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浄蓮寺

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○浄蓮寺
 東秩父村御堂362、0493-82-0095

東秩父村 について

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 今から約七百年前当地の豪族大河原神冶太郎光興の草創光興は比企大学三郎能本と親善厚く、法華の妙理を談じ、後に帰依し法名を浄蓮と名乗る。 そして自分の邸内に、本化の道場を建立せんと(正応元年)、日蓮聖人の六老僧の一人、高祖日朗上人に法会を講じて、開山の件を志願、厚く法喜なし給い老師を関山とし、鎌倉妙本寺、池上長栄山の一字をとり、山号を「妙栄山」、光興の法名をとって浄蓮寺と賜る。 後に天正中に北条..

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長慶寺

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○長慶寺
 東秩父村白石30

秩父 について

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ふるさと文化伝習館分館

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○ふるさと文化伝習館分館(旧西小学校白石分校)
 東秩父村白石936

あじさいの道

和紙 について

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和紙の里 ひがしちちぶ

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○道の駅 和紙の里 ひがしちちぶ
 東秩父村御堂441、0493-82-1468

ふるさと文化伝習館・和紙の里製造所

道の駅 について

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☆東秩父及び周辺地域の手漉和紙の製作用具及び製品
 槻川流域の秩父郡東秩父村や比企郡小川町では江戸という大消費地をひかえ、江戸期以降、盛んに紙漉がなされてきた。 この収集は、こうした歴史をもつこの地域の製紙に関し、各工程の作業用具のほか、仕事着や製品までを網羅的に収集・整理したものである。..

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夏内 メモ

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○白石村字夏内(東秩父村)

Shiroishi_02※かつさあし小屋(楮晒)・細川紙

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Okuzawa81

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Katsusaashi1933


○白石村夏内、文化文政年間
 近くに楮(姫楮)が生え・急流がありそこそこの水量が得られることから、清流を求め槻川に沿い和紙作りが発展した。 周りを山に囲まれたこの地では農耕ができず、男は炭焼き・女は紙漉(場所によっては蚕養)を業とした。 作られた和紙は紙問屋の蔵に保管され、主に社寺に納められた。
 東秩父村の和紙作りは、江戸時代に全盛となり・江戸時代終わりに紙漉農家は八百軒程に達した。 江戸..

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高篠村 メモ

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○高篠村メモ(現秩父市定峰・栃谷・山田)

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○高篠村役場・1927年

○新井イッケ・秩父市定峰に七戸
新井源蔵(文政七年)・屋号ナツウチ、父源助(文化七年)、新井源蔵は栃谷下郷日向の大工と伝えられる。
 文政年間、本家新井忠兵衛(コヤツマ)が破産し、新井イッケの構成が変わった。 新井源蔵は、天保期以降百姓代につき経済的な地位を上げ、明治期には定峰の村民に対する金貸業で急激な成長を遂げた。 新井家は、その後高篠村の信用組合長や高篠村村長(新井源克、八代村長・十二代村長)といった役職..

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