシコシとも呼ばれ、この日で数え歳に一才加えられる地域も多い。 もともと豆撒きは、神への散供(打ち撒き)とされ、やがて鬼を追いやるものとされた。 ただ、豆を撒くとは限らず、地域によっては川に流したり・井戸に入れたりして厄落としとした。 ほかにも、厄落としに、豆・みかん・銭などを撒く地域もある。

※節分の豆を紙袋に入れ・かぎ竹に吊し、初雷の時食べると落雷が無いと言われている

Gunma_sankakumanako

○三角マナコ(鬼の目)
 ウツギで三角形をつくる。 腰に下げると「はやり目」に罹..

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群馬での暮らし:振り米

Goropikari3

○米養生(コメヨウジョウ)・振り米
 たまよび(魂呼び)の一つ。 地形的に畑作が多く、米よりも雑穀(麦・粟・稗)が中心の食生活様式であり、とくに北部では米が貴重なため食べられるのは[年取り・正月・誕生]ぐらいでありめったに食べられなかった。
 病人が死にそうな時・病気が重い時に、竹筒に米を入れて振って聞かせると、「米食いたさに病人が生き返る」または「安心して死ぬ」とも言われた。(これはコメヨウジョウ・米養生ともいい、ニホン各地にみられた)

※魂呼びは他に、「屋根の上から大声で呼..

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グンマの昔:きんまらさま

Gunma_kinmarasama

@前橋市

【ぐんまのことわざ】
○馬鹿でもまめがようがんす→丈夫が一番
○一身より外味方なし
○耳は小言の入れ物、身体は病の入れ物
○弱気につけこむ疫病神
○風薬より寝薬
○メケイをかぶるとメケイゴができる
○臼に上がると背がのびない
○カクマントウロウの断食→カマキリが断食した如くやせ細っている
○豆と娘はそばにおけば手が出る
○鼻にできもんができると叔母さんがはらむ
○後閑朝倉女のよばい、男後生楽寝て待ちる
○桐生の着倒れ、足利の食い倒れ
○越後の食い倒れ、上州の着倒..

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ぐんまわらべうた:おんぼや

Gunma_dondo

○道祖神焼き(おんぼや)

 おんぼやー
 しゃんこたて
 しゃんこたて

と唱えながら子供たちが、カンジン棒を持って村中をまわり、カンジン(お金)をもらってくる。

※おんぼや小屋を作る地域もある。


【どこまで解る ぐんまわらべうた】
○あっちの山でもゴーソゴソ こっちの山でもゴーソゴソ 朝起きて見たらば 小さな小僧が チャンチャラ太鼓たァたいて ホーイホーイと飛んでった
○いいとこ 床場の えんの下
○いま泣いた烏が 井戸のまわり回って 餅かけひろって 食い食いだまった
○おっちゃんどこだい入..

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グンマの昔:氷餅

Gunma_koorimochi

○氷餅
 三が日と七日に縄で十文字に縛った餅を井戸に浸してから柄杓で水を汲んだ。(若水汲み)  この餅を年神棚につるし、六月一日に食べた。 凍餅は、マムシ除け・疫病除け・蜂除け・眼病除けともされた。

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ぐんまわらべうた:井戸

Gunma_warabe06

○井戸の歌(@館林)
いどのかみさま
つばしねえから
とおしてくんな
※井戸は大切なものであり、井戸神様を祭っていた。

○やんめどっこの歌(@大田)
やんめどっこ
くそどっこ
おれのめにたかるな
ぼっころすぞ
※やんめ→病の目(結膜炎)。 赤色の蝶・蛾を「やんめどっこ」と呼び、この鱗粉が目に入ると結膜炎になると言われていた。 そのため、この蝶や蛾が飛んでくると、こう唱えた。


☆井戸の屋根
 井戸には井戸神様が住み、他界に通じる道でもあった。 そのため井戸に屋根を掛けると、現世と他界との流通..

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群馬での暮らし:グンマ天気予想

Tenki

携帯もテレビもラジオも電波が届かない所でも大丈夫!

○明日は晴模様
 (刻み)煙草が乾くと晴、 朝霧が深いと晴、 甲子の日に晴れれば翌日晴、 雲が東へ流れると晴、 胡麻を火にくべて跳ねれば晴、 卵の殻がよく割れると晴、 夏から冬のキタケは晴、 マッチのつきがよい時は晴、 夕(東空)の虹は晴、 夕焼けは晴、

○明日は雨模様
 (刻み)煙草が湿気ると雨、 □□山が笠をかぶると雨、 赤城山に窓が開いたら雨、 朝(西空)の虹は雨、 朝焼けは雨、 蟻の行列は雨、 家の中が湿ると雨、 井戸の中の..

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群馬での暮らし:めっぱ

Meppa

《グンマを話そう》
 [ものもらい(麦粒腫)]のことを「めっぱ・めかご・めかいご・めかい・めもらい・めこじき」などと言います。(※アクセントは語尾が上がります「メッパ↑」)

 六合村には独特な治し方があります。
○スイノー(笊の一種)を井戸に半分かけて、「井戸神さん、井戸神さん、めかごーなおしておくれ。 そーしたらすいのー みんなみせるから。」 とお願いします。 地域によっては、井戸の中を覗いたり、蓑を半分見せたり、片眼を隠してたりしてお願いします。
※「籠をかぶるとめかごができる..

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群馬でのくらし:ジャンケンポン

Janken

《グンマを話そう》
○じゃんけんのかけ声はこうです。
 アイケンチ・アイチッチ・イッチキリン・オッカ・オッカソポ・オッカッキュ・オッキュッセ・オッチッチ・オッチャッチ・オッチャッチエ・オッチャッチャ・オッチャッペ・オッチャッポ・オッチャッボン・オッチャンチ・キスカッキュ・キッカソボンヨ・キッカッキュ・キッカック・ジャンケンケ・ジャンケンホイ・ジャンケンポイヤ・ジャンケンポイヨ・ジャンケンボン・ジャンケンボンヨ・ジャンケンワイ・

 


チーカソキュ・チーカソポイヨ・チーカッポ・チーリユ..

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群馬での暮らし:雙林寺

Sourinji

《グンマを話そう》

双林寺の七不思議(北群馬郡子持村:現渋川市)
  白井城の殿様長尾昌賢が、月江禅師や牽牛(琵琶法師)をむかえてこの寺を建てたと言われている。 また、「白井の双林寺」とよばれるこの寺には七つの話が伝わっています。

○開山の一つ拍子木
 何か悪いことがおこりそうになると、夜中に大きな音で鳴る。

○開山のつなぎカヤ
 月江禅師がカヤの実で作った数珠の一粒を蒔いたので、カヤの木の実は糸が通る穴が開いている。

○竜神水(蛇頭水)
 本堂北の湧水は「人増せば水..

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群馬での暮らし:榛東村

Soumhara

《グンマを話そう》
 榛東村は榛名山麓傾斜地に位置し広くが山村原野であるため、限られた耕地を利用した農村であった。 古く相馬が原は演習場となり国軍→米駐留軍→自衛隊と変わったが、現在も陸上自衛隊相馬原駐屯地があり、ここから前橋へ通じる軍用道路が密かに建設中である。
 この山麓傾斜地のため水不足は深刻であり、雨乞いも度々行われ、田植えの夜は水を惜しんで風呂に入らないほどであった。 この貴重な水源である井戸には神様がいるとされ、井戸に関する俗信も数多い。

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群馬での暮らし:竜宮の椀

Karuta_fukiwari

《グンマを話そう》
○利根村:竜宮の椀
 吹割の滝の底は竜宮に続いていると言われていました。 ある昔、利根村追貝の若者が嫁をもらうことになりましたが、貧しくて客用の膳と椀がありません。 そこで竜宮にお願いしようと、滝の上手から手紙を流しました。 翌日滝へ行くと、お願いした膳と椀が岩の上に置いてありました。 嫁迎えを無事すませた若者は、膳と椀をきれいに洗って返しました。 やがてこの話が広がり、多くの村人が膳や椀を借りることが出来ました。
 ただ、ある村人が返し忘れたことがありました..

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群馬での暮らし:めっぱ

Meppa

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:群馬語を学ぼう!》

 群馬では、[ものもらい(麦粒腫)]のことを「めっぱ・めかご・めかいご」などと言います。 治し方は地域により異なり、
○めっぱを井戸に半分見せ、治るようにお願いする。
○井戸の中へ笊を半分覗かせ、治ったら全部見せると言ってお願いする。
 などいろいろです。 「ざるをかぶるとメッパになる」、言い伝えもあります。
※アクセントは語尾が上がります「メッパ↑」。
※地域によっては水嚢。

 

《グンマを話そう》
笊や籠をかぶるとなるので、..

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群馬での暮らし:巳年

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》



※[南蛇井]は、古代の[那射(なさ)郷]が訛ったらしい。 近くの蛇宮神社(七日町)には、日本唯一の「竜骨(オオツノシカの化石)」が伝えられている。 群馬県立自然史博物館(富岡市上黒岩1674-1)も、この地にある。

○南蛇井
 「ナ」は土地の意、「ジャ」は狭(サ)の転じたもの、「井」は井戸。 併せて鏑川沿いの「狭い平地」を意味するともいわれている。


※他にも蛇のつく..

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群馬での暮らし:群馬の名字

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

○どれだけ読める群馬の名字
 阿久沢(あくざわ)、阿久澤(あくざわ)、阿久戸(あくど)、阿佐見(あさみ)、阿佐美(あさみ)、阿左見(あさみ)、阿左美(あさみ)、薊(あざみ)、畔見(あぜみ)、天笠(あまがさ)、天田(あまだ)、蟻川(ありかわ)、有阪(ありさか)、淡島(あわしま)、安済(あんざい)、………

飯出(いいで)、家住(いえずみ)、家泉(いえずみ)、砂盃(いさはい)、石北(いしきた)、..

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大前駅

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

 JR東日本、群馬県内唯一のターミナル駅。 吾妻線の起点でもある。 そのため運行本数もきわめて多く「一日5往復」、そして無人駅。 特急も停まることがあるらしい、回送列車として。

Ohmae4

 大前駅から先については、1897年鳥居峠を経て長野県に抜ける敷設計画が国に提出されたが、実現に至らなかった。 その後も計画はあったが、関東大震災などで結局実現されなかった。

Ohmae3

※ある昔、源頼朝がまき狩..

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群馬での暮らし:弘法の井戸・鰻橋

Unagibashi

《グンマを話そう》
 ある昔、弘法という坊さんが堀を見ると、いつもは静かに澄んでいる水が、今日は黒く濁って激しく波立てていた。 「これでは渡れないなあ」と困っていると、おっきなウナギが現れて言った。 「私はここに住んでいるうなぎです。 橋の代わりになりますから背中を渡ってください」 そこで、坊さんは丸太のように浮いた背中を渡って、向こう岸に着いた。 信心深い坊さんは、「これも仏様のおかげじゃ。この堀に水が絶えることのないように井戸をほってやろう」。 そして、持ってい杖で地..

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群馬での暮らし:長年寺・木部姫の井戸

Karuta_haruna

《グンマを話そう》
○長年寺・木部姫の井戸
 榛名町・下室田に長歳寺があり、そこには榛名湖に通じていると言われる古井戸があります。 ある昔、この寺に大勢の人々を集めて寺ぶるまいをしてご馳走することになりました。 しかし、お膳やお椀が足りなくて困っていました。

 この長年寺には、ある寂しい雨の夜一人の女がやってきたことがありました。 それは榛名湖に身を沈めた木部姫が長い苦しみ・悲しみから助けを求めて来たのでした。 住職は木部姫の願いをかなえてやり、木部姫は「お礼に、この寺を守..

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矢島の七つ井戸跡

Yajima_iroha

○矢島の七つ井戸(いろは井戸)
 弘法大師が巡錫中、村人が水に困っているのを見て杖を地中に突き刺すと水が噴き出した。 これが「いろは井戸」と呼ばれ十四ヶ所あったが、その後圃場整備により全部なくなった。

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たこ焼ケーキ

山田君の世界

二ツ井戸 津の清  板おこし
 (株式会社つのせ@大阪府堺市堺区浅香山町3-9-11)

○岩おこし・粟おこし・生姜おこし

 キートップ交換で部品取り用になったキーボードと、物々交換となりました。

Ohsaka_tako

○こちら、「たこ焼ケーキ」。

 たこ焼きの形をしたケーキ菓子、たこ焼きの味は無い。

YAMADA

タイムスリップグリコ (10)

Glico10

○ナショナル角形噴流式電気洗濯機
  (MW-303)

 家にあったのは、本体脇に「絞り器」が着いていたが。

「金たらい」と言えば、昔の人は一年中、夏も冬も井戸水で洗濯していたので、冬はさぞかし寒たかろうと思っていた。 最近わかったのだが、井戸水は、冬は暖かく感じ・夏は涼しく感じ、気持が良いのだ。 真冬に井戸水で洗濯は、ちっとも冷たくなかったのだ。

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