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太田窪氷川神社

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○太田窪氷川神社
 さいたま市南区太田窪2767

※南東に円正寺遺跡(弥生時代住居跡五基)

さいたま市南区 について

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☆太田窪氷川神社本殿
 一間社流見世棚造、目板葺、桁行1.520m・梁間1.390m・向拝の出1.240m、特徴的な垂木、覆屋内、江戸時代初期のものと考えられる。

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野田氷川神社

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○野田氷川神社・照光寺持
 さいたま市緑区上野田78

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○照光寺
 さいたま市緑区上野田156

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与野伝説

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さいたま市中央区(旧与野市)

○安養山円乗院(円乗院・安養山西念寺)
 さいたま市中央区本町西1-13-10
 古く浦和道場から移転。 賢明法印が中興開山、江戸時代は幕府から寺量十五石の御朱印地をもらっていた。

伝説 について

○円乗院・あみだ様とヘビ
 喉の痛みに悩まされた歴代の住職、ある時夢の中に白衣の老人が現れ・物置の長持を見るように告げた。 物置に放置された長持、その中には阿弥陀様・その首には白蛇が巻きついて死んでいた。 そしては、阿弥陀様を本堂に奉り・白蛇は木箱に納められ..

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下落合氷川神社

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○氷川神社・かさもり様
 さいたま市中央区下落合5-4

 笠間氷川大明神・笠間大明神・氷川神社ともよばれる。

明神様 について

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 永承六年源頼義が、阿部一族が勢力を張る陸奥国鎮定に向かうさい、夢枕に「武蔵国足立郡下落合の社にある石笠を有すれば必勝疑いなし」。  源頼義が陸奥国を鎮定すると(前九年の役・康平五年)、凱旋途中この石笠を返納したといわれる。

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○貞樹山観智院長伝寺
 さいたま市中央区本町東5-13-13

 創建不明、天正年間普光観智国師が川越蓮馨寺から来て・浄土宗..

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大谷場氷川神社

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○大谷場氷川神社・雉子の氷川さま
 さいたま市南区南本町1-9

 江戸時代初期に焼失し創建不詳。 かつては雉子が棲みついていた。

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※この付近は、大谷場貝塚跡地。

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柳崎氷川神社

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○柳崎氷川神社
 川口市柳崎5-20-1

※柳崎は八木崎ともいわれ、見沼に突き出た台地であった。

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九重神社

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○九重神社
 川口市安行原2042・密蔵院持

 享保年間密蔵院中興第十六世法院栄尊が武蔵一宮氷川神社を勧請、明治の神仏分離後、領家新明社・慈林氷川稲荷・籐八菅原社・吉蔵八幡社・北谷稲荷社・花栗稲荷社・苗塚稲荷社・小山氷川社など九つの村社を合祀。
※此地久保山は、平将門が砦を築いたと伝えられる。

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Kawaguchi_kokone3御嶽山

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○安行原の蛇造り
 安行原蛇造り保存会・川口市安行原2680-1

 毎年5月24日に五穀豊穣・天下泰平・無病息災等を祈願して、旧原村の小清水・半縄・向原..

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氷川社

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○氷川社
 川口市西新井宿352

 江戸時代初期創建、文久元年本殿改築、文久三年拝殿改築、明治六年村社・その後合祀された。  社前は、日光御成街道。

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旧浦和宿本陣表門

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○旧浦和宿本陣表門・大熊家表門
 さいたま市緑区大間木202

 江戸時代終り頃。 薬医門・切妻造・桟瓦葺・桁行2.750m・梁間1.790m。 元中山道浦和宿本陣星野家の表門・唯一の本陣遺構、明治初年現在地に移転。

本陣 について

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○旧浦和宿本陣表門(大熊家表門)
 さいたま市浦和区仲町2-6、仲町公園・明治天皇行在所跡
 浦和宿本陣星野権兵衛家の表門、明治初期大間木へ移設。

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☆浦和宿
 本陣一(星野権兵衛家)・脇本陣二・旅籠十五。
 本陣表門、..

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氷川女体神社磐船祭祀遺跡

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○氷川女体神社磐船祭 祭祀遺跡
 さいたま市緑区見沼5381

 近世の祭祀遺跡、見沼御舟祭りは千年以上続けられていたといわれる。

祭祀 について

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 享保十二年見沼の干拓により、古より行われていた氷川女體神社の御手洗瀬である見沼に神輿を渡御させる「御船祭」の神事は、中止せざるを得なくなりました。 そこで、神事の形態を改め、鳥居下の突端に柄鏡形の土壇を設け・その周囲に池を配し・祭祀の場としました。 享保十四年九月八日、名称を「磐船祭」として復活しましたが、江戸時代の終わりとと..

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大牧氷川女体神社

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○大牧氷川女体神社
 さいたま市緑区東浦和6-23-1

 宮本氷川女体神社の二女・附島氷川女体神社の三女をまつった、宮本氷川女体神社の古い分社ともいわれる。

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☆大牧氷川女体神社本殿
 付 寛永十三年棟札 一枚 貞享元年棟札 一枚
 江戸時代・寛永13年。 一間社流見世棚造・目板葺・桁行1.182m・梁間0.970m・向拝の出0.667m・覆屋内。

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附島氷川女体神社

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○附島氷川女体神社
 さいたま市緑区大間木1522

※見沼溜井造成による氷川女体神社社領地の代替地一部が附島村内に与えられた。

見沼 について

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☆附島氷川女体社本殿
 江戸時代中頃。 一間社流見世棚造・こけら葺・桁行0.690m・梁間0.610m・向拝の出0.510m・覆屋内。

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氷川女体神社

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氷川女体神社
 さいたま市緑区宮本2-17-1

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☆氷川女體神社社殿
 武藏国一宮。 社殿は、本殿と拝殿を幣殿でつなぐ複合社殿。 本殿は江戸時代寛文7年・三間社流造・こけら葺(現銅板葺き)・桁行3.465m・梁2.260m・向拝の出1.364m。 拝殿は江戸時代中頃、入母屋造・桁行9.450m・梁間4.560m。

※依石、神山を拝する祭祀の場に埋められた神霊を依りつかせる石。

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☆文殊寺(神宮寺)
 女体社境内西側にあったのが文殊寺、文殊院(本堂)と文殊堂があり、正月八日には天下..

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入谷氷川神社

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○入谷氷川神社(八幡社)・入谷古墳跡
 足立区入谷2-25-2

 567㎡の円墳(一部)が残る。

氷川神社 について

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伊興氷川神社

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○伊興氷川神社(淵の宮)
 足立区東伊興2-12

 古くこの地は入江に面していた。 周辺は伊興遺跡であり、東隣には金塚古墳があったといわれる。

伊興遺跡 について

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錫杖寺

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錫杖寺
 川口市本町2-4-37

○宝珠山地蔵院錫杖寺
 鎌倉時代に願行憲静法印が錫杖寺開山、弘安年間布教のため川口に錫杖寺開山。 そのご衰徴するも願行憲静法嗣有鎮が中興開山。  江戸時代は、日光御成街道に面しているので歴代将軍の御膳所だった。
※本尊延命地蔵菩薩像(寄木造り)は、右手に錫杖・左手に宝珠を持ち蓮華座に坐る。

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○本堂
 嘉永五年本堂焼失、徳川家光が品川御殿館を下賜し錫杖寺再建。 1975年コンクリート造りとなった。

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○御成門・あかずの門
 寛永三年、三代将軍家光..

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朝日神社

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○朝日神社
 川口市木曽呂193

 室町時代に氷川様として奉られたといわれる。 明治四十年、源左衛門新田・東内野・道合・神戸・在家の氷川様が合社した。 
※十月十日が大祭だったので朝日神社とも。(朝を分解すると、十日十月)

氷川様 について

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 応永三年氷川神社として創建、慶応三年社殿再建、明治六年神仏分離により薬王寺管理下から村社、明治三十年十一面観音を薬王寺に移した。
 明治四十年以降、木曽呂・東内野・源左衛門新田・神戸・安行領在家・道合の各神社を合祀、大正二年朝日神社と..

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吉峰神社

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○吉峯神社(首無し地蔵・道光塚)
 川口市源左衛門新田122

について

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 天正頃、戦いに敗れ落ち延びこの地に住み着いた一軍が、鎧・兜・刀など武具を埋め土を盛って隠し「正一位稲荷大明神」としたのが大塚ともいわれる。 その後木曽呂氷川神社に合社、塚の隣に吉峯神社をつくり地蔵を祀った。 この地蔵には、いつの頃からか首が無く・「首無し地蔵」とよばれ、疣に良く効くといわれた。  五月十五日疫病払い・九月二十九日豊作祝いが祭られた。

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○大塚古墳・古峰神社遺跡..

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舎人氷川神社

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☆舎人氷川神社
 足立区舎人5-21

 正治二年、武蔵国一の宮を勧請し須佐男神を奉った。 境内に円墳があったとい われる。

氷川神社 について

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☆舎人氷川神社
 神社の本殿は総欅造り、柾目の素材を使用し、屋根は唐破風の流し造りです。一面に施された精巧な彫刻(昇龍・降龍・唐獅子・牡丹・八岐大蛇退治・天の岩戸開き・天孫降臨等)は、区内屈指の神社建築(足立区登録文化財)で、舎人町・入谷村 遊馬村(草加市)の3町村の鎮守です。 また、正治元年に、武蔵野一宮で..

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白旗塚史跡公園

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○白旗塚史跡公園
 足立区東伊興3-10-14

史跡 について

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☆白旗塚古墳
 都内城東地区に残る唯一の古墳で、昭和58年、開発から古墳を守るために土地を買収して公園にした。
 白旗塚は直径12m・高さ2.5mの円墳で、五~六世紀のものと推定されている。 円墳には松が植えられており、氷川神社の「境外末社」とされる「白旗大神」の詞が祀られている。 円墳の周りには池が造成され、古墳の保護とともに、景観にも配慮されている。 康平五年、源頼義・義家親子が..

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宮合貝塚

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○宮合貝塚・二宮神社
 川口市西立野字宮合1110

 古くは氷川神社、明治四十年長蔵新田稲荷社を合祀、明治四十二年二宮神社に改称。

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○宮合貝塚・二宮神社
 川口市西立野字宮合1110
縄文時代

 径150m程の縄文時代後期から晩期中葉にかけての遺跡で、貝塚は遺跡の北よりの台地縁辺部に径25m程のものが存在しています。 今までの調査により、溝や祭祀跡・方形平地式住居などの遺構のほか、石鍬や祭祀用の精製土器が数多く出土しています。 また、遺跡内の二宮神社付近は盛土遺構の可能性があり..

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猿貝貝塚

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○猿貝貝塚・猿貝北遺跡
 川口市安行805他

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○猿貝貝塚
 川口市安行字宮越990・川口市安行字大元790他

縄文時代
 安行式土器の標識遺跡。 大宮台地鳩ヶ谷支台の東部に位置し、東方から入る谷に面して台地肩部から斜面にかけて形成されています。貝塚は2箇所に認められ、北斜面の貝塚は東西約20m、南北約30m、西斜面の貝塚は東西約50m、南北約40mの範囲に広がっています。 貝類はヤマトシジミ、ハマグリ、カキを主体とする淡鹹貝塚です。

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○安行氷川神社
 川口..

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上大久保氷川神社

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○上大久保氷川神社本殿
 桜区大字上大久保562

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☆二間社流造・桟瓦葺・桁行2.700m・梁間1.890m・向拝の出1.000m。 伝大宮氷川神社旧本殿。 文禄五年建立と記録にある本殿(大間木氷川神社本殿の一代前か)を式年遷宮の際に譲り受けたものと推定。

○上大久保氷川神社
 埼玉大学建設のため移転、大宮氷川神社旧本殿を譲り受けたともいわれる。

○日枝神社・埼玉大学北西
 大久保の大ケヤキ、八百比丘尼が植えた・ハバキ様とよばれていた、などの伝説 がある..

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戸田市立郷土博物館

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戸田市立郷土博物館・図書館
 戸田市大字新曽1707、048-443-5600、月休

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○鍛冶谷・新田口遺跡

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○南原古墳群

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戸田市には、「鍛冶谷・新田口遺跡、上戸田本村遺跡、笹目神社脇遺跡、道満遺跡、南原遺跡、寝木橋遺跡、美女木八幡社脇遺跡、大前遺跡、前谷遺跡、氷川町遺跡、南町遺跡、」などがあったが、今や痕跡は無い。

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浅間社古墳

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○浅間社古墳跡(仙元祠古墳)
 川口市鳩ヶ谷本町3-20

 古くは前方後円墳があったといわれるが、現在消滅。

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 浅間社、古くは千手院が管理、明治四十年氷川神社と合祀し廃社、1978年千手院に再興。

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○曹洞宗鳩井山千手院
 川口市坂下町2-15-5  
 古くは観音堂、慶安三年に曹洞宗玉龍山法性寺末寺、1970年移転。

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Hatogaya_sengen30正面の森が浅間社(明治三十年代)

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内谷氷川神社

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○内谷氷川神社
 さいたま市南区内谷2-2-17

※宝しょう池、古来日照りの際にも涸れることがなかったといわれる。

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☆内谷氷川神社本殿2棟、氷川社、江戸時代、桁行1.515m・梁間1.364m・向拝の出1.015m、一間社流見世棚造・板葺・向拝付。 同型の小社を2社並列する珍しい例。

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本太氷川神社

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○本太氷川神社
 さいたま市浦和区本太4-3-33、048-885-7412

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☆本太氷川神社旧本殿、慶安三年護摩札一枚
 江戸時代、桁行1.230m・梁間1.002m・向拝の出0.766m、慶安3年の護摩札。一間社流見世棚造・厚板葺・素朴な社殿。
☆本太氷川神社宮殿、室町時代、高さ74.8㎝・木鉾長さ1.67m、宮殿の屋根裏に「宝徳三年(1451)九月十四日」、案に「文安五年(1448)六月五日」の墨書銘がある。

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☆三角稲荷
 さいたま市浦和区本太3-27-1
 三角..

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高虫氷川神社

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○高虫氷川神社
 蓮田市高虫1702

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 氷川神社は、東京都・埼玉県に多く、元荒川を東の限界とし、西は多摩川を限界とした区域にのみ多い神社です(その他の地方では、神奈川県・千葉県・北海道に1社、茨城県・栃木県に2社あります)そしてその多くは、埼玉県大宮市にある大宮の氷川神社の分霊を移し祀ったといわれています。
 祭神は、須佐之男命・稲田姫命・大己貴命の三神です。  須佐之男命は、出雲国簸の川上で八岐大蛇を退治し、稲田姫命を妻と迎えました。 ..

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羽黒権現宮

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○戸田川渡口 羽黒権現宮・羽黒霊泉
 上戸田氷川神社、戸田市上戸田3-20-11

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 上戸田氷川神社の創立は、縁起によると永徳二年(1382)と伝え、古くから旧上戸田村の鎮守として祀られてきました。 祭神は、素戔嗚命で、明治六年に村社となり、明治四十年に旧上戸田村にあった羽黒社、道祖神社、山王社、稲荷社などを合祀しています。
 境内には、寛政十年(1798)の銘がある石造の大鳥居や、延宝元年(1673)十月造立の市内で最も古い庚申塔があります。 羽黒社は合祀されていますが、以前はボ..

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氷川神社

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上尾二ツ宮 氷川神社
 上尾市二ツ宮866、048-773-5057

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○氷川神社・遍照院持
 中世の創建、鎌倉街道を隔てて「男体社」と「女体社」があった。 明治初年神仏分離により二つの氷川神社となる、明治四十二年女体社・氷川神社が上尾宿鍬神社に合祀され、男体社・氷川神社だけが残った。

※かつては、境内に湧水池があり雨乞いが行われた。

※「男体社」と「女体社」二つの社があったので、二ッ宮。

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 本殿彫刻は、江戸末期の作と推定される。

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羽盡神社

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羽盡神社
 埼玉県川口市芝5379

 本殿は江戸時代に一宮氷川神社から移築、元治三年再建。
※「はばき」は大蛇のこと。

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○羽盡神社本殿
 川口市大字芝5379-1
江戸時代

 羽盡神社は、芝の鎮守社であり、建武2年の神宝「秋草双雀鏡」から、創建は南北朝の頃まで溯ると思われます。 当本殿の建立年代は定かでないが、「氷川移し」と称し、江戸時代初期に武蔵一ノ宮氷川神社より材を譲り受けて移築したとの言い伝えがあります。 本殿は、一部に江戸中期以降の意匠も見られるが、周辺氷川神社との比較から..

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焼米坂

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焼米坂・浦和坂
 さいたま市南区白幡

 古くは、旅人に焼き米を売っていたといわれる。

Urawa_yakikome1(ここより浦和町となったので浦和坂)

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Urawa_yakikome8武蔵野線トンネル

○根岸遺跡
 焼米坂東側・武蔵野線下。
※大谷場貝塚は南浦和駅南側、その西側に一ツ木遺跡。 大谷場氷川神社に貝塚の名残。
※約六千年前、浦和市域の2/3は海面下だった。


Urawa_yakigomet焼米坂(大正時代)

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氷川女体神社

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氷川女体神社
 さいたま市緑区宮本2-17-1

 見沼を囲み、大宮氷川神社を男体社・中山神社を王子社・氷川女体神社を女体社、ともいわれる。

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氷川神社 について

さいたま市緑区 について

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○案山子の碑・唱歌「案山子」発祥の地
 唱歌「案山子」を作詞した武笠三、氷川女体神社神主家系といわれる。


Urawa_mimuro三室村・元簸河神社

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☆氷川女体神社
 奈良時代以前の創建ともいわれる。 寛文七年、徳川家康が忍城主阿部忠秋を奉行として再興。 見沼方向に向き..

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氷川丸 (1)

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○日本郵船氷川丸
 神奈川県横浜市中区山下町山下公園地先、月休、045-641-4362

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日本郵船 について

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氷川丸 (2)

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○日本郵船氷川丸
 神奈川県横浜市中区山下町山下公園地先、月休、045-641-4362

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氷川丸 (3)

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○日本郵船氷川丸
 神奈川県横浜市中区山下町山下公園地先、月休、045-641-4362

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八潮市立資料館 (1)

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八潮市立資料館
 (八潮市南後谷763-50、月休、048-997-6666)

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八潮市 について

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☆八潮市垳
 他には無い地名。 八潮は、八幡村・潮止村・八條村が合併してできた。



八潮のむかしばなし

○月夜に光る丸木舟(西袋・柳之宮)
 西袋の蓮華寺のわきの田んぼは、まん月の晩にかぎって、ピカッ、ピカッと光ったそうな。 何でも、そのように光るところには、丸木舟がうまっているそうな。 


○たから船のちんぼつ(大原・浮塚・南川崎)
 むかし、八潮は海だった。 この海をば、..

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志木郷土資料館

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志木市役所 郷土資料館

月休・志木市中宗岡3丁目1−2 ・048-471-0573


☆志木
 古くは、新座郡志木郷。 もっと古くは、新羅郡。

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☆志木駅
 新座市東北2-38
 最初は志木市にあったが、2000年志木駅周辺再開発・東武東上線複々線化・東京メトロ有楽町線相互乗り入れ…、気が付いたときは新座市に移動していた。


☆しきの伝説
 浪人坂・三ツ子稲荷・哀れな石屋のはなし・助右衛門と白狐・陣場・悪疫退散のお地蔵さま・休み塚・ほっぺたの黒いお地蔵さん・..

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十日市

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十日市@大宮氷川神社

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大宮氷川神社

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大宮氷川神社
 さいたま市大宮区高鼻町1-407、048-641-0137


☆大宮
 「大いなる宮居」は氷川神社のこと。

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三ツ和氷川神社

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三ツ和氷川神社(川口市三ツ和3−22−2)

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算額(享和四年)

Sangaku

☆和算・算額
 江戸時代初期算学者関孝和による関流算学。

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☆鶴亀算
 寛永十七年算術書「因帰算歌」に鶴亀算登場するも、登場動物は兎と雉。 
※その後、蛙・犬・鶏・蛸なども登場した (鶏と犬と蛸、全部で24匹・足102本)

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新井宿

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Hatogaya61子日宮神社

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Hatogaya63宝蔵寺

Hatogaya64氷川神社

Hatogaya66源長寺

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Hatogaya68法性寺

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判じ絵

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○歌川重宣「江戸名所・はんじもの」

 上野、赤坂、四谷、目黒、隅田川、芝、浅草、本郷、金杉、入谷、築地、高輪、番長、本所、王子日暮里、梅若。

判じ絵 について

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 江戸橋、団子坂、駒形、下谷、白金、深川、赤羽、千住、山谷、根岸、小梅、花江戸、洲崎、両国、日本橋、蔵前、今戸。

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 日本榎、京橋、品川、筋違、柳島、田町、橋場、八丁堀、千駄木、白山、小石川、麻布、市谷、駒込、秋葉、愛宕、氷川、三田、吉原、平川。


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グンマの昔:坂本宿

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○坂本宿
 古くからの交通の要所であり、700年ころには開通されていたとされる。  その後1630年ころ、中山道の宿駅として別の場所に新たな坂本宿が設けられた。(集落の無い碓氷川沿いの台地を町割りしたとされる)
※古代は仲仙道とよんでいたが、1716年以降は中山道と書くようになった。

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保渡田古墳群

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○保渡田古墳群

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○保渡田古墳群(二子山古墳・八幡塚古墳・薬師塚古墳)@高崎市保渡田町・井出町
 墳丘長約100メートル。

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○保渡田八幡塚古墳
水鳥形埴輪:鵜飼を表すとされる(鵜飼は戦前まで碓氷川で見られた)
力士埴輪:五~六世紀に作られたとされる
いすに座る女:椅子は王権の象徴であり、祭儀用といわれる(中国より椅子に座る習慣が入ってきたが、ほどなく衰退したらしい)

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上野国鉱泉一覧

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☆現在、グンマには約461の源泉(温泉地数は203ヶ所)がある。
 カルシウム鉱泉(黒保根)、 伊香保温泉、 磯部鉱泉、 猿ケ京温泉、 塩川鉱泉、 塩之沢温泉(上野村)、 塩平林鉱泉(多野郡日野)、 奥平温泉、 応徳温泉、 温泉沢鉱泉(碓氷坂本)、 下仁田鉱泉、 花敷温泉、 我楽目嬉鉱泉(がら)、 蟹沢鉱泉(原市)、 開場温泉(利根郡東村老神)、 勧能鉱泉(南牧村・勧能)、 丸沼温泉、 亀沢鉱泉(碓氷川浦)、 吉ケ谷鉱泉、 錦山荘鉱泉(清水鉱泉)、 穴原温泉(利根郡東村老神)、..

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地名伝説(赤城山西麓)

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○北橘(ほっきつ)
 日本武尊命が山頂で、弟橘姫を偲んで「あづまはや」と入ったので、この山を「橘山」。 が、植物の橘が由来との説、急崖が立っているので「立ちバナ」との説もある。 

○岩鼻
 烏川に臨んだ所が岩石になっている。

○板鼻
 碓氷川に平板が臨んだ大地。

○十二様
 十二人の神々・十二人の子供を持つ神・一年を守護する神、など言われるが本当のところは判っていない。 女の山の神様である。
※女房を「山の神」というのは、十二様が源。

○溝呂木
 オオミ堂のミゾロガ池の主大蛇が大きくなり池が小さ..

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グンマの昔:埴輪

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○保渡田八幡塚古墳
水鳥形埴輪:鵜飼を表すとされる(鵜飼は戦前まで碓氷川で見られた)
力士埴輪:五~六世紀に作られたとされる
いすに座る女:椅子は王権の象徴であり、祭儀用といわれる(中国より椅子に座る習慣が入ってきたが、ほどなく衰退したらしい)

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八幡塚古墳

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保渡田町はにわの郷

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吾妻・郷原遺跡

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Minano_dogu1山形土偶(皆野・駒形遺跡)

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グンマの昔:坂本宿

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○坂本宿
 古くからの交通の要所であり、700年ころには開通されていたとされる。  その後1630年ころ、中山道の宿駅として別の場所に新たな坂本宿が設けられた。(集落の無い碓氷川沿いの台地を町割りしたとされる)
※古代は仲仙道とよんでいたが、1716年以降は中山道と書くようになった。

宿 について

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 東山道は和銅年間~宝亀五年までは碓氷廻りだったが、1603年中仙道の建設が始まった。 碓氷峠を越えるには下記街道があった。
○吾妻街道(上代東山道):萩生峠越え、日本武尊..

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高崎伝説(2/3)

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○1793年、岩鼻陣屋創設、現日本化薬地。

○1616年、下小鳥にて高崎藩検見あるもその厳しさに村人が役人を殺害。 藩主松平丹波守が激怒・出兵し、部落皆殺しにしたのが「首塚」。

○高崎はたばこの産地、「館たばこ」で有名だった。

○田嶋元七が蛇場見の谷川で水に石油気が含まれているのを見て、乗附山に石炭があるのを確信した。(1874年) 後にこの亜炭がも富岡製糸場・新町紡績所でも使われた。

○京ヶ島にある井戸が「七つ井戸」or「いろは井戸」。 弘法大師が掘ったといわれている。 
※実..

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高崎伝説(1/3)

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○倉賀野
 倉賀野は舟運で栄えた町であり、米や穀物も多いのでネズミもおおかった。 しかしネズミを殺すのは忍びないと、安楽寺に「鼠供養塔」を建てた。

○目青竹(鼻高)
 小林爺婆が仲良く香煎を食べているところに来た老翁(一沙門とも)が、森に向かって竹の杖を飛ばして根付いたのが「逆さ竹」、「目青竹(金明竹)」ともいう。 この地に創建したのが上野国一社八幡宮、857年鎮座とされる。

○少将桜(慈眼寺)
 前橋城主酒井阿波守親本が「しだれ桜」を城内に植えたところ、咲くことなく、夜には..

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グンマの温泉

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どこまで解るグンマの温泉。(温泉一覧)

 グンマには約461の源泉(温泉地数は203ヶ所)があり、約1/3が自然湧出泉で北部に多く・南部には掘削泉が多くある。  近年東部平野部で1000m以上掘る「大深度掘削泉」が広まった。(グンマ何処でも1000m掘れば,60℃程の温泉が湧くともいわれる) ただし、この大深度温泉水は地下停滞水と考えられ限りあるといわれている。
※泉温25℃未満は冷鉱泉。
※老神温泉や猿ヶ京温泉はダム建設で移転した掘削泉。

 カルシウム鉱泉(黒保根)、 伊香保温..

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黒塚

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黒塚・潮田出羽守城跡

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☆鬼婆 (さいたま市大宮区)
 大宮氷川神社東方は「足立ヶ原」、その中にあった黒塚稲荷。

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 ある昔、森の中に住む老婆は、旅人を泊まらしては生血を吸い・人肉を食べていた。 これを聞いた紀州熊本の東光坊阿闍梨祐慶、この地に庵室を造り・二十一日間呪文を修して折伏し、鬼女を石に化した。 この石を埋めたのが黒塚、庵室が東光坊(後に東光寺)。  

※黒塚稲荷は、浦和に移転したらしいが詳細不明。(北武蔵の巻・大宮市史第五巻)
※東光坊阿闍梨祐慶は、武蔵坊弁慶の師匠。..

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大宮氷川神社

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氷川神社(大宮)

(伊香保志上巻、大槻文彦、みやま文庫109、1988年)

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大宮公園(1900年頃)


Saitama_hikawa○氷川公園

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☆大宮氷川神社
 古く見沼周辺に居住していた人々に祀られた地主神が、八~十世紀に武蔵氏により祖神として祀られ、やがて武蔵国氷川神社となったともいわれる。

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カッコメ

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 1910年(実際は1913年)に始まった「おかめ市」、毎年12月23日(鳩ヶ谷氷川神社が埼玉県内最後)に開かれる。 通称「カッコメ」とよばれる。

※101年目であるが、年によっては三の酉まであるので回数はもっと多い。

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○鳩ヶ谷・御嶽神社
 明治二十年頃稲垣家が健立、初代寛山霊神。 古く神社前の道は本通り(街道)で賑わっていたが、1927年鳩ヶ谷流山線が開通し人通りは絶えた。  

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氷川丸

山田君の世界 日本郵船株式会社 氷川丸




氷川丸→氷川神社→大宮市(さいたま市)→埼玉県→埼玉丸?

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日本郵船歴史博物館


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氷川丸食堂

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