So-net無料ブログ作成

姥神様

Kawaguchi_ubagami1

○姥神様
 川口市石神1

 姥神様は、子供の病に良く効くが・やきもちで円満離婚の神様ともいわれる。

について

Kawaguchi_ubagami2


○稚児桜・姥ヶ池
 川口市西新井宿・弁天様と池名残

 将軍行列の最中、幼い若様が落馬し亡くなり、姥は近くの池に身を投げた。 その地に植えた一本の桜が稚児桜・池が姥ヶ池、姥神様として奉った。

※馬を繋いだ地が「駒が塚」ともいわれるが、稚児桜と共に現存しない。(現高速道路)

YAMADA

Sakura0306a

桜@川口市

Sakura0306b


☆姥桜
 葉が出るよりも先に花が咲くので、「葉が出ない→歯がない」から姥。

YAMADA

2017-07-03

Bukouzan91

○武甲山
 秩父市・横瀬町

 向こうの山→向山→むこうやま→武甲山。 あるいは、昔の秩父郡七庄の一つ武光庄があったので、武光山→ぶこう山→武甲山、ともいわれる。

Bukouzan92

★武甲山には山姥が住み、村人を苦しめていた。 ある時巡杖の行基菩薩が武甲山に登り・十七日間祈願すると、山姥は神通力を失い・松の木に藤つるで縛られてしまい、「松藤絶えろ!」とどなった。 それ以来、武甲山から松と藤が無くなった。 横瀬村刈る苅米の秩父観音札所六番萩之堂には、行基に抜かれた「山姥の歯」が残っているらしい。

YAMADA

志木郷土資料館

Shiki53

志木市役所 郷土資料館

月休・志木市中宗岡3丁目1−2 ・048-471-0573


☆志木
 古くは、新座郡志木郷。 もっと古くは、新羅郡。

Shiki52

Shiki54

Shiki59


☆志木駅
 新座市東北2-38
 最初は志木市にあったが、2000年志木駅周辺再開発・東武東上線複々線化・東京メトロ有楽町線相互乗り入れ…、気が付いたときは新座市に移動していた。


☆しきの伝説
 浪人坂・三ツ子稲荷・哀れな石屋のはなし・助右衛門と白狐・陣場・悪疫退散のお地蔵さま・休み塚・ほっぺたの黒いお地蔵さん・..

YAMADA

遠山記念館

Toyama01

遠山記念館(埼玉県比企郡川島町白井沼675)

Toyama02

☆遠山記念館
 1936年、遠山元一(日興証券創立者)が生家再興として建設。

Toyama03

Toyama04

Toyama05

Toyama06

Toyama07

Toyama08

Toyama09


☆川島町虫塚
 稲に付いた虫を駆除し、その虫を葬った塚といわれる。
※論解・姥作などの地名もあった。

YAMADA

山姥

Yamanba85

○山姥
 多くは白髪の老婆、若美人の地方もある。 山姥が憑くと豊作になるとする地方や、「山姥の洗濯日」として忌む地方などある。


☆山姥
 古くは、山の神祭りの祭主は女であり・山の神自体女とされ、やがては山になったともいわれる。

YAMADA

グンマの昔:水塚

Itakura61

○水塚(板倉町)
 一階は食料保存倉庫、二階は避難場所となる。 一階は、麦俵の上に米俵・大豆を積み、味噌や醤油は樽に詰め縄で柱につないでおいた。

伝説①
 この地に来た弘法大師が水が漲った沼を渡ることができなかった。 通りかかった老婆は杖でやすやすと通ったので、その杖を借りようとしたが懐に隠して貸してくれなかった。 やがて水がひけ、弘法大師は沼を渡り、老婆は杖とともに石となった。 この地を「姥が懐」。

伝説②
 弘法大師がある水塚に一泊したところ蚊が多くて眠れなかった。 そこで加持し..

YAMADA

嬬恋・昔の地名

Tsumagoi_minami14

 あくと、ういせ、うすがどう原、うるいの、えくぼ沢、おなし、かいしこ、さる畑、のっち平、はんだぢ、ぼためき、ほとけ窪、むめの木平、もろしこ、姥ケ原、姥ケ沢、下道路(したすくじ)、嘉助井戸、花童子(げどうじ)、荷付戸、蟹掛(かにかけ)、開発場、鰍沢、刈敷山、閑木(くぐるき)、岩茸沢、鬼の泉水、郷路、狗脊原(ぜめっぱら)、群馬坂、御厩、御関所裏、御座石、向道路(むかいすぐじ)、腰巻、三吹沢、山之神、四寸道、四良戸沢(しろとざわ)、七ふしの下、車平、蛇石、手梨貝戸(てなしかいど)、..

YAMADA

グンマの地名

Gunma_map23

○グンマの地名 上級編

○芦生田(あしょうだ)
○安楽土町(あらとちょう)
○尉渡野(しゃうとの)
○磯部(いそべ):石上部の居住地。
○印字(いんじ)
○宇貫(うぬき)
○羽根(はね):赤土などの意。
○羽根尾(はねお):「埴」が源、粘土質土壌の意。
○姥が懐(うばがふところ)
○姥懐(うばどころ):深く狭い谷間の意。
○瓜山(うりやま):ウルイが源。
○瓜生(うりゅう)
○乙鳥・燕鳥(つばくら)
○乙父(おっち)
○乙母(おとも)
○下賛郷(しもさぬ)
○下仁田(し..

YAMADA

グンマ地名伝説

Gunma_map23

○地名伝説、あくまで伝説

○明戸坂(あけとさか)
 小倉季氏がこの坂を通ると日輪が輝いたとか、鹿島・香取の神がこの坂を通ると夜が明け始めた、ともいわれる。 ※アクト・アクツが源らしい。

○稲含山
 神が唐から種籾を口の中に隠して持ち込んだとされる。

○入の湯
 猟師が山中深く犬が傷を癒している湯をみつけたので「犬の湯」が源。

○歌川町
 藤原定家と藤原家隆が、烏川を渡れず歌を詠み合ったとされる。

○姥が懐(うばがふところ)
 平井落城で上杉憲政の嫡男竜芳君が姥もろとも自害した。

○海老瀬(えびせ)..

YAMADA

日本の神々

Okamasama

☆日本最初の神様
 天地初発之時、天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神の三神が高天の原に誕生した。 続いて「別天の神々」が登場し、その後に地上の神「神世七代」が登場した。 一番最後が、伊邪那岐神と伊邪那美神、この二神の間に次々と神が生まれ・そしては神々の誕生ブームとなった。  時が流れると、亡くなると神様になる人々があらわれた。 早良親王・菅原道真・平将門・武田信玄・上杉謙信・徳川家康・吉田松陰・明治天皇・乃木希典、など多数。
※浦島太郎もその一人。


【日本神様御祈願担..

YAMADA

グンマの昔:朝日長者

Matsuida_choujya11

○朝日長者(松井田町・あるなし塚)
 ある昔、下増田姥堂に長者が住み贅沢な暮らしをしていた。 この長者は金を儲けることには抜け目なくかった。 やがて、松井田城に安中忠政軍・武田信玄軍・武田勝頼軍が攻め入り、長者は古墳の中に有り金全部を隠した。
 そして、 「朝日さし夕日かがやく姥堂の あるなし塚のそのあたり 黄金千枚漆千ばい」と謎絵図も残した。


☆ロストダッチマン金鉱
 アリゾナ州スーパーステスション山地のどこかに眠るといわれるロストダッチマン金鉱。 その手掛かりは「金鉱の入..

YAMADA

渋川伝説(2)

Sourinji11

○千手姫(榛東村柳沢寺)
 千手姫は京の都に憧れ病となった。 京に上った夫田烈太夫信保が見たのは「散りもせず咲きおくれたる花もなし 今日をさかりりの庭桜かな」と詠み消えた千手姫似の女であった。 そのころ桃井の郷では、千手姫が他界していた。

○赤いお椀で鰻料理を出したら不幸が続いたのが地名「赤椀田」。

○雙林寺の七不思議
 ・開山堂の一本の拍子木、悪いことが起こりそうになると鳴る。
 ・月江和尚が持っていた数珠が大木となったのが「開山のつなぎカヤ」。 その実は針で通したような穴..

YAMADA

邑楽伝説(邑楽郡、現板倉町・明和町・千代田町・大泉町・邑楽町)

Oura91

○玉取姫
 秋妻村の長者の娘は、どうしても「竜宮の玉」が欲しくてたまらなかった。 意を決し・命と引き換える覚悟で竜宮に行くと、玉を手にし帰ろうとした時、竜神に追いかけられ・門の敷居につまづき、やっとのことで玉を自分の乳房の中に隠して逃げ帰った。  しかしながら、この傷がもとで死んでしまった。 こうして、秋妻では門を立てないとした。

○万寿二年、宝日向なる者が来て、沼の辺に居を構え・釜の鋳造(鋳物)を始めた。 なので地名「日向」、鋳物につかうフイゴ(タタラ)から「多々良沼」とよ..

YAMADA

大間々伝説(大間々町、現みどり市)

Ohmama1

○高津戸城の戦い
 父里見上総入道勝広の敵討ち(山越出羽と石原石見)を企てた里見勝政・勝安兄弟が居館としたのが、1100年頃に築城された高津戸城(1351年桐生国綱により廃城)。 しかしながら、本望を遂げられなかった。(里見十二騎の墓)

○新田芳重の隠し館
 新田芳重が一族の隠れ場所としたのが上州桐原牧新田金塚隠し館、農具・武具などを作った。 金塚は鉱石貯蔵所、ジャンジャン屋敷は溶解所。

○自然のままに暮らしていた念仏行者「行仙房」、村人達に尊敬され・見守られながら1278年..

YAMADA

高崎伝説(3/3)

Takasaki_09

○「恋しくば尋ね来て見よ上野の わが浜川の須苗子の森」と唄われたのが須苗子の森。

○1646年3月23日夜、倉賀野町城跡の三ノ廊の茂みに、地響きとともに井戸ができ清水があふれた。 そして、泉の中にあったご神体を祭ったのが「井戸八幡」。

○豊岡・金ヶ崎の渕の主は大亀。 豊岡のトは岬・山・土の意、ヨは土地・畑の意、オカは山・麓の意、カは跡の意、というアイヌ語説もある。

○723年、土の中から輝きとともに古鏡がでてきたので、石凝姥命を祭ったのが小八木。「鏡の宮」。 
※石凝姥命は国鏡..

YAMADA

グンマの昔:甘酒ばあさん

Isesaki_amasake1

○甘酒ばあさん(境町)
 新田義貞の軍勢がこの地で休憩をしていると、一人のお婆さんが甘酒をふるまった。 しかしその最中、大館宗氏の馬に蹴られて死んでしまった。 将兵らは手厚く葬り、鎌倉目指して進軍した。
 やがて、お婆さんは石となり「姥石」とよばれるようになり、そしては「甘酒ばあさん」となり子供の病気を治してくれる仏様として拝まれるようになった。

YAMADA

粕川村伝説(勢多郡粕川村、現前橋市)

Otoginomori

○一休和尚が作った歌の碑があるのが「つつじが峰」。

○源平合戦で源氏本陣に建立されたのが新家・薬師様(源氏薬師)、敗れた平氏の首を埋めたのが首切り薬師。

○1350年頃、女渕城主が軍場訓練場としたのが「桜の馬場」、管理者は家臣桜氏だったので、桜氏の家が桜屋敷。

○享保時代、ダイコウ寺の沼が河原となり・粕川の流れが変わった。 申の年だったので、「申年の大水」。

○稲は瑞穂国からキツネがくわえてきた。

○上野国司高野辺家成りの後妻が、先妻の娘二人を沈めたのが「増田ケ渕」。 その後、夜な夜..

YAMADA

赤堀伝説(佐波郡赤堀町、現伊勢崎市)

Tenmakushiro

○ダイダラボッチの左足跡がある。(右足跡は約1Km離れた磯沼or波志沼)
※「ダイダラボッチ」は「だいだら法師」の足跡との説もある。
○ウナギは虚空蔵菩薩の使者だから食べてはいけない。(捕らえたときはカサの池に放す)
○毒島城主藤原秀郷の屋敷・墓がある。
○今井村と深津村の境界争いは、山伏寺先徳が人柱となり決まった。
○毒島城主青木入道の若君が落馬骨折したのは乳母が悪いと沈めたのが「姥が淵(おばん淵)」。
○田植地蔵はニラがゆが大好物だった。
○天幕城には天狗が住んでいた。
○千鳥橋ではオト..

YAMADA

グンマの昔:万座温泉

Manza_66

○万座温泉
 姥湯・熊四郎山の湯・錫湯・新苦湯・塩湯・苦湯・鈴湯・新錫湯・奥万座法性の湯・銅粉の湯・ラジウム北光線の湯・琥珀の湯・三昧の湯・鉄湯・甘苦湯・松の湯、がある。

Manzaonsen31

Manzaonsen32

Manza1910○万座温泉・1910年頃


Manza99

《グンマを話そう》
 ある昔、吾妻干俣の猟師が「熊駒」と「四郎」という犬二匹をつれ狩りをして岩窟で夜を過ごした。 すると夜中に犬がけたたましく吠え・止まることがなかった。 業を煮やした猟師は、山刀で犬の首を落としてしまった。 するとその首は空中高く飛..

YAMADA

食わず女房

Futakuchionna

《グンマを話そう》
○食わず女房(頭から飯を食う鬼女)
 ある昔ドケチな男が「美しくて飯を食わない女」を女房にした。 確かに飯を食わないのだが、米櫃の米はすぐに空になる。 不思議に思い出かける振りしてコソッと覗き見すると、大きな釜で飯を炊き・頭のてっぺんに隠れていた大口を開き、どんどん飲み込んでしまった。 その正体は山姥であった。  そこで男は離縁を申し渡したが、逆に桶に閉じこめられ、山奥へと運ばれていった。
 恐怖のあまり動けなかった男は、偶然垂れ下がっていた藤のツルにつかまり..

YAMADA

群馬での暮らし:姥の皮

Ubanokawa

《グンマを話そう》

○姥の皮
 ある昔、田んぼで蛙が蛇に飲み込まれているのを見たおじいさんが可哀想にに思い「蛙を放したら娘をあげる」と蛇に言うと、蛙を放して山へ帰っていった。 やがて蛇が迎えに来ると、末娘が嫁入り道具に「瓢箪10個と針千本」持って蛇についていった。 住みかの沼まで来ると、蛇に「嫁入り道具の瓢箪を沈めて下さい」と言い、蛇がアタフタしている間に針を刺して蛇を退治した。

 帰り道に迷いたずねた小屋でおばあさんから「ここは鬼が出るから、この姥の皮(かぶると婆さんになる)を持..


YAMADA