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吉峰神社

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○吉峯神社(首無し地蔵・道光塚)
 川口市源左衛門新田122

について

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 天正頃、戦いに敗れ落ち延びこの地に住み着いた一軍が、鎧・兜・刀など武具を埋め土を盛って隠し「正一位稲荷大明神」としたのが大塚ともいわれる。 その後木曽呂氷川神社に合社、塚の隣に吉峯神社をつくり地蔵を祀った。 この地蔵には、いつの頃からか首が無く・「首無し地蔵」とよばれ、疣に良く効くといわれた。  五月十五日疫病払い・九月二十九日豊作祝いが祭られた。

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○大塚古墳・古峰神社遺跡..

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大鶴巻古墳

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○大鶴巻古墳
 高崎市倉賀野町

古墳 について

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環湟ヲ有セル前方後円型ノ古墳ニシテ東南方ニ面ス封土ノ高サ前方部三十尺後円部四十四尺全長約四百五十尺一部分畑地トナレドモ此ノ地方ニ於テ善ク保存セラレタル古墳ノ一ナリ

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浅間山古墳

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○浅間山古墳
 高崎市倉賀野町

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 環湟ヲ有セル前方後円型ノ古墳ニシテ南方ニ面ス封土ノ高サ前方部二十二尺後円部四十六尺全長約五百八十尺一部分畑地トナリタレドモ此ノ地方ニ於ケル規模壯大ナル古墳ニシテ且善ク保存セラレタルモノノ一ニ属ス

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保渡田古墳 メモ

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保渡田古墳 メモ

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☆上芝古墳
 高崎市箕郷

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☆山上碑
 高崎市

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薬師塚古墳

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○薬師塚古墳・保渡田古墳群
 西光寺、高崎市保渡田町1872

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八幡山古墳

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八幡山古墳

保渡田古墳群・上毛野はにわの里公園
 高崎市井出町・保渡田町

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八幡山古墳

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八幡山古墳
 保渡田古墳群・上毛野はにわの里公園
 高崎市井出町・保渡田町

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※墳丘の表面に貼り付けるように置いた石は、葺石(川原石)。 からっ風による土埃・砂埃対策とも考えられる。

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二子山古墳

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○二子山古墳

保渡田古墳群・上毛野はにわの里公園
 高崎市井出町・保渡田町

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かみつけの里博物館

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○かみつけの里博物館
 高崎市井出町1514、火休、027-373-8880

古墳 について

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※保渡田古墳群には、二子山古墳・八幡山古墳・薬師塚古墳の他にも古墳があったのでは、との説もある。

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白旗塚史跡公園

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○白旗塚史跡公園
 足立区東伊興3-10-14

史跡 について

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☆白旗塚古墳
 都内城東地区に残る唯一の古墳で、昭和58年、開発から古墳を守るために土地を買収して公園にした。
 白旗塚は直径12m・高さ2.5mの円墳で、五~六世紀のものと推定されている。 円墳には松が植えられており、氷川神社の「境外末社」とされる「白旗大神」の詞が祀られている。 円墳の周りには池が造成され、古墳の保護とともに、景観にも配慮されている。 康平五年、源頼義・義家親子が..

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高稲荷古墳

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○高稲荷古墳跡
 川口市東本郷

 全長75mの前方後円墳・四世紀甲板の築造といわれたが、消滅。

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○高稲荷古墳・宮脇一号墳・宮脇二号墳
 川口市東本郷
 前方後円墳、主軸全長75m・後円部直径50m・後円部高さ9.5m・前方部前端幅27m・前方部高さ6.5m。

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かね山古墳

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○かね山古墳
 桜区大字白鍬


※この辺の古墳は個人所有。

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☆市内西部、鴨川流域に位置する「大久保古墳群」のひとつです。 古墳群の中で墳丘が残っている古墳としては、最も北側に位置し、直径15m・高さ2.5mの円墳です。 1971年に古墳の北側を発掘調査したところ、古墳の周りに掘られた周溝の内側の直径が40mに及ぶことが確認されました。 周溝からは円筒埴輪の破片も出土し、六世紀後半に造られたものと考えられています。


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○権現塚古墳

☆市内西部、鴨川流域に位置する「大..

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摺鉢山古墳

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○摺鉢山古墳
 台東区上野恩賜公園内

※古く「上野の山」には、多数の小型円墳があったといわれる。

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真名板高山古墳

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○真名板高山古墳・真名板薬師堂
 行田市真名板1532

 前方後円墳、建造時全長約120m、六世紀後半

古墳 について

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☆この古墳は、東西に主軸を持つ前方後円墳で、前方部には浅間社が祭られています。
 現存の墳丘の大きさは、全長90.5m・前方部の高さ7.3m・最大幅50m、後円部の高さ5.4m・直径40mです。

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地蔵塚古墳

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○地蔵塚古墳
 行田市藤原町2-28-1  

方墳、一辺28m、高さ4.5m

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☆この古墳は若小玉古墳群に含まれ、墳頂に地蔵堂が安置されていることから、地蔵塚古墳と呼ばれています。 
 墳形は方墳と思われ、築造時期は7世紀中葉と考えられています。 規模は、一辺約28m・高さ約4.5m・周堀幅約1m・深さ40~50cmです。 石室の形態は胴張りで、奥壁と天井石は緑泥片岩、他は安山岩の切石を用いています。 奥壁及び側壁下には、根石が置かれていました。 ..

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八幡山古墳

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○八幡山古墳
 行田市藤原町1-27-2

 円墳、直径約80m・石室全長16.7m、七世紀前半

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☆八幡山古墳は、七世紀中頃に築造された直径約80mの円墳と推定されています。 若小玉古墳群に属し、その中でもかなり大型の円墳です。 昭和9年に小針沼埋め立てのための土取り工事で封土を崩した際に石室が現れたため、翌昭和10年に発掘調査が行われました。 その結果、前・中・後室の3室からなる全長16.7mという巨大な石室の存在が明らかになり、昭..

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大日塚古墳

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○大日塚古墳・行田市埋蔵文化財センター
 行田市佐間3-8-9

 円墳、直径約18m、五世紀末

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☆大日塚古墳は六世紀前半頃に築造された直径18mほどの円墳と考えられています。
  本古墳は佐間古墳群に属し、周辺には他にも数基の円墳が存在していました。 昭和52年8月に発掘調査が行われ、木の棺を粘土でくるんだ粘土槨が二つ並んで発見され、直刀・刀子・鉄鏃・人骨片等が検出されました。 さらに粘土槨のすぐ下からは、長瀞の緑泥片岩を使って組み合わせた石棺1基が..

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白山古墳

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○白山古墳・白山姫神社
 行田市長野5959

 円墳、直径約50m、七世紀

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埼玉古墳群 メモ

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○さきたま古墳公園・埼玉古墳群
 行田市埼玉

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Gyoda_saitamanuma埼玉沼

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○埼玉古墳群は、全国一を誇る大型円墳と武蔵国最大の前方後円墳を含む9基の大型古墳が群集しています。 かつては、40基ほどの大小の古墳が造られたことがわかっており、出土した遺物から5世紀後半から7世紀初めごろまでの約150年間に次々と造られたと考えられています。 

☆丸墓山古墳:日本で最大の円墳で、直径105m、高さ18.9m、豊臣秀吉が天下統一を進める1590年、家臣の石田三成が忍城を水攻..

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瓦塚古墳

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さきたま古墳公園・埼玉古墳群
 行田市埼玉

○瓦塚古墳

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☆全長73mの前方後円墳で、六世紀前半ころに造られたと考えられています。 埼玉古墳群の特徴である、長方形で二重の周堀が巡り、前方部の西側には造出しが見られます。 また、外堀には通路となるような掘り残した部分が一箇所あります。
 瓦塚古墳からは、整備にともなう発掘調査で多くの埴輪や土器などの遺物が出土しています。 出土した埴輪を調べると、墳丘や中堤には多くの種類の埴輪が並べられていたことが分かりました。 筒のよう..

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奥の山古墳

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さきたま古墳公園・埼玉古墳群
 行田市埼玉

○奥の山古墳

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☆北鴻巣駅から武蔵水路に沿って、「さきたま緑道」を歩いてくると、最初に見えてくる古墳が奥の山古墳です。
 埼玉古墳群の多くの古墳が大字埼玉に分布していますが、奥の山古墳や中の山古墳は大字渡柳にあります。 渡柳地区にある古墳は、東から戸場口山古墳・中の山古墳・奥の山古墳と並び、一番奥にあることからこの名前が付けられました。
 1968年に周堀の一部の発掘調査が行なわれ、埼玉古墳群では唯一、一重で盾形..

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浅間塚古墳

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さきたま古墳公園・埼玉古墳群
 行田市埼玉

○浅間塚古墳・前玉神社(さきたま)
 行田市埼玉5450、048-559-0464

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Gyoda_sengen28万葉灯籠

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鉄砲山古墳

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さきたま古墳公園・埼玉古墳群
 行田市埼玉

○鉄砲山古墳

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☆鉄砲山古墳は、県道を挟んで二子山古墳の南側、埼玉古墳群では南に寄った位置にあります。長さ109m、埼玉古墳群の前方後円墳では3番目の大きさです。 「鉄砲山」という、古墳としてはめずらしい名前は、江戸時代、古墳の周辺が忍藩の砲術練習場になっていたことから名付けられました。 七十年ほど前からその名が見られますが、それ以前は「御風呂山」と呼ばれていました。
 今は完全に埋まっていますが、墳丘は二重の堀..

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中の山古墳

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さきたま古墳公園・埼玉古墳群
 行田市埼玉

○中の山古墳

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☆中の山古墳は、奥の山古墳と並んで埼玉古墳群の南端に位置しています。東側には、壊されてしまいましたが方墳の戸場口山古墳が隣接しており、三つの古墳の真ん中にあたることからその名がつきました。全長は79mです。 墳丘は、前方部の保存状態が良い一方、後円部はかつて畑となっていたため、細長く変形しています。今は完全に埋まっていますが、発掘調査により、周囲は二重の堀で囲まれていることが確認されています。 後円部の頂上に..

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将軍山古墳・展示館

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○将軍山古墳・展示館
 行田市埼玉4834

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将軍山古墳

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さきたま古墳公園・埼玉古墳群
 行田市埼玉

○将軍山古墳

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Shogunyama_seibi0整備事業前


☆埼玉古墳群の北東部にある将軍山古墳は、6世紀後半に築かれた全長90mの前方後円墳です。明治時代に後円部にあった横穴式石室が発掘され、馬具や環頭太刀など豊富な副葬品が出土しました。
 しかし、墳丘東側が削平されており、石室の一部が露出するなど崩壊の危険が迫っていました。そこで、埼玉県では1991(平3)年から墳丘と周堀の復原や墳丘に埴輪の複製品を並べるなどの整備を進めてきま..

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二子山古墳

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さきたま古墳公園・埼玉古墳群
 行田市埼玉

○二子山古墳
 武蔵国最大の前方後円墳

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☆二子山古墳は、稲荷山古墳の南側、埼玉古墳群のほぼ中央にあたります。長さ138m、埼玉古墳群の中で、そしてかつての武蔵国の中でも最大の前方後円墳です。名前は、前方部と後円部という二つの山が連結したような形からついたもので、「観音寺山」とも呼ばれていました。 「二(双)子山」という名の古墳は全国各地にみられます。墳丘は二重の堀に囲まれており、それを含めた長さは南北240m以上になります。 ..

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稲荷山古墳

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さきたま古墳公園・埼玉古墳群
 行田市埼玉

○稲荷山古墳

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☆稲荷山古墳は5世紀後半に造られた前方後円墳で、埼玉古墳群の中で最初に出現した古墳です。以前、古墳の上に小さな稲荷社があったことから、稲荷山と呼ばれるようになりました。
 前方部は1937年に土取で壊されてしまいましたが、1997年からの復原整備で前方部が復元され、現在では造られた当時のカタチを見ることができます。 墳丘の全長は120mで、12m近い高さがあり、周囲には二重の堀が巡ってい..

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丸墓山古墳

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さきたま古墳公園・埼玉古墳群
 行田市埼玉

○丸墓山古墳
 日本最大の円墳

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☆丸墓山古墳は、直径105m、日本最大の円墳として有名です。 墳丘の高さは埼玉古墳群で最高、まさに山のようです。 頂上に立つと、隣に稲荷山古墳、その向こうに将軍山古墳の復原整備を終えた墳丘がよく見えます。 また、近年では昔地元の方が植えたソメイヨシノが成長し、桜の名所として親しまれています。 振り返って北西には、行田の市街地が遠望されます。 下から見上げても、上に上ってもその大きさ、高さが実感さ..

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愛宕山古墳

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さきたま古墳公園・埼玉古墳群
 行田市埼玉

○愛宕山古墳
 さきたま最小の前方後円墳

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☆愛宕山古墳は、長さ53mで埼玉古墳群の前方後円墳としては最小です。 墳丘はやや変形しているためわかりにくくなっていますが、他の前方後円墳と同じく、前方部が南側になります。 周囲に建物が接していることもあり、あまり目立たず、周囲の古墳の大きさに気をとられると見落としてしまうかもしれません。 しかし、よく見ると墳丘に石仏があり、まばらに生い茂る木立とともに、心落ち着く静かな空間となっています..

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さいたま史跡の博物館

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○さいたま史跡の博物館
 行田市埼玉4834、月休、048-559-1111

古墳 について

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さきたま古墳公園

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さきたま古墳公園
 行田市埼玉
○埼玉県名発祥の碑

※古くは埼玉県北埼玉郡埼玉村大字埼玉(以下、字下埼玉…などと続いた)。 もっと古くは、佐吉多万・前玉・佐以多万、などとよばれた。

発祥の地 について

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○移築民家
 旧遠藤家、江戸時代末期に建てられた民家を幸手市千塚から移築。

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戸田市立郷土博物館

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戸田市立郷土博物館・図書館
 戸田市大字新曽1707、048-443-5600、月休

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○鍛冶谷・新田口遺跡

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○南原古墳群

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戸田市には、「鍛冶谷・新田口遺跡、上戸田本村遺跡、笹目神社脇遺跡、道満遺跡、南原遺跡、寝木橋遺跡、美女木八幡社脇遺跡、大前遺跡、前谷遺跡、氷川町遺跡、南町遺跡、」などがあったが、今や痕跡は無い。


☆埼玉県選定重要遺跡
大久保古墳群(さいたま市桜区)、側ヶ谷戸貝塚(さいたま市大宮区)、側ヶ谷戸古墳群(さいたま市大宮区)、五味貝戸貝塚(さ..

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豊島馬場遺跡

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○豊島馬場遺跡公園
 東京都北区豊島8-27

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☆畿内で大きな前方後円墳が作られた古墳時代の始め頃、 北区の隅田川沿いに方形周溝墓郡が作られました。 それが豊島馬場遺跡で、日本フェルトの工場跡地から発見されたものです。
 100基以上もの古墳時代前期の方形周溝墓が確認されています。  おそらく高台全体にある集落の共同墓地のようなものであったと考えられています。  方形周溝墓の数基からは、日本最古のガラス小玉の鋳型が出土しています。

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○神谷堀公園・神谷堀緑地
 東京都北区王子5-..

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御殿前遺跡

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○御殿前遺跡・西ヶ原貝塚
 東京都北区西ケ原2

☆豊島郡衙正倉
 律令時代の米を収めた倉を復元しています。 御殿前遺跡(豊島郡衙一帯)と七社神社前遺跡(七社神社南方一帯)の発掘調査の成果を元に、文献や後の時代の倉の構造等から推定したものです。

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○北区飛鳥山博物館
 東京都北区王子1-1-3、月休、03-3916-1133

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○赤羽台第3号古墳石室
 現在、都内で見ることのできる唯一の石室。
※もう一箇所大田区にあるが、個人所有なので見学不可。


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☆御殿前遺跡は、先土器時代..

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飛鳥山一号墳

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○飛鳥山一号墳
 東京都北区西ヶ原2丁目(飛鳥山公園)

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☆「飛鳥山自体が巨大な古墳であった」、との説もある
※現在、飛鳥山で確認された古墳は五基

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浦寺字町屋第四遺跡

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○鳩ヶ谷・浦寺字町屋第四遺跡
 川口市桜町

※現在消滅

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Kawaguchi_takainari高稲荷古墳

Kawaguchi_sarugai猿貝北遺跡

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芝丸山古墳

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○丸山古墳・丸山貝塚
 港区芝公園4-8-25

 前方後円墳(全長125m)、五世紀前半、小円墳十基以上といわれる。

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土器の館

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○土器の館
 さいたま市大宮区高鼻町2-305-4、048-644-8131、土日祝休

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さいたま市遺跡一覧

☆天神山古墳
 現在の大宮公園内にあった古墳とされ、周囲に十四~十五の古墳が所在したといわれる。

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浅間社古墳

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○浅間社古墳跡(仙元祠古墳)
 川口市鳩ヶ谷本町3-20

 古くは前方後円墳があったといわれるが、現在消滅。

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 浅間社、古くは千手院が管理、明治四十年氷川神社と合祀し廃社、1978年千手院に再興。

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○曹洞宗鳩井山千手院
 川口市坂下町2-15-5  
 古くは観音堂、慶安三年に曹洞宗玉龍山法性寺末寺、1970年移転。

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Hatogaya_sengen30正面の森が浅間社(明治三十年代)

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待乳山聖天宮 メモ

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待乳山聖天宮 メモ

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真土山聖天宮

☆待乳山は、その形状からして昔は古墳(高塚)だったと考えられる。

※待乳山聖天宮は土地柄、花柳界に信仰が厚かったといわれる。
※川沿いには待乳の渡し(竹屋の渡し)があり、対岸は向島。

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○石枕、金龍山の古墳内に納められ・死者の頭を固定した供物ともいわれる。

※古く浅草付近には多くの古墳(高塚)があったが、観音様を中心とした繁栄歓楽地となり、崩壊消滅したともいわれる。

※金龍山、古くは金の龍を掘出していた..

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朝倉古墳群 メモ

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前橋市 朝倉古墳群 メモ

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☆笂井八日市遺跡
 前橋市


☆天川二子山古墳
 前橋市文京町3-26
 全長104m、前方部(幅76m・高さ9.5m)、後円部(径72m・高11m) 
 6世紀後半
 前橋市街地の南東、文京町から朝倉町にかけて、かつて大小の古墳が集中的に存在していました。 天川二子山古墳は、その古墳群中の代表的なものです。 全長104mの前方後円墳で、横穴式石室と考えられています。 全長にくらべて後円部の径や前方部の幅が比較的大きく、くびれの少ないずんぐり..

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総社古墳郡 メモ

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☆王山古墳
 前橋市大渡町1-6-1

 前方後円墳・6世紀初頭・墳丘全長75.6m(後円部径50m・前方部径63.1m)・石室全長16.37m(羨室長12m・玄室長4.37m)

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古墳 について

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☆遠見山古墳
 前橋市総社町総社給人城川1410

 前方後円墳・5世紀後半・墳丘全長88m(後円部径50m・前方部径50m)

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総社古墳郡

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○宝塔山古墳
 前橋市総社町総社1606

 方墳・7世紀中頃・墳丘全長60m・墳丘高12m・石室全長12.04m(羨道長3.56m・玄前室長3.9m・玄室長3.32m)

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☆宝塔山古墳
 平地に營造せられ長さ約177尺・高さ約36尺を有する壮大なる墳丘にして方型墳と認めらる中腹部に南面する横穴式石室あり、石室は美道前室主室の三部に分たれ前室は長さ約13尺9寸・幅約6尺3寸・高さ約6尺を有し主室は長さ約10尺・幅約9尺4寸・高さ約7尺1寸あり側壁は切石によ..

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総社古墳郡

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○蛇穴山古墳
 群馬県前橋市総社町総社1587

 方墳・7世紀後半・墳丘全長40m・墳丘高5m・玄室長3m・玄室幅2.6m

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☆蛇穴山古墳
 平地に築造された径約30mの円墳である。 古くから開口していた横穴式石室は羨道を欠くが、玄室は奥行3m・幅2.59m、巨石をもって構築し、天井・奥壁および左右壁はそれぞれ一石より成っている。 石材の表面は軽く水磨きを行ない、玄門の石には門の柱および冠木に相当する部分を刳り出すなど、入念な工作を行なっている。 ..

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総社古墳郡

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○愛宕山古墳
 前橋市総社町総社1763

 方墳・7世紀後半・墳丘全長56m・墳丘高8.5m・石室全長9.28m・玄室長7.1m

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総社古墳郡

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○総社二子山古墳
 前橋市総社町植野368

 前方後円墳・6世紀後半・墳丘全長90m(後円部径45m・前方部幅61m)・後円部石室全長16.37m(玄室長6.8m)・前方部石室全長8.7m(玄室長4.2m)

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前橋市総社歴史資料館

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○前橋市総社歴史資料館
 前橋市総社町総社1584、月休

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総社 について

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前橋市総社歴史資料館メモ

☆秋元氏と天狗岩用水
 慶長六年初代総社藩主となった秋元長朝は、総社城の築城や城下町の建設・天狗岩用水の開削など数々の事業を行って領内の石高の増加に努め、総社の地を豊かな土地へと変えました。 秋元氏が総社藩を治めたのは、長朝と泰朝の二代30年あまりですが、総社の基礎を築いた秋元氏は、転封後もなお領民に愛されました。
 秋元長朝は..

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三日月井戸

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三日月井戸
 常泉院・海老名市

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☆常泉院の三日月井戸
 秋葉山古墳群の近く、豊かな樹木に囲まれた一角に金龍山常泉院がある。  寺の住職の話では、天文年間(1531~1554)に勇安賢存大和尚が以前からあった荒寺を改めて宗派も曹洞宗として始め、現在に至っているそうである。
 相模風土記には「金龍山と号し、曹洞宗、愛甲郡玉川村七沢広沢寺の末寺」と記されている。その前は今泉山福泉寺と称していたのである。  この寺に今なお清水がわき出している”三日月井戸”と呼ばれる泉がある。常泉院の..

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天神山古墳

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天神山古墳@太田市内ヶ島町

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☆天神山古墳
 平地ニ營造セラレタル前方後圓墳ニシテ略西南ニ面シ封土全長約六百九十三尺、後圓部徑約五百十四尺、前方部幅四百三十二尺ヲ有シ群馬縣下ニ於ケル最大ノ古墳ナリ表面ニ葺石存シ周圍ニ幅約百二十尺ノ環隍阯アリテ現在水田ヲナシ其ノ外側ニモ環隍阯ノ一部存シ二重隍ヲ示セリ封土ハ少シク毀損セラルル所アリト雖尚ヨク舊態ヲ保テリ

古墳 について

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☆女体山古墳
 環湟ヲ有シ畧ホ方形ノ造出アル圓型古墳ニシテ南方ニ面ス封土ノ徑約二百七十..

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中央公園文化センター

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○中央公園文化センター
 北区十条台1丁目2−1、03-3907-5661

(東京第一陸軍造兵廠の一部)

東京第一陸軍造兵廠本部・第一製造所・第二製造所・第三製造所
※1940年4月東京工廠が東京第一陸軍造兵廠に改組

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北区 について

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Kitaku_41芝浦製作所製ボイラー・煙突(一部)

Kitaku_43赤羽台第3号古墳石室

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小見真観寺古墳

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○小見真観寺古墳@行田市小見1124・真観寺

全長102m、高さ8m、前方後円墳

古墳 について

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 前方後圓型ノ墳丘ニシテ俗ニ觀音嶽ト称ス 主軸西々北ニ向ヒ封土ノ左側部及前後頂部共ニ削平セラレ右側部ハ旧規ヲ存ス主軸ノ全長約三百三十三尺前方ノ高サ二十一尺後圓ノ高サ約二十二尺後圓部頂部ヨリ深サ約九尺ノ所ニ孔口ヲ南面セル石槨ヲ露出セリ寛永年間觀音堂創建ノ際発掘セシト傳ヘラル槨ハ緑泥片岩ノ板石ヲ以テ築カレ前後二室ヨリナル後室ニハ組合セ石棺ノ置カレタル痕迹ヲ存セリ..

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榎本牧場

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榎本牧場
 上尾市畔吉736・048-726-1306

牧場 について

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Enomoto13殿山古墳

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柊塚古墳

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柊塚古墳歴史広場(朝霞市岡3-26)
 壺形土器・家形埴輪が発掘されたのみで埋め戻されたため、未発掘な物が今でも埋まっているらしい。

 向山遺跡(岡3)・新屋敷遺跡(根岸台5)、これらの遺跡については現在その名残は見られない。

遺跡 について

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☆柊塚古墳は約1500年前。

☆柊塚古墳(天神塚)
 根岸古墳群の一つ。 他に、一夜塚古墳・狐塚古墳・男塚古墳・女塚古墳・午房地山横穴墓群、などがあった。

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埴輪

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○椅子に腰かけた巫女(国立博物館)
 邑楽郡大泉町古海出土、児玉町生野山古墳群出土の説もある。

埴輪 腰掛ける巫女
画像番号: E0007164
列品番号: J-21160
時代: 古墳時代

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新郷貝塚

Shingou01

新郷貝塚
 (川口市東貝塚47:新郷若宮公園)

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○新郷貝塚
 川口市大字東貝塚25他
縄文時代
 本県を代表する縄文時代後・晩期の貝塚遺跡です。 貝塚は概ね馬蹄形を呈し・南北150m・東西120mを測ります。 我国近代考古学の揺籃期である明治26年に東京帝国大学人類学研究室の鳥居龍蔵博士が最初の発掘調査を実施しました。 実測した遺跡は、現在は新郷若宮公園となっています。

Shingou03

Shingou05


Saitama_shingou

Kawaguchi_inari

☆高稲荷古墳(川口市)
 全長75mの前方後円墳・四世紀甲板の築造といわれたが、消滅。..

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さきたま古墳公園

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さきたま古墳公園(行田市埼玉4834)

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Gyoda18

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Saitama_sakitama○埼玉古墳

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黒岩横穴墓群

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○黒岩横穴群(八丁湖公園@埼玉県比企郡吉見町黒岩)

 明治十年発掘された、推定五百基以上といわれる。

Yoshimi37

※500基を越える横墓穴があるらしいが、草に覆われて見えない

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Yoshimi31

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☆黒岩横穴古墳群
 陸軍貯蔵用地下壕があったらしい。 

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白幡沼

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さいたま市南区白幡1丁目

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☆白幡
 天慶年間藤原秀郷が八幡神社を勧請し白幡(旗)を立てて勝利を祈願した説、新羅の秦氏かこの地を整備した説、がある。

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Shirahata4

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醫王寺(いおうじ)

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真福寺の大イチョウ(高さ18.5m・幹まわり5.85m


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☆白幡古墳群
 白幡沼(拳ヶ池)上台地に六基の古墳を確認。

Shirahatakofun01 ○白幡古墳群跡

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館林伝説

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○城沼に住む竜が女に身を変え、七日間上人の説教を聴いた後飛び込んだのが善導寺「竜の井」。 それ以降、井戸使用禁止。

○須賀沼の南沼の主は大蛇・北沼の主は大亀、宝光寺・とみ坊主が魚取りをしたに怒り懲らしめてからは魚取りをする者はいなくなった。

○昔から洪水に見舞われた大沼を埋め立てたさい、沼の主夫婦の二匹のウナギを祀ったのが「須賀弁天祠」。

○赤岩にあった沼の主は大蛇、村の娘が次々と消えた。 そこで、藤原長良の御殿女中「おさよ殿」が弓で退治し、頭を瀬戸井・切り刻んだ胴体を舞木などに祀..

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赤堀茶臼山古墳

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○赤堀茶臼山古墳・伊勢崎市赤堀今井町2丁目甲995-1

高床倉庫

伊勢崎 について

Akabori31

平屋倉庫


○金井製鉄遺跡(渋川市金井前原1343)
 9世紀初頭の遺跡、製鉄炉・木炭窯などが発見された。  九世紀後半、たたら・砂鉄・炭ガマなど発掘され、製鉄職業集団があったとされる。

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大室古墳群

Ohmurokofun

○大室古墳群
 前二子古墳・後二子古墳・小二子古墳など十基以上の古墳が点在する。 
※赤堀茶臼山古墳をも含めて荒砥富士山古墳とよぶこともある。

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中溝・深町遺跡

Nakamizo

○中溝・深町遺跡
 古墳時代後期(四世紀末~五世紀初め)の遺跡。

太田史新田小金井町320-3

遺跡 について

Nakamizo11b

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白石稲荷山古墳

Shoroishiinari

○白石稲荷山古墳
 古墳時代中期(五世紀初め)の大型前方後円墳。 墳丘長140m・長さ175m・前方部幅75m・高さ4m・後円部直径71m・高さ10m。  礫槨(埋葬施設)・家形埴輪も出土した。

藤岡市白石1365ほか

Shiroishi11b

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お富士山古墳

Ofujiyama2

○お富士山古墳
 古墳時代中期(五世紀前半)の前方後円墳。 墳丘長125m、長持形石棺が発掘された。

伊勢崎市安堀町

Ofujiyama11b

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中筋遺跡

Nakasujiiseki

○中筋遺跡
 古墳時代(六世紀初め)の集落。 榛名山二ツ岳の噴火に埋もれた。

渋川市幸田

渋川市 について

Nakasiji11b

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簗瀬二子塚古墳

Yanasefutako

○簗瀬二子塚古墳
 古墳時代後期(六世紀初め)の前方後円墳。 墳丘長80m・後円部直径50m・前方部幅60m。

安中市簗瀬

安中市 について

Yanase11b

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山王金冠塚古墳

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○山王金冠塚古墳
 古墳時代後期(六世紀後半)の前方後円墳。 金銅製の冠が出土された。

前橋市山王町1-13-3

山王 について

Sannou11b

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三津屋古墳

Mitsuyakofun

○三津屋古墳
 飛鳥時代(七世紀後半)の八角刑墳。 対角間23.8m。 ※八角形の古墳は、天皇・皇子の墓とされている。

吉岡町大久保

Mitsuya11b

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奈良古墳群

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○奈良古墳群・沼田市奈良町
 飛鳥時代(七世紀~八世紀)の古墳群、かつては六十基以上あったといわれる。

※1935年の調査では小円墳60基、その後の土地改良で残ったのは27基。

Nara11b

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三ツ寺遺跡

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○三ツ寺Ⅰ遺跡
 濠と石垣に囲まれた豪族の館、当時の先端技術により築かれた。 遺跡は全体の1/3程が発掘され、残りは未発掘。

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○王の館:三ツ寺Ⅰ遺跡
○王の墓:保渡田古墳群、二子山古墳・八幡塚古墳・薬師塚古墳
○渡来系人物の墓
○ムラ:竪穴住居

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○ムラ
 竪穴住居に済み、一坪程に区切られた水田を耕作し、馬・牛を飼っていた。

Mitsudera35

○三ツ寺遺跡

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綿貫観音山古墳 メモ

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☆綿貫観音山古墳
 高崎市綿貫町1752・台新田町

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 高崎市の東方6km、井野川西岸の平野に北面して築造された前方後円墳である。 墳丘は2段に築成され、全長約100メートル、前方部の幅と後円部の径、前方部の高さと後円部の高さはほぼ等しい数値を示し、二重の周濠をめぐらし整った形態をしている。墳丘上の各所には埴輪を配置しているが、葺石[ふきいし]は全く認められない。
 主体部は後円部中段に横穴式石室が西南に向かって開口するように設けられており、石室内はほぼ埋葬当時の状態を保っていた..

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綿貫観音山古墳

Kannnonyama

○高崎綿貫観音山古墳
 古墳時代後期(六世紀後半)の大型前方後円墳。 全長97m・前方部幅63m・高さ9.1m・後円部直径61m・高さ9.6m。  横穴式石室は全長12.6mの石組、玄室と羨道に分かれている。

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※この付近は、将軍塚古墳・慈眼寺・下滝町・綿貫観音山古墳・普賢寺・不動尊など、古墳が直線状に点在している。

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富岡北山茶臼山古墳

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富岡北山茶臼山古墳

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前橋八幡山古墳

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○前橋八幡山古墳

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太田朝子塚古墳

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太田朝子塚古墳

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保渡田古墳群

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○保渡田古墳群

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○保渡田古墳群(二子山古墳・八幡塚古墳・薬師塚古墳)@高崎市保渡田町・井出町
 墳丘長約100メートル。

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○保渡田八幡塚古墳
水鳥形埴輪:鵜飼を表すとされる(鵜飼は戦前まで碓氷川で見られた)
力士埴輪:五~六世紀に作られたとされる
いすに座る女:椅子は王権の象徴であり、祭儀用といわれる(中国より椅子に座る習慣が入ってきたが、ほどなく衰退したらしい)

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観音塚古墳

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○高崎八幡観音塚古墳
 古墳時代後期(六世紀後半)の古墳。 全長105m・前方部幅90m・高さ14m・後円部直径 70m・高さ12m。  横穴式石室は全長15.3m、玄室と羨道に分かれ、奈良の石舞台古墳に似ているといわれる。

高崎市八幡町1087

Kannonzuka12

観音塚古墳群

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☆観音塚古墳

 観音塚考古資料館
 高崎市八幡町、027-343-2256

Takasaki_kannonzuka9b

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王山古墳

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王山古墳横穴式石室

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二子山古墳

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二子山古墳

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愛宕山古墳

Atagoyama

愛宕山古墳

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蛇穴山古墳

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○蛇穴山古墳
 飛鳥時代(七世紀末)の大型方墳。 一辺は43m・高さ6.5m。

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Jyaketsu_b

蛇穴山古墳

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宝塔山古墳

Houtousan

○宝塔山古墳
 飛鳥時代(七世紀後半)の大型方墳。 一辺60m・高さ12m。

Houtousan

宝塔山古墳

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○宝塔山古墳石室(前橋総社町)
 七世紀後半築造、切石切組式石室といわれ全面漆喰塗り、玄室には家形石棺がある。

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伊勢塚古墳

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伊勢塚古墳玄室

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七輿山古墳

Nanakoshiyama

○七輿山古墳(ななこしやま)
 古墳時代後期(六世紀前半)の前方後円墳。 全長145m・前方部幅106m・後円部直径87m・高さ16m。
※藤岡域は、古代は緑野とよばれ、535年屯倉(みやけ)が設置された。
※多胡群司羊太夫が朝廷に謀反の疑いをかけられたおり、妻ら七人が御輿でこの地()、逃げたので「七輿」。

Shichiokuyama

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太田天神山古墳

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○太田天神山古墳
 古墳時代中期(五世紀前半)の前方後円墳。 墳丘全長210m・前方部幅126m・高さ12m・後円部直径120m・高さ16.8m・周堀長さ355m・幅285m、東日本一の大きさ。

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倉賀野古墳群

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○倉賀野古墳群

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前橋天神山古墳

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○前橋天神山古墳
 古墳時代(四世紀頃)の前方後円墳。 墳丘は三段、全長120m・後方部幅68m・高さ7m・後円部直径75m・高さ9m。

前橋市広瀬町1-27-2

Tenjinyama

三角縁四神四獣鏡@前橋天神山古墳

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浅間山古墳

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○浅間山古墳(せんげんやまこふん)@倉賀野町

 浅間山古墳は四世紀後半に造られたと考えられているが、誰の墓かは解っていない。  全長176m、前方部は開墾され原型は崩れた。

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高崎の地名 (2)

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○高崎市町名由来

○あら町:和田城時代、金井宿・馬上宿に次いでできたので新町。 あら町と本町と田町で三伝馬といわれた。

○引間町:千葉常将が船尾山焼き討ちのさい寺側の僧兵の抵抗にあい、兵を引いたのが引間(引馬)。

○堰代町:熊野神社を挟んで北側は堰方役人屋敷、南側は城代の組屋敷があったので、堰代町。(1973年)

○煙草横町:舘たばこ・光台寺たばこ、を売っていた。

○嘉多町:1774年、本町から片町が独立し嘉多町と改称した。

○歌川町:藤原定家と藤原家隆が「歌の橋」で出会い、互いに歌を詠..

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グンマの昔:埴輪

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○保渡田八幡塚古墳
水鳥形埴輪:鵜飼を表すとされる(鵜飼は戦前まで碓氷川で見られた)
力士埴輪:五~六世紀に作られたとされる
いすに座る女:椅子は王権の象徴であり、祭儀用といわれる(中国より椅子に座る習慣が入ってきたが、ほどなく衰退したらしい)

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八幡塚古墳

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保渡田町はにわの郷

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吾妻・郷原遺跡

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Minano_dogu1山形土偶(皆野・駒形遺跡)

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グンマの昔:古墳

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○八幡観音塚古墳
五鈴鏡:鈴鏡・古代人が鈴の音を好んだとされる。
内行花文鏡:花模様
獣帯鏡:神話上の獣を示す
画文帯神獣鏡:五世紀頃中国で作られ、呪い的な道具とされる。

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○4世紀の上毛野
 上毛野地域では古墳時代の初めから、強く安定した勢力を持つ拠点が二つありました。 一つは高崎市東部から前橋市東南部にかけでの地域、もう一つは県東部の太田市周辺地域です。
 元島将軍塚古墳の近くには、住居やお墓の跡がある鈴ノ宮遺跡・元島名遺跡があり、また水田が営まれて..

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群馬の古墳

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○群馬の古墳
 三世紀中頃から古墳が造られ、四世紀~六世紀は古墳時代となった。 古墳は、その土地を治めた有力者の墓であり・階級社会のシンボルであった。
 群馬では肥沃な利根川水系を中心に水田耕作が広がり、近畿地方から多くの人々が入植し、やがて人口が増えると階級社会が確立し・各地に豪族の出現をみた。 これら豪族達は大和・中央政権とつながりを持ち続けたので、大和国に匹敵する古墳群が築造された。

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○金銅製飾履
 箕郷・谷ツ古墳から出土された、銅板細工に金メッキを施し・ガラス玉を銀輪留..

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高崎市歴史民俗資料館

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○高崎市歴史民俗資料館
 高崎市上滝町1058番地、電話:027-352-1261

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○将軍塚伝説・東山道十五の都督 彦狭嶋王
 『日本書紀』によれば、第10代崇神天皇の子の豊城入彦命(豊城命)の孫で八綱田命の子の彦狭嶋王は、景行天皇55年に豊城命の孫として東山道十五国(各国については未詳)の都督(中国の『晋音職官志』に出てくる官名。ここでは東国の支配を委任任された意か)に任命され、赴任の途中に春日(鋳みなど諸説あり不明)で死亡し、その後東国の百姓が悲しんで亡骸を運んでよ野..

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将軍塚古墳

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○将軍塚古墳(元島名町)
 四世紀始めに築かれたグンマ最古の古墳(前方後方墳)。 古墳の形が東海地方西武のものに似ていることと、発掘された土器が東海地方西武のものに似ていることから、三世紀頃に東海地方の人達が移住してきたのではないかともいわれる。
※伊勢湾~東京湾~荒川~利根川と遡上したらしい。

○元島名将軍塚古墳
 元島名将軍塚古墳は、井野川の近くに位置する前方後方墳窟買韻。長さ96m、方部幅51m・高さ8,6m:前方部幅40m・高さ4.7mで、周堀(古墳のまわりの堀)を含め..

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グンマの昔:榛名山噴火

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 紀元五世紀、榛名山が二度の大噴火を起こした。 一回目の噴火に伴う火砕流で壊滅したのが「渋川・中筋遺跡」、村全部が蒸し焼き状態となった。 二度目の噴火(六世紀)で村ごと数メートルの軽石に埋まったのが「子持村・黒井峯遺跡」。 その他、下芝遺跡郡・西国分遺跡・諏訪西遺跡などある。

※「伊香保」は、「怒る峯」榛名山に由来するとの説もある。

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○王の館:三ツ寺Ⅰ遺跡
○王の墓:保渡田古墳群、二子山古墳・八幡塚古墳・薬師塚古墳
○渡来系人物の墓
○ムラ:竪穴住居

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○三ツ寺Ⅰ遺跡
 濠と..

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グンマの昔:朝日長者

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○朝日長者(松井田町・あるなし塚)
 ある昔、下増田姥堂に長者が住み贅沢な暮らしをしていた。 この長者は金を儲けることには抜け目なくかった。 やがて、松井田城に安中忠政軍・武田信玄軍・武田勝頼軍が攻め入り、長者は古墳の中に有り金全部を隠した。
 そして、 「朝日さし夕日かがやく姥堂の あるなし塚のそのあたり 黄金千枚漆千ばい」と謎絵図も残した。


☆ロストダッチマン金鉱
 アリゾナ州スーパーステスション山地のどこかに眠るといわれるロストダッチマン金鉱。 その手掛かりは「金鉱の入..

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渋川伝説(1)

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○小野上名石
 ・夫婦石:七社神社そばにあるのが女石、粗末に扱うと祟りがある。 男石は上流にいる。
 ・牛の屎石:牛の糞に似ている、でも高さ6m幅9m。
 ・むしば神:虫歯に見えないこともない、おがらの箸を供えると虫歯が治る。
 ・弘法の腰掛石:弘法大師が腰掛けた、足跡二つとお尻の跡がある。
 ・白丁石:弘法大師が「白丁」と書いたといわれる。
 ・蟹石:川辺の蟹に見えた。
 ・かえる石と硯石:雨乞い祈願用。

○有馬五石ほか
 ・子種石:石に手を触れて祈願すると子種が授かる。(若伊..

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桐生・金山城伝説

Kanayamashiro

○根本山には黒兵衛天狗が住んでいた。 火除け・盗賊除けに霊験あらたかとされ、伝説も多くある。 根本神社は大山祇命を祀る、里宮には1578年開山の大正院。

○桐生地方の足利氏は、藤原秀郷系と八幡太郎義家系の二系統ある。

○桐生落城
 領主・桐生大炊介助綱は人望厚かったが子供が無く佐野家から養子(親綱)もらったが折り合い悪く、ついには由良成重らに攻め入られた。 そして親綱が奥方・姫達と桐生川の大滝を岩から岩へと飛び跳ねて逃げたので「跳滝」とよばれる。 
※このとき「宝の入った瓶」三..

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グンマの昔:軍配山

Gunbaiyama

○軍配山と神流川合戦
 1582年、厩橋城主滝川一益が三千余騎の軍勢を従え玉村町角淵まで来ると、小山(古墳)に登り敵の様子をうかがうと軍配をかざし・神流川へ向けて進軍した。
 こうして神流川金久保河原(現上里町)にて合戦がはじまり、初戦は一益軍が勝ったが、第二回戦で北条軍に破れ厩橋城へと逃げ帰った。  

神流町 について

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厩橋城跡(左岸)・石倉城跡(右岸)

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新田伝説(新田郡、現太田市)

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○義重山新田寺大光院の山門は「吉祥門」、徳川家康が大阪城落城を喜んで名付けた。

○呑竜上人が、生まれつき弱い子を預かり七歳になるまでは大光院の弟子として面倒を見た、のが「七つ坊主」。

○呑竜上人となかずの池
 ある昔、太田金山に与一という猟師がおっかさんと女房の三人で暮らしていた。 ある年、日照りで作物が枯れてしまい鳥も獣も山から姿を消し、食べる物が無くなった。 与一は遠くへ猟に行き帰らない日が続いた。
 やがて食べ物がなくなり病に倒れたおっかさんのために、女房が弓矢を持ち山へ出..

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高崎伝説(3/3)

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○「恋しくば尋ね来て見よ上野の わが浜川の須苗子の森」と唄われたのが須苗子の森。

○1646年3月23日夜、倉賀野町城跡の三ノ廊の茂みに、地響きとともに井戸ができ清水があふれた。 そして、泉の中にあったご神体を祭ったのが「井戸八幡」。

○豊岡・金ヶ崎の渕の主は大亀。 豊岡のトは岬・山・土の意、ヨは土地・畑の意、オカは山・麓の意、カは跡の意、というアイヌ語説もある。

○723年、土の中から輝きとともに古鏡がでてきたので、石凝姥命を祭ったのが小八木。「鏡の宮」。 
※石凝姥命は国鏡..

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榛名伝説

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○榛名湖女人入水
 榛名湖に入水した木部姫については伝説上、その正体は木部宮内輔弾正室・同室竜田の前・同実一室・貞朝室・木部駿河守範虎・長野業政室などいろいろ、その時期は箕輪落城の1563年・神流川合戦の1582年・山名対木部の1585年などいろいろ。 人身御供との見方もある。

○木部井戸(木部の神井・長年寺)は榛名湖に通じている、ともいわれた。

○右京のむだ堀(右京の馬鹿堀・泣き穴)
 宝永六年左京太夫輝貞が、溜堤から取水・榛名北を通り・スルス岩の下にトンネルを堀り・白川へ..

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富士見村伝説(勢多郡富士見村、現前橋市)

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○大沼の主は大きな緋鯉、五十年毎に人身御供が必要。

○覚満法師が、法華経力をもって赤城沼に入水した赤城姫を竜神の座に上げた。(覚満淵)

○唐人が船でやってきたがもう上流に行かれないので引き返したのが、石井の船返し。 一休みしたところが、漆窪の唐人貝戸。

○弘法大師が鉈で薬師如来を彫ったのが穴薬師。

○小沢・金剛寺が火事になったとき、不動様が庭の木に登って避難したが、魂は石井に行ってしまい抜け殻だった。

○漆窪の薬師様を、馬に乗ったまま通ると落馬し・帽子をかぶったまま通ると飛ばされた。

○..

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前橋伝説(2)

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○茶店で売っていたはぜ棒が六文だったので、「六文棒」と言う地名になった。

○一揆の首謀者として処刑された駒形茂衛は、広瀬川畔の隠し墓に葬られた。(駒形茂衛地蔵)

○悪疫が流行ったとき、弘法大師が屶で石を刻んだのが屶切薬師。

○利根川を渡るのに着物を腰までまくったので「小島田」。(コシマデ→コジマタ)

○上杉方と武田方が戦ったときに埋められた小判があるらしい。(朝日夕日)

○湯之気曲輪には温泉があったが、屍馬を投げ入れたので水になった。

○源頼朝が鞍を掛けたのが「鞍掛け松」。

○端気川・利根..

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玉村伝説(佐波郡玉村町)

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連載[グンマの伝説]は、まじめに読み続けると脳崩壊のおそれがあります。
○源頼朝がヤナギの箸を地に刺したのが生えて逆さ柳になった。
○源頼朝がこの地で飯を食べ「うまい米だ、この村を飯塚(めしづか)と名付けよ」。
○百足丸と呼ばれる名刀は刃こぼれが百足のように見えたので、こう呼ばれた。
○昔疫病が流行ったとき煤炭が顔に付いた少女だけが病にかからなかった、のが「すみつけ祭り」の始まり。 【顔に泥を塗る】とはこの事。
○清和天皇がオンベ(御幣)を立てて四万の神々を祀ったのがオンベ山。(軍配山..

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群馬での暮らし:東村の地名

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○どれだけ読める東村の地名
 遠西→とおにし、 下代→げだい、 開発→かいはつ、 間の田→あいのた、 久保内林→くぼうちはやし、 強戸→ごうど、 曲口→しゃくじい、 御手洗下→みたらせした、 国定→くにさだ、 根性棒→こんじょうぼう、 四畝歩→よせぶ、 十二天→じゅうにてん、 小保方→おぼかた、 上田→かみた、 諏訪原→すわっぱら、 水殿→ずうどの、 掻揚→かきあげ、 大根谷戸→だいこんがいと、 宅地付→たくちづき、 鉄糞→かなくそ、 纏→まとい、 田部井→ためがい、 東菜飯田..

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グンマの昔:わらじ

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○フセギ(塞ぎ
 村境は、疫神が入ってきたり、厄災・悪霊を追い出す所であった。 そのため、村境に大きな草履をつるし「この村にはこんな大きな草履を履く大男がいる」と脅す習俗があった。(八丁じめ・辻切り・フセギ等ともよばれた)

※大わらじには、「旅の具として遠くから来る神をもてなす」との説もある。

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※「天照大神の使者アマノウズメノミコトが大国主命の国へ入ろうとしたところ、臣の猿田彦が大きなワラジを片方だけぶら下げて入国を阻止した」のが始まりとされている。 なぜ片方だけだったのかは解..

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群馬での暮らし:将軍塚古墳

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《グンマを話そう》

○将軍塚古墳(島名神社)
  この塚は、前方後方墳と言い、前方部の塚上に島名神社があり彦狭島王を祀っています。第十代崇神天皇の時代(西暦四八年)、息子の豊城入彦命を東国(関東地方)に派遣してこの地方を治めさせました。 

 

Shougun2

 また、代十二代景行天皇の時代(一二五年)、豊城彦命の孫である彦狭島王を東山道十五国の都督に任命しました。ところが赴任の途中、春日の穴作邑で病死しました。上野の国の人達はこの話を伝え聞き、王を哀れみ、ひそかに王の死体を盗みここに祀ったといわれ..

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群馬での暮らし:保渡田古墳群

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:悲況群馬》

 保渡田古墳群(二子山古墳・八幡塚古墳・薬師塚古墳)@高崎市保渡田町・井出町

○墳丘長約100メートル。

 

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[完成後(2009年12月12日)]

 

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[古墳建設中]

って、おかしくないか?

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群馬での暮らし:城跡・古墳

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 グンマには、多くの城跡・古墳がある。 特に古墳は、東国一の数を誇り、一万基以上あったと言われている。 
○主な城館
 山名城、桐生城、尻高城、長野原城 、名胡桃城 、中山城 、岩楯城 、白井城 、長井坂城 、五覧田城 、大胡城 、太田金山城 、反町城 、上江田城 、安善寺明王院舘 、館林城 、箕輪城 、後閑城 、碓氷城 、松井田城 、磯部城 、固唾城 、平井城・平井金山城 、根小屋城

 

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☆ただ一つ言えることがある。
【グンマ人は新しいもの好き】 だ。

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藤岡の鬼面瓦

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○藤岡の鬼面瓦
 奈良時代、国分寺の建立に始まったいわれる藤岡瓦・鬼面瓦、近年では置物・壁飾り等も作られている。

○かわらの里・藤岡
 崇峻天皇元年、飛鳥寺造瓦により瓦製造が始まり、古墳衰退とともに埴輪窯が瓦生産の場となった。  特に、神流川・鮎川・三名川の扇状地の粘土を原料に焼成用の杉・松にめぐまれた藤岡が発展を遂げた。 
※城郭建築・武家屋敷・一般家庭へと普及した。

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浅間山古墳

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○浅間山古墳(せんげんやまこふん)@倉賀野町

 浅間山古墳は四世紀後半に造られたと考えられているが、誰の墓かは解っていない。

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参考文献

☆カテゴリ 《ぐんま》 は、下記文献などを参考にしています。
 「和菓子の贈りもの」展 歴史秘話20 虎屋文庫、 ビジュアル・ワイド江戸時代館、 「王朝の雅と和菓子」展 平安建都1200年記念 虎屋文庫、 「江戸おもしろお菓子」展 菓子と喧嘩は江戸の花 虎屋文庫、 「子どもとお菓子」展 虎屋文庫、 「上毛かるた」で見つける群馬のすがた、 「日本の神さま」おもしろ小事典、 「和菓子百珍」展 第六十八回虎屋文庫資料展 虎屋 虎屋文庫、 50年のあゆみ:榛名町50周年記念誌、 IKA..

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