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ゆめつきう

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○夢調兎・ゆめつきう
 浦和花見、さいたま市浦和区高砂1-6-10、048-822-2573

最中

調神社 について

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最中 について

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水無月

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○水無月
 浦和花見、さいたま市浦和区高砂1-6-10、048-822-2573

 生菓子

生菓子 について

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花見事情(東京都北区周辺)

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桜一本人千人(六義園・文京区本駒込6丁目)

花見 について ・  について

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桜千本人万人(飛鳥山公園・東京都北区西ヶ原2丁目)

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染井吉野桜発祥の里(染井吉野桜記念公園・豊島区駒込2-2)

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旧古河庭園・東京都北区西ケ原1-27-39

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花見弁当

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○花見弁当

※古くは、月見弁当もあったらしい。

弁当 について

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☆にぎり飯
 古くは「屯食」、江戸時代は「にぎり飯」、そのご「むすび」。 京阪では俵形に黒ごま、江戸では円形・三角形だった。

☆桜飯・桜ずし
 タコを醤油・塩でゆで・足を薄切りにし・ご飯に混ぜる。 淡いピンク色なので桜飯。
※桜飯に味噌汁をかけて食べることもある

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検見川送信所

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○検見川送信所跡@千葉市花見川区

 大正十五年三月竣工・逓信省検見川無線送信所、後に茨城県名崎無線送信所に施設移転。
 

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☆1941年12月2日17時30分、大本営より機動部隊に対して「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の暗号電文が発信された。

送信所 について

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Kemigawa_soushinjyo検見川無線送信所

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お花見

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川口桜まつり(東本郷商店会) @文化放送川口送信所・川口市赤井3丁目9−16

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江戸花見事情

Toyobunko_sakura1飛鳥山桜(東洋文庫)

Toyobunko_sakura1_2上野桜

Toyobunko_sakura3浅草桜

Toyobunko_sakura5桜鮨

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両国の花火

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東都両国ばし夏風景(名所江戸百景)

花火 について

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東都両国夕涼之図(名所江戸百景)

☆両国の川開
 八代将軍徳川吉宗の時代、大飢饉・コレラ流行などにより死者多数、このため享保十七年五月二十八日水神祭を催す、その後盛大となり両国橋上流は玉屋・下流は鍵屋の花火大会となった。

☆花火屋
 慶安元年七月の禁令にて花火製造禁止。 その後、両国吉川町玉屋市郎兵衛と横山町鍵屋弥兵衛が認められた。

☆玉屋と鍵屋
 享保十八年隅田川・川開きで大がかりな花火が打ち上げられた。   万治元..

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高砂

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栗菓子 
高砂
 (ときわだんご本舗@さいたま市浦和区高砂1-12-1)

○焼菓子
 栗を白餡で包んでホイトチョコレートをかけたお菓子。

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Hanami

白鷺宝(浦和 花見)

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かわらけ投げ

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飛鳥山では、花見時の「かわらけ投げ」が有名であった。


画像番号: C0068696
作者: 鈴木春信
時代: 江戸時代

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○風俗水滸傅・歌川国芳
 かわらや投げ

※土器(かわらけ)、薄いので、投げると風に乗って飛ぶ。

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☆かわらけ(土器)

※「かわらけ」はすべすべしているところから、別の俗的意味もある。

Edo_kawarake96飛鳥山投土器(江戸自慢三十六興)

☆飛鳥山
 元文三年桜が植えられ、花見時には土器投げが流行った。 初めは燈明皿ほどの大きさだったが、だんだん大きくなり盃ほどに..

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花見弁当

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○花見の提重詰

花見 について

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○初重七種
 さより蒲焼・にんじん・蛸さくらに・わらび・とうの薯・木くらげうまに・玉づきごぼう 

○二重引肴
 むしかれい色付やき・田にしのめあえ

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○三重
 うぐいす餅・きぬたまき

○四重
 焼飯

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Jyubako

梅樹螺細堤重


☆花見弁当
 江戸庶民の花見弁当、鮓と煮しめだけの質素なものだった。 それは「花が一番の肴」。

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花見弁当

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花見の堤重詰小割籠

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○瓶子
○四重蒸物
 小ぐら野きんとん・薄皮もち・紅梅もち・かるかん・椿もち
○割籠
 よめな・つくし・かや・焼飯

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○初重詰合九種
 かすてら玉子・むつの子・わたかまぼこ・はや竹の子いま煮・わか鮎いろ付やき・早わらび・うちぎんなん・春がすみよせもの・長ひじき
○二重引肴
 むしがれい・さくら鯛・千大こん・かんろばい
○三重
 ひらめさし身・しらかうど・さよりほそつくり・わかめ赤すみそしき

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飛鳥山公園

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王子駅西側

 飛鳥山モノレール(あすかパークレール)・アスカルゴ

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Asukayamasyoukei飛鳥山勝景

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飛鳥山花見
作者: 鳥居清長
時代: 江戸時代

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飛鳥山の花見(江戸名所道戯尽)

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からくり人形

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台付きからくり・花見踊り(国立博物館)

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機巧人形花見舞
画像番号: C0031226
時代: 江戸時代

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機巧人形
画像番号: C0031227249
時代: 江戸時代

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醤油団子

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醤油団子
 (有限会社亀屋本店@小金井市前原町1-4-33)

甘くなくて美味しい。 

※団子を「まるまる(女房詞)」とよぶ地域がある、心地よい詞だ。

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みたらし団子もオイシイ。

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○団子はなぜ四つか?
 古くは五つ刺しで五文だったが、明和五年四文銭発行を機に四つ刺しが広まったといわれる。
※五つ刺しは五体を表すとの説もある。
※花見団子は三つ刺しが多い。

○団子
 江戸時代には、永代団子・お亀団子・菖蒲団子・飛団子・十団子、などあったらしい。
※京都下鴨神社・御手洗祭..

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館林・館林城(尾曳き城)伝説

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○赤井但馬守照康が助けた子狐の親白狐が城の地割りをして築いたのが「館林城・尾曳き城」。

○永禄六年の北条勢が攻め行ったとき、白狐が七千の軍馬に化けて援軍した。

(上州館林城図)

○天正十八年石田光成勢の攻撃には、堀に生えた葦が多数の城兵に姿を変え敵を後退させた。 そのときから、葦はみな方葉となった。

○正保年間の城主松平和泉守乗寿の元へ、江戸表から早馬が来た。 書状は「若君家綱公御疱瘡重体」。 城主は取るものも取りあえず・大慌てで江戸へ上ると、何事もなく平穏。 書状を老大臣に..

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新田伝説(新田郡、現太田市)

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○義重山新田寺大光院の山門は「吉祥門」、徳川家康が大阪城落城を喜んで名付けた。

○呑竜上人が、生まれつき弱い子を預かり七歳になるまでは大光院の弟子として面倒を見た、のが「七つ坊主」。

○呑竜上人となかずの池
 ある昔、太田金山に与一という猟師がおっかさんと女房の三人で暮らしていた。 ある年、日照りで作物が枯れてしまい鳥も獣も山から姿を消し、食べる物が無くなった。 与一は遠くへ猟に行き帰らない日が続いた。
 やがて食べ物がなくなり病に倒れたおっかさんのために、女房が弓矢を持ち山へ出..

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高崎伝説(3/3)

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○「恋しくば尋ね来て見よ上野の わが浜川の須苗子の森」と唄われたのが須苗子の森。

○1646年3月23日夜、倉賀野町城跡の三ノ廊の茂みに、地響きとともに井戸ができ清水があふれた。 そして、泉の中にあったご神体を祭ったのが「井戸八幡」。

○豊岡・金ヶ崎の渕の主は大亀。 豊岡のトは岬・山・土の意、ヨは土地・畑の意、オカは山・麓の意、カは跡の意、というアイヌ語説もある。

○723年、土の中から輝きとともに古鏡がでてきたので、石凝姥命を祭ったのが小八木。「鏡の宮」。 
※石凝姥命は国鏡..

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グンマの昔:勾当内侍と花見塚

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○勾当内侍と花見塚(つつじ岡公園)
 延元年代、新田義貞が中納言藤原行房卿の妹・勾当内侍に一目惚れし妻に賜った。  藤島の戦いで、義貞が足利高経に討たれたと聞いた内侍は嘆き悲しみ、都にさらされた義貞の首級を盗み上野国へ逃げ剃髪し儀源比丘尼と称し余生を送った。 上野国では、台之郷・武蔵島・江田・高林・別所、など移り住んだとされる。
 武蔵島に住んでいた時は、ツツジの花を好み・柊を植え楽しんだので「花見塚・柊塚」とよばれた。 館林城主榊原中次が、この内侍遺愛のツツジを館林城沼の畔..

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太田伝説(1)

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○義重山新田寺大光院の山門は「吉祥門」、徳川家康が大阪城落城を喜んで名付けた。

○植木野村にみすぼらしい修行僧がきて、芋を洗っていたお婆さんにお布施を求めたが、断られた。 そこで隣家へ行くと、快く泊めできる限りのもてなしを受けた。  お婆さんの芋は石に変わった。 隣家のまな板裏には「阿弥陀如来像が描かれ・南無阿弥陀物と書いてあった」その脇には「空海」と。 これが、宗金寺の弘法大師が爪で掘った「まな板の名号」である。

○八重傘沼には大蛇が住んでいたが、竜舞の修験者・松本院清安が切..

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前橋伝説(2)

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○茶店で売っていたはぜ棒が六文だったので、「六文棒」と言う地名になった。

○一揆の首謀者として処刑された駒形茂衛は、広瀬川畔の隠し墓に葬られた。(駒形茂衛地蔵)

○悪疫が流行ったとき、弘法大師が屶で石を刻んだのが屶切薬師。

○利根川を渡るのに着物を腰までまくったので「小島田」。(コシマデ→コジマタ)

○上杉方と武田方が戦ったときに埋められた小判があるらしい。(朝日夕日)

○湯之気曲輪には温泉があったが、屍馬を投げ入れたので水になった。

○源頼朝が鞍を掛けたのが「鞍掛け松」。

○端気川・利根..

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群馬での暮らし:グンマの花見・第二弾

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[お前はまだグンマを知らない]にもでてくる【グンマの花見】、第二弾開戦。

○第12旅団創立13周年・相馬駐屯地創設55周年 記念行事
日時:平成26年4月12日(土)
場所:陸上自衛隊相馬原飛行場地区
お問い合わせ先:第12旅団 司令部広報室

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○相馬が原
 かつては御料地であったが、明治初めに相馬殖産会社ができ、明治末陸軍演習地として取り上げられた。 地元住民は大反対したが、陸軍省があの手この手を使い尽くしたらしい。
 その後は、1945年米軍が進駐、1952年相馬ヶ原駐屯..

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群馬での暮らし:グンマの花見

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[お前はまだグンマを知らない]にもでてくる【グンマの花見】、いよいよ開戦。

○新町創設63周年記念行事・新町桜まつり(高崎市主催)
開催日:2014年4月6日(日)
開催場所:新町駐屯地(群馬県高崎市)

○しんまち桜まつり
開催日:4月5日~6日、10:00~15:00
開催場所:陸上自衛隊新町駐屯地・桜並木


○相馬原駐屯地創立記念行事
開催日:2014年4月12日(土)
開催場所:相馬原駐屯地飛行場地区(群馬県北群馬郡)

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群馬での暮らし:頭の桜の木

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《グンマを話そう》

○頭の桜の木
 ある昔、大きな桜の木に沢山のサクランボが実った。 通りかかった男があまりにも美味しかったのでアバケ食いし、種も飲み込んでしまった。 すると腹の中で芽を出し頭を突き破って桜の木となり花が咲いた。 これが評判になり、花見客が集まり毎日毎晩ドンチャン騒ぎした。 男は我慢できなくなり、木を引っこ抜いてしまった。 その跡には大きな穴が開き、やがて雨がたまり池となり、魚が泳ぎ始めた。 今度は釣り客が押し寄せ、子供達が水遊びを始めた。 男は我慢できなくな..

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駄菓子 (1698)

山田君の世界

当たりつき  ホームランバー
 (名糖産業株式会社@愛知県名古屋市西区笹塚町二丁目41番地、福岡県福津市花見の里2-11-1)

○ラクトアイス
 バニラ(82kcal/1本72ml)
 チョコ(87kcal/1本72ml)
 チョコチップいちご(90kcal/1本72ml)

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白鷺宝

Hanami

白鷺宝 (浦和 花見)

 宝と言えば、
「年齢は人生の宝」 とか・・・

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