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青函連絡船

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羊蹄丸一等ロビー

青函連絡船 について

Seikan_towada1十和田丸食堂

Seikan_towada2十和田丸二等ロビー

Seikan_towada3十和田丸二等座席

Seikan_towada4十和田丸三等座席

Seikan01_1964一等指定席(後のグリーン指定席)

Seikan02_1964一等指定席(後のグリーン自由席)

Seikan03_1964二等座席

YAMADA

青函連絡船

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函館

青函連絡船 について

Seikan_hakodate01

Seikan_aomori01

青森

Seikan_aomori02

YAMADA

道内

Niseko31

ニセコ・青函連絡船

YAMADA

乗船名簿

Seikan31

青函連絡船旅客名簿

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青函連絡船:摩周丸

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摩周丸

摩周丸:1948年8月就航、1964年10月終航。

摩周丸(2代目):1965年6月30日就航、1988年3月13日下り5便として運航終了。 現在、函館駅近くの「函館市青函連絡船記念館摩周丸」として見学可。 八甲田丸と同様、係留船である。

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青函連絡船:大雪丸

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大雪丸

大雪丸:1948年11月就航、1964年8月終航。 1964年に三洋商事を通じてギリシャに売却されカーフェリーに改造、1991年12月6日アドリア海で沈没。

Taisetsu81

大雪丸(2代目):1965年5月16日就航、1988年1月6日検査期限により航路廃止よりやや早く終航した(下り171便函館着6時25分)。 札幌五輪の聖火輸送船。 売却後長崎港でホテルシップ「VICTORIA」として使用されたが、2005年12月20日営業終了。 2008年5月2日中国の船舶会社が買収し、福建省に回..

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青函連絡船:八甲田丸

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八甲田丸

八甲田丸:1964年8月12日就航、1988年3月13日下り7便、青森側最終便として運航終了。 現在、青森駅北側の旧桟橋に係留され、「メモリアルシップ八甲田丸」として見学可能。 自力航行は不可能な「係留船」である。 

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青函連絡船:津軽丸

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津軽丸
津軽丸:1924年10月就航、1945年7月14日、空襲沈没。

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津軽丸(2代目)・浦賀:1964年5月10日就航。 青函航路初の自動化第1船。 客船ながら、これまでの貨車航送船よりも多い48両の貨車を積載する大型船。 運航時間も在来船の4時間30分から3時間50分に短縮され「海の新幹線」といわれた。 以後建造された客貨船はすべて津軽丸型。 1982年3月4日下り5便で運航終了。 1983年3月に北朝鮮に売却。 その後再び転売されメッカ巡礼船となったが、エジプト政府に差..

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青函連絡船:十和田丸

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十和田丸

十和田丸(車載客船→貨車航送船)・新三菱重工業神戸:1957年10月就航、1966年10月終航。 洞爺丸の代船として活躍後、貨車航送船に改造。 石狩丸(2代目)として1967年5月就航、1977年3月終航。 

Towada81

十和田丸(2代目):1966年11月1日就航。 1988年3月13日上り20便として運航終了(青森到着後、夜半に函館に回航)。 同年の復活運航でも使用された。 「津軽丸」型では最も新しく、1981年に、横揺れを軽減するフィンスタビライザーが装着された。 羊蹄丸な..

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青函連絡船:空知丸

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○空知丸

空知丸(貨車航送船):1955年9月就航、1976年2月終航。 洞爺丸台風で失った船の代船。

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空知丸(2代目)(貨車航送船)(貨車55両):1976年4月就航。 空知丸以降に建造された3隻は、渡島丸とは各部の仕様が異なる。 1988年3月12日終航。 売却後1991年に石狩丸(3代目)と同じギリシャの海運会社「ポセイドンライン」に転売された。 そこで客室新設改造をされ、地中海航路で活躍したが、その後航路休止にともない2004年以降係船され、韓国の会社へ転売、さらに20..

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青函連絡船:檜山丸

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○檜山丸

檜山丸(貨車航送船):1955年9月就航、1976年7月終航。 1954年の洞爺丸台風で失った船の代船として建造された第1船。 青函航路初のディーゼル機関。 以後建造船はすべてディーゼル機関。 

Hiyama83

檜山丸(2代目)(貨車航送船→車載客船)(貨車55両):1976年8月就航、1982年に「津軽丸」型で、老朽化が進み、かつ他船との仕様の差異が大きかった「津軽丸」と「松前丸」2隻を廃船とし、その代替として石狩丸とともに客貨船に改造。 1988年3月13日終航。 売却後改造工事を..

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青函連絡船:羊蹄丸

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羊蹄丸

羊蹄丸:1948年5月就航、1965年6月終航。 

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羊蹄丸(2代目):1965年8月就航、1988年3月13日上り22便、函館側最終便として運航終了(青森到着後、夜半に函館に回航)。 同年の暫定運航でも使用された。 終航後は日本海事科学振興財団が取得。 1992年にジェノヴァ国際博覧会日本館パビリオンとして使用後、1996年3月から2011年9月まで東京港に係留されて船の科学館別館「フローティングパビリオン羊蹄丸」として展示公開された。 2012年3月に新居浜東港へ回航..

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青函連絡船:洞爺丸

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洞爺丸

洞爺丸:1947年11月就航、1954年9月26日、台風沈没。 

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青函連絡船:日高丸

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○日高丸

日高丸(貨車航送船):1948年10月就航、1954年9月26日、台風沈没。 1956年浮揚復航、1969年9月終航。

日高丸(2代目)(貨車航送船)(貨車55両):1970年4月就航、1984年1月終航。 1987年売却され、後に韓国で解体。 1980年10月から1982年3月まで係船。   

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青函連絡船:北見丸

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○北見丸

北見丸(貨車航送船):1948年2月就航、1954年9月26日、台風沈没。 

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青函連絡船:渡島丸

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○渡島丸

渡島丸(貨車航送船):1948年7月就航、1965年8月終航。 1950年10月洞爺丸と同時に日本の商船初のレーダーを取り付け。 

渡島丸(2代目)(貨車航送船)(貨車55両):1969年10月就航、1978年10月終航。 1984年函館どっくで解体。 在籍したうちの6年半は使用されずに係船されていた。 なお解体直前に摩周丸火災事故の現場検証で船橋部分の燃焼実験が行われた。 

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青函連絡船:十勝丸

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○十勝丸

十勝丸(貨車航送船):1948年4月就航、1954年9月26日、台風沈没。 1956年浮揚復航、1970年3月終航。 青函航路に最後まで残ったタービン船だった。 

十勝丸(2代目)(貨車航送船)(貨車55両):1970年7月就航、1984年1月終航。 1987年売却、台湾にて解体。 

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青函連絡船:石狩丸

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○石狩丸

石狩丸(車載客船→貨車航送船):1946年7月就航。 デッキハウスを設置して竣工したが、1958年7月に撤去。 1965年9月終航。

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石狩丸(3代目)(貨車航送船→車載客船)(貨車55両):1977年5月就航、1982年に「檜山丸」とともに客貨船に改造され同年3月31日から就航。 「石狩丸」「檜山丸」はグリーン船室・寝台・食堂がなく、運用が甲便に限定されていた。 香港、キプロスを経てギリシャへ転売され、空知丸と同じ地中海航路で活躍した。 その後も2005年まで現役で活..

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青函連絡船:昌慶丸

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○昌慶丸

昌慶丸(客船):元・関釜連絡船。 1947-1948年青函航路就航。 洞爺丸事故後、乗組員訓練船として函館港に繋留。 

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青函連絡船:宗谷丸

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○宗谷丸

宗谷丸(貨客船):元・稚泊連絡船。 1945年10月-1950年10月、1954年10月-1954年12月青函航路就航。 

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青函連絡船:新羅丸

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○新羅丸

新羅丸(貨物船):元・関釜連絡船1942-1945年就航、1945年5月、触雷沈没

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青函連絡船:第十二青函丸

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○第十二青函丸

第十二青函丸(車載客船→貨車航送船):1946年5月就航。 建造中にデッキハウスを造設したが、1957年6月に撤去。 1965年7月終航。 

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青函連絡船:第十一青函丸

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○第十一青函丸

第十一青函丸(貨車航送船→車載客船):1945年10月就航、1946年9月に客室造設。 1954年9月26日、台風沈没。 

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青函連絡船:第九青函丸

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○第九青函丸

第九青函丸(貨車航送船):1945年2月15日竣工、2月27日函館へ回航中勝浦沖で米潜水艦を警戒して座礁、沈没。 一度も営業就航することなく沈没した。 

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青函連絡船:第八青函丸

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○第八青函丸

第八青函丸(貨車航送船→車載客船):1944年11月就航、1946年4月にデッキハウスを造設し車載客船となる。 1964年11月終航。 

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青函連絡船:徳寿丸

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○徳寿丸

徳寿丸(客船):元・関釜連絡船。 1954-1957年、洞爺丸の代船として旅客便に限定就航。 青函航路撤退後下関に係留。 1961年解体。 

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青函連絡船:第七青函丸

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○第七青函丸

第七青函丸(貨車航送船→車載客船):1944年7月就航、1947年9月にデッキハウスを造設し車載客船となる。 1964年12月終航。 

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青函連絡船:第六青函丸

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○第六青函丸

第六青函丸(貨車航送船→車載客船):1944年3月竣工、1945年7月14日、空襲沈没。 浮揚復航後1964年5月終航。

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青函連絡船:第四青函丸

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第四青函丸

第四青函丸(貨車航送船):1943年3月就航、W型戦時標準船の原型、1945年7月14日、空襲沈没。 

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青函連絡船:第三青函丸

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○第三青函丸

第三青函丸(貨車航送船):1939年11月就航、1945年7月14日、空襲沈没。

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青函連絡船:第二青函丸

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○第二青函丸

第二青函丸(貨車航送船):1930年9月就航、1945年7月14日、空襲沈没。

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青函連絡船:第一青函丸

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○第一青函丸

第一青函丸(貨車航送船第一船):1926年12月就航、1945年7月15日、空襲沈没。

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青函連絡船:飛鸞丸

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○飛鸞丸

飛鸞丸:1924年12月就航、1945年7月14日、空襲沈没。

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Seikan63

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青函連絡船:松前丸

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松前丸

松前丸:1924年11月就航、1945年7月14日、空襲炎上座礁。 

松前丸(2代目):1964年12月1日就航。 津軽丸と本船は他船と甲板補機などの機器の違いが多かったことが早期に廃船となった理由とされる。 1982年11月12日下り21便で運航終了。 1983年に落札され、翌年北朝鮮に転売。 数年間元山港に係留されていたが解体された。 

Matsumae82

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青函連絡船:翔鳳丸

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○翔鳳丸

翔鳳丸:1924年5月就航、1945年7月14日、空襲沈没。 青函航路初の車両渡船。 

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Seikan41甲板

Seikan43二等船室

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青函連絡船:壱岐丸

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○壱岐丸
壱岐丸(貨客船):元関釜・稚泊連絡船。 1922-1924年青函航路就航。 1932年大阪商船に売却(樺太丸)。 1945-47年青函航路復帰。 

壱岐丸(第2代目)(貨物船):元関釜連絡船。 1945-1948年青函航路就航。 国家賠償として1950年に朝鮮郵船へ譲渡。 

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青函連絡船:第二快運丸

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○第二快運丸

第二快運丸(経理局保有の石炭輸送船):1919年4月就航。 1925年9月係船。 

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青函連絡船:第一快運丸

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○第一快運丸

第一快運丸(経理局保有の石炭輸送船):1919年4月就航。 1925年9月係船。 

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青函連絡船:白神丸

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○白神丸

白神丸(木造貨物船):1918年6月就航。 1925年9月係船。 

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青函連絡船:田村丸

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○田村丸

田村丸(貨客船):1908年4月就航、1924年12月終航。 一時復航後、1929年大阪商船に売却。 

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Aomori41青森桟橋

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青函連絡船:比羅夫丸

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○比羅夫丸

比羅夫丸(貨客船):1908年3月就航、1924年10月終航。 大阪商船に賃貸後、1929年大阪商船に売却。 

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青函連絡船:函館桟橋

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函館桟橋


☆船の乗船・下船は左舷、これは飛行機にも受け継がれている。

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函館港

Seikan61

連絡船待合所

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函館市街

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東防波堤

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鰊船

Seikan66

鰊船

Seikan67

海岸通

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二等寝室車

☆一等車
 大正二年八月二十四日、鉄道院が一等車廃止・二等車と三等車のみになった。

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青函連絡船メモ

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<青函連絡船メモ>

亜庭丸(貨客船):元・稚泊連絡船。 1945年7月転属就航、1945年8月10日、空襲沈没。 

壱岐丸(貨客船):元関釜・稚泊連絡船。 1922-1924年青函航路就航。 1932年大阪商船に売却(樺太丸)。 1945-47年青函航路復帰。 

壱岐丸(第2代目)(貨物船):元関釜連絡船。 1945-1948年青函航路就航。 国家賠償として1950年に朝鮮郵船へ譲渡。 

空知丸(2代目)(貨車航送船)(貨車55両):1976年4月就航。 空知丸以降に建造された3隻は..

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青函連絡船

Aniwamaru61 亜庭丸

Aniwamaru62 亜庭丸

Hisyoumaru61 翔鳳丸

Hisyou61

Tsugarumaru61津軽丸

Tsugarumaru63津軽丸

Tsugarumaru62津軽丸

Aomori61

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Hakodate71

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青函連絡船:客車輸送

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 臨時急行旅客列車1201・1202(上野~札幌)というのがあったが、洞爺丸で中止された。

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☆青函トンネル
 先進導坑・作業坑・本坑の三本がある。

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青函連絡船

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Seikan03125

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青函連絡船

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比羅夫丸

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田村丸

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翔鳳丸

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青函連絡船 八甲田丸(6)

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青函連絡船 十和田丸(5)

山田君の世界

十和田丸
 (天賞堂、縮尺1/500、2009年中国製)

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青函連絡船 羊蹄丸(5)

山田君の世界

羊蹄丸
 (天賞堂、縮尺1/500、2009年中国製)

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Youtei_5c

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青函連絡船 摩周丸(6)

山田君の世界

摩周丸
 (天賞堂、縮尺1/500、2009年中国製)

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Masyu_5b

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青函連絡船 大雪丸(5)

山田君の世界

大雪丸
 (天賞堂、縮尺1/500、2009年中国製)

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Taisetsu_5b

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青函連絡船 松前丸(4)

山田君の世界

松前丸
 (天賞堂、縮尺1/500、2009年中国製)

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Matsumae_9d

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青函連絡船 八甲田丸(5)

山田君の世界

八甲田丸
 (天賞堂、縮尺1/500、2009年中国製)

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Hakkouda_11b

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青函連絡船 津軽丸(5)

山田君の世界

津軽丸
 (天賞堂、縮尺1/500、2009年中国製)

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[わーい(嬉しい顔)] 買おうかどうか迷っていたが、やはり買ってしまった…

Tsugal_1d

Tsugal_1e

Tsugal_1b

【青函連絡船・津軽丸】
1964年、浦賀重工
旅客   1200名
車両   48両
全長   約130m
幅    17.9m
きっ水  5.2m
総トン数 約7800t
速力   18.2ノット
馬力   1600ps×8基

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[はやぶさ]&[はつかり]

山田君の世界

[新幹線] E5系[はやぶさ]。 「東京~新青森」所要時間3時間+α。

新幹線 について

Hatsukari

[新幹線] こちらは、初代[はつかり]。 蒸気機関車が牽引し、「上野~青森」所要時間約12時間。 昼間の時間帯なので座席車のみ、青函連絡船深夜便に接続するのが特徴。 青函連絡船で4時間半 横になれるが、座席(当時は珍しい二人掛け)に12時間はキツイ。

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プラモデル (04)

山田君の世界

バンモデリング 1/700 マルチマテリアルキット
I日本国有鉄道青函連絡船 洞爺丸

○BAN MODELING(バンモデリング:[あいの里ホビー2]扱い), No.BM-SK08, 縮尺1/700。


[船] 作るのはいつの事になるやら…

Plastic04b

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写真集 青函連絡船

山田君の世界

[ 写真集 青函連絡船 ]
 金丸大作著
 朝日イブニングニュース社発行

が出てきたので、右記のアルバムに写真を追加しました。

Seikan_book1

こちらは、

[ 青函連絡船の記録 ]
 金丸大作著
 生活情報センター発行

同じ写真も多い。

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青函連絡船寝台

山田君の世界

青函連絡船寝台券。(硬券)

こちらは、マルス券。 関東のみどりの窓口では、これを発券できない係員も多々見られた。 Ticket_007a

青函連絡船の寝台は24時間使用できたが、
昼間の便での利用者は極めて少なく、
殆ど一室を占有できた。
(実際には、船員が融通を利かしていたようだ。)Seikan_6

室内は、二段式ベッドが2台で4人が利用できる。 室内への入り口はカーテンになっている。 Seikan_0

その他、各室内には、洗面台・椅子4人分・
小さいテ..

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乗船名簿

山田君の世界

[青函連絡船旅客名簿]

 乗り継ぎ客には列車内で、函館or青森から乗る客には桟橋で配っていた。 桟橋からの乗船は、接続列車がホーム到着と同時に、改札開始であった。

 ここまできたら、[無理せず・あわてず・ゆったりと] いきたい。

Ticket_009a

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函館桟橋

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Sanbashi_1c

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羊蹄丸 (続き)

山田君の世界

○一等船室デッキ(右舷)。 左側は一等(後にグリーン)自由座席(椅子席)。

①遊歩甲板。 後期は、フェリー代わりに自動車を搭載していた。
②航海甲板。 通常、ここへは入れなかったと思う…
③ ここは、二等船室用ブリッジ。 船首寄りに1階高く1等(後にグリーン)船室用ブリッジがあった。
④艦内にある「青函ワールド」、ここまでの記憶は無い。 しかし、青森駅のプラットホームから桟橋までの連絡通路、長かった…

..

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青函連絡船 摩周丸(5)

摩周丸

摩周丸、1/1250 (小西製作所)。

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青函連絡船 [おまけ]

ぱしゅい (アイヌ語で箸の意)

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青函連絡船 [総集編]


青函連絡船関係の写真を、[アルバム ] にまとめました。

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青函連絡船 函館港(4)


これで、青函連絡船シリーズは終了です。

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青函連絡船 見取り図

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青函連絡船 石狩丸(4)


本来の青函連絡船ではないが。

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青函連絡船 十和田丸(4)

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青函連絡船 津軽丸(4)

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青函連絡船 八甲田丸(4)

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青函連絡船 羊蹄丸(4)

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青函連絡船 大雪丸(4)

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青函連絡船 摩周丸(4)

しばらくは、引退間近の船景となります。 

(摩周丸の乗組員は、ほとんどが函館に住んでいた。)

YAMADA

青函連絡船 羊蹄丸(3)


新造船シリーズ3は、ひとまず終了。 次回は、引退間近の写真を掲載します。

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青函連絡船 摩周丸(3)

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青函連絡船 十和田丸(3)

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青函連絡船 大雪丸(3)

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青函連絡船 松前丸(3)

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青函連絡船 八甲田丸(3)

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青函連絡船 津軽丸(3)

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青函連絡船 甲板(3)

しばらくは、新造船シリーズ(十和田丸を除く)が続きます。 
塗り替える前の写真なので、外観上の区別はつけにくいです。

新造船当初の後部甲板は、こんなだった。 後に、乗用車を積むようになった。

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青函連絡船 摩周丸(2)

YAMADA

青函連絡船 羊蹄丸(2)

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青函連絡船 大雪丸(2)

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青函連絡船 洞爺丸


洞爺丸の絵はがきは、数少ないだろう。

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青函連絡船寝台


連絡船の寝台室(全部で5室)には、ベッド4人分(2段)・ソファ(4脚)・洗面台・電話がありました。
昼間の便は空いているので、一人で一室となります。 どの部屋にも窓が無いのが欠点でしたが、海を見たい時は空いている指定座席に座っていても何も言われませんでした。

YAMADA

切符 (6)

青函連絡船

昼間の寝台は空いていて、いつも一人で一部屋だった。
(グリーン指定席¥700に対して、寝台¥1000で一部屋占有できた)
就航中はいつでも利用できたが、昼間に寝台を使う人はいなかった・・・
「昼間の便の寝台券」を発券出来ない(発券の仕方が解らない)駅窓口も多かった。

昔の連絡船(4本煙突時代)の3等は、列車甲板の下(海面下)だった。
そのため、洞爺丸以降、列車は3等(今の普通)でも連絡船は2等(今のグリーン)という利用が増えた。

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青函連絡船(番外編) 甲板  


あまりにもさかのぼりすぎたので、番外編はこれで終わり。

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青函連絡船(番外編) 壱岐丸・亜庭丸・津軽丸(初代)


いずれも戦前の写真。 そして、多くの船は、海底に眠った。

YAMADA

青函連絡船(番外編) 伏木丸


これから載せる写真にコメントできる人は、もはや存在しないだろう。

YAMADA

青函連絡船 空知丸

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青函連絡船 十和田丸


十和田丸以降、津軽丸から新造船になります。
昔この船に乗った時、「ジャイアント馬場」一行が乗っていた。 当時の「プロレス巡業」は三等船室(今の普通)であった。

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青函連絡船 羊蹄丸


洞爺丸も、この型だったと思うが。 以前は、黒色だったような気がする。

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青函連絡船 大雪丸


接岸時に船内に流れる曲は、なぜ何時も「キサス・キサス・キサス(Quizas,Quizas,Quizas)」だったんだろう?

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青函連絡船 摩周丸


この当時の船は、「船員用の風呂」を使わしてもらった記憶があります。
しばらくは、青函連絡船が続きます。

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青函連絡船 (乗船名簿)


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切符 (1)

[切符] 集めています。
その中から、めずらしい物を。
左は、[ゆうずる] ではなくて、[ゆうづる]が正解。(東北では、訛るのです?)
右は、昭和25年羊蹄丸船内発行の[着席券]。(この当時の青函連絡船は4本煙突でした)

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参考文献

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 「和菓子の贈りもの」展 歴史秘話20 虎屋文庫、 ビジュアル・ワイド江戸時代館、 「王朝の雅と和菓子」展 平安建都1200年記念 虎屋文庫、 「江戸おもしろお菓子」展 菓子と喧嘩は江戸の花 虎屋文庫、 「子どもとお菓子」展 虎屋文庫、 「上毛かるた」で見つける群馬のすがた、 「日本の神さま」おもしろ小事典、 「和菓子百珍」展 第六十八回虎屋文庫資料展 虎屋 虎屋文庫、 50年のあゆみ:榛名町50周年記念誌、 IKA..

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