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美女木八幡社 [さいたま]

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○美女木八幡社
 戸田市美女木7-9-1

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 美女木八幡社は、鎌倉時代に建てられたと伝えられる古社です。 この神社に残る銅鐘は、聖釜(早瀬にあった池)の水中より掘り出され、鐘をつくと大水が出るという伝説があります。 美女木八幡社の拝殿の中に安置されていましたが、現在は戸田市立郷土博物館で展示しています。 銅鐘には銘文はありませんが、総高111cm・口径が59cmで全体的にすっきりとした姿をしており、撞座の蓮華文様や下帯の忍冬唐草文様に雄健で精巧な表現が見られます。 これらの作風からこの銅鐘は、鎌倉時代末期から南北朝時代初期にかけて製作されたものといわれています。 現在、美女木八幡社では銅鐘のレプリカが使用されています。

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横線540

☆美女木八幡社銅鐘
 美女木の八まんさまには、県の文化ざいになっている大きな銅のつりがねがあります。
 いい伝えによれば、今から七百数十年も前の建保年間(鎌倉時代)のこと、この神社の南のほうに大きな池があって、あるとき、風もないのに波がさわがしく、池の底からは、「かみなり」のようなものすごい音がひびき出しました。
 
 人びとは、何事かとおどろいて集まってきましたが、ますますひどくなるばかりで、どうすることもできませんでした。このようなことがいく日もつづきましたので、人びとはみんな心配して、夜も眠れないほどでした。 ある日、たまたま旅のお坊さんが通りかかりましたので、村の人がこのことを話しますと、お坊さんは、「それはお気の毒に」と、すぐ熱心におがんでくださいました。 おがんでおりますと、そのうちだんだんと、波も音も静かになってきました。人びともいっしょになっておがんでおりましたが、ふと顔をあげて見ると、水の上に何やら浮かんでいるものがあります。 何だろうと大さわぎになりました。

 勇気のある人が、それに綱をつけましたので、みんなしてこれを丘に引きよせようとしますが、なんとしてもうごきません。 そこで、また、おがんでもらいましたところ、今度は、らくらくと引きよせることができました。 見ると、りっぱな大きいつりがねです。 そこで人びとが、どんな音がするかとためしについてみると・・・・・・
「八まんへいこうー 八まんへいこいうー」と聞こえました。 信心深い人びとは、「きっと龍宮のおとひめ様から八まんさまへのおくり物なのだろう」と、早速これを美女木の八まんさまへ納めました。 ところがふしぎなことに、その後、この鐘をつきますとそのたびに大水が出て、人びとが困りましたので、それからは「水鐘」といって恐れ、だれもつくことをしなくなりました。 今もこの鐘は、けっしてついてはいけないといわれています。


☆戸田のお水もらいとわらびさま
 日照が続いたときは、戸田八幡様に集まり・代表者が榛名山神社へ参り・榛名の水をもらってきた。 この水を田んぼにそそぐと、たちまち雲がわきおこり雨が降った。 ただし、水をもらっての帰り道は止まってはいけない、止まるとその地に雨がふるらしい…

 「わらびさま」は村民達に慕われる殿様、戦で負け逃れるも・目前には広く大きい川、もはやこれまでと自害した。 そして奥方は侍女とともに榛名湖へ身を投げ、奥方は龍神に・侍女達は蟹となり、「村が日照のときは雨を降らせ・また雹から作物を守る」と約束した。
※広く大きく見えた川は蕎麦畑だったので、当地では畑に「そば」を植えなくなったともいわれる。  

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Bijyogihachiman1c○美女木八幡社脇遺跡

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