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戸田地蔵堂 [さいたま]

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○戸田地蔵堂
 戸田市川岸1-7

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横線540

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☆戸田渡船場
 元和二年定船場に指定・下戸田村が管理、付近は荒川舟運河岸場として栄えた。 明治七年戸田橋が架けられ船場は廃止された。 その後大規模河川改修が続いて跡形無くなった。

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☆地蔵堂と中山道の話
 むかしの中山道は川岸の地蔵堂の横、細い道を通り庚申塔や山王さまの石仏のあるところを、右へ折れ左にまがってつづいていたそうです。 川岸の地蔵堂は古いお堂です。 毎月二十三日になりますと近所のおとしよりが集まりまして、「荒川のみのりの舟に地蔵尊、しまに立つのもごせのためなり」と川岸に地蔵さまのご詠歌をあげたり、お念仏を唱えて供養します。 ほんとうはお地蔵さまの縁日は二十四日ですが、「川岸のお地蔵さまはセッカチなのでしょうね」一日早くするそうです。

 行事が終りますと、それぞれがもって来ました、だいこん・里芋・コンブ・お魚・ゴボウ、などの煮ものや、てんぷらをつくり、皆で食べながらお茶を飲んで世間話に花を咲かせます。 この時に、戸田の昔話やわらべ唄などがたくさん聞かれます。 一度、おとしよりのお話を聞きに出かけてはいかがですか、中山道には、こんなお話もあります。 中山道といえば、江戸時代のころ、参勤交代というものがありまして、大名・小名、とそれぞれの国のお殿さまが行き来する道でした。 それで、道路と家との間は余裕がありまして、たくさんの砂がいつもしかれておりました。 これは、お殿さまが「下にいろー 下にいろー」といって、おカゴで通る時、家の者はみんな外へ出て、雨戸をしめ、砂を盛り上げ、その後で、土下座して、お殿さまが通りすぎるまで待っています。

 これは、おそれおおいので、お殿さまに姿を見せてはならないということで、砂盛りをする、ならわしになったといいます。


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