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妻沼展示館

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熊谷市立妻沼展示館・妻沼中央公民館
 (熊谷市妻沼東一丁目1番地)

○妻沼線・東武熊谷線
 熊谷~邑楽郡大川村13kmを計画、1943年熊谷~妻沼開通するも妻沼~小泉間は完成せず、1954年には廃線。

※妻沼展示館、他に見るべきものはない。

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妻沼線

Menumasen

○妻沼線・東武熊谷線
 熊谷~邑楽郡大川村13kmを計画、1943年熊谷~妻沼開通するも妻沼~小泉間は完成せず、1954年には廃線。
※妻沼・中央公民館に保存車両。

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埴輪

E0007164

○椅子に腰かけた巫女(国立博物館)
 邑楽郡大泉町古海出土、児玉町生野山古墳群出土の説もある。

埴輪 腰掛ける巫女
画像番号: E0007164
列品番号: J-21160
時代: 古墳時代

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玉取姫伝説

Kuniyoshi_ryugu

○玉取姫
 邑楽・秋妻村の長者の娘は、どうしても「竜宮の玉」が欲しくてたまらなかった。 意を決し・命と引き換える覚悟で竜宮に行くと、玉を手にし帰ろうとした時、竜神に追いかけられ・門の敷居につまづき、やっとのことで玉を自分の乳房の中に隠して逃げ帰った。  しかしながら、この傷がもとで死んでしまった。 こうして、秋妻では門を立てないとした。

について

○龍宮玉取姫之図
 歌川国芳、嘉永六年(1853年)頃。

 白鳳時代、藤原鎌足は娘を唐の皇帝に嫁がせ、その返礼に世にも..

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館林・茂林寺

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○分福茶釜
 スットコ上州館林
 ぶんぶく茶釜に毛が生えて
 月夜にゃタヌキがおどりだす

館林 について

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 元亀元年(1570年)茂林寺七世月舟和尚が千人法要を催す際、老役僧守鶴がどこからか茶釜を持ってきた。 この茶釜から参会者に振る舞われる湯茶は尽きることなく・さらに八つの功徳があるといわれ、「紫金銅分福茶釜」として納められた。  茂林寺開山となる大林正通和尚が、上野国伊香保からつれてきたのが守鶴(当時七十歳)、守鶴は役僧として代々の僧侶に仕えたが十世天南和尚時代の..

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グンマの昔:元禄上野国絵図

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○邑楽

Kouzuke1702○元禄上野国絵図(1702年)

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グンマの昔:関所一覧

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○関所一覧
戸倉関所:会津街道・片品戸倉
湯桧曽番所:原則通行禁止・水上湯桧曽
入山番所:六合村入山
伊香保関所:伊香保 榛名関所:榛名神社内
祖母島関所:渋川市祖母島
大笹関所:原則通行禁止(毛無峠道もあった)・嬬恋大笹
 ※非常時は「くさび」をはずすと橋が吾妻川に落下する仕組だった。(刎橋)
狩宿関所:長野原応桑
大戸関所:吾妻大笹
本宿関所:信州街道(中山道脇往還)・下仁田町本宿
藤井関所:女街道(西牧関所)・下仁田町藤井
砥沢関所:中山道脇往還(南牧関所)・南牧村砥沢
白..

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グンマの昔:揚舟

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○揚げ船(板倉町)
 利根川と渡良瀬川に挟まれた邑楽郡板倉町は、川や沼が多く低地であるため大雨が降る度に洪水にみまわれてきた。 いったん洪水になるとなかなか水は引かず、いろいろな洪水対策が施されてきた。 そのひとつに「揚げ船」があり、軒先や納屋にそこを上にして吊るしていた。 洪水については、「蛙が小便をしても水が出る」とさえ言われていた。 
※西長尾は船底が下、東長尾は船底が上に吊るされたとされる。
 

洪水 について

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群馬県人観

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 上野国ノ風俗ハ、推永・吾妻・利根三郡ハ人ノ形儀信州ニ似タリ。 マタ勢多・佐位・新田片岡四郡ハ風儀信州ヨリ上分ノ風俗也。 然レド詰ル所ノ意地少信濃ヨリハ不足也。 其譬ヲ言フニ、人ノ気上分成故ニ免ス所ノ気有テ、我卜我ガ非ヲ少キ也卜小罪ヲ免シテナスガ如シ。  小罪ヲナス時ハ後大罪二及ブ事眼前也。 然レバ信濃ノ風俗上下共二弓箭ヲ取レバ、負テ気ノ屈スルコトナク、マタ出テ先悔ヲススガントハゲムガ如ク、此国ハ二三度モ如斯ナレドモ、後ニハ理非ヲ談ジテ不剛気ナレバ、人数ヲ損ゼンヨリハ戦ヲ可止..

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グンマの地名

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○グンマの地名 上級編

○芦生田(あしょうだ)
○安楽土町(あらとちょう)
○尉渡野(しゃうとの)
○磯部(いそべ):石上部の居住地。
○印字(いんじ)
○宇貫(うぬき)
○羽根(はね):赤土などの意。
○羽根尾(はねお):「埴」が源、粘土質土壌の意。
○姥が懐(うばがふところ)
○姥懐(うばどころ):深く狭い谷間の意。
○瓜山(うりやま):ウルイが源。
○瓜生(うりゅう)
○乙鳥・燕鳥(つばくら)
○乙父(おっち)
○乙母(おとも)
○下賛郷(しもさぬ)
○下仁田(し..

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グンマの昔:伊香保名産

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○伊香保名産
 湯花、温泉染木綿真綿・温泉化石硯温石・髪洗土・籾の粉・挽物細工・氷豆腐・氷蕎麦・湯ざらし葛・湯ざらし艾・湯本焼物・滝ふたの粉・雑木ステッキ・彫盆・ちゑの板・ちゑの組木・櫛・箸・糸巻・下駄・枝折・八景かんざし・伊香保の香・塗物・黒楊枝・氷・鶉・鮎・鯉・鮒・鱒・鰻・茸・うどん・ぜんまい・蕗・蕨、など

○上特特産物・江戸時代
 生糸・下仁田半紙・麻(我妻岩島)・中野かすり(邑楽)・沼田タバコ・館タバコ(高崎)・砥石(南牧村他)・硫黄(草津)・明礬(我妻大前や鎌原)、など..

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グンマの20世紀:流行病

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○流行病一覧
 富士見村で赤痢(1903.7)、 前橋で伝染病100名以上(1911)、 碓氷で発疹チフス流行(1914.5)、 コレラ発生(1916.9)、 邑楽にマラリア流行(1917)、 スペイン風邪流行患者27万人以上死亡1157名(1918.11)、 東村で天然痘2名死亡(1921.4)、 前橋でコレラ(1922.10)、 高崎で天然痘発生患者56名(1925.5)、 腸チフス・パラチフス等流行患者220名以上(1927.8)、 ジフテリア流行(1928)、 流行..

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邑楽伝説(邑楽郡、現板倉町・明和町・千代田町・大泉町・邑楽町)

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○玉取姫
 秋妻村の長者の娘は、どうしても「竜宮の玉」が欲しくてたまらなかった。 意を決し・命と引き換える覚悟で竜宮に行くと、玉を手にし帰ろうとした時、竜神に追いかけられ・門の敷居につまづき、やっとのことで玉を自分の乳房の中に隠して逃げ帰った。  しかしながら、この傷がもとで死んでしまった。 こうして、秋妻では門を立てないとした。

○万寿二年、宝日向なる者が来て、沼の辺に居を構え・釜の鋳造(鋳物)を始めた。 なので地名「日向」、鋳物につかうフイゴ(タタラ)から「多々良沼」とよ..

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グンマの昔:揚げ船

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○揚げ船(板倉町)
 利根川と渡良瀬川に挟まれた邑楽郡板倉町は、川や沼が多く低地であるため大雨が降る度に洪水にみまわれてきた。 いったん洪水になるとなかなか水は引かず、いろいろな洪水対策が施されてきた。 そのひとつに「揚げ船」があり、軒先や納屋にそこを上にして吊るしていた。 洪水については、「蛙が小便をしても水が出る」とさえ言われていた。

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 西長尾は船底が下、東長尾は船底が上に吊るされたとされる。 地域によっては、水塚と呼ぶ盛土上に非難小屋を建てたりした。

○水塚(板倉町)
 一階..

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群馬での暮らし:こぶ観音

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○こぶ観音@邑楽郡邑楽町石打
 いろいろの病を治すが、特にコブを専門とする観音様である。 縁を切りたいときは「こぶをとってください」と拝めばよろしい。 ここでいうコブとは「瘤」の他に「子供を生む」が訛ったとの説もある。 このことから「いらないものをコブとして取り除く」とされている。


《グンマを話そう》
○こぶ観音・邑楽郡
 ある昔、大竹伊兵衛の額にコブができ日に日に大きくなり、「コブ殿」とよばれるようになった。 ある日、行商人が邑楽・石打村の明言寺に願かけをすすめた。 そしては..

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麦落雁

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麦落雁
 (三桝家總本舗@館林市本町3-9-5)

《グンマを話そう》
 邑楽郡は、川や沼が多く低地であるため大雨が降る度に洪水にみまわれてきた。 洪水になると米・麦を撒けないだけでなく収穫がなくなるので、食料を節約して翌年まで持ちこたえる習慣ができた。 このような生活のなかで、麦を工夫して食べる方法が考え出された。 それが、麦饅頭・麦団子・麦柏餅・麦ぼうとう(うどん)などであり、今なお残っているのが麦落雁である。


 館林は良質の大麦・小麦を産出し、日清製粉の母体となった館林製粉..

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群馬での暮らし:おっきりこみ

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 「おきりこみ(おっきりこみ)」は、幅広うどんを野菜と一緒に煮込んだもの、味噌味が多い。 普通おきりこみは塩を入れずにこねることが多い。
○おきりこみ:全くゆでていないうどんを煮込む。
○煮込みうどん:ゆでたうどんをさらして(湯切りして)煮込む。
○うちこみ:ゆでたうどんをそのまま(湯切りしないで)煮込む。@邑楽
○ゆであげ:ゆでたうどんを醤油につけて食べる。
※煮込んだうどんがドロドロになると「どろがし」とも言いう。

 

おきりこみは冬の食べ物とされ、
 夏のおきりこみは犬もくわない
 ..

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群馬での暮らし:板倉町

Mugirakugan

麦落雁(三桝家總本舗@館林市本町3-9-5)

《グンマを話そう》
 利根川と渡良瀬川に挟まれた邑楽郡板倉町は、川や沼が多く低地であるため大雨が降る度に洪水にみまわれてきた。 いったん洪水になるとなかなか水は引かず、いろいろな洪水対策が施されてきた。 そのひとつに「揚げ船」があり、軒先や納屋にそこを上にして吊るしていた。 洪水については、「蛙が小便をしても水が出る」とさえ言われていた。

 


  また洪水になると米・麦を撒けないだけでなく収穫がなくなるので、食料を節約して翌年まで持..

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群馬での暮らし:つるぴかり

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グンマの小麦は、【つるぴかり】。

《グンマを話そう》
 邑楽郡は、川や沼が多く低地であるため大雨が降る度に洪水にみまわれてきた。 洪水になると米・麦を撒けないだけでなく収穫がなくなるので、食料を節約して翌年まで持ちこたえる習慣ができた。 このような生活のなかで、麦を工夫して食べる方法が考え出された。 それが、麦饅頭・麦団子・麦柏餅・麦ぼうとう(うどん)などであり、今なお残っているのが麦落雁である。

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群馬での暮らし:めっぱ

Meppa

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:群馬語を学ぼう!》

 群馬では、[ものもらい(麦粒腫)]のことを「めっぱ・めかご・めかいご」などと言います。 治し方は地域により異なり、
○めっぱを井戸に半分見せ、治るようにお願いする。
○井戸の中へ笊を半分覗かせ、治ったら全部見せると言ってお願いする。
 などいろいろです。 「ざるをかぶるとメッパになる」、言い伝えもあります。
※アクセントは語尾が上がります「メッパ↑」。
※地域によっては水嚢。

 

《グンマを話そう》
笊や籠をかぶるとなるので、..

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群馬での暮らし:海

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:海有群馬》

【群馬にも海があった】
 邑楽郡板倉町には貝塚(寺西貝塚・離山貝塚・一峰貝塚・権現沼貝塚群など)が多くあることから、10000年位前は海に面していたと考えられる。

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群馬での暮らし:群馬の地名

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

○どれだけ読める群馬の地名
 相生(あいおい)、間野谷(あいのや)、天引(あまびき)、安楽土(あらと)、請地(うけち)、碓氷(うすい)、鶉(うずら)、笂井(うつぼい)、采女(うねめ)、祖母島(うばしま)、老神(おいがみ)、邑楽(おうら)、大胡(おおご)、大間々(おおまま)、邑楽(おおら)、行田(おくなだ)、乙父(おっち)、乙母(おとも)、女屋(おなや)、鬼石(おにし)、… 

上小塙(かみこ..

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群馬での暮らし:館林飛行場

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○館林飛行場(大西飛行場):1954年~2004年
 群馬県館林市と同県邑楽郡邑楽町の境界線上にあった飛行場、個人が建設した非公共用飛行場であった。 滑走路中央付近を道路が横切っていたため、飛行機が離着陸するときには遮断機が下りて車両を通行させないようにしていた。

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参考文献

☆カテゴリ 《ぐんま》 は、下記文献などを参考にしています。
 「和菓子の贈りもの」展 歴史秘話20 虎屋文庫、 ビジュアル・ワイド江戸時代館、 「王朝の雅と和菓子」展 平安建都1200年記念 虎屋文庫、 「江戸おもしろお菓子」展 菓子と喧嘩は江戸の花 虎屋文庫、 「子どもとお菓子」展 虎屋文庫、 「上毛かるた」で見つける群馬のすがた、 「日本の神さま」おもしろ小事典、 「和菓子百珍」展 第六十八回虎屋文庫資料展 虎屋 虎屋文庫、 50年のあゆみ:榛名町50周年記念誌、 IKA..

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