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神話伝説 (5)

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○ヤマタの大蛇
 天上から追放されたスサノオは放浪しつづけ、その途中農業神であるオオゲツ姫に出合い食物をもらったが、姫が口や尻から食物を出すのを見て殺してしまった。 そして、姫の頭から蚕が・鼻から小豆が・ホトから麦、が生まれ出た。

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 出雲ヒノ川の川上にやってきたスサノオは、ヤマタの大蛇が毎年人身御供を求めてくるのを聞いた。 そこで、酒を造らせ・これを八つの壺に入れ、ヤマタの大蛇を待った。 そしては、ヤマタの大蛇が酒を飲み・酔って眠ったところを斬り殺した。 この時、大蛇の尾から..

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神話伝説 (4)

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○天の岩戸
 突然荒れ狂いだしたスサノオは、アマテラスが作った田の畔をこわし・溝を埋め・御殿に糞を撒き、乱暴狼藉をつくした。 長い顎髭を胸まで垂らしたスサノオが泣きわめくたびに、山々の草木は枯れ・川や海も干上がり・あらゆる災いが起きた。 さらに、神聖な機織場に、皮を剥いた斑駒を天上から落とし入れたために、驚いた織女がホトを突いて死んだ。 ついに怒ったアマテラスは天の岩戸にこもってしまった。

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 闇となった天上では神々が集まり、長鳴鳥を鳴かせ・鏡を木にかけ・アメノウズメノ命が裸舞..

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長勝院

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○長勝院
 志木市柏3-10

 田面郡司長勝を頼って志木に来た在原業平、長勝の娘に一目惚れするも許されず・ついには駆け落ちをした。 追っ手は見つけることができず、草原に火を放った。 火に追われた二人は必死に逃げ、土塁の陰に身を隠した瞬間、火勢が止まった。 その地が平林寺裏山にある野火止塚。 
※その昔「業平松」があった。

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☆長勝院旗桜
 目通り樹周り3.05m・高さ11.2m・推定樹齢400年以上のハタザクラ。 花は大きく、一重咲きの花に雄しべの一部が花弁状に変わった旗弁を生ず..

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オイテケ堀

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○オイテケ堀
 越谷市大成町1-71

※「おいてけ堀」は、「置いてきぼり」の語源。

おいてけ堀 について

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 八坂神社裏手わきに昔は沼があり、そこに内池弁天が祀られていました。 この沼は天明六年の関東洪水のときに、元荒川の堤防が決壊してできたもので、人びとはこの沼を「オイテケ堀」と名づけています。 この沼の主は大きな白蛇で、人が通ると「オイテケオイテケ」と呼びかけ、沼に引き込むといって子どもたちを近づけなかったといわれています。
 現在のように、上流にダムがあるわ..

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野本館跡

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○野本館跡
 東松山市下野本661

館跡 について

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☆無量寿寺
 東松山市下野本662、0493-22-2628
 野本氏が菩提寺として建立、古くは野本寺ととよばれていた。 明治六年利仁学校を開校。(野本小学校の前身)
※藤原利仁の陣屋跡ともいわれたが、野本氏館跡らしい。

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☆七月一日は尻あぶりの日
 岩殿・神戸・金谷などでは、七月一日朝に庭先でスクモリを炊き・皆で尻をあぶる。 こうすれば、魔物にあわない・田に虫がつかない・腫れ物ができない..

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伝説の秩父

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☆御前様・高篠立石
 天正十八年北条氏邦戦いに破れ鉢形城開城、徳川氏代官の支配下となった。 家臣御前但馬守と家来椿兵左衛門は立石に落ちのぴ、小さな小屋を建て・農耕し・子供達に学問を教えた。 村人達に信頼されるようになったころ、武士達がやってきて・御前らを殺害してしまった。 これを哀れんだ村人達は 小屋跡に祠を建て御前様を奉り・廻りに椿を植えた。
※武士達に桔梗紋だったともいわれる。

☆天狗たん譚・槻川村坂本琴平神社
 近くの山には天狗が住み、この天狗をからかった男の家が飛ん..

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厳島神社

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○弁天様・厳島神社(厳嶋神社・山口弁財天)
 川口市東内野/さいたま市緑区下山口新田

 古くは沼の中程に弁財天を奉っていたが、沼地が無くなり移設。  「この沼には雌の大蛇が住んでおり、印旛沼に住む雄の大蛇に会いに行った」・「大蛇の鱗」などの伝説もある。
※沼の中から見つかった弁天様を奉ったといわれる。

弁天 について ・ 大蛇 について

○山口弁財天
 暑い夏の日、蓮見家馬子が千住からの帰り道、疲れ果てた旅姿の女を木曽呂橋まで馬に乗せた。 その女がお礼に渡したのが禁断の「..

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鉢形城歴史館・鉢形城跡

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○鉢形城歴史館・鉢形城公園
 大里郡寄居町大字鉢形2496-2、月休、048-586-0315

城跡 について

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Shiro_hachigata1○武州鉢方古城

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☆万年山少林寺
 少林寺に長く飼われた猫一匹、数珠を置いて寺を去った。 数日後、鉢形城主が亡くなり、葬式の最中棺が天高く舞い上がった。 このとき、少林寺僧侶「万年山少林寺住職ここにあり」と唱え・数珠を天に投げ上げると、棺は元の場所に収まった。
※江戸時代、少林寺は幕府から十五石の朱印を受けた..

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舎人氷川神社

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☆舎人氷川神社
 足立区舎人5-21

 正治二年、武蔵国一の宮を勧請し須佐男神を奉った。 境内に円墳があったとい われる。

氷川神社 について

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☆舎人氷川神社
 神社の本殿は総欅造り、柾目の素材を使用し、屋根は唐破風の流し造りです。一面に施された精巧な彫刻(昇龍・降龍・唐獅子・牡丹・八岐大蛇退治・天の岩戸開き・天孫降臨等)は、区内屈指の神社建築(足立区登録文化財)で、舎人町・入谷村 遊馬村(草加市)の3町村の鎮守です。 また、正治元年に、武蔵野一宮で..

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高虫氷川神社

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○高虫氷川神社
 蓮田市高虫1702

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 氷川神社は、東京都・埼玉県に多く、元荒川を東の限界とし、西は多摩川を限界とした区域にのみ多い神社です(その他の地方では、神奈川県・千葉県・北海道に1社、茨城県・栃木県に2社あります)そしてその多くは、埼玉県大宮市にある大宮の氷川神社の分霊を移し祀ったといわれています。
 祭神は、須佐之男命・稲田姫命・大己貴命の三神です。  須佐之男命は、出雲国簸の川上で八岐大蛇を退治し、稲田姫命を妻と迎えました。 ..

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大門神社

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○大門神社
 さいたま市緑区大門2933

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○大門神社
 古くは、大門神社の大ケヤキには、ときどき白大蛇が現れた。 ある年、将軍日光参詣のさい上様に危害がかかるといけないと、ケヤキをムシロで覆い縄をかけた。 それ以来、白大蛇は姿を消した。


○大門愛宕社・大門神社境内
 神社拝殿木彫りの竜、
 崖下の池に住む雌雄二匹の竜、怒ると池から飛び出し・嵐を呼び・洪水を起こし・田畑を荒らしたたが、村人達にはなすすべもなかった。 
 あ..

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羽盡神社

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羽盡神社
 埼玉県川口市芝5379

 本殿は江戸時代に一宮氷川神社から移築、元治三年再建。
※「はばき」は大蛇のこと。

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○羽盡神社本殿
 川口市大字芝5379-1
江戸時代

 羽盡神社は、芝の鎮守社であり、建武2年の神宝「秋草双雀鏡」から、創建は南北朝の頃まで溯ると思われます。 当本殿の建立年代は定かでないが、「氷川移し」と称し、江戸時代初期に武蔵一ノ宮氷川神社より材を譲り受けて移築したとの言い伝えがあります。 本殿は、一部に江戸中期以降の意匠も見られるが、周辺氷川神社との比較から..

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八潮市立資料館 (1)

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八潮市立資料館
 (八潮市南後谷763-50、月休、048-997-6666)

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八潮市 について

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☆八潮市垳
 他には無い地名。 八潮は、八幡村・潮止村・八條村が合併してできた。



八潮のむかしばなし

○月夜に光る丸木舟(西袋・柳之宮)
 西袋の蓮華寺のわきの田んぼは、まん月の晩にかぎって、ピカッ、ピカッと光ったそうな。 何でも、そのように光るところには、丸木舟がうまっているそうな。 


○たから船のちんぼつ(大原・浮塚・南川崎)
 むかし、八潮は海だった。 この海をば、..

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さんごの滝

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○さんごの滝(三五郎滝)
 鎌原家下僕三五郎が大蛇を追い、この滝で任とめ鱗を持ち帰ったとされる。

※鎌原城跡付近・道路沿い

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鴻巣の赤物

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○練り物(鴻巣)
 桐材のおが屑と正麩(小麦粉澱粉)を練り固めて作った。 土人形よりも精巧で・軽く・割れにくいので、雛人形の頭に使われている。  鴻巣では赤色に彩色し、子供の疱瘡除けとしたので「赤物」とよばれる。


※赤べこの丸い模様は、疫病除(疱瘡)け。

☆一目ぼれ人形・鴻巣
 江戸の若者喜助が、鴻巣の人形師に弟子入りした。 やがて腕の立つ頭師となり、親方の一人娘「おこう」に一目惚れした。 やがて喜助のつくる人形は、ふっくらした顔つきで・ぱっちり目の顔になった。 それは「おこう..

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蝮蝎

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○蝮蝎(蟒蛇・大蛇・うわばみ)
 蝮(マムシ)+蝎(蠍・サソリ)ともいわれ、中国呪法の蠱独が源とされる。

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別所沼

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(さいたま市南区別所4-12)

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☆別所沼の雨乞い
 その昔大蛇がすんでおり、どんなに日照が続いても涸れることはなかった。 化干ばつの時は、茅で大きな蛇形をつくり・沼の中で暴れ・大蛇を怒らせば、雨が降るといわれた。

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見世物 (1)

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○見世物
 大灯籠の絵→裏は大道路、目が三つに歯が二本→下駄、大いたち→大板に血、ベナ→鍋がさかさま、大あなご→大きな穴のな中に子供、大山さる→大山製の笊、取り立てのカッパ→雨合羽、亀の背に作り物の大蛇、など。


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○見世物  
名号牛→子牛の背中に「南無阿弥陀仏」の文字、後には子供の背中にも。  
河童→子供の頭を河童頭に剃った。  
大蛇→亀の背中に作り物の蛇。  
むしゃりむしゃり娘→動物の内蔵を喰っているように見せる。  
一丈二尺の大いたち→大板に血。  
べな→さかさ鍋。  ..

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かんかん踊

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カンカン踊
 文政四年春、葦屋町河岸にて唐人踊なる見世物が出「カンカンノウ」とて蛇皮線に合わせ・銅鼓を叩き・法螺を鳴らし・大蛇を舞った。 後に、両国広小路・深川八幡でも開かれ・子供たちが真似て踊り・江戸市内を風靡したといわれる。 文政五年には禁止令が出たが、みんなで無視した。

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グンマのカンカン踊りは下記。

○カンカン踊り・上野村乙父

○カンカン踊り・藪塚三島神社

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☆看々踊之図

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○看々踊・かんかんのう
 文政三年四月大阪荒木芝居にて興行、..

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三五郎滝

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○さんごの滝(三五郎滝)
 鎌原家下僕三五郎が大蛇を追い、この滝で任とめ鱗を持ち帰ったとされる。

※現状未

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館林伝説

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○城沼に住む竜が女に身を変え、七日間上人の説教を聴いた後飛び込んだのが善導寺「竜の井」。 それ以降、井戸使用禁止。

○須賀沼の南沼の主は大蛇・北沼の主は大亀、宝光寺・とみ坊主が魚取りをしたに怒り懲らしめてからは魚取りをする者はいなくなった。

○昔から洪水に見舞われた大沼を埋め立てたさい、沼の主夫婦の二匹のウナギを祀ったのが「須賀弁天祠」。

○赤岩にあった沼の主は大蛇、村の娘が次々と消えた。 そこで、藤原長良の御殿女中「おさよ殿」が弓で退治し、頭を瀬戸井・切り刻んだ胴体を舞木などに祀..

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藤岡伝説

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○弘法大師が杖を地に突き刺したところ水が湧きだしたのが「弘法井戸」。 高山・上の谷戸、根岸に三カ所、庚申山、三本木などにある。

○高山下組の「又平だいら」には酒が湧く泉があった。(樽湧き)

神流川は天正年間前は名もない狭い川であったが、ある年の大洪水で堤防でも防ぎきれず「火の神社・水の神社・木の神社・金の神社・土の神社」を祭った。

○平塚の沼は「大蛇の沼」とよばれた。 

○高山下組は「白塩」とよばれ、塩が湧いたとされる。

○十八町坂の途中の市衛門の洞穴には古狐が住んでい..

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グンマの昔:老神温泉

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老神温泉(1959年)

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 ある昔「上野国赤城山の神」と「下野国二荒山の神」との間に、日光中禅寺湖をめぐって領有権争いが生じた。  話し合いでは合致に至らず、両神はそれぞれ大蛇と大ムカデに変身し、戦闘が勃発した。(両神がどちらに変身したかは諸説あるが、百足より蛇を自国の神としたいのが本音のようだ)
 この戦闘で流れた血で山が赤く染まり、「赤き山」すなわち「赤城山」となった。

※二荒山神社には大蛇が祭られてるのに対し、老神温泉には大蛇関連の歴史的資料は無い。

※老神温泉では「赤城の..

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松井田伝説

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○碓氷貞光
 碓氷の荒太郎・荒童子ともよばれ、怪力だった。 これを土産としたのが、碓氷峠の「力餅」。 貞光梨というのもあった。

○十九夜様・十九夜念仏
 お産の神様、三月十九日が祭日だが、農繁期を避け二月十九日に行うことが多い。

○天狗
 目撃情報多数。 谷急山ケゲンが穴・角内山・オヤン沢、など。

○狐
 狐に化かされた人も多数。

○丸目蔵人
 剣客丸目蔵人が、坂本町城山頂上に道場を建てたとされる。

○山賊
 灘の佐太夫なる山賊がいたといわれる。 怪力で殿様の駕籠を一人で担ぎ峠を越えたといわれる..

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地名伝説(赤城山西麓)

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○北橘(ほっきつ)
 日本武尊命が山頂で、弟橘姫を偲んで「あづまはや」と入ったので、この山を「橘山」。 が、植物の橘が由来との説、急崖が立っているので「立ちバナ」との説もある。 

○岩鼻
 烏川に臨んだ所が岩石になっている。

○板鼻
 碓氷川に平板が臨んだ大地。

○十二様
 十二人の神々・十二人の子供を持つ神・一年を守護する神、など言われるが本当のところは判っていない。 女の山の神様である。
※女房を「山の神」というのは、十二様が源。

○溝呂木
 オオミ堂のミゾロガ池の主大蛇が大きくなり池が小さ..

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グンマの地名

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○グンマの地名 上級編

○芦生田(あしょうだ)
○安楽土町(あらとちょう)
○尉渡野(しゃうとの)
○磯部(いそべ):石上部の居住地。
○印字(いんじ)
○宇貫(うぬき)
○羽根(はね):赤土などの意。
○羽根尾(はねお):「埴」が源、粘土質土壌の意。
○姥が懐(うばがふところ)
○姥懐(うばどころ):深く狭い谷間の意。
○瓜山(うりやま):ウルイが源。
○瓜生(うりゅう)
○乙鳥・燕鳥(つばくら)
○乙父(おっち)
○乙母(おとも)
○下賛郷(しもさぬ)
○下仁田(し..

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グンマの昔:木部姫

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木部姫と長年寺(下室田)
 ある夜、美女が血脈譜を授かりたいとやってきた。 蝋燭で襖に照らし出された影はまさに蛇姿であった。 そして、身の上を語り始めた 「緑野群八幡村木部城主の妻・木部姫と申し、落城とともに榛名湖に入水し大蛇となった。血脈譜を授かることができるなら、永遠に寺に水を捧げる」
 はたして、長年寺境内に清水が湧き出て絶えることがなかった。 人々は「木部の井戸」とよぶようになった。 この井戸は底なしで・榛名湖に続いているといわれている。

※木部姫に関する逸話は多数..

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グンマの昔:三枚の鱗

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○三枚の鱗
 吾妻町原町・普光山無量寿院善導寺・二代目「円光上人」の母が、みんなと榛名湖に出かけたおり、湖に身を沈めると、たちまち大蛇となり湖底に消えていった。 これを嘆き悲しんでいる上人の夢枕に母上が現れ「九州筑紫の広島池の蛇身だったが、仏力により人間となり、仏に仕える子を得て願いがかなった」と。
 こうして善導寺では、湖に沈んだ四月二十日を法要の日とし、母の形見である「蛇の鱗」がのこされているという。

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大泉伝説(現大泉町)

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○天狗を祭ったのが宇原大明神、「喜之松」なる男が天狗になったといわれる。
○きつね塚・たぬき塚
 宿に泊まった身重の女が女の子を産み、恩返しに宿で働くことになった。 母娘とも美人で、ある時若い武士をめぐり三角関係となり・激しい争いとなり、すすきが原へと戦いの場は移った。 翌朝村人が見たものは、傷だらけで死んだ大狐と若狸であった。

○家に入った盗人を斬ったら、どこかで見たことのある顔だったので、万願寺「夜盗の墓」をたてた。 
※子供の夜泣きに効くといわれた。

○龍泉院にあるのが「雨..

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百足絵馬

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○百足絵馬(館林赤城神社)

※老神温泉では「赤城の神が大蛇」であるのに対して、桐生では「赤城の神は百足」とされる。 この地の人々はムカデを見ると殺すことなく「ムカデ ムカデ 赤城へいけ」と唱えて逃がしたそうだ。
※ムカデ絵として、館林市足次町赤城神社の絵馬三面・彫刻、赤城山頂の蜈蚣社、太田市西矢島の赤城神社の襖絵などある。

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Mukade21

☆ムカデが百足なら、  
案山子は一足…  
モズは百舌…  
ククク(九)と鳴くのが鳩…

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大間々伝説(大間々町、現みどり市)

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○高津戸城の戦い
 父里見上総入道勝広の敵討ち(山越出羽と石原石見)を企てた里見勝政・勝安兄弟が居館としたのが、1100年頃に築城された高津戸城(1351年桐生国綱により廃城)。 しかしながら、本望を遂げられなかった。(里見十二騎の墓)

○新田芳重の隠し館
 新田芳重が一族の隠れ場所としたのが上州桐原牧新田金塚隠し館、農具・武具などを作った。 金塚は鉱石貯蔵所、ジャンジャン屋敷は溶解所。

○自然のままに暮らしていた念仏行者「行仙房」、村人達に尊敬され・見守られながら1278年..

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グンマの昔:赤堀道元

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赤堀道元の妻(伊勢崎)
 赤堀村領主赤堀道元の先祖俵藤太藤原秀郷は、近江国三上山で大ムカデを退治した。 その道元の妻が赤城大明神を参拝し赤城山へと向かい小沼の畔に来ると、水面が高く吹きあがり大ムカデが現れ、妻を沼に引き入れてしまった。 そして「祖先が亡きものとした大ムカデの祟りである。これからは沼の主となる。」と言い残し大蛇となり沼に消えた。 これ以来、赤堀姓を名乗る者は赤城大明神に参詣してはいけないとされる。
※妻ではなくて娘との説もある。
※竜神を見ることができるのは赤堀家..

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グンマの昔:天幕城の千鳥姫

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○天幕城の千鳥姫
 磯村・天幕城主海野丹後守の娘千鳥姫の元に毎夜若者が忍んできた。 見張り厳しい城内に入る若者を不審に思った母親が、男の着物の裾に糸のついた針をさすよう、お付きの者にに告げた。
 翌朝糸をたどると、沢川・粕川・五目牛堂山へと続き、祠の中へ入った。  そこには息もたえだえの大蛇がおり「姫に私の子供が宿っているから安心だ」と言って息絶えた。
 城に戻った共の話を聞いた母君は、姫に菖蒲酒を飲まし、たくさんの小蛇を下し、蛇の難から逃れた。

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グンマの昔:毒島城

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○毒島城(赤堀今井)
 沼の中にある毒島城を攻めようと、三千の敵軍が沼東方より攻め入った。  すると島が西へ動いた。 それで西から攻め入ると、今度は東へ動いた。  島は沼の主の大蛇が動かしていたのだった。  そこで、沼の周りに生えているブス(トリカブト)を石臼で砕き沼に投げ込み、大蛇ほ殺し城を攻め落とした。
※沼の主は大亀だったとの説もある。

(毒島城跡)

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○毒島城(蛇体合戦)
 毒島城(城主青木入道)へ赤石・三浦謙庭が三千騎の軍勢で攻め入るも、沼の中の毒島城は東へ・西へと移動し..

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水上伝説(現みなかみ町)

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○寺間開墾の浪人屋敷には落人が住み着き、大峰山に金を埋めたらしい。

○上杉憲政が越後に落ち延のびるさい、馬をつないだのが「馬つなぎ石(タテ石)」。

○蛇淵の主は大蛇だった。

○ヨエモンがスマキにされて投げ込まれたのがヨエモン淵。

○間男をつくった妻が夫ムトウ坊を殺したので、祟りをおそれた村人が無縫塔を建てたのが無縫塔。

○アクトには八束脛の足跡があった。

○オオユウ(大洞窟)にはヤツカハギが出た。 またオオユウは越後に通じていた。

○昔話のおわりは、「イッチガサヶカッタトサ」。

○仏岩をは..

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新田伝説(新田郡、現太田市・みどり市・伊勢崎市)

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○笠懸桜塚・園田屋敷の地蔵様は、賭事の地蔵様だった。 そのため賭博人が「かけら」を求めたため、頭・手が無くなってしまった。 その後、復元されたらしい。

○岩宿の天王様は、疫病が流行った時に担ぎ出されて、疫病を追い払った。(1962年)

○平安時代、新田荘では鹿に田畑を荒らされたので、領主園田太郎家茂が「鹿専用畑」を作らせ・通常の畑と分離したので、この地を「鹿田」とよんだ。 
※山田郡小倉村の鹿田との説もある。

○葬式が家から出る時坊さんが鐘を「ジャラン・ボーン」と鳴らしたので、葬式を..

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太田伝説(2)

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○大男が赤城山に腰掛けて、利根川で足を洗い、捨てたキセルの灰が丸山になり、足跡は池になった。

○ダイダラホッチ(デエダラボッチ)が赤城山に腰掛けて、利根川で足を洗い、草鞋の土が落ちて丸山になった。

○大男が米山薬師を背負って来て、金山に腰掛けて、渡瀬川で足を洗い、草鞋の泥が大丸山と小丸山になった。

○ダイダラホッチが金山に腰掛けて、利根川で足を洗い、立ち上がった足跡がすりばち(下浜田・鍛冶谷戸)。

○弘法大師が霊場を創ろうとしたが、金山には九十九谷しかないのであきらめた。

○新田義貞..

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太田伝説(1)

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○義重山新田寺大光院の山門は「吉祥門」、徳川家康が大阪城落城を喜んで名付けた。

○植木野村にみすぼらしい修行僧がきて、芋を洗っていたお婆さんにお布施を求めたが、断られた。 そこで隣家へ行くと、快く泊めできる限りのもてなしを受けた。  お婆さんの芋は石に変わった。 隣家のまな板裏には「阿弥陀如来像が描かれ・南無阿弥陀物と書いてあった」その脇には「空海」と。 これが、宗金寺の弘法大師が爪で掘った「まな板の名号」である。

○八重傘沼には大蛇が住んでいたが、竜舞の修験者・松本院清安が切..

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赤城村伝説(勢多郡赤城村、現渋川市赤城町)

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○湧玉には白蛇が住んでいる、汚したり・不浄物を洗うと祟りがある。 雨乞いだけはきいてもらえる。

○勝保沢の清水側に住んでいた「お哲」は超美人だったので、弁天様とよばれた。 その地では、女の子が産まれると「お哲」と名付けるのが流行った。

○おとうか久保には、オトウカが出た。

○上三原田・三島山の大松の木には天狗が住んでいた。 音を聞いた人も多い。

○戦の時、内出城内の松に登り情勢を眺めたので「物見の松」。

○二城主見立権太郎が仲井の田のくろを枕に切腹したので「枕田」となった。 田には..

YAMADA

前橋伝説(2)

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○茶店で売っていたはぜ棒が六文だったので、「六文棒」と言う地名になった。

○一揆の首謀者として処刑された駒形茂衛は、広瀬川畔の隠し墓に葬られた。(駒形茂衛地蔵)

○悪疫が流行ったとき、弘法大師が屶で石を刻んだのが屶切薬師。

○利根川を渡るのに着物を腰までまくったので「小島田」。(コシマデ→コジマタ)

○上杉方と武田方が戦ったときに埋められた小判があるらしい。(朝日夕日)

○湯之気曲輪には温泉があったが、屍馬を投げ入れたので水になった。

○源頼朝が鞍を掛けたのが「鞍掛け松」。

○端気川・利根..

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グンマの昔:万座温泉

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○万座温泉
 姥湯・熊四郎山の湯・錫湯・新苦湯・塩湯・苦湯・鈴湯・新錫湯・奥万座法性の湯・銅粉の湯・ラジウム北光線の湯・琥珀の湯・三昧の湯・鉄湯・甘苦湯・松の湯、がある。

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Manza1910○万座温泉・1910年頃


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《グンマを話そう》
 ある昔、吾妻干俣の猟師が「熊駒」と「四郎」という犬二匹をつれ狩りをして岩窟で夜を過ごした。 すると夜中に犬がけたたましく吠え・止まることがなかった。 業を煮やした猟師は、山刀で犬の首を落としてしまった。 するとその首は空中高く飛..

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グンマの昔:碓氷貞光

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○碓氷貞光・松井田町金剛寺
 都を追われた橘靭負充貞兼と賓頭廬姫の間に生まれた荒太郎(後に貞光)は、七歳にして両親を失いながらも武芸学問に優れ・怪力の持ち主でもあった。
 ある時村人に頼まれ、碓氷峠の大蛇退治に行き、太刀を振りかざして大蛇と戦っていると十一面観音が現れ鎌を授けたのでこれで大蛇を退治した。  村人は「十一面観音」そして「鎌明神」を祀り、碓氷山定光員金剛寺を開基した。 碓氷峠には貞光に因む事柄が多い。(貞光梨もある)
 また安政二年には、安中藩主板倉勝明侯が藩士の..

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グンマの昔:大日向神社

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○大日向神社@南牧村大日向
 御神体は諏訪湖の大蛇の尻尾とされる。 ある昔、石垣が崩れて修理しようと大きなテコを差し込んでこじったら、下にいた大蛇の片目を突いてしまった。 それ以来、大日向の人は片目が小さくなったといわれている。(尻尾が御神体なので家系が切れるともいわれる)

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群馬での暮らし:グンマまじない

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○魔境の邦グンマ 【グンマのまじない】
 グンマで生きるにカナラズ役立つ【まじない術】。 これを覚えねば命の保証はない。

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足が痛い→子の権現に草鞋をつくってあげる。
いぼ→米粒でなぜる。
いぼ・あざ→神社の小石を貰ってなでる、治ったら倍にして返す。
漆にかせたとき→おわんに孔をあけてさげる。
えぼ→米粒を雨だれおちにうめると、腐るころには治る。
男四十二才になると、村の辻に酒を供え・褌を落として厄おとしとする、女は蜜柑と櫛・手拭い。
かぜ→うるしの木に..

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百足鳥居

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○赤城の百足鳥居@桐生市新里町板橋
 この鳥居は、赤城山へ登る東南麓の参道として1782年に建てられた。 鳥居の島木(しまぎ)には、1.3mの百足が陽刻されており、この周辺の人々はムカデを見ると殺すことなく「ムカデ ムカデ 赤城へいけ」と唱えて逃がしたそうだ。

※老神温泉では「赤城の神が大蛇」であるのに対して、桐生では「赤城の神は百足」とされる。 ただし、二荒山神社には大蛇が祭られてるのに対し、老神温泉には大蛇関連の歴史的資料は無い。




《グンマを話そう》
○日光編
 ある昔、赤..



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世界最後の魔境グンマ:カンカン踊り

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○かんかん踊り(カンカンノー)の唄
かんかんのう
きゅうのです
きはきです
さんしょならえ
さあいほおい
みいかんさん
いっぴんだいさい
やははんの
ちんぴがからくて
ふいかんさ
すてつるてん
すてつるしゃんしゃん

☆この呪文はいまだに解読されていない。(唄う人により若干異なる@上野村)

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※カンカン踊りは、藪塚本町三島神社など他の地域でも伝承されていた。 派生に「山寺・いぐべえ帰るべえ・お医者さん」などキワドイものもあったらしい。
※カンカンノーの元々は、若き男女間の官能唄だったら..

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針千本

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○針千本
 ある昔、山奥村できれいな娘が毎晩沼をのぞいていた。 沼の底からその娘を見ていた沼の主の大蛇は娘が好きになり、若者に姿を変え「わしの嫁になってくれ」と娘に頼んだ。 娘は願いをかなえてくれたら嫁になると、懐から回り中に針の出ている丸い玉(針千本)を出し、沼の底に沈めてくれと言った。
 大蛇は喜び勇んで玉を沼底に沈め水面に出てくると、続いて玉も浮かんできた。 こうして、沈めては浮かび沈めては浮かびを繰り返しているうちに、針千本の針が体中に突き刺さり、とうとう大蛇は沼の底に..

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群馬での暮らし:めっぱ

Meppa

《グンマを話そう》
 [ものもらい(麦粒腫)]のことを「めっぱ・めかご・めかいご・めかい・めもらい・めこじき」などと言います。(※アクセントは語尾が上がります「メッパ↑」)

 六合村には独特な治し方があります。
○スイノー(笊の一種)を井戸に半分かけて、「井戸神さん、井戸神さん、めかごーなおしておくれ。 そーしたらすいのー みんなみせるから。」 とお願いします。 地域によっては、井戸の中を覗いたり、蓑を半分見せたり、片眼を隠してたりしてお願いします。
※「籠をかぶるとめかごができる..

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群馬での暮らし:群馬対栃木

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[むかっ(怒り)]ある昔「上野国赤城山の神」と「下野国二荒山の神」との間に、日光中禅寺湖をめぐって領有権争いが生じた。  話し合いでは合致に至らず、両神はそれぞれ大蛇と大ムカデに変身し、戦闘が勃発した。(両神がどちらに変身したかは諸説あるが、百足より蛇を自国の神としたいのが本音のようだ)
 この戦闘で流れた血で山が赤く染まり、「赤き山」すなわち「赤城山」となった。

  しかしながらこの戦いは終わることなく、今なお有名な「グンマー対トチギーの戦い」として闘争が続いている。

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グンマの..

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群馬での暮らし:三峰山

Mitsumine

《グンマを話そう》
月夜野町(現みなかみ町月夜野)には伝説がいっぱいあります。

○雨ごい石
 河内神社近くに三つの石があり、火を燃やして竜神に雨乞いすると雨が降ると言われています。

○石神峠の泣き石
 峠の「泣きい」が濡れると雨が降ると言われていました。

○からしな姫の石
 後閑佑房の側室「からしな姫」が奥方毒殺を図ったが見つかり生き埋めにされ、その上に置かれた石が日に日に大きくなり「毒石」と呼ばれるようになり、「加良志奈神」として祭り納めたと言われています。(寛政中頃)

○げえろ石と..

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群馬での暮らし:グンマの山々

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《グンマを話そう》

 グンマの山々には、大蛇・龍・竜・鬼・雷・天狗をはじめ色々な方々が暮らしておられます。 中には、有り余った力で山を蹴散らかしてしまう方もみうけられます。 グンマの山々がギザギザなのはこのためです。 また、転んだり・投げ飛ばされたりしてできた窪みに水が貯まっると、沼や湖になってしまいます。
 さらには、「からっ風」は寒くなると鬼達が大好きなイモを焼いてたらふく食べるために起きる自然現象です。

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群馬での暮らし:二荒山vs.赤城

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《グンマを話そう》

○二荒山vs.赤城:日光編
 ある昔、赤城山の神と二荒山の神との間に、中禅寺湖の水利権を巡り争いが起きました。 ある晩赤城の仁王が水を盗みに行き、二荒山の仁王と水掛戦争となり、飛び散った中禅寺湖の水で大沼と小沼ができました。

 その後も戦いは続き、ついに日光側は「大蛇」に・赤城側は「大百足」に姿を変え大戦争となりました。(今回の話は日光編なので、自国が大蛇となっている)  やがて、足尾が日光軍に・小川(片品)が赤城軍に加わり、戦場ヶ原で戦闘が繰り広げられまし..

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群馬での暮らし:片品村

Katashina

《グンマを話そう》
 沼田より片品村へ向かう事を「利根の東入り」、三国峠へむかう事を「利根の西入り」と言う。 今でも、沼田から車で一時間ほどかかるこの地は、山々で囲まれ標高も高く(役場でも813m)、その気候は冬長く・春無く・夏短く・秋短く・年中曇空に覆われ、日本海気候である。そのため住民は時間を惜しんで山稼ぎと養蚕に精を出し働いた。「朝食→茶菓子、昼飯→朝飯、おやつ→昼飯、夕食→夕飯」とさえ言われた。「雪隠よりとま(里)へでろ!」は土地の言葉である。
※片品村には「星野」性..

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群馬での暮らし:巳年

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》



※[南蛇井]は、古代の[那射(なさ)郷]が訛ったらしい。 近くの蛇宮神社(七日町)には、日本唯一の「竜骨(オオツノシカの化石)」が伝えられている。 群馬県立自然史博物館(富岡市上黒岩1674-1)も、この地にある。

○南蛇井
 「ナ」は土地の意、「ジャ」は狭(サ)の転じたもの、「井」は井戸。 併せて鏑川沿いの「狭い平地」を意味するともいわれている。


※他にも蛇のつく..

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群馬での暮らし:碓氷峠

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《グンマを話そう》
 1030年ある日、生まれ故郷の碓氷に里帰りした碓氷定光は、碓氷峠に住む毒蛇退治をすることとなりました。 定光が碓氷峠をめざして上っていくと、空がにわかに暗くなり・風が吹き・林がゆれ・雲がわきおこりました。 そして、金色の眼。赤い二筋の舌・白金色の鱗をもつ大蛇が襲いかかってきました。 定光は太刀を振りかざして戦い、明るくなった天空から現れた観音様から渡された鎌を持ち、毒蛇を退治しました。
 こうして、碓氷峠に「降魔の宝鎌」を祭り、お守りとしていた観音様を..

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群馬での暮らし:赤城山

Karuta_akagi

《グンマを話そう》
 赤城山は、標高1828m(黒檜山)・裾野面積は富士山に次ぐ広さだ。  この「あかぎやま」、古代は富士山と高さそしてその美しさを競いあっていた。  しかしながら「赤城山の神」と「二荒山の神」が大蛇と大百足に変身して戦った際に上半分を蹴散らかされ、今のギザギザ山になった。 という伝説は………ない

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群馬での暮らし:長年寺・木部姫の井戸

Karuta_haruna

《グンマを話そう》
○長年寺・木部姫の井戸
 榛名町・下室田に長歳寺があり、そこには榛名湖に通じていると言われる古井戸があります。 ある昔、この寺に大勢の人々を集めて寺ぶるまいをしてご馳走することになりました。 しかし、お膳やお椀が足りなくて困っていました。

 この長年寺には、ある寂しい雨の夜一人の女がやってきたことがありました。 それは榛名湖に身を沈めた木部姫が長い苦しみ・悲しみから助けを求めて来たのでした。 住職は木部姫の願いをかなえてやり、木部姫は「お礼に、この寺を守..

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群馬での暮らし:龍の鱗

Zendouji

《グンマを話そう》

○龍の鱗
 吾妻町・善導寺の円光上人(道阿上人の説もある)の母(娘の説もある)が榛名湖に身を投げ龍(大蛇の説もある)になった伝説があり、その「龍の鱗」が残されている。

○大蛇になった寺のばあさん
 ある昔、寺の婆さんがあまりにも「榛名湖へ連れて行け」というので、家の者が榛名湖の畔へと連れて行った。 すると榛名湖の中から大蛇が現れ、おばあさんが湖に飛び込むと大蛇と一体になり湖底へと消えてしまった。  それからというもの、毎年5月25日の命日には、赤飯を重箱に入れ..

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群馬での暮らし:化粧薬師

Kesyouyakushi

《グンマを話そう》

○化粧薬師(元総社)
 ある昔、蝦夷が攻め込んできた時、上毛野君の祖・荒田別王の第二子・田道の霊が大蛇になり撃退した。 しかしながらその後、大蛇は風呂沼に住み着き、村中を荒らし回った。 これに困った村人は若い娘を人身御供とした。 村が静かになると、娘を薬師様をお祀りした。
 ただ「この薬師堂の前を花嫁が通ると離縁になる」と今なお伝えられている。

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榛名湖

山田君の世界

《グンマを話そう》
 ある昔、木部村の豪族だった木部氏の妻・木部姫(長野姫)が、夫君の活路を開かんと榛名湖に身を投げ、侍女達もそれに続き湖底のカニとなり姫を守ることとなった。   しかしながら木部氏は妻を忘れることができず、榛名湖に出向いて妻の名を呼んだ。 湖底から現れた妻は、「私はこの湖の主です。理由あってあなたの妻となりましたが、湖に戻るときがきたのです。」と言うと大蛇となり再び湖底に姿を消した。(龍という説もある)

※榛名湖の主は十尺もある緋鯉だとの伝説もある。
※..


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