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玉蔵院歴代住職の墓

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○玉蔵院管理墓地・玉蔵院歴代住職の墓
 さいたま市緑区原山1-34

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 玉蔵院は、真言宗豊山派の古刹で平安時代の創建、開山は弘法大師と伝えられる。 戦国時代に学僧印融が来て中興、以後京都菩提寺三宝院の直末となった。
 天正十九年徳川家康は十石の寺領を寄進。 江戸時代に入ると、豊山長谷寺の移転寺として出世。 元禄十二年十二月、一宇も残さず焼失。 現在堂宇は江戸期に再建された。 玉蔵院の施餓鬼は関東三大施餓鬼の一つと称され、毎年8月23日に行われる。 この起源は1800年頃と言われる..

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鬼怒電 メモ

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○鬼怒川水力電気株式会社東京変電所・鬼怒電
 大正元年十一月「鬼怒川水力電気株式会社」が鬼怒川に水力発電所開設、尾久に変電所開設、1963年変電所施設撤去。

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○東京電灯株式会社千住発電所
 明治三十七年建設、大正六年変電所となる。

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東京瓦斯株式会社千住工場 メモ

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○東京瓦斯株式会社千住工場 
 明治二十六年東京瓦斯第二工場として設立、1972年操業停止。 計量器室(明治四十五年六月竣工)ガス資料館に移築。

東京瓦斯 について

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☆千住
 明治十二年千住製絨所、明治十九年東京板紙会社、明治二十一年王子製紙千住工場、明治二十六年東京瓦斯千住製造所、明治三十九年東京毛織株式会社、明治四十二年日本紡績株式会社、大正元年鬼怒川水力電気東京変電所、大正三年猪苗代水力電気株式会社田端変電所。

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鬼公園

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○舎人いきいき公園・鬼公園
 足立区舎人6-3-1

について

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久伊豆神社

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久伊豆神社
 越谷市越ヶ谷1700

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☆久伊豆神社
 平安末期創建と伝えられる。

☆久伊豆神社の藤
 天保八年越ヶ谷町人川鍋国蔵が下総国流山より樹齢五十年の藤を移植したといわれる。

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越谷で見た物

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Koshigaya_nakakura78ラジオ

ラジオ について

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Koshigaya_nakakura12鬼おろし

鬼おろし について

Koshigaya_nakakura13火打石

火打石 について

Koshigaya_nakakura15便所

トイレ便所について

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鬼おろし

Kiya_08○鬼おろし@日本橋木屋

鬼おろし について

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哲学堂公園

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○哲学堂公園
 中野区松が丘1-34-28

哲学堂の正門「哲理門」に用いられていた鐙瓦。

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哲学堂メモ

☆四聖堂
明治三十七年四月建立
木造平屋建・方形・桟瓦葺・一重
 本堂に東洋哲学の孔子と釈迦、西洋哲学のソクラテスとカントの「四聖」を世界的四哲人として祀るために建立されました。
 哲学の将来的発展を祈念し哲学祭を開催した圓了の意図が具現化された建物です。三間四面の小堂で四面とも正面。中央には哲学の起点、基礎となる二つの象..

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行田市・近代文化遺産

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○武蔵野銀行行田支店店舗@行田市行田4-2
昭和前/1934
鉄筋コンクリート造地上2階地下1階建、建築面積281㎡

 忍貯金銀行として建設。鉄筋コンクリート造2階建の銀行建築で,国道に面する側に吹き抜けの営業室を配する。外壁はスクラッチタイル張とし,開口部周りやコーニスには装飾を施した「カストストン」を張る。小川組の設計施工。昭和初期地方銀行建築の好事例。

建築物 について

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○十万石ふくさや行田本店店舗@行田市行田20-15
明治/1883/1969
曳家 土蔵..

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浅間山溶岩樹型

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○浅間山溶岩樹型(鎌原)
 浅間山噴火の溶岩流が、立木をまわりから包んで固まり・木を燃えつくした。

※鬼押出し園の外側・北西にあるが、別荘地の中で解りにくいため、144号線より南下し・案内板に従うのが良。

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☆熔岩樹型は、「上の舞台熔岩西」(第1分布地)・「一本松」(第2・第3分布地)・「鬼押出し熔岩西」(第4分布地)、の3区域に分かれている。

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浅間山

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笹見平

浅間山

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浅間六里ヶ原

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雪山童子図

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○雪山童子図
 修行中のバラモンが偈を聞かせてくれたお礼に、我が身を鬼(帝釈天)に食わせてやろうとしている絵。

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鬼鼠柊図

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○大津絵・鬼鼠柊図
 柱にかじりつく鬼を、をくわえた鼠が追いつめる絵。

○鬼
 江戸では「おに」、京都では「をに」。

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鬼平江戸処

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鬼平江戸処(羽生PA上り)

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お好み鯛焼き

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お好み鯛焼き
 @文楽焼本舗 鬼平江戸処店(羽生PA上り)

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神田明神

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神田明神(千代田区外神田2-16-2)

明神 について

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○神田明神
 天平二年武蔵国豊島郡江戸柴崎に大己貴命を祀った。  平安時代、京で晒されていた平将門の首が柴崎に飛んできたので塚を築いて祀った。 その後、将門の怨霊が祟り人々を苦しめたのを、時宗二世真教が「蓮阿弥陀仏」の法号を板碑に刻み供養し・荒れ果てた神田の宮を再興したといわれる。
 その後、江戸城拡張造成に伴い駿河台に移転、更には湯島台に移転し江戸城東北の鬼門鎮護の江戸惣鎮守として幕府により壮麗な社殿が造営された..

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瓦煎餅

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○スバル瓦煎餅
 (スバルリビングサービス株式会社@三鷹市大沢3-9-6/株式会社垂水亀井堂@神戸市垂水区城が山1-10-1)


☆煎餅
 平安時代は、小麦粉を水で練り・油で揚げたものだったらしい。  江戸中期までは薄焼きの瓦煎餅。その後、花煎餅・色煎餅・かんづち煎餅・鬼煎餅・小判煎餅・朝顔煎餅・めり安煎餅・葛煎餅・雪煎餅など多数。

☆瓦煎餅
 戦国時代手柄を立てた武将に紋印を入れた瓦を授けた、という説がある。 
※源氏方兄弟の河原太郎・次郎が二人で敵陣に戦い込み討ち死にしたのを奉..

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岩槻城址公園 (1)

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岩槻城址公園(さいたま市岩槻区太田3-4)

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☆岩槻
 語源は、岩付(岩附)とも錘付ともいわれる。

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Shiro_iwatsuki1○武州岩築城絵図

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○武州岩附城図


☆代山城
 岩槻城の出城、小久保縫殿助居城(新編武蔵風土記)・山田大隅居城(武蔵国郡村誌)ともいわれる。 表鬼門に山王社、裏鬼門に厳島社。

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素麺

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○長いそうめんを食べる図
 河鍋狂齋・1860年

○素麺
 古くは索餅(むぎなわ)、茹でて二杯酢で食べた。  七夕には、裁縫の上達を願い、素麺を糸に見立てて供え・食べた。

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○あゆだしそうめん

盆の料理とする地も多い

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○にゅうめん・岡山
 素麺やうどんを餡汁に入れたもの。


☆素麺
 古くは索麺、おもいっきり長いまま茹でたらしい。 七月七日は「そうめんの日」でもあった。
※素麺を味噌や醤油で煮たものが「煮麺」・「入麺」とよばれた。
※屋台蕎麦が、季節商品として売ったらしい。..

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百鬼夜行絵巻

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百鬼夜行絵巻(部分)

 鏡の化物でお歯黒をする醜女、それを覗く化物達。

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にたもの

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○新案にたものあきれるづくし
 歌川国芳、天保年間(1830~1844年)頃。

 くろんぼう(黒ん坊)のすもふ(相撲)おミ(見)て、かがみたて(鏡立)があきれる。  かみなり(雷)をミ(見)てこま(独楽)があきれる。  やっこ(奴)のひるね(昼寝)おミ(見)て、そらまめがあきれる。  五もくずしをみて花もふ(う)せんがあきれる。  にらめくら(にらめっこの意)おミ(見)て、こまいぬがあきれる。  つのだらいをミてはんにゃ(般若)があきれる。  さざゐ(さざえ)がら(殻)みて、おに..

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鬼子母神

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鬼子母神
 (豊島区雑司ヶ谷3-15-20)

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 鬼子母神は500人(100人説もある)もの我子供を育てるため、人間の子供をさらって食べていた。 これを知ったお釈迦様が鬼子母神の一番下の子を隠したところ、鬼子母神が改心し「子供の守り神・安産の神」となったといわれる。

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 祭神は鬼子母神、なのでここでは鬼という字には上部のノが無い。(つの・角のつかない鬼の字)

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○すすきみみずく

Edo_zoushigaya雑司ヶ谷(江戸高名会亭尽)


☆小鳥焼
 雑司ヶ谷鬼子母神名物の雀焼。..

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Kuniyoshi_aooni

○周易八卦絵巽風(歌川国芳)

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ぐんまわらべうた:やかがし

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○やかがし歌
四十八虫の口の
焼きもげるように
どっとどっと (ぺっぺっ)
稲の虫の口やき
麦の虫の口やき
きびの虫の口やき
大豆の虫の口やき
野菜の虫の口やき
どっとどっと(ぺっぺっ)

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※二股に分かれた豆木に、いわしの頭を刺し囲炉裏で焼く。 「焼き嗅し」が訛ったもので、悪臭により目に見えない邪悪なものを家の中に入れないようにしたのが始まりと言われている。(虫封じ)  案山子の一種との説もある。

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○虫の口焼き
 二股の柊に鰯の頭と尾をさし囲炉裏で炙り(豆木の場合も..

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すすきみみずく

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○すすきみみずく・暫狐
 すすきみみずくは雑司が谷・鬼子母神。 暫狐は王子稲荷神社、市川団十郎が暫を演ずるにあたり祈願したとされる。

☆鬼子母神
 祭神は鬼子母神、なのでここでは鬼という字には上部のノが無い。(つの・角のつかない鬼の字)

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○すすきみみずく
 病に倒れた母親を救おうと貧しい娘が鬼子母神にお参りすると、夢で「すすきでみみずくを作り売る」よう告げられ、売ったお金で薬を買うことができた。
※鬼子母神は500人もの我子供を育てるため、人間の子供をさらって食べていた。 これを知..

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耳うどん

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○耳うどん
 小麦粉で作った耳は鬼の耳、これを食べれば今年は良運。

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☆鬼も十八番茶も出端(でばな)
 古くは「山茶(散茶)も出端」とも、散茶女郎のことともいわれる。
※番茶は「番外の茶」の意

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グンマを話そう:ぬかぼこ・こめぼこ

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○ぬかぼこ・こめぼこ(糠福米福)
 ある昔、ぬかぼことこめぼこという姉妹がいた。 「ぬかぼこ」の母親は早く死んだので、継母は「こめぼこ」ばかり可愛がった。
 ある日、ぬかぽこには穴のあいた袋・こめぼこにはちゃんとした袋を渡し、米穂拾いに行かせた。  なかなか袋一杯にならないぬかぼこはだんだん山奥へ入り、暗くなったので一軒の小屋をたたいた。 そこは鬼の兄弟の家であり、おばあさんから「えんめいこぶくろ」をもらって逃げ帰った。

 ある日、おっかさんはこめぼこをつれて芝居見物に行き、ぬ..

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白雪糕

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○売薬一覧(江戸時代)
 白龍膏・白雪・西大寺豊心丹・東山小粒・萬金丹・神教丸・孫太郎虫・反魂丹・奇應丸・無名圓・龍王湯・紫金錠・烏丸枇杷葉湯・岩見銀山・牛肉丸・藤の丸膏薬・定斎・薄荷圓・五種香・ズボウトウ・ウニコオル・正氣散・和中散・王子五香湯・一粒金丹・實母散・錦袋圓・讀書丸・清明丹・堀越固本丹・婦王散・茄子薬・年玉薬・小児丸・大木五臓圓・達摩薬・三つ星薬・てれめんていこ・角力膏薬・芭蕉膏・熊の傳三膏薬・徳平膏薬・かぶと膏・梅花膏・万能膏・あんま膏・玉水疥癬薬・即功紙・..

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大晦日の豆まき

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○大晦日の鬼やらい
 豆まき(鬼やらい)は、大晦日に行われた追儺に由来する。(源流は中国の儺・大儺)
 新年を迎えるにあたって悪鬼を追い払い・疫霊を除く宮中の年中行事となり、大晦日の大祓に次いで行われたとされる。
 室町時代に入り、一般家庭で豆まきが行われたといわれる。

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○鬼やらい(鬼追い・鬼打ち・追儺)
 悪鬼・疫癘を追い払う行事、平安時代宮中で大晦日に行われた。 これが変形して二月三日の節分になったといわれる。
※柊や鰯の頭を戸口に差すのは、悪臭で疫神が入ってくるのを防ぐためとい..

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薬屋

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○胆丸
 腹痛緩和薬、いわゆる「熊の胆(胆嚢)」。

○むしおさえ
 腹痛緩和薬。

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○熊胆木香丸
 はらいたのくすり、腹痛緩和薬。 「鬼に金棒」の効き目。

○ウルユス
 オランダ渡りの妙薬・欄方処方薬として流行った。 実際は、産地偽装の国産品だったらしい。

○「陀羅尼助」  
 奈良吉野名産の薬、黄蘗の樹皮からつくられる腹痛緩和薬。 現在も有効。

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看板(金看板)、救命丸・百毒下・六神丸

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グンマの昔:利根川

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 昔から水源を究めようとした人は多かったが、一度行った者は再び帰った例しがなかった。 それは水源の神秘を守る鬼女が、近寄る人を取って食うと伝えられていた。(藤原村)

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○文珠菩薩の岩
 利根川水源と考えられていた。 

※岩が刀の形に見えることから「刀根川」と呼ばれるようになったともいわれる。

※利根川のトネはアイヌ語で(tanne)長いという意

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鉛メンコ

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○鉛メンコ
 ※関西には、「ゴム入りメンコ」があったらしい。


どこまで解る「江戸の子供遊び」

○骨牌→かるた
○白眼っ競→にらめっこ
○お亀の顔つけ→ふくわらい
○縄こぐり→縄跳び
○甲螺→ベーゴマ
○上りこ下りこ→シーソー
○人参牛蒡→おしくらまんじゅう・背中合わせ版
○子を取ろことろ→一列鬼ごっこ
○チンチンモグモグ→片足跳び
○玉や吹き→シャボン玉
○猫や猫や→猫買い(ほぼ、鬼ごっこ)
○蔭や唐禄人・陰や道陸神→影踏み
○駈っ競→かけっくら・徒競走

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グンマ幻の鉄道計画

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○碓氷鉄道
 アプト式官線では輸送量に限界があるので、トンネルを設けた南回りルートを敷設する「碓氷鉄道株式会社」を計画したが没となった。

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○桐生鉄道
 大間々を起点に、桐生で両毛鉄道連絡・太田で毛武鉄道接続・さらには東武鉄道に接続する「桐生鉄道株式会社」を計画するも没となった。

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○関東鉄道
 両毛鉄道前橋停車場を起点に、玉村・新町・藤岡・鬼石・秩父大宮への本線と、藤岡で別れて吉井への支線を結ぶ「関東鉄道株式会社」を計画するも没となった。 
※南側の人々が相手にしなかったらしい。..

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ぐんまわらべうた:故郷の唄

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じじーばばー
おれの目にごみがへったから
こまででかき出せ ほうきではきだせ

※じじーばばーは、あけび・春らん

桃栗三年 柿八年
ゆずの馬鹿めが十八年

牛のしょんべん 十八丁
これつもずいぶん 長いな
ああ 長いな

こうもり こいこい とんでこい
おまえのぞうりは くそぞうり
おれのぞうりは 金ぞうり

ひばりひばり 下りてこい
早く下りぬと 子をとるぞ

からすからす かんがらす
先のからすが 後んなれ
後のからすが 先んなれ
からすからす かんがらす

しなば死ね いきれば生きろ
※捕った魚が死にそうなときに

おっぺ..

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館林伝説

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○城沼に住む竜が女に身を変え、七日間上人の説教を聴いた後飛び込んだのが善導寺「竜の井」。 それ以降、井戸使用禁止。

○須賀沼の南沼の主は大蛇・北沼の主は大亀、宝光寺・とみ坊主が魚取りをしたに怒り懲らしめてからは魚取りをする者はいなくなった。

○昔から洪水に見舞われた大沼を埋め立てたさい、沼の主夫婦の二匹のウナギを祀ったのが「須賀弁天祠」。

○赤岩にあった沼の主は大蛇、村の娘が次々と消えた。 そこで、藤原長良の御殿女中「おさよ殿」が弓で退治し、頭を瀬戸井・切り刻んだ胴体を舞木などに祀..

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グンマの昔:桐生羽子板

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○桐生羽子板
 根本山神社参詣者の土産品の一つだったらしい。 その後復元され、明治中期に花芳玩具店で売られたが、大正十年頃に廃絶した。


☆羽子板
 不幸をはね返す板の意。 羽根の黒い部分は無黒子で「子が患わ無い」、羽根はトンボで「蚊を食べる益虫」。

☆コマ
 奈良時代に高麗を通り伝わった。 音が悪霊を払うとされた。(鳴りゴマ)

☆羽つき・羽子つき
 足利時代の「胡鬼板(こきいた)」が源。 蚊よけにトンボの形に似せた羽(樫の実に鳥の羽をつけた)を、胡鬼板で飛ばした。  

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グンマ食禁忌

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お正月には一色もちはつくな、もち米とアワの二色のもちをつくこと。

○ご飯に箸をたてるな。(仏さまのやり方)

○ご飯をこぼすと目がつぶれる。

○ご飯をのこすと、茶わんの中から火が出てもうご飯が食べられなくなる。

○ご飯を食べてすぐに寝ると牛になる。

○とろろご飯のあと、洗い茶を飲むと中風になる。

○はしばさみをするな。(焼場でお骨をひろうやり方)

○ふだんはたつぜん(飯碗を右、汁を左の並べ方)にするものではない。(死者の膳のやり方)

○一月十五日の小豆がゆをふいて食べると、田植えのときに風が..

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嬬恋・昔の地名

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 あくと、ういせ、うすがどう原、うるいの、えくぼ沢、おなし、かいしこ、さる畑、のっち平、はんだぢ、ぼためき、ほとけ窪、むめの木平、もろしこ、姥ケ原、姥ケ沢、下道路(したすくじ)、嘉助井戸、花童子(げどうじ)、荷付戸、蟹掛(かにかけ)、開発場、鰍沢、刈敷山、閑木(くぐるき)、岩茸沢、鬼の泉水、郷路、狗脊原(ぜめっぱら)、群馬坂、御厩、御関所裏、御座石、向道路(むかいすぐじ)、腰巻、三吹沢、山之神、四寸道、四良戸沢(しろとざわ)、七ふしの下、車平、蛇石、手梨貝戸(てなしかいど)、..

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鬼ひも川うどん

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鬼ひも川(冷やし)@館林・花山うどん

☆鍋焼うどん
 深川が発祥の地。 明治十三年頃には大流行。

☆おかめそば・おかめうどん
 江戸七軒町のそば屋(後に「おかめ太田庵」と改称)が作った。 浅草海苔の髪・銀杏のかんざし・結び湯葉の目・松茸(三つ葉)の花・かまぼこの頬・椎茸の口、だったらしい。

☆花巻蕎麦
 安永年間、かけそばに、焼いたを細かくもみ散らかした。

☆たぬきうどん
 元々は「種抜きうどん」、具のない天ぷら(あげ玉)をのせていた。 
※関西では「油揚げ」、京都では「あん..

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鬼ひも川うどん

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鬼ひも川@館林・花山うどん

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浦和・調神社

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○調神社
 開天皇時代(紀元前158年~98年)の創建、神使は兎。 調は古代税制の「祖・庸・調」の調、伊勢神宮の御調の初穂を納める倉庫から神社に発展したのが神社名の由来。
 調→つき→月と変化し、いつしか「月の宮」となり、月待供養(二十三夜講)の信仰が盛んとなったといわれる。

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狛兎

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 調(つき)の名が、月と同じ読みであるところから、月の動物と云われた兎が神の使いとされ、中世の月待信仰(月のもつ神秘に畏敬をなし、月の出を待って祈る信仰)の広がりと結..

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白沢村伝説(現沼田市白沢町付近)

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ツモノガシ→女の人がゆっくり・楽しく・遊ぶこと
セッチュウラク→自分に都合の良いことをしゃべる
ズッケ→等価交換
コクゾッコ→微量
ヘンゲール→話がわかる
ヤレテ→布などが古くうすくなる
チャンガラチャンガラ→うまく歩けない

○文治年間九郎判官義経が頼朝に追われ奥州に向かう途中、主従三人が谷間に逃れたのが「三騎石」。 道行く人は、石を拾ってその上に積み重ねて之を隠すことが義務づけられている。

○田植えで忙しいときに、手伝いにかり出されたのが「田植地蔵尊」。

○狐の嫁入行列が通ったと..

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長野原伝説

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(石梨の木)

○「おきゃくまんま」とは米の飯。 お客専用だった。

○「三杯汁は馬鹿がする」といわれた。

○「女のもつべき穴一つ ささんとすれば毛がもじゃもじゃ つばきをつけてねじりこめ」、は針のこと。

○お供えを射ったら中から白い鳥が飛びだし・その家は貧乏になったので、「お供えを射てはいけない」。

○お熊野様の洞窟に鶏を放したら、鶏は越後へ出たといわれる。

○カッパが法印さんに教えたのが「骨接薬」、女人だけが作れたらしい。

○ダイダラボッチが高くしたのが浅間山・残った一もっこ分の土が小..

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上野国鉱泉一覧

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☆現在、グンマには約461の源泉(温泉地数は203ヶ所)がある。
 カルシウム鉱泉(黒保根)、 伊香保温泉、 磯部鉱泉、 猿ケ京温泉、 塩川鉱泉、 塩之沢温泉(上野村)、 塩平林鉱泉(多野郡日野)、 奥平温泉、 応徳温泉、 温泉沢鉱泉(碓氷坂本)、 下仁田鉱泉、 花敷温泉、 我楽目嬉鉱泉(がら)、 蟹沢鉱泉(原市)、 開場温泉(利根郡東村老神)、 勧能鉱泉(南牧村・勧能)、 丸沼温泉、 亀沢鉱泉(碓氷川浦)、 吉ケ谷鉱泉、 錦山荘鉱泉(清水鉱泉)、 穴原温泉(利根郡東村老神)、..

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地名伝説(赤城山西麓)

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○北橘(ほっきつ)
 日本武尊命が山頂で、弟橘姫を偲んで「あづまはや」と入ったので、この山を「橘山」。 が、植物の橘が由来との説、急崖が立っているので「立ちバナ」との説もある。 

○岩鼻
 烏川に臨んだ所が岩石になっている。

○板鼻
 碓氷川に平板が臨んだ大地。

○十二様
 十二人の神々・十二人の子供を持つ神・一年を守護する神、など言われるが本当のところは判っていない。 女の山の神様である。
※女房を「山の神」というのは、十二様が源。

○溝呂木
 オオミ堂のミゾロガ池の主大蛇が大きくなり池が小さ..

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グンマ地名伝説

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○地名伝説、あくまで伝説

○明戸坂(あけとさか)
 小倉季氏がこの坂を通ると日輪が輝いたとか、鹿島・香取の神がこの坂を通ると夜が明け始めた、ともいわれる。 ※アクト・アクツが源らしい。

○稲含山
 神が唐から種籾を口の中に隠して持ち込んだとされる。

○入の湯
 猟師が山中深く犬が傷を癒している湯をみつけたので「犬の湯」が源。

○歌川町
 藤原定家と藤原家隆が、烏川を渡れず歌を詠み合ったとされる。

○姥が懐(うばがふところ)
 平井落城で上杉憲政の嫡男竜芳君が姥もろとも自害した。

○海老瀬(えびせ)..

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群馬の方言 南西部編

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○藤岡編

 アイサ→間・すきま、 アイダ→普段、 アイヒョウ→行き違い、 アオンゾウ→顔色が悪い、 アサヅクリ→朝飯前の仕事(アサッパカとも言う)、 アシッカワセ→一つの布団に交互に入って寝る(シリッカワセとも言う)、 アタマヲハギル→上前をはねる、 アツケ→日射病、 アテコトモネエ→とほうもなく多い、 アトッシャリ→後ずさり、 アバケル→ふざける、 アブノソウダチ→全員一斉に席を立つ、 アメンボウ→つらら、 アラッボ→乱暴者、 アンケラコンケラ→ぼんやり、 アンジャネエ→心配..

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群馬での暮らし:群馬の地名

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○どこまで知ってる群馬の地名
 鮎川(あいがわ)、 間の島(あいのしま)、 赤岩(あかいわ)、 秋畑(あきはた)、 秋間(あきま)、 足次(あしつぐ)、 四阿山(あずまやさん)、 穴原(あなばら)、 雨沼(あめぬま)、 新井町(あらいちょう)、 荒牧(あらまき)、 新巻(あらまき)、 新町(あらまち)、 有馬(ありま)、 安堀(あんぼり)、 安養寺(あんようじ)、

 伊香保(いかほ)、 石上(いしがみ)、 石田川(いしだがわ)、 伊勢町(いせまち)、 市(いち)、 稲荷(いなり..

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グンマの昔:十石峠

Jyukkoku14

○十石峠
 かつては、信州大日向へ馬子が荷(下駄など)を運び、帰りは米・酒・わら・草鞋などを持ち帰った。 小諸へ行く馬子衆は帰りに十石の米を上野村白井まで持ち帰ったので、「十石街道」・「十石峠」と呼ばれるようになった。 帰り荷は、白井の市場でトリヒキされた。 
※細い崖道で馬もろとも谷間におちてしまうのが「やきゅう沢」、供養の馬頭観音石碑も多い。

○十石街道(じっこく)
 中山道新町から藤岡・鬼石・万場を経て神流川沿いを遡り、十石峠を越え信州南佐久へ至る街道、十石峠道・山中道とも..

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グンマの20世紀:火災

Takasaki_mini

○群馬県、2015年出火率全国7位。


○火災一覧
 両毛線汽車沿線火災多数(1906)、 高崎大火2000戸焼失(1906.3.23)、 安中町大火84戸焼失(1907.12.25)、 草津大火37戸焼失(1908.5.13)、 町井田大火35戸焼失(1908.3.21)、 高崎大火碓氷社分工場等24棟焼失(1909.12.7)、 神川村万場町大火(1912.1.22)、 高崎大火32戸焼失(1913.3.2)、 鬼石町全焼大火177戸(1916.2.20)、 下仁田町大..

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大泉伝説Ⅱ(現大泉町)

Ohizumi22

汁かけ飯を食うと、外へ出てから恥をかく
○赤飯に汁(湯)をかけて食うと、嫁にいくとき雪(雨)が降る
○七草粥をふいて食うと、田植のときに風が吹く
○あったかい飯は、一番さきに仏様へあげろ
○箱膳は向かって左が飯、右に汁
○飯をこぼすと、食えない子になる

○家を出るとき針を使うもんじゃない
○子どもの火あそびは、寝小便のもと
○うそをいうと、鬼にべろをぬかれる
○爪を切って、その爪が火の中へほいると、きちがいになる
○便所の掃除をすると、それだけ長生きをする
○神様の前で小..

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グンマの占法・呪法(太田史)

Ohta27

○「イネゴ」をなはすには、鎌の柄をあぶって、その部分をなぜる。
○「コウデ」が起ったら、両親揃った末っ子の異性の人に、縫糸にて腕を縛って貰うとなほる。
○「シビレ」のきれた時は、ひたひにつばきで十の字を三つかく。
○トゲを抜きたるあと局部の化膿を防ぐには、抜きたるトゲを歯で十分にかみくだきて、それを局部につける。

○夏日「カクラン」にかかったときは、破れすげ笠をかむり、水をかけるとなほる。
○顔へはたけが出来たら、もぐらの手でなぜるとなほる。
○子供の口の周りに皮膚病の出来たとき、草でそ..

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グンマの口碑(太田史)

Ohta27

○「千早振る卯月八日は吉日よ、神さげ虫の成敗をする」と云ふ歌を書て流しにはると虫が出ない
○おさきなる動物は人の家に禍福を与ふ
○お月様が笠をかぶると近きに雨ふる
○からたちの木に生じたる菌は煎じてれうまちによし
○しびれのきれたる時塵を額に貼ればなほる

○烏鳴が悪いと人が死ぬ
○卯の日に田植をすると其米が不幸の役に立つ
○燕に糞をかけらると運がよい
○燕を捕れば目がつぶれる
○下雷は牡丹餅をして招んでも釆ない
○家によりて作物に作ることの出来きぬ作物あり
○柿の種を囲炉裡へ..

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カツモウマ

Katsumouma31

○カツモウマ
 七月七日、まこもで馬を作り・門に飾った。(板倉町)

Mimizuku_kishibojin

○まこも馬(真菰)・すすきのみみずく(鬼子母神)

☆わらんま
 藁馬、全国的にみられる。 地方により、ウマ・ガツギ馬・草刈馬・七夕馬・お馬様・カツモ馬・ゴリゴリ馬・トイトイ馬・トリヘイ馬・コトコト馬・トビトビ馬、トシトシ馬、トヨトヨ馬・トウヘチ馬・ノゴウ、など多数。  

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グンマの昔:麦播ゴジンジ

Azukigojinji

○麦播ゴジンジ・那波の神事(玉村町・火雷神社)
 境内四方に注連縄を張り、中に入ることなく十三日間静かにすごす。 ことの起こりは862年冬近く、この地に黒雲・暴風・天地鼓動・大雪など異変か起こり、困り果てた郡司が朝廷にお願いし、僧正と武士が火雷神社で祈ること七日目、武士が現れた妖怪の首を切り落とした。 
 こうして毎年火雷神社で御神事が行われるようになり、季節は麦巻きだったので「麦播きゴシンジ」と呼ばれた。
 妖怪を退治した武士は「那波八郎」と名乗るようになり、八郎神社に祀られ..

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渋川伝説(1)

Onogami11

○小野上名石
 ・夫婦石:七社神社そばにあるのが女石、粗末に扱うと祟りがある。 男石は上流にいる。
 ・牛の屎石:牛の糞に似ている、でも高さ6m幅9m。
 ・むしば神:虫歯に見えないこともない、おがらの箸を供えると虫歯が治る。
 ・弘法の腰掛石:弘法大師が腰掛けた、足跡二つとお尻の跡がある。
 ・白丁石:弘法大師が「白丁」と書いたといわれる。
 ・蟹石:川辺の蟹に見えた。
 ・かえる石と硯石:雨乞い祈願用。

○有馬五石ほか
 ・子種石:石に手を触れて祈願すると子種が授かる。(若伊..

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桐生・金山城伝説

Kanayamashiro

○根本山には黒兵衛天狗が住んでいた。 火除け・盗賊除けに霊験あらたかとされ、伝説も多くある。 根本神社は大山祇命を祀る、里宮には1578年開山の大正院。

○桐生地方の足利氏は、藤原秀郷系と八幡太郎義家系の二系統ある。

○桐生落城
 領主・桐生大炊介助綱は人望厚かったが子供が無く佐野家から養子(親綱)もらったが折り合い悪く、ついには由良成重らに攻め入られた。 そして親綱が奥方・姫達と桐生川の大滝を岩から岩へと飛び跳ねて逃げたので「跳滝」とよばれる。 
※このとき「宝の入った瓶」三..

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大間々伝説(大間々町、現みどり市)

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○高津戸城の戦い
 父里見上総入道勝広の敵討ち(山越出羽と石原石見)を企てた里見勝政・勝安兄弟が居館としたのが、1100年頃に築城された高津戸城(1351年桐生国綱により廃城)。 しかしながら、本望を遂げられなかった。(里見十二騎の墓)

○新田芳重の隠し館
 新田芳重が一族の隠れ場所としたのが上州桐原牧新田金塚隠し館、農具・武具などを作った。 金塚は鉱石貯蔵所、ジャンジャン屋敷は溶解所。

○自然のままに暮らしていた念仏行者「行仙房」、村人達に尊敬され・見守られながら1278年..

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グンマの昔:錦野の里(現玉村町)

Tamamura_nishikino

 天慶年間、沼田の庄を治めていた地頭に美しい娘がおり、錦野の里の若者と恋に落ちた。 一方、土豪の中には地頭の娘を平将門に差し出そうという動きがあった。  そこで地頭は娘を若者のもとへ逃がした。 土豪の追手に追いつめられた娘は矢川に身を投げ・若者も続いた。  その後、夜な夜な矢川に二つの光玉が現れたので、村人たちは玉を拾い上げ「龍神」として祀った。(これが近戸大明神)
 そしてある年、利根川が大洪水となり、濁流に竜神が現れ、玉の一つを持ち去った。(1360年頃) 残った玉は、玉竜..

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水上伝説(現みなかみ町)

Tenjin3

○寺間開墾の浪人屋敷には落人が住み着き、大峰山に金を埋めたらしい。

○上杉憲政が越後に落ち延のびるさい、馬をつないだのが「馬つなぎ石(タテ石)」。

○蛇淵の主は大蛇だった。

○ヨエモンがスマキにされて投げ込まれたのがヨエモン淵。

○間男をつくった妻が夫ムトウ坊を殺したので、祟りをおそれた村人が無縫塔を建てたのが無縫塔。

○アクトには八束脛の足跡があった。

○オオユウ(大洞窟)にはヤツカハギが出た。 またオオユウは越後に通じていた。

○昔話のおわりは、「イッチガサヶカッタトサ」。

○仏岩をは..

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藤原伝説(現みなかみ町藤原)

Gunma_fujiwara

○七人仲間になって狩をしてはいけない。(七人狩)
○日本の三薬は、山は熊の胆・里は人参・海はオットセイ。
※藤原には熊がいた。 熊は木に牙痕をつけるので目印に熊穴を探した。(穴探し・寝当たり)
○狩の獲物は平等に分ける。
○カモシカの肉(カングラ)は薬になる。 
※クラはカモシカの意

○ヤエン(猿)の頭の黒焼きは脳病の薬。
○冬のムジナは脂分が多いので油の代わりに燃やした。
○二月八日と十二月八日は、籠を外に出しておくと鬼が来ない。 
※事八日。 メカゴの編み目がたくさんの眼にみえるので、鬼が..

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大胡伝説(勢多郡大胡、現前橋市)

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○河原町の観音様が、赤城の大水で流され行方不明となった。 ある朝、隅田川岸辺で草刈りをしていると金の観音様を見つけた。 朝の草刈り→アサクサ→浅草、これが浅草の観音様になった、とか。
○子供の夜泣きは、夜泣き岩に願掛けする。 願生果たしは二本の竹筒にいれた御神酒。
○蚕種石の苔は蚕のはきたての時期に青くなる。

○応昌寺周辺には、水引女の幽霊が出た。
○聖念塚は、五十山の聖念和尚が生き埋めにされた所、風邪・発熱などのとき願掛けする。
○上人塚は、伝燈大阿亜闍梨翌春上人が入定(入滅)した所..

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グンマの昔:じんだんぼう

Jindanbou21

○ぢんだんぼう
 独楽の一種、桧の木でつくり・「しっぺ」で回した。 両端が尖った「つむじんだんぼう」というのもある。

Jindanbou22


○グンマ子供の遊び用言集
おたまとり→お手玉
かくねげしょ→かくれんぼ
かけりっこ→かけっこ
きしゃごっこ→おはじき遊び
しんごすもう→ケンケン相撲
せんとぴーたー→カードゲーム軍国版(※現段階では詳細不明)
たま→ビー玉
ちっか→じゃんけん
ちっかきゅ→じゃんけんぽん・あいこでしょ
ぢんだんぼう→独楽の一種、桧の枝で作り「しっぺ」で廻す
つむじんだんぼう..

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北橘伝説(勢多郡北橘:きたたちばな、現渋川市北橘町:ほっきまち)

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○親鸞一行が「波阿弥陀物」と唱えながら布教の途中、上箱田の硯石で利根川の白波を見て、「この自然の激しい地の人々はその気質も激しく、私の教えも容易には理解されないであろう」。 布教をあきらめ常陸国へ向かった。 このとき、硯石で墨をすり和歌を詠んだ。

○火事の時に助けられたお坊さんに、お茶がなかったので甘酒を出したら喜んで飲んだ。 翌朝、石井・珊瑚寺のお地蔵さんの手が焼けていた。 それ以来、甘酒を供えるようになり「甘酒地蔵」とよばれる。 萩原右近・左近兄弟が祭った地蔵ともいわれる。..

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赤城村伝説(勢多郡赤城村、現渋川市赤城町)

Akagi57

○湧玉には白蛇が住んでいる、汚したり・不浄物を洗うと祟りがある。 雨乞いだけはきいてもらえる。

○勝保沢の清水側に住んでいた「お哲」は超美人だったので、弁天様とよばれた。 その地では、女の子が産まれると「お哲」と名付けるのが流行った。

○おとうか久保には、オトウカが出た。

○上三原田・三島山の大松の木には天狗が住んでいた。 音を聞いた人も多い。

○戦の時、内出城内の松に登り情勢を眺めたので「物見の松」。

○二城主見立権太郎が仲井の田のくろを枕に切腹したので「枕田」となった。 田には..

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ぐんまわらべうた:遊び編

Gunma_warabe01

ぐんまわらべうた:遊び編

○からかう時
男んなかに 女がひとり なべほうろく あぶないところ

○からかう時
男と女で豆煎り 煎っても煎っても生臭せえ

○からかう時
みっちゃんみがつくみんまいも みんこのみんぶくろみにかけて みっちゃらっか みっちゃらっか

○からかう時
桐生人のあわくい あわがなくてひえくった

○からかう時
おんなのきのぼり みっともねえ したからみれば あなだらけ

○おできをからかう
できもんかちかち かじやの子

○頭でっかちをからかう
頭でっかち かじかの子

○バカ..

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伊勢崎伝説(現伊勢崎市)

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○七夕にはメズラ畑に入ってはいけない。
○子供に新しい着物を買ったらまず七夕様に供える。
○権現山頂上の石に刻まれた文字が読めれば、金の鞍をつけた白馬が飛び出してくる。
○五郎兵衛墓場(石宮)は虫歯の神様。
○半夏の日には笠をかぶるな。
○広瀬川・タネン淵にはカッパが出た。
○広瀬川に流れ着いた矢を祀ったのが太田町・五郎神社。
○八坂堰近くに生える蘆が片葉なのは落人の怨念。
○宮子町にキリギリスがいないのは宮子大明神の髭をかじったから。

○平家一族がヤナギの箸を地に挿したのが「逆さ楊」となっ..

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グンマの温泉

Gunma_onsen2

どこまで解るグンマの温泉。(温泉一覧)

 グンマには約461の源泉(温泉地数は203ヶ所)があり、約1/3が自然湧出泉で北部に多く・南部には掘削泉が多くある。  近年東部平野部で1000m以上掘る「大深度掘削泉」が広まった。(グンマ何処でも1000m掘れば,60℃程の温泉が湧くともいわれる) ただし、この大深度温泉水は地下停滞水と考えられ限りあるといわれている。
※泉温25℃未満は冷鉱泉。
※老神温泉や猿ヶ京温泉はダム建設で移転した掘削泉。

 カルシウム鉱泉(黒保根)、 伊香保温..

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鬼が沢橋梁

Onigasawa2

○鬼が沢橋梁
 上野鉄道、1924年電化により付け替えられた

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グンマの昔:利根銀行

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○利根銀行・新治村
 1900年設立、1926年沼田商業銀行と合併、1930年群馬中央銀行に買収。

 グンマでは、1877年第三十九国立銀行が開業したのが最初、「国立銀行条例」に基くものであり後には群馬銀行となった。

Toneginkou2

(WEB転載)

その後

Jyoumoubank_2

○上毛貯蔵銀行高崎支店
 1915年開業し日曜も営業、1933年高崎積善銀行・高崎銀行と合併して上州銀行、やがては群馬銀行となる。


○上州銀行(大正8年~現在)
 1915年9月「上毛貯蔵銀行」が本店を九蔵町に・本町・田町・あら..

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グンマの昔:多野群

Tanogun23

○多野群
 1896年、多胡・緑野・南甘楽の三群が合併した。 この結果、藤岡町・神流村・新町・小野村・八幡村・美土里村・平井村・三九里村・鬼石町・三波川村・吉井町・多胡村・入野村・日野村・美村・神川村・中里村・上野村、が含まれた。
 その後離脱軍が続出し、現在は「上野村と神流町」が残るのみとなった。


☆どこまで解るグンマのことば @多野群(カッコ内は由来)

 あさっぱか→朝仕事(朝作)、 あぜうにも→何としても(何篠に)、 あちゃ→それなら(あぁそれで)、 いしい→悪い(え..

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道祖神:鬼石

Douso_onishi2

○鬼石町下三波川

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道祖神:倉渕

Douso_kurabuchi2

○倉渕村大字水沼坂下

○水沼
 古くは沼之郷。 戸隠の鬼と川浦山の天狗が共謀し突然死の沼を作った。  そこで天皇が比叡山慈覚大師に命じ鬼と天狗を退治し、中尾城大将が鬼の 角を切り落とし落ちたのが「角落山」。 そして沼はきれいな水で満たされ た。 

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節句は女の祭りだった(女の日)

Syoubuyu39

○節句
 ショウブとヨモギを軒に下げて厄除けとした。(昔、鬼に追われた人がショウブとヨモギの間に隠れ、その香により鬼が人を見失ったとされる)  子供に菖蒲をつけ・こいて腹をむぐし、腹の虫除けとした。  地域によっては、菖蒲が育つのを待って一ヶ月遅れで節句をした。

節句 について


○節句・菖蒲と蓬
 強い香気を発するので魔性のものを退けるとされた。 これらで、屋根を葺き(屋根に挿すor軒先に挿す)・菖蒲湯に入り・菖蒲酒を飲み・菖蒲で打ち合い・地面をたたき・女の尻..

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食わず女房

Futakuchionna

《グンマを話そう》
○食わず女房(頭から飯を食う鬼女)
 ある昔ドケチな男が「美しくて飯を食わない女」を女房にした。 確かに飯を食わないのだが、米櫃の米はすぐに空になる。 不思議に思い出かける振りしてコソッと覗き見すると、大きな釜で飯を炊き・頭のてっぺんに隠れていた大口を開き、どんどん飲み込んでしまった。 その正体は山姥であった。  そこで男は離縁を申し渡したが、逆に桶に閉じこめられ、山奥へと運ばれていった。
 恐怖のあまり動けなかった男は、偶然垂れ下がっていた藤のツルにつかまり..

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グンマの昔:前橋

Maebashi_denkikan

○前橋電気館
 1913年4月1日開館。 1915年キネトホン(発声活動写真)、それまでは無声映画だった。 活動写真検閲(1919.1)。
 1922年になると客足が遠のき、女給仕などあらゆる手段での客争奪戦となった。

Maebashi_yanagiza

○前橋小柳町通り柳座

Maebashi_denki


Kiryu1956

○1845年頃の映画館・劇場

前橋市:前橋オリオン座、前橋宝映画劇場、前橋会館、前橋銀星座、前橋テアトル、前橋電気館、前橋文化映画劇場(文映座)、銀勝座(旧木瀬村駒形)
高崎市:国際映画劇場、高崎銀星座、高崎松竹映画劇場、電気館、..

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道祖神:鬼石

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○鬼石三波川

Gunma_dousojin61

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群馬での暮らし:東村の地名

Kunisada_st

○どれだけ読める東村の地名
 遠西→とおにし、 下代→げだい、 開発→かいはつ、 間の田→あいのた、 久保内林→くぼうちはやし、 強戸→ごうど、 曲口→しゃくじい、 御手洗下→みたらせした、 国定→くにさだ、 根性棒→こんじょうぼう、 四畝歩→よせぶ、 十二天→じゅうにてん、 小保方→おぼかた、 上田→かみた、 諏訪原→すわっぱら、 水殿→ずうどの、 掻揚→かきあげ、 大根谷戸→だいこんがいと、 宅地付→たくちづき、 鉄糞→かなくそ、 纏→まとい、 田部井→ためがい、 東菜飯田..

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グンマの昔:千貫松

Senganmatsu

○千貫松・片品
 源義経が、頼朝と争い奥州へと落ちていく途中、みごとな松をみて都を懐かしんだといわれている。

※登場人物は、上野国白井城主白井玄人道や沼田万鬼斎だったりすることがある。 千貫松は、枯死して今はない。

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グンマの昔:天明の浅間焼け

Kanbara11

○嬬恋村鎌原(かんばら)
 1783年7月8日10時、日本有史最大規模の浅間山噴火、全村火砕流に流され、残ったのは観音堂と秋葉神社を含めて四町歩(東京ドームより狭い)。  477人が死亡・観音堂に逃げた93人が助かった。 残った村人は全員平等の基に家族を構成して新村建設し、鎌原村がよみがえった。 そしては「八日の念仏」として念仏和讃が唱えられ、毎年鎌原観音堂で供養際が行われている。(毎月7日と16日にも行われている)
※大笹村黒岩長左衛門・干股村千川小兵衛・大戸村加部安左栄門など..

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お艶伝説

Otsuyagafychi

○お艶伝説(前橋)
 敷島公園北にあるのが「お艶が岩」、その西の利根川右岸に総社城があった。  総社城主秋元侯が連れてきた「大橋の局お艶殿」は美貌であり、長朝侯をもさげすんだため、牢に入れられ・ついには大瓶に蛇とともに入れられ利根川の淵に沈められてしまった。  その怨念に、なお艶が岩に鬼火とともに現れ・総社城は年々川に欠け落ち・秋元家は男子が絶えた。  そこで、元景寺にお艶の墓を建てて供養したとされる。

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鬼と凍り餅

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《グンマを話そう》
○鬼と凍り餅(吉岡編)
 ある昔、蚕の休み餅をつくり・竹の子煮て食べていると、突然鬼が家に入ってきた。 おそるおそる家人が「休み餅と竹の子の煮物」をご馳走すると、鬼はいっぺんに口の中に押し込んだ。 しかし、かたくてどうしても食べることができない。 座敷の奥では子供たちがうんまげに食っている。  鬼は、「これはヤバイ」と山へ逃げ帰り・二度と里へ現れることはなかった。
 鬼へのご馳走は、「四角い石と青竹の煮物」だった。

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グンマの昔:藤岡市

Fujioka11

○藤盛座
 1909年芝居小屋として開業。

藤岡市 について

Fujioka12

○上信バス藤岡営業所
 1920年、藤岡~新町の乗合自動車営業開始、藤岡自動車輸送株式会社。 1932年の自動車運輸事業統合令により上信電鉄と合併。


○藤岡事件
 1923年9月3日、鬼石町自警団が朝鮮人をつまえ藤岡署につきだしたことから、警察署に乱入し二日間で十七名の朝鮮人を虐殺した。  流言飛語の発生源は不明だが、上毛新聞記事も影響
したともいわれる。

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グンマの昔:オサキ

Okojyo21

○オサキ
 グンマに伝わる憑き物。 名前の由来は、オサキ狐・御前・ミサキ・オサキ・オオサキ・尾先(狐)・おふさ紀・カンザキ・コウザキ・ゴンゼン、など数々あるがはっきりしない。  どうも、信仰上の動物であり、山で正体不明の小動物を見たときに「オサキ」とよぶようだ。

 オコジョは「山オオサキ」とよばれ、山の神様の召いとされている。
※夏は背側が茶色で腹側が白、冬は全身が白になる。




【マドーモン】
 広い意味での妖怪をマドーモンと言い、グンマでは下記など確認されている。

○ヤマ..



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グンマの昔:弘法の井戸

Gunma_koubouido

○弘法井戸(甘楽)
 弘法大師が水を求めたところ、一人の女が遥か遠くまで水を汲みに行った。 これを見た弘法大師は、錫杖を地中に突き刺し泉を湧出させた。

※弘法大師が大盤振る舞いしたらしく、この話・この井戸はグンマ各地にある。






グンマで今までに発見された「弘法の井戸」は下記、

○藤岡市日野高井戸・弘法井戸
○松井田町坂本・弘法井戸
○榛名町間野・弘法井戸
○利根村石戸新田・弘法井戸
○利根村根利・弘法井戸
○新治村・弘法井戸
○片品村花咲千貫松峠・清水
○新里村赤城山・弘法井戸..





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群馬での暮らし:ことわざ編

Gunma_ai6

○足の下から鳥が立つ
○朝あめと女の腕まくりに驚くな
○朝日焼けがすると雨がふる
○朝茶はその日の難のがれ
○朝蜘蛛がおりると縁起がよい
○朝蜘蛛は恵比須様にあげろ
○頭に巻毛が二つある子は意地が悪い
○朝鳩が鳴くと雨になる
○朝霧があがれば雨になる
○朝口に女の客があるとその日は人が来る

○小豆の火は馬鹿に燃させろ
○犬の遠吠えは用心しろ
○戊の日にほ田植えをするな
○イモリにかみつかれると雷が鳴るまで離れぬ
○優曇華の花が咲くと縁起がよい
○うどの大木臼の上にあがると背がのびない
○魚が跳上って虫を喰う..

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群馬での暮らし:グンマ都市

Gunma_map_2

グンマの都市は下記のように発展してきた。

○城下町を起源とする都市
 前橋・高崎・伊勢崎・館林・沼田・安中・
 (以下は陣屋:小幡・七日市・吉井)
○市場町を起源とする都市
 桐生・大間々・中之条・原町・室田・長野原・渋川・下仁田・鬼石・富岡・藤岡
 (以下は谷口集落:桐生・大間々・大胡・沼田・渋川・ 中之条・原町・室田・下仁田・鬼石)
○宿場町を起源とする都市
 高崎・安中・渋川・玉村・境・木崎・太田



○グンマの食品工業
グンマに食品製造工場は多く、

高崎市:ケロッグ・ニップン冷食..


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おやき

Oyaki_iroha

いろは堂のやさいおやき
炉ばたのおやき
 (有限会社いろは堂@長野市鬼無里1687-1)

○かぼちゃ・野菜ミックス・粒あん・あざみ・野沢菜・ぶなしめじ・きりぼし大根・ねぎみそ・なす、等があるらしい。

Oyaki_iroha2

きりぼし大根


○グンマのおやき
 最も簡単なやきもちは、小麦をこねて味噌を練り込み丸めて焼いたものであり、昔は「土ぼうろく」という土製のフライパンのようなものを使って囲炉裏で焼いていた。 ぎゅっと締まった固い食感が特徴だったが、現在は重曹を入れているため、ふっくらしている。..

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石垣と段々畑(南牧村)

Nanmoku_ishigaki2

○南牧村の石垣
 1875年ごろ、千原慈眼寺住職工藤膽師が大仁田集落の石垣を見て、毎朝南牧川に顔を洗いに行く度に石を一つずつ積み上げて寺裏山に石垣を作った。 やがては、耕地の拡大から石垣が見直されるようになった。  このようにして大切にされた石垣には数々の俗信があった。(石垣信仰)

☆石垣の間には割れた瀬戸物などを突っ込んだ。(危険物の廃棄・再利用・供養の意味がある)

Takasaki_28

 かつての南牧村は、沢水が冷たくて米を作ることができなかった。 そのため、山仕事が重要な生業であり、その他には紙..

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グンマの昔:庚申まつり

Gunma_koushin2

○庚申さま(庚申講)
 庚申さまは、百姓の神・作神・鬼門よけの神・猿田彦神などといわれている。 年に六回ある庚申の夜は身を謹んで徹夜する。(お日もち)  実際は、庚申の晩の禁忌も多いが、ご馳走を食べながら談笑して一夜を過ごしたようだ。

※庚申塔は、三隣亡除けでもあった。
※庚申様とお正月様とは仲が悪いらしい。 「赤城の神と二荒山の神との戦い」に代表されるがごとく、グンマの神々はあまり仲がよろしくないようだ。

Sarudahiko

猿田彦


○庚申
 庚申の夜に寝ると、人の身体の中にいる三尸という..

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グンマの昔:おにおろし

Gunma_onioroshi

○初午
 東毛では初午にスミツカリ(スミツカレ・シモツカリ)を食べた。 節分のときに炒った田瀬伊豆をやわらかく煮、大根おろし・酒粕・油揚げ・里芋・人参などを醤油味で煮込む。 大根おろしは、オニオロシで荒くおろす。 鮭の頭や骨を入れることもある。  これを藁でつくったツトッコに入れて稲荷様に供える地域もある。

Onioroshi

鬼おろし

しもつかれ について

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大根をおろすのがオニオロシ(左)
いもをおろすのがセンオロシ(右)

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群馬での暮らし:オニジャクシ

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○おにじゃくし(鬼杓子)
パスタをすくうアレだ。

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こんな使い方もある(おっきりこみ・おきりこみ)
 麺と汁が同時にすくえる。

※これを「アツモリ」と呼ぶ人もいる。

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グンマの昔:めかご

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○目籠
 二月(コトハジメ)と十二月(ヒトジマイ)に、竹籠を逆さにしてたてる。 目が多く四方を睨んでいるので魔物(一つ目の大入道ともいわれる)が寄りつかないとされる。 一部の地域では、口を下にして中に赤飯やヤキビン(焼餅)などを入れ「悪魔は中でゆっくりしろ」と慰める日もあった。

※二月八日を朝おこと・十二月八日を夜おことといった。 事八日は、各種の神や妖怪の来訪があり・前夜は疫神が天から覗くので「水も鳴らさぬコト八日」とひたすら静かにした。

☆十二月八日は事始めの節供、一つ目の鬼が..

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恵方巻生ロール

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創業百年 大正元年創業 福嶋屋製菓舗
恵方巻生ロール
 (株式会社福嶋屋@群馬県佐波郡玉村町上新田1637/イーサイト高崎、0270-65-3765、無休)

○ロールケーキ

節分 について

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《グンマを話そう》
○いちげえ大尽(いちげえ→急に)
 ある昔、節分の晩に「鬼は内、福は外」といって豆まきをした家があった。 すると、荒神山から鬼がやってきて、お金を家の中に投げ込んでいったので、一夜にして大尽となった。 しかし、 身上の終わるのも早かった。


☆節分の豆を食べる..

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グンマの昔:節分

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○節分
 節分は、トシトリ・トシコシとも呼ばれ、この日で数え歳に一才加えられる地域も多い。 もともと豆撒きは、神への散供(打ち撒き)とされ、やがて鬼を追いやるものとされた。 ただ、豆を撒くとは限らず、地域によっては川に流したり・井戸に入れたりして厄落としとした。 ほかにも、厄落としに、豆・みかん・銭などを撒く地域もある。

※節分の豆を紙袋に入れ・かぎ竹に吊し、初雷の時食べると落雷が無いと言われている

Gunma_sankakumanako

○三角マナコ(鬼の目)
 ウツギで三角形をつくる。 腰に下げると「はやり目」に罹..

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グンマの昔:大木丸と木の葉姫

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《グンマを話そう》

○大木丸と木の葉姫・吾妻郡
 ある昔、おじいさんおばあさんとあった。 ある日、おじいさんが山へしばきりに行き「男の子」をひろい、おばあさんが川へあらいものに行き木の葉の船にのった「女の子」をひろってきた。 そしては、大木丸と木の葉姫と名付けた。
 ある日遊びに行った二人は道に迷い鬼婆に捕まりそうになるも、一人の女の人に助けられ「弓矢と包丁」をもらい家へと戻ることができた。
 やがて、大木丸は狩の名人・木の葉姫は料理の名人となった。 あの時の女の人こそ、本当..

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グンマの昔:鬼のふんどし

Kurotakiyama

○黄檗宗黒瀧山不動寺@南牧村大塩沢
《グンマを話そう》
 ある昔、黒滝山に住む黒鬼が川でふんどしを洗っているところを村の娘に見られ、ふんどしを置いたまま逃げてしまった。 娘は残されたふんどしを洗い・繕い、毎日鬼の来るのを待ったが、鬼は恥ずかしくて娘の前に出ることができなかった。 そして月日が経ち、娘も歳をとり、ふんどしだけが残された。 村人は、あまりにも大きなふんどしなのでノボリにしてみたが、臭すぎるので箱へ入れ神社の縁の下に封印してしまった。 その後、開けてみた者はいない。

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ぐんまわらべうた:おんぼや

Gunma_dondo

○道祖神焼き(おんぼや)

 おんぼやー
 しゃんこたて
 しゃんこたて

と唱えながら子供たちが、カンジン棒を持って村中をまわり、カンジン(お金)をもらってくる。

※おんぼや小屋を作る地域もある。


【どこまで解る ぐんまわらべうた】
○あっちの山でもゴーソゴソ こっちの山でもゴーソゴソ 朝起きて見たらば 小さな小僧が チャンチャラ太鼓たァたいて ホーイホーイと飛んでった
○いいとこ 床場の えんの下
○いま泣いた烏が 井戸のまわり回って 餅かけひろって 食い食いだまった
○おっちゃんどこだい入..

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郷土玩具:沼田凧

Numata_tako

○沼田凧

自来也
べえ凧:かみなり金時
べえ凧:鬼若


☆凧上げ
 古くは豊作の吉凶を占う祭典行事、930年頃には飛ぶ鳶の姿に似ていたので「紙老鴟(紙鳶)」、その後貴族→武士→庶民と広がり江戸時代にブームとなった。 地方により、いか・たこ・ふううり・たつ・はた・たたか・てんぐばた、など多種の呼び名がある。

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グンマの昔:門松

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○門松
 山間地域では、5m以上のヒノキを一対立ててしめ縄を結び根元に鬼打ち木を結びつけた。

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ぐんまわらべうた:鬼きめ

Gunma_warabe13

○鬼きめ歌
お指かんじょかんじょ
おたまにこにこ
鬼になるとて
腹立つやつは 地
獄えんまの
餅かけぬすっと
そりゃ抜けしゃんせ

※かくれんぼの鬼を決める。 全員が親指を出し、歌に合わせて順番に指していき歌の最後に差された子が鬼、歌の最後でみんな逃げる。 「もういいよ」で開始、鬼が「ブタの尻ブルブル」など言って油断させる。


○鬼きめ唄

お指かんじェかんじょ おたまにたこたこ
鬼になるとて ほら立つやつは
地ごくえんまのもちかけぬすっと
そりやぬけしゃんせ
----------------..

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群馬での暮らし:姥の皮

Ubanokawa

《グンマを話そう》

○姥の皮
 ある昔、田んぼで蛙が蛇に飲み込まれているのを見たおじいさんが可哀想にに思い「蛙を放したら娘をあげる」と蛇に言うと、蛙を放して山へ帰っていった。 やがて蛇が迎えに来ると、末娘が嫁入り道具に「瓢箪10個と針千本」持って蛇についていった。 住みかの沼まで来ると、蛇に「嫁入り道具の瓢箪を沈めて下さい」と言い、蛇がアタフタしている間に針を刺して蛇を退治した。

 帰り道に迷いたずねた小屋でおばあさんから「ここは鬼が出るから、この姥の皮(かぶると婆さんになる)を持..


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群馬での暮らし:天に昇りそこねたカッパ

Tenkappa

《グンマを話そう》
○天に昇りそこねたカッパ
 ある昔、大間々町下神梅・観音寺辺りの渡良瀬川には高い崖があり淵にはカッパと竜が住みついていた。 水辺から天に昇る竜を見て、カエルは羨ましくて仕方がなかった。 そこで竜をおだて・ご馳走して、ついに一緒に天に連れて行ってもらうことになった。 
 カッパは竜のしっぽをしっかりとくわえた。 竜は、霧の中を・黒雲を突り・口から火を噴き・稲妻の中を・天を目ざした。 怖くなり下を見たカッパはその高さに驚き・恐れ、思わず「アッ~!」と叫んだ。 
..

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群馬での暮らし:デーラボウ

Derabo

《グンマを話そう》
○デーラボウ
 ある昔、日野山奥にデーラボウという大男がおった。 ある時、富士山と榛名山が背比べすることになった。 助っ人を頼まれたデーラボウは、御荷鉾山から山を一つ持ってきて榛名山に乗せようと、山を背負って歩き出した。 印地の朝谷まで来たら疲れたので山をぶちゃった。 これが子王山である。 そして歩き続けた、この時の足跡に水が貯まり緑埜の竹沼・七輿山の池・南八幡の木部の池などができた。
 またある時、大神山に腰をかけて新田川原で足をあらったので大神山は頂上が..

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八塩鉱泉煎餅

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○八塩鉱泉煎餅(あぶらや@藤岡市鬼石99-7)

 八塩鉱泉水を使って焼く煎餅、安政年間創業。


☆八塩鉱泉の北山、おね岩ともいう。 まら諏訪り神社にあるのがベッチョ岩。

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群馬での暮らし:大島梨

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○大島梨
 前橋市下大島町にて梨栽培を成功させたのが関口長左衛門と伝えられる。 その後、全国的にこの栽培法が広がったらしい。 来迎寺に、功績碑(石碑)がある。 

○里見の大梨(里見豊栄梨)
 清水家の鬼門除けに栽植されたといわれる。 

※かつて、梨はグンマの名産であった。 (梨はバラ科)

について

Ohshimanashi5

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群馬での暮らし:地獄見物

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《グンマを話そう》

○地獄見物ツアー
 ある昔、鍛冶屋と行者と歯医者が地獄旅行を計画しました。 三人は三途の川を渡り地獄門をくぐりぬけると、そこには赤鬼と青鬼が立っていました。

 鬼は言いました。「なにしに地獄に来たんだ!」  騒ぎを聞いて閻魔様が出てきました。「生きたままで地獄見物など許せねぇ! 針の山へ送り込め!」すると鍛冶屋は、たちまち鉄(かね)のわらじを三足こしらえ、それを履いた三人は針山の頂上に達しました。

 これに怒った閻魔様は言いました。 「ならば、釜ゆでだ!」 今度は..

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群馬での暮らし:へっぷり鬼

Hepurioni

《グンマを話そう》

○赤城のへっぷり鬼
 ある昔、赤城山には沢山の鬼達が住んでいた。 なかでも大きくて強いのが「赤鬼」と「青鬼」であり、毎年行われる祭りの相撲大会の横綱であった。 その祭りが近づくと、「赤鬼」と「青鬼」は絶対勝つぞ!と大好きな山イモをたらふく食べて体力をつけ・:稽古に励んだ。

 


 そして試合当日「赤鬼」と「青鬼」は向かい合った。 シコを踏めば山々が揺れ、角と角がぶつかり合えば火花が木々を紅葉に変え、しまいに互角のまま動かなくなった。 行司が「はっけよい!」、 思..

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群馬での暮らし:祇園祭

Gynma_gion

○祇園祭(おぎよん)
 沼田・須賀神社などで行われた祭りであるが、その由来はよくわかっていない。 疫病の防除を願った「天王宮」の祭礼が始まりではないかと言われている。 その多くでは、競馬(うまくらべ)も行われた。 オギヨン・テンノウサマと呼ばれ、現在はほとんどが夏祭りへと変化した。  天王様は市神として祀られ、沼田には「天王石」がある。  天王様の祭りではキュウリを食べてはいけない・キュウリの初物は天王様に供える、等の伝承もある。(切り口が天王様の神紋に似ているからと説明されて..

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群馬での暮らし:鬼と長イモ

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《グンマを話そう》
○鬼と長いも
 ある昔、白根山・四阿山には悪い鬼達が住んでいた。 ある五月節句鬼は「人間は柏餅をうまそうに食べてるな、オレもうまそうな人間を食うことにしよう」。 鬼がある家の前に来ると、家の中では長いもをおろしてトロロ汁を作っていた。 鬼は、「あれがご馳走か、角をおろせばいいんだな」と自分の角を少しくじいておろしてみたが、硬くて歯が立たなかった。 そのうち、家の中では美味しそうにトロロご飯を食べ始めた。 鬼は「こんなに硬い鬼の角をうまそうに食うなんてなん..

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群馬での暮らし:おにごっこ

Onigokko

《グンマを話そう》

「鬼ごっこ」にもこんな種類があったらしい。
 すじっちく・がらがらおに・かくしおに・てんじんさまのごもん・ぽこぺんおに・いろはにこんぺと・かりうどさん・つばめおに・ちゅうちゅうおに・ふうづきばばあ・あずきとぎ…

※詳しくは、「群馬のことばとなぞ・上野勇・煥乎堂」。

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群馬での暮らし:浅間山焼け

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《グンマを話そう》
○天明三年(1783年)7月8日午前10時頃、三ヶ月ほど前から活動を続けてきた浅間山が大爆発を起こした。 有史最大の大噴火であり、溶岩流は60km/h以上の速さで北へ流れ、土石流は嬬恋村・長野原町を壊滅し、吾妻川・利根川へと流れ込んだ。(現在の前橋市から玉村町付近まで被害が及んだ) 
 この時の溶岩流の痕跡が「鬼押出し」である。

Asama_funka

Asama_funka2

○浅間山噴火
 685年3月、1108年7月21日、1783年7月8日、の記録があるが、それ以前 も火山活動が盛んであ..

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天明の浅間焼け

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1783年


4月9日:噴火がはじまる。 噴煙が覆い、大地が鳴り響く。 以後、5月25日まで噴火は沈静化をみせる。
5月25日:ふたたび噴火の開始。午前7時頃から石臼をひくような山鳴が聞こえる。
5月26日:午前10時頃から正午頃まで、大きな鳴動とともに強い爆発がある。
5月27日:午前4時頃まで6時頃まで鳴動がある 6月17日:夜半に大きく鳴動する。
6月18日:夜半過ぎはなはだしい地響きがする。
6月26日:午前8時頃から正午頃まで鳴動するが、煙は薄い。
6月27日:午後..

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群馬での暮らし:館林城

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《グンマを話そう》
○館林城
 五百年程前、大袋城に赤井山城守照光なる殿様が住んでいました。 ある日、照光一行が千代田村にさしかかると、子供達が子狐を捕まえていじめていました。 照光は家来の鉢形惣五郎に言い、子狐を放してやりました。  ある夜、庭の茂みの中に男が現れ、「この前は子供を助けていただいてありがとうございました。 お礼に良い土地を照会するので新しい城を建ててはいかがてすか。」と言うと、沢山のキツネがたいまつを照らして道案内し、親キツネの指示の下新しい城の設計図を描き..

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群馬での暮らし:古語父の鬼女

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《グンマを話そう》

○古語父の鬼女:清岸院@川場村立岩
 立岩青岩院の住持文鳳の母「のぶ」は大力無双の女として有名であった。 古くは利根に攻め入った小田原勢を打ち破り、ある時は洗濯のじゃまをした盗賊を岩にたたきつけ、また寺を建てる際には梁を軽々と持ち上げた、などと伝えられている。 一話には、赤鬼に惚れられて力を与えられたとの伝えもある。
 「のぶ」が毎日、川まで運び洗濯をしたという「洗たく岩」が残されている。

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群馬での暮らし:グンマの山々

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《グンマを話そう》

 グンマの山々には、大蛇・龍・竜・鬼・雷・天狗をはじめ色々な方々が暮らしておられます。 中には、有り余った力で山を蹴散らかしてしまう方もみうけられます。 グンマの山々がギザギザなのはこのためです。 また、転んだり・投げ飛ばされたりしてできた窪みに水が貯まっると、沼や湖になってしまいます。
 さらには、「からっ風」は寒くなると鬼達が大好きなイモを焼いてたらふく食べるために起きる自然現象です。

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群馬での暮らし:御荷鉾と鬼

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《グンマを話そう》

○御荷鉾と鬼
 ある昔、御荷鉾山には鬼が住みつき村人たちを苦しめていた。 そこに弘法大師が立ち寄り、御荷鉾山に向かってお経を唱えた。 鬼は石棒を振りかざし襲ってきたが、お経を唱える弘法大師には近づくことさえできず、とうとう石棒を投げ捨てて逃げかえり山に封じ込められてしまった。
 喜んだ村人たちは、この石棒を祭りこの地を「鬼石」と名づけた。 鬼が石棒を投げ捨てた場所が「投石峠」である。

○御荷鉾山
 古くは三株山とよばれ、東御荷鉾山・西御荷鉾山・オドケ山の総称だ..

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浅間山

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:浅間は群馬?》

 鬼押出し園は、2013年3月23日(土)から営業予定。

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碓氷峠

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鬼押ハイウェイ

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群馬カメラ

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:楽楽群馬》

 群馬県内の観光施設に設置してある”顔出し看板”で撮影できるカメラアプリ。

○華蔵寺公園遊園地・ブラジリアンプラザ マツモト・水沼駅温泉センター・卯三郎こけし・渋川市伊香保温泉関所・かんぽの宿草津・草津温泉湯畑・鬼押出し園・恵比寿屋米穀店・舌切雀のお宿 ホテル磯辺ガーデン・こんにゃく博物館・晩釣せせらぎ公園・歴史と民俗の博物館「ミュゼ」・道の駅しもにた・つつじが岡公園・三日月村・湯元四萬舘、の17写真が可能。

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仙台まころん

山田君の世界

仙臺まころん
 (仙臺まころん本舗/株式会社伊藤食品工業所@仙台市青葉区小田原4-1-34)

○焼菓子(110g/90g)
 プレーン・チョコ・ごま・黒糖 がある。

Sendaimacolon2


☆昔の仙台駄菓子
 鬼ごろし・熊ねじり・岩かけ・熊谷おこし・豆糖・栗の角棒・豆ねじり、
※名取熊野堂祭礼で熊童子にちなみ、飴に石臼で牽いた豆の粉をかけたのが「熊ねじり」。

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群馬での暮らし:群馬の地名

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

○どれだけ読める群馬の地名
 相生(あいおい)、間野谷(あいのや)、天引(あまびき)、安楽土(あらと)、請地(うけち)、碓氷(うすい)、鶉(うずら)、笂井(うつぼい)、采女(うねめ)、祖母島(うばしま)、老神(おいがみ)、邑楽(おうら)、大胡(おおご)、大間々(おおまま)、邑楽(おおら)、行田(おくなだ)、乙父(おっち)、乙母(おとも)、女屋(おなや)、鬼石(おにし)、… 

上小塙(かみこ..

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群馬での暮らし:群馬の名字

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

○どれだけ読める群馬の名字
 阿久沢(あくざわ)、阿久澤(あくざわ)、阿久戸(あくど)、阿佐見(あさみ)、阿佐美(あさみ)、阿左見(あさみ)、阿左美(あさみ)、薊(あざみ)、畔見(あぜみ)、天笠(あまがさ)、天田(あまだ)、蟻川(ありかわ)、有阪(ありさか)、淡島(あわしま)、安済(あんざい)、………

飯出(いいで)、家住(いえずみ)、家泉(いえずみ)、砂盃(いさはい)、石北(いしきた)、..

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群馬での暮らし移動コンビニ

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:WEB 転載》

○移動コンビニ
 ファミリーマートは10月22日、群馬県藤岡市の鬼石地区と法久地区で、常温、定温(16~20℃)、チルド(3~8℃)、冷凍(-24℃以下)、HOT飲料の5温度帯販売設備を搭載した、軽自動車タイプの移動コンビニ「ミニファミ号」を新たに導入する。
 今後は県内の過疎地域など、地域の要望を聞きながら、順次営業拠点を拡大する予定だ。
 おむすびやサンドイッチなどの中食商品のほか、カップ麺や調味料などの加..

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すまんじゅう

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんぐんまんじゅう キャンペーン》

すまんじゅう
 (清水屋菓子店@藤岡市鬼石511-4、 0274-52-2148、月休)

○酒饅頭(素まんじゅう)

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○饅頭
 塩餡を包んで膨張剤で膨らませたのが奈良饅頭、後に塩瀬系の薬まんじゅうとなり、江戸期になると関東に広がった。  甘酒発酵させた生地で作ったのが酒素まんじゅう、後に虎屋系の酒まんじゅうとなり、江戸期になると関西に広がった。

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群馬での暮らし:バクッパ

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 グンマでは、丸麦をふかして大きなおひつに入れ、きささげの葉にのせて食べます。

 

Bakkupa

○甘楽町・諏訪神社では麦供えが年二回行われています。

 麦供え(バクゾナエ)は、「麦(バク)まつり」とも「鬼穀(オニゴク)」とも呼ばれ、安土桃山(アズチモモヤマ)時代この地で疫病(エキビョウ)(はやり病)が流行した時、氏子(ウジコ)(守り神の地元民)の代表者が諏訪大社に出かけて参篭(サンロウ)(一定期間こもって祈願する)し、厄除け(ヤクヨケ)の仕方を教わってきた。これが麦飯だったという..

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駄菓子 (1934) 

山田君の世界

いろは堂のやさいおやき
炉ばたのおやき
 (有限会社いろは堂@長野市鬼無里1687-1)

○かぼちゃ・野菜ミックス・粒あん・あざみ・野沢菜・ぶなしめじ・きりぼし大根・ねぎみそ・なす、等があるらしい。

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浅間山

山田君の世界

《群馬デスティネーションキャンペーン もう終わってる版》

○白糸ハイランドウェイ:旧三笠ホテル~峰の茶屋 ¥300
○鬼押ハイウエー:
 峰の茶屋~鬼押出し ¥260
 (鎌原料金所:閉鎖)
 鬼押出し~三原 ¥360
 鬼押出し園・火山博物館・六里ヶ原休憩所など:冬季閉鎖
○万座ハイウエー:三原~万座温泉 ¥1,020

[雪]群馬冬道路心得
 冬季閉鎖の施設多し(トイレ含)、スキー場以外は開いていないと思うべし。

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from 鬼押..

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藤岡の鬼面瓦

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○藤岡の鬼面瓦
 奈良時代、国分寺の建立に始まったいわれる藤岡瓦・鬼面瓦、近年では置物・壁飾り等も作られている。

○かわらの里・藤岡
 崇峻天皇元年、飛鳥寺造瓦により瓦製造が始まり、古墳衰退とともに埴輪窯が瓦生産の場となった。  特に、神流川・鮎川・三名川の扇状地の粘土を原料に焼成用の杉・松にめぐまれた藤岡が発展を遂げた。 
※城郭建築・武家屋敷・一般家庭へと普及した。

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馬車鉄道

Ashio_basya1s1900年以前@足尾


○上毛馬車鉄道
 1889年上毛馬車鉄道株式会社設立、1890年岩神細ヶ沢谷~北橘村箱田、1891年渋川新町、1894年前橋停車場、1903年前橋馬車鉄道に改名、1909年電化、1910年前橋電気軌道となる。 その後1927年東武鉄道に買収された。

○群馬鉄道馬車
 1888年高崎~渋川に馬車鉄道の計画あるも碓氷馬車鉄道を優先、1892年馬車鉄道計画が再浮上、1893年碓氷馬車鉄道から受け継ぎ、1896年電化計画するも没、1908年高崎水力発電に合..

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あそびの学校

山田君の世界

《群馬デスティネーションキャンペーン B級版》

あそびの学校
 (群馬県藤岡市三波川1869-2、旧鬼石町立三波川中学校)

Asobi1

Asobi2

Asobi3

Asobi4

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榛名湖

山田君の世界

  



 

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《グンマを話そう》

○赤城赤鬼対榛名青鬼
 赤城の赤鬼と榛名の青鬼が、一夜でどちらが大きな山を造れるか競争しました。 両者譲らず山を造り続け、青鬼が最後の土を運ぶ途中で夜が明けてしまい、赤鬼が勝ちました。 負けた青鬼は、最後の土を投げ出しそれが「モッコ山(水沢山)」となりました。

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丑パン

山田君の世界

うしパン。
 
「鬼パン」にも見える… 
 
「のらくろパン」にも見える…

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駄菓子 (1325)

山田君の世界

ゲゲゲの鬼太郎  50th ANNIVERSARY サンデーマガジン
焼きかま
 (よっちゃん食品工業株式会社@山梨県甲府市国母2-4-4)

○魚介乾製品
 50cm程の魚すり身、チョット辛め。

Dagashi1325b

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駄菓子屋さん (26)

山田君の世界

食玩:二丁目のぷち駄菓子屋さん
Re-Ment ぷち サンプルシリーズ


日本一 きびだんご
 (株式会社リーメント@東京都千代田区麹町3-5 麹町シルクビル3F)

○菓子風玩具
 原材料名:おばあちゃんの優しさ

Rement26b

Rement26c

  桃太郎にお供した、犬・猿・キジの3匹。 犬は誠実、猿は知恵、キジは勇気を表すとされています。

☆桃太郎
 瀬戸内海備讃海峡の間にちらばる島々をまとめて鬼ヶ島とよんだ。(物語では女木島または女..

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スマートボール、射的

山田君の世界

「 鬼にボールをぶつける」 というのもあった…




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Syateki

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あそびの学校

あそびの学校(群馬県多野郡鬼石町)に行って来ました。 静寂な山中にたたずむ木造校舎でした。

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