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川口鋳物

Kawaguchi_aoki1国立競技場聖火台(写真はレプリカ@青木町公園)

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Kawa_24国立競技場聖火台

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鋳物ストーブ(石炭ストーブ)
 安政三年箱館奉行の斐三郎と弥五郎がイギリス製ストーブをまねて造らせたのがはじまりといわれる。  当初道内では、薪を燃やす鉄板製ストーブ(小判形・ダルマ形・時計形)が使われた。
 その後、薪が高騰し・石炭が安くなり、石炭ストーブ(投込式・貯炭式)となった。  大正十四年に札幌・鈴木豊三郎商店(後の福録)が国産貯炭式ストーブを発売し、當矢..

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八幡木八幡神社

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○八幡木八幡神社
 川口市八幡木1-25-2   

☆八幡社裏の竹藪の中、太田道灌が石櫃に武器を隠したともいわれる。

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近代和風建築 メモ

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埼玉県の近代和風建築・主に県南版

○旧石川組製糸西洋館、入間市河原町
 大正十二年築
 
○浅見家住宅、小鹿野町小鹿野
 明治三十年
 初代浅見政良が横浜で商い、二代目浅見好文が絹買継をはじめた。
 
○加藤家住宅、小鹿野町小鹿野
 明治十三年
 加藤恒吉が生糸商「常盤屋」開業
 
○小川和紙工業協同組合事務所・小川町和紙体験学習センター北、小川町小川
 1938年築
 
○旧埼玉県製紙工業試験場・小川町和紙体験学習センター、小川町小川
 本館・試験棟・会議室:1936年、
 1936年埼玉県小川製紙研究所、..

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渋川公墓

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○渋川公墓・宝樹院
 蕨市中央2-10

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 金峯山宝樹院は、渋川氏を開基とする臨済宗の寺院です。 川口市芝の長徳寺の末寺で、本尊は地蔵菩薩を祀っています。 創建年代は明らかではありませんが、観応三年には蕨郷が渋川氏の所領であったことから、それ以前の創建と考えられます。

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 宝樹院にあるこの石碑は、永禄十年に上総国三舟山合戦で敗死した渋川公と、その死を悲しみ群馬県の榛名湖に入水した夫人とを祀ったものです。 この石碑は、渋川公夫妻の250年忌にあたる、文化十三年に渋川氏家臣の..

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埼玉伝説 メモ

Omiya_kurozuka9黒塚・潮田出羽守城跡

埼玉県伝説集成(主に県南版)

○馬蹄寺、上尾市平方・馬蹄寺
 吾妻左衛門是好の叔父三輪荘司が死んで馬に生まれ変わった、といわれる。

○片目の氏神、上尾市平方・
 氏子の目は片方が小さいとか…

○平方のお獅子、上尾市平方・
 伊草村の獅子頭が大水で上尾平方に流れ着いた。

○疱瘡石、朝霞市岡・東円寺
 疱瘡に罹ったら枕元にこの石を置くと治る。

○弘法大師掘抜の滝、朝霞市岡・東丹寺付近
 弘法大師が杖で突くと水か湧き出した。

○片目の魚、朝霞市岡・広沢の池..

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東沼神社

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○東沼神社
 川口市差間2-15-45

富士塚 について

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富士山(富士講・富士塚)


☆冨士講
 富士信仰が流行し、富士参りができない人々のために富士塚・浅間塚ができた。 七月一日に登るのが「初山」。

☆富士山
 浅間神は火山の神、浅間は火山を指した言葉だった。 富士山が何度も噴火したことから、浅間神がまつられるようになった。
※かぐや姫が残した不死の薬、帝は天に近い駿河国の頂で焼いた。 これが不死の山、後に富士山。

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与野伝説

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さいたま市中央区(旧与野市)

○安養山円乗院(円乗院・安養山西念寺)
 さいたま市中央区本町西1-13-10
 古く浦和道場から移転。 賢明法印が中興開山、江戸時代は幕府から寺量十五石の御朱印地をもらっていた。

伝説 について

○円乗院・あみだ様とヘビ
 喉の痛みに悩まされた歴代の住職、ある時夢の中に白衣の老人が現れ・物置の長持を見るように告げた。 物置に放置された長持、その中には阿弥陀様・その首には白蛇が巻きついて死んでいた。 そしては、阿弥陀様を本堂に奉り・白蛇は木箱に納められ..

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柳崎氷川神社

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○柳崎氷川神社
 川口市柳崎5-20-1

※柳崎は八木崎ともいわれ、見沼に突き出た台地であった。

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力神社

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○伊狩力神社
 川口市伊狩11

 昔六代禅師が此地に来たとき、従者の名の一字を取て「力大明神社」と祭った。
※六代禅師は、平維盛の子・高清・出家後は妙覚とも伝えられる。
※伊狩、古くは「怒」とも…

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氷室神社

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○氷室神社
 川口市芝6299・長徳寺西隣

※天正十九年氷室社社領五石御朱印を賜う。
※明治時代、東内野では天然氷を製造販売(氷室に保存)していた。

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○十度明神社(現存しない)
 文蔵村から洪水で流れ着いたといわれる。

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九重神社

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○九重神社
 川口市安行原2042・密蔵院持

 享保年間密蔵院中興第十六世法院栄尊が武蔵一宮氷川神社を勧請、明治の神仏分離後、領家新明社・慈林氷川稲荷・籐八菅原社・吉蔵八幡社・北谷稲荷社・花栗稲荷社・苗塚稲荷社・小山氷川社など九つの村社を合祀。
※此地久保山は、平将門が砦を築いたと伝えられる。

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Kawaguchi_kokone3御嶽山

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○安行原の蛇造り
 安行原蛇造り保存会・川口市安行原2680-1

 毎年5月24日に五穀豊穣・天下泰平・無病息災等を祈願して、旧原村の小清水・半縄・向原..

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峯ヶ岡八幡神社

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○峯ヶ岡八幡神社
 川口市峯1304

※中世、川口市東部~草加市西部は矢古宇郷とよばれ鎌倉鶴岡八幡宮社領だった。(寄進された)

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○峯ヶ岡八幡神社の社叢
 峯ヶ岡八幡神社の約7,700㎡の境内には、樹齢600年・高さ27m・目通り8mの大イチョウをはじめ、ヒノキ・シラカシ・スダジイ・タラヨウなど400本余の樹木をはじめ、ヤブミョウガ・クサソテツ・ベニシダ・アズマネザサ・ヤブコウジなどの草本類がよく繁茂しており、独特の植生をなしています。

○八百比丘尼の植えた銀杏、川口市峯・峰八幡宮..

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十二所神社

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○十二所神社
 川口市南鳩ヶ谷5-31-1

 元禄十三年社殿再建、享保十一年鳥居造立、嘉永二年鳥居造立。
※宝林寺法印が宝厳院を介して十二神社(十二所権現社)の分霊を祀ったといわれる。
※十二所は、十二柱の神々の意。

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錫杖寺

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錫杖寺
 川口市本町2-4-37

○宝珠山地蔵院錫杖寺
 鎌倉時代に願行憲静法印が錫杖寺開山、弘安年間布教のため川口に錫杖寺開山。 そのご衰徴するも願行憲静法嗣有鎮が中興開山。  江戸時代は、日光御成街道に面しているので歴代将軍の御膳所だった。
※本尊延命地蔵菩薩像(寄木造り)は、右手に錫杖・左手に宝珠を持ち蓮華座に坐る。

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○本堂
 嘉永五年本堂焼失、徳川家光が品川御殿館を下賜し錫杖寺再建。 1975年コンクリート造りとなった。

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○御成門・あかずの門
 寛永三年、三代将軍家光..

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羽黒神社

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○羽黒神社・権現さま
 川口市東内野

 地蔵六体と「およし地蔵」がある。

権現様 について

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○およし地蔵(真言宗院明山長福寺)


※明治時代、東内野では天然氷を製造販売(氷用室に保存)していた。(川口自然公園西側)

※川口市芝6299・長徳寺西隣には氷室神社が残る。

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朝日神社

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○朝日神社
 川口市木曽呂193

 室町時代に氷川様として奉られたといわれる。 明治四十年、源左衛門新田・東内野・道合・神戸・在家の氷川様が合社した。 
※十月十日が大祭だったので朝日神社とも。(朝を分解すると、十日十月)

氷川様 について

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 応永三年氷川神社として創建、慶応三年社殿再建、明治六年神仏分離により薬王寺管理下から村社、明治三十年十一面観音を薬王寺に移した。
 明治四十年以降、木曽呂・東内野・源左衛門新田・神戸・安行領在家・道合の各神社を合祀、大正二年朝日神社と..

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吉峰神社

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○吉峯神社(首無し地蔵・道光塚)
 川口市源左衛門新田122

について

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 天正頃、戦いに敗れ落ち延びこの地に住み着いた一軍が、鎧・兜・刀など武具を埋め土を盛って隠し「正一位稲荷大明神」としたのが大塚ともいわれる。 その後木曽呂氷川神社に合社、塚の隣に吉峯神社をつくり地蔵を祀った。 この地蔵には、いつの頃からか首が無く・「首無し地蔵」とよばれ、疣に良く効くといわれた。  五月十五日疫病払い・九月二十九日豊作祝いが祭られた。

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○大塚古墳・古峰神社遺跡..

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厳島神社

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○弁天様・厳島神社(厳嶋神社・山口弁財天)
 川口市東内野/さいたま市緑区下山口新田

 古くは沼の中程に弁財天を奉っていたが、沼地が無くなり移設。  「この沼には雌の大蛇が住んでおり、印旛沼に住む雄の大蛇に会いに行った」・「大蛇の鱗」などの伝説もある。
※沼の中から見つかった弁天様を奉ったといわれる。

弁天 について ・ 大蛇 について

○山口弁財天
 暑い夏の日、蓮見家馬子が千住からの帰り道、疲れ果てた旅姿の女を木曽呂橋まで馬に乗せた。 その女がお礼に渡したのが禁断の「..

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熊野三社

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○熊野大権現(熊野神社・熊野三社)
 川口市神戸雀田89

熊野様 について

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 享保八年創設、明治三十九年木曽呂朝日神社に合社、1951月9月復元。  伊邪那岐命・伊邪那美命・菊理姫命を奉る。 二月十六日、五穀豊穣・無病息災を願い「日社講(おびしゃ)」高盛の儀。


○神戸浅間神社
 古くは浅間神社があり、社南側には高さ約10m・胎内めぐり約30mの横穴(あほぐら)を有する富士塚があった。(現グリーンセンター見沼用水側)

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日枝神社

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○日枝神社・赤山城跡・赤山陣屋敷址
 川口市大字赤山218

 赤山陣屋空堀掘削の廃土で築山とし、伊奈氏創建。
※赤山陣屋内には、八幡社や天神社があったといわれる。

城跡 について

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☆赤山山王権現社本殿 付覆屋・狛犬 
 江戸時代

 赤山陣屋の一角に祀られ、赤山陣屋敷絵図面にも記されています。創建年代については明らかではありません。 「新編武蔵風土記稿」によると、江戸時代には村の鎮守と記されていました。 同社内に八幡社、天..

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宮合貝塚

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○宮合貝塚・二宮神社
 川口市西立野字宮合1110

 古くは氷川神社、明治四十年長蔵新田稲荷社を合祀、明治四十二年二宮神社に改称。

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○宮合貝塚・二宮神社
 川口市西立野字宮合1110
縄文時代

 径150m程の縄文時代後期から晩期中葉にかけての遺跡で、貝塚は遺跡の北よりの台地縁辺部に径25m程のものが存在しています。 今までの調査により、溝や祭祀跡・方形平地式住居などの遺構のほか、石鍬や祭祀用の精製土器が数多く出土しています。 また、遺跡内の二宮神社付近は盛土遺構の可能性があり..

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猿貝貝塚

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○猿貝貝塚・猿貝北遺跡
 川口市安行805他

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○猿貝貝塚
 川口市安行字宮越990・川口市安行字大元790他

縄文時代
 安行式土器の標識遺跡。 大宮台地鳩ヶ谷支台の東部に位置し、東方から入る谷に面して台地肩部から斜面にかけて形成されています。貝塚は2箇所に認められ、北斜面の貝塚は東西約20m、南北約30m、西斜面の貝塚は東西約50m、南北約40mの範囲に広がっています。 貝類はヤマトシジミ、ハマグリ、カキを主体とする淡鹹貝塚です。

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○安行氷川神社
 川口..

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浅間社

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☆浅間社・浅間山
 川口市鳩ヶ谷本町3-20

 延享五年四月、次兵衛子孫彦六が浅間社を千手院に譲った。 浅間社は古木生い茂り、神楽堂・籠堂・御手洗池などがあった。 祭礼名物は、麦藁でつくった「じゃの口・蛇の口」。
 明治四十二年氷川神社に合祀、一部は千手院に保管。

※現坂下二丁目の東、当時の鳥居は氷川神社に移された。
※御手洗池の主が蛇、「じゃの口」の延長が安行原の蛇造り。

Hatogaya_senjuinc☆千手院・川口市鳩ヶ谷本町3-1 

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☆いぼとり地蔵・沼田堤
 川口市坂下町4、須田病院裏..

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浅間社古墳

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○浅間社古墳跡(仙元祠古墳)
 川口市鳩ヶ谷本町3-20

 古くは前方後円墳があったといわれるが、現在消滅。

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 浅間社、古くは千手院が管理、明治四十年氷川神社と合祀し廃社、1978年千手院に再興。

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○曹洞宗鳩井山千手院
 川口市坂下町2-15-5  
 古くは観音堂、慶安三年に曹洞宗玉龍山法性寺末寺、1970年移転。

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Hatogaya_sengen30正面の森が浅間社(明治三十年代)

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前川神社

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○前川神社
 川口市前川3-49-1、048-265-7718

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☆前川神社内本殿、桃山末期、間口1.55m・奥行1.31m、勢貴大明神といわれた洪水災難除の神社。 身舎の前に向拝を付した流造りの一間社。「見世棚造り」の形式。

 当社は、古くは勢貴大明神として、洪水災難除けの神社で、旧入間川の大洪水によって、旧文蔵村(現さいたま市南区)より流れついたと伝えられています。 内本殿は、間口1.5m・奥行1.31mの身舎(内陣)の前面に向拝を付した流造り板葺きの一間社です。 これは、向拝..

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鎮守子日宮

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○鎮守子日宮
 川口市新井宿157 

子日神社
 子聖権現として東新井宿村の鎮守であった。(文化三年)  初子の日に収穫祭「子祭り」が行われたことから、「お日待」「子祭り」から子日神社とよばれたらしい。

※草鞋奉納は、小谷三志(庄兵衛)の教え不二道(富士講)によるものらしい。

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☆わらじ伝説

 甲州のある山のお大尽の山に、小さな温泉が涌いていました。 与八は主人に願い、村人や旅人のために無料の浴場を造り、村の子供に手習を教えながら浴場の番をしていました。 あ..

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道標・真乗院

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○道標 (地蔵菩薩)
 川口市石神1253・真乗院

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○道標 (地蔵菩薩)
江戸中期/1737
 本塔は、石神町の地蔵信仰者6人によって元文2年に造立された、道標を兼ねた地蔵菩薩塔です。江戸時代の川口市域において重要な幹線道路であった日光御成道と赤山街道千住道の数少ない道標の一つであり、地域の歴史を知るうえで重要な文化財です。

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○稲荷社
 川口市石神1253・真乗院持
 京都伏見稲荷大社もしくは茨城笠間稲荷神社からの勧請とも伝えられる。 明治六年..

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鶴ケ丸八幡神社

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○鶴ケ丸八幡神社
 川口市芝6843

 寛永三年創建、房州鶴ヶ谷八幡宮から勧請、寛永十三年長徳寺隠居寺として神宮寺建立(神宮寺は現存しない)。

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○鶴ヶ丸八幡神社本殿付棟札一枚
 川口市大字芝6843
江戸時代
 鶴ヶ丸八幡神社は、寛永4年に、代官熊沢三郎左衛門忠勝が安房の鶴ヶ谷八幡神社を移し造ったものです。 社殿は正面三間・側面二間・切妻造りで軒二軒繁棰の大きな流れ造りで、強固な外観を呈しています。

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羽盡神社

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羽盡神社
 埼玉県川口市芝5379

 本殿は江戸時代に一宮氷川神社から移築、元治三年再建。
※「はばき」は大蛇のこと。

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○羽盡神社本殿
 川口市大字芝5379-1
江戸時代

 羽盡神社は、芝の鎮守社であり、建武2年の神宝「秋草双雀鏡」から、創建は南北朝の頃まで溯ると思われます。 当本殿の建立年代は定かでないが、「氷川移し」と称し、江戸時代初期に武蔵一ノ宮氷川神社より材を譲り受けて移築したとの言い伝えがあります。 本殿は、一部に江戸中期以降の意匠も見られるが、周辺氷川神社との比較から..

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鍋平別邸

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旧鋳物問屋鍋平別邸(川口市母子・父子福祉センター)
 川口市金山町15-2

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鋳物 について

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☆川口市母子福祉センター(旧鋳物問屋鍋平別邸)主屋
明治/1912頃/1927頃増築 木造2階建、瓦葺、建築面積200㎡
 鋳物問屋嶋崎家の別邸として建設された。数度による増改築により複雑な平面・外観を呈すが,玄関から東半の1階部分が創建当初の箇所である。座敷は床,棚,書院を備えた本格的な構えで,亀甲模様の書院窓や透彫り欄間など,..

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川口自然公園

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川口自然公園(川口市大字差間字沼内1355)

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○釣船神社(現存しない)
 川口市差間1207

 京橋新富町釣船神社が、1963年新社殿建立移転。 疫病除け信仰に「釣船清次郎」の札を貼ったとされる。

※寛政二年五月二十四日八丁堀釣船屋・半兵衛店清次が、品川沖で鱚を釣っていたところに疫神が現れ鱚を乞うたので一匹差し出したところ、疫神はお礼に「釣船清次」の名がある家には行かないと約束した。

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川口神社

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川口神社(川口市金山町6-15)

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三ツ和氷川神社

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三ツ和氷川神社(川口市三ツ和3−22−2)

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算額(享和四年)

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☆和算・算額
 江戸時代初期算学者関孝和による関流算学。

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☆鶴亀算
 寛永十七年算術書「因帰算歌」に鶴亀算登場するも、登場動物は兎と雉。 
※その後、蛙・犬・鶏・蛸なども登場した (鶏と犬と蛸、全部で24匹・足102本)

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日光御成街道

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[鳩ヶ谷散歩・まちあるき]・川口市鳩ヶ谷

○昭和橋
 かつては、岩槻街道に沿った平柳領用水を渡る幅一間ほどの橋があった。 1929年県道浦和草加線が開通し、岩槻街道との交差点・菅岩桶屋跡に昭和橋交差点ができた。 昭和橋角・鳥初商店前には「せうわばし」の石標があったが、今は無い。

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○星野食品
 豆腐屋、おでんも美味しい。 おからドーナツもある。

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○川村水産
 お寿司が美味しい、一軒隣の総菜屋も安くて美味しい。

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○藤屋木暮
 手焼き煎餅、海苔煎餅が美味しい。  鳩ヶ谷せんべい、古..

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河口鍋匠

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○河口鍋匠・川口の鋳物
 歴応年間河内国丹南郡より移り住んだといわれる。

※戦国時代岩槻城主太田氏の御用鋳物師渋江が江戸幕開府に際して川口に移住して広めた、との説もある。

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○川口市の鋳物
 室町時代末には、すでに鋳物工場があった。 江戸時代になると、鍋・釜・鉄瓶など日用品銑鉄鋳物中心となった。 天保年間には鍋屋平五郎など鍋商人が活躍した。
 明治時代になると株組織体制が崩れ、鋳物工場が一気に増えた。 薬研屋・永瀬庄吉が主導をとったといわれる。
 1961年には636工場・従業員170..

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歴史と民俗の博物館

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埼玉県立歴史と民俗の博物館
 (さいたま市大宮区高鼻町4-219)

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☆埼玉県立歴史と民俗の博物館  1971年開館。

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○大宮公園内遺跡
 1955年に行われた発掘調査で、弥生時代後期の竪穴住居跡一軒と弥生時代後期から古墳時代初頭と見られる方形周溝墓一基が確認されています。


☆埼玉県選定重要遺跡
大久保古墳群(さいたま市桜区)、側ヶ谷戸貝塚(さいたま市大宮区)、側ヶ谷戸古墳群(さいたま市大宮区)、五味貝戸貝塚(さいたま市西区)、大和田陣屋跡(さいたま市見沼区)、永田陣..

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御嶽神社

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○御嶽神社、川口市鳩ヶ谷本町3-32
 明治二十年頃稲垣家が建立、初代寛山霊神。 古く神社前の道は本通り(街道)で賑わっていたが、1927年鳩ヶ谷流山線が開通し人通りは絶えた。  

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☆鳩ケ谷銀映
 戦前は小劇場・戦後(1960年頃)は鳩ヶ谷銀映、後にマーケット、今はない。  前の通り古くは、「出戸の通り(出戸道・草加道・成田道)」とよび、成田山への道標があった。

Hatogaya_hon3c☆中央マーケット

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☆御嶽経
 江戸中期に秩父大滝村普寛行者が開基、明治..

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カッコメ

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 1910年(実際は1913年)に始まった「おかめ市」、毎年12月23日(鳩ヶ谷氷川神社が埼玉県内最後)に開かれる。 通称「カッコメ」とよばれる。

※101年目であるが、年によっては三の酉まであるので回数はもっと多い。

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☆氷川神社の神輿(須賀神社)
 川口市鳩ヶ谷本町1-6、048-284-3838  江戸時代末期夏祭り用に神輿を造ったが、本陣が搬入を拒否。 さんざんもめたあげく木村屋三田辰五郎が自らの髪を切り・本陣に詫びをいれた。 その時の髪が神輿の中に入っているらしい。

※鳥..

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参考文献

☆カテゴリ 《ぐんま》 は、下記文献などを参考にしています。
 「和菓子の贈りもの」展 歴史秘話20 虎屋文庫、 ビジュアル・ワイド江戸時代館、 「王朝の雅と和菓子」展 平安建都1200年記念 虎屋文庫、 「江戸おもしろお菓子」展 菓子と喧嘩は江戸の花 虎屋文庫、 「子どもとお菓子」展 虎屋文庫、 「上毛かるた」で見つける群馬のすがた、 「日本の神さま」おもしろ小事典、 「和菓子百珍」展 第六十八回虎屋文庫資料展 虎屋 虎屋文庫、 50年のあゆみ:榛名町50周年記念誌、 IKA..

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