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Namazu18○鯰の蒲焼

ナマズ について

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なまず天丼・雷丼

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ナマズのたたきあげ
 


☆鯰
 古来、鯰を食べるのは西日本が中心であった。 江戸時代中期以降、江戸でも鯰が食用になったといわれる。  刺身・蒲焼き・煮付け・すき焼き・味噌汁・天ぷら・なれずし(滋賀)・くずし(岡山)、などに料理された。
 特に板倉では、天ぷら・ズドン(鯰天丼)・たたきあげ・スッポ煮(煮付け)・ヒッコキ鍋(味噌煮)・ずさし(刺身)・あらい・蒲焼き、など日常食であったらし..

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グンマの昔:高瀬舟

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高瀬舟(板倉町

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グンマの昔:揚舟

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○揚げ船(板倉町)
 利根川と渡良瀬川に挟まれた邑楽郡板倉町は、川や沼が多く低地であるため大雨が降る度に洪水にみまわれてきた。 いったん洪水になるとなかなか水は引かず、いろいろな洪水対策が施されてきた。 そのひとつに「揚げ船」があり、軒先や納屋にそこを上にして吊るしていた。 洪水については、「蛙が小便をしても水が出る」とさえ言われていた。 
※西長尾は船底が下、東長尾は船底が上に吊るされたとされる。
 

洪水 について

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グンマ幻の鉄道計画

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○碓氷鉄道
 アプト式官線では輸送量に限界があるので、トンネルを設けた南回りルートを敷設する「碓氷鉄道株式会社」を計画したが没となった。

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○桐生鉄道
 大間々を起点に、桐生で両毛鉄道連絡・太田で毛武鉄道接続・さらには東武鉄道に接続する「桐生鉄道株式会社」を計画するも没となった。

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○関東鉄道
 両毛鉄道前橋停車場を起点に、玉村・新町・藤岡・鬼石・秩父大宮への本線と、藤岡で別れて吉井への支線を結ぶ「関東鉄道株式会社」を計画するも没となった。 
※南側の人々が相手にしなかったらしい。..

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グンマの昔:水塚

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○水塚(板倉町)
 一階は食料保存倉庫、二階は避難場所となる。 一階は、麦俵の上に米俵・大豆を積み、味噌や醤油は樽に詰め縄で柱につないでおいた。

伝説①
 この地に来た弘法大師が水が漲った沼を渡ることができなかった。 通りかかった老婆は杖でやすやすと通ったので、その杖を借りようとしたが懐に隠して貸してくれなかった。 やがて水がひけ、弘法大師は沼を渡り、老婆は杖とともに石となった。 この地を「姥が懐」。

伝説②
 弘法大師がある水塚に一泊したところ蚊が多くて眠れなかった。 そこで加持し..

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雷団・鯰のたたき揚げ

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ナマズのたたきあげ
 (小林屋@板倉町板倉2335、0276-82-0032、水休)

 天麩羅に取った残りの部位を細かく叩き、野菜・豆腐・小麦粉・卵・味噌など混ぜ団子にして揚げたもの。 揚げたてを団子感覚で食べるのがオイシイ。

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雷電神社

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○雷電神社(板倉町)
 「参拝した帰りにナマズを食べると縁起が良い」との評判で地元川魚料理・鯰料理が広まった。 

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 雷電神社は三十三代推古天皇時代聖徳太子の開基といわれ、関東地方雷電神社の総本宮でもある。

※雷神を祀る神社は350社以上あるといわれ、沼田・赤城南麓・中毛・吾妻に多く、多野・甘楽には少ない。

○雷電神社(佐波郡采女村伊与久村)
 かつては、境内の老杉樹皮を窃かに剥ぎ取り避雷の神符とした。  雨乞いの神でもあった。

☆雷電神社・なまずさん
 撫で..

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雷丼

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鯰天丼
 (小林屋@板倉町板倉2335、0276-82-0032、水休)

※雷電神社鳥居前に「小林屋」と「林屋」。 鯰の天麩羅は「うおとし(354号バイパスのドライブイン)」でも食べられる。

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※ナマズ→デンキ→カミナリ、の発想だ。
※地域によっては「かみなり重」(奥平温泉)。

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雷電神社のなまずさん


☆雷干し
 白瓜を渦巻き状に切り・塩つけて・干したもの。 雷神の太鼓に似ているので「雷干し」。

☆雷汁
 ふぐ汁

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館林伝説

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○城沼に住む竜が女に身を変え、七日間上人の説教を聴いた後飛び込んだのが善導寺「竜の井」。 それ以降、井戸使用禁止。

○須賀沼の南沼の主は大蛇・北沼の主は大亀、宝光寺・とみ坊主が魚取りをしたに怒り懲らしめてからは魚取りをする者はいなくなった。

○昔から洪水に見舞われた大沼を埋め立てたさい、沼の主夫婦の二匹のウナギを祀ったのが「須賀弁天祠」。

○赤岩にあった沼の主は大蛇、村の娘が次々と消えた。 そこで、藤原長良の御殿女中「おさよ殿」が弓で退治し、頭を瀬戸井・切り刻んだ胴体を舞木などに祀..

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群馬での暮らし:五十五の団子

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○五十五の団子・五十五の祝い
 五十五歳を厄年とする地域と、年祝いとする地域がある。(グンマ東南部に見られた風習)
 親が五十五歳になると、子供が団子を五十五個作り親にご馳走する。 団子は、全部食べきらないといけないので小さくする。 一合で五十五個作る地域が多い。(板倉)
※地域により正月、秋に行う。
※子供や兄弟など何軒にも呼ばれると辛いらしい。
※五十六歳になると呼びかえしてご馳走する。
※地域によっては、「ぼてぬき団子」。
※砂糖醤油で食べることが多いが、地域によってはあ..

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カツモウマ

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○カツモウマ
 七月七日、まこもで馬を作り・門に飾った。(板倉町)

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○まこも馬(真菰)・すすきのみみずく(鬼子母神)

☆わらんま
 藁馬、全国的にみられる。 地方により、ウマ・ガツギ馬・草刈馬・七夕馬・お馬様・カツモ馬・ゴリゴリ馬・トイトイ馬・トリヘイ馬・コトコト馬・トビトビ馬、トシトシ馬、トヨトヨ馬・トウヘチ馬・ノゴウ、など多数。  

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邑楽伝説(邑楽郡、現板倉町・明和町・千代田町・大泉町・邑楽町)

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○玉取姫
 秋妻村の長者の娘は、どうしても「竜宮の玉」が欲しくてたまらなかった。 意を決し・命と引き換える覚悟で竜宮に行くと、玉を手にし帰ろうとした時、竜神に追いかけられ・門の敷居につまづき、やっとのことで玉を自分の乳房の中に隠して逃げ帰った。  しかしながら、この傷がもとで死んでしまった。 こうして、秋妻では門を立てないとした。

○万寿二年、宝日向なる者が来て、沼の辺に居を構え・釜の鋳造(鋳物)を始めた。 なので地名「日向」、鋳物につかうフイゴ(タタラ)から「多々良沼」とよ..

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境町伝説(佐波郡境町、現伊勢崎市)

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○東新井村と花香塚村の境界争いで死んだ村人二人を葬ったのが二つ塚。

○十日夜には、カエルにあげる餅を供える。(蛙が鳴くのは稲を守っているのだ、ごくろうさま)

○七母女天には子供が七人おりその一人はスサリオノ命、お願いは一言「おばあさんたのむよ」。

○アンナシヅカは「あんな静かな所は無い」から始まった。

○淵名神社には、皮を煎じると乳が出るようになるイチョウの木があった、その地は銀杏と呼ばれた。

○境町木島には、皮を煎じると乳が出るようになる松木があつり「乳松」とよばれた。

○下淵名には..

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新里村伝説(勢多郡新里村、現前橋市)

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○弘法大師が杖で掘ったら清水が湧いたのが「弘法の井戸」。
○藤原秀郷が植えたのが、板橋・秀郷の末並木。
○藤原秀郷が橋を渡る途中で足下を見たら大ムカデだった。 そこでムカデを象って鳥居にしたのが「板橋・百足鳥居」。
○藤原秀郷が戦勝祈願に杉を植えたのが「藤太杉」。
○赤堀道元の娘のお供が責任を感じて腹を切ったのが「地蔵坂(腹切り坂)」

○上板橋に小豆洗い(アズキゴシゴシ)がでた。 見た人もいた。
○機織りを眺めていた六部に少し切ってあげたら、その機はいくら切っても次々に織れるようになっ..

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グンマの昔:碓氷貞光

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○碓氷貞光・松井田町金剛寺
 都を追われた橘靭負充貞兼と賓頭廬姫の間に生まれた荒太郎(後に貞光)は、七歳にして両親を失いながらも武芸学問に優れ・怪力の持ち主でもあった。
 ある時村人に頼まれ、碓氷峠の大蛇退治に行き、太刀を振りかざして大蛇と戦っていると十一面観音が現れ鎌を授けたのでこれで大蛇を退治した。  村人は「十一面観音」そして「鎌明神」を祀り、碓氷山定光員金剛寺を開基した。 碓氷峠には貞光に因む事柄が多い。(貞光梨もある)
 また安政二年には、安中藩主板倉勝明侯が藩士の..

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グンマの昔:揚げ船

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○揚げ船(板倉町)
 利根川と渡良瀬川に挟まれた邑楽郡板倉町は、川や沼が多く低地であるため大雨が降る度に洪水にみまわれてきた。 いったん洪水になるとなかなか水は引かず、いろいろな洪水対策が施されてきた。 そのひとつに「揚げ船」があり、軒先や納屋にそこを上にして吊るしていた。 洪水については、「蛙が小便をしても水が出る」とさえ言われていた。

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 西長尾は船底が下、東長尾は船底が上に吊るされたとされる。 地域によっては、水塚と呼ぶ盛土上に非難小屋を建てたりした。

○水塚(板倉町)
 一階..

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五家宝

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○五家宝・五箇棒
 熊谷の高橋忠五郎が、現風間堂の処で熊谷五嘉棒を創め、不動岡五箇棒にならってつくったとされている。
 が、江戸時代享保年間上野国五箇村(現板倉町)の人が初めて作ったともいわれる。 その後、五家宝・五箇棒・五荷棒など種々の名で関東広く作られたが、最後は埼玉北部にだけ残った。

☆熊谷おこし
 陸前七北田熊谷村には「熊谷おこし」があった。 熊谷直実の子孫が残した菓子ともいわれる。

☆五箇棒・五嘉宝
 関東以北の駄菓子。 東北では、吉原巻・よりくるみ、ともよばれる。

☆吉..

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グンマの昔:板倉の里神楽

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○板倉の里神楽
 かつては、板倉雷電神社の神楽殿で「板倉のひょっとこ」演じられていたが、神楽殿老朽により定期的に上演されることはなくなった。 
 「ひょっとこ」と「おかめ」が道化と卑俗に満ちた踊りを演ずる。 由来は、館林羽附町長竹耕地の里神楽をまねたともいわれるが定かではない。

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ムシ

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《グンマを話そう》
○ムシ(敬語:終助詞)は目上へ尊敬の呼びかけ、ただし年齢に比例して尊敬度は下がり「ねぇ」の意になる。(ムサアと言う人もいる)

ござんすムシ←「そうでございます」、尊敬度高い
早かったムシ
遅かったムシ
お晩になったムシ
そしてムシ
そーだムシ←「そうだねぇ」感覚、尊敬度無い

※グンマは、北西部ほど方言が強い。
※「板倉シイシイ、海老瀬ナイナイ、西谷田ゲエゲエ」・「利根はメエメエ、勢多はノウノウ」などともいわれる。

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群馬での暮らし:板倉町

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麦落雁(三桝家總本舗@館林市本町3-9-5)

《グンマを話そう》
 利根川と渡良瀬川に挟まれた邑楽郡板倉町は、川や沼が多く低地であるため大雨が降る度に洪水にみまわれてきた。 いったん洪水になるとなかなか水は引かず、いろいろな洪水対策が施されてきた。 そのひとつに「揚げ船」があり、軒先や納屋にそこを上にして吊るしていた。 洪水については、「蛙が小便をしても水が出る」とさえ言われていた。

 


  また洪水になると米・麦を撒けないだけでなく収穫がなくなるので、食料を節約して翌年まで持..

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群馬での暮らし:竜宮の椀

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《グンマを話そう》
○利根村:竜宮の椀
 吹割の滝の底は竜宮に続いていると言われていました。 ある昔、利根村追貝の若者が嫁をもらうことになりましたが、貧しくて客用の膳と椀がありません。 そこで竜宮にお願いしようと、滝の上手から手紙を流しました。 翌日滝へ行くと、お願いした膳と椀が岩の上に置いてありました。 嫁迎えを無事すませた若者は、膳と椀をきれいに洗って返しました。 やがてこの話が広がり、多くの村人が膳や椀を借りることが出来ました。
 ただ、ある村人が返し忘れたことがありました..

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群馬での暮らし:海

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:海有群馬》

【群馬にも海があった】
 邑楽郡板倉町には貝塚(寺西貝塚・離山貝塚・一峰貝塚・権現沼貝塚群など)が多くあることから、10000年位前は海に面していたと考えられる。

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群馬での暮らし:からっ風

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:雪雪群馬》

 赤城おろしに代表される「上州空っ風」。 ただ風が強いだけではない、土・砂・砂利などを巻き上げるので【痛い】のである。
※かつてグンマでも12月にフルマラソンが行われていたが、からっ風を経験したランナー達はその威力に恐れおののき、参加者が減り続けた結果ついには消滅した(1992年頃)いきさつがある。 現在は昔に比べて「からっ風」がおとなしくなり、色々な所でマラソン大会が行われている。
※安政二年安中藩主板倉勝明候が行った七里ほどの心身..

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群馬での暮らし:碓氷峠

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《グンマを話そう》
 1030年ある日、生まれ故郷の碓氷に里帰りした碓氷定光は、碓氷峠に住む毒蛇退治をすることとなりました。 定光が碓氷峠をめざして上っていくと、空がにわかに暗くなり・風が吹き・林がゆれ・雲がわきおこりました。 そして、金色の眼。赤い二筋の舌・白金色の鱗をもつ大蛇が襲いかかってきました。 定光は太刀を振りかざして戦い、明るくなった天空から現れた観音様から渡された鎌を持ち、毒蛇を退治しました。
 こうして、碓氷峠に「降魔の宝鎌」を祭り、お守りとしていた観音様を..

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参考文献

☆カテゴリ 《ぐんま》 は、下記文献などを参考にしています。
 「和菓子の贈りもの」展 歴史秘話20 虎屋文庫、 ビジュアル・ワイド江戸時代館、 「王朝の雅と和菓子」展 平安建都1200年記念 虎屋文庫、 「江戸おもしろお菓子」展 菓子と喧嘩は江戸の花 虎屋文庫、 「子どもとお菓子」展 虎屋文庫、 「上毛かるた」で見つける群馬のすがた、 「日本の神さま」おもしろ小事典、 「和菓子百珍」展 第六十八回虎屋文庫資料展 虎屋 虎屋文庫、 50年のあゆみ:榛名町50周年記念誌、 IKA..

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