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中山神社

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○中山神社・簸王子社(中氷川神社)
 さいたま市見沼区中川143、048-686-3567

一之鳥居

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☆氷川神社・簸川神社
 武蔵国有数の古社で、崇神天皇時代の創建といわれる。(実際には奈良時代以前)
 氷川神社(男体社)・中山神社(王子社)・氷川女体神社(女体社)と合わせて武蔵国一宮と称せられてきた。 諏訪大社が諏訪湖を取り巻く四神社で形成されているのに似て、諏訪湖にあたるのが見沼である。

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○中山神社御神池..

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芝川第一調整池(古代見沼)

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Shibachousei_11○芝川第一調整池・さいたま市緑区下山口新田他

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○氷川女躰神社の祭礼・見沼の御舟祭り(御船祭 )
 古くこの地見沼で、島の真中に御旅所「四本竹」を設け、神霊が御輿(渡幸舟)で渡幸し沼神祭りが行われた。(写真右奥)
 享保十二年見沼の干拓により御舟祭は不可能となり、神事の形態を改め鳥居下の突端に柄鏡形の土壇を設け・その周囲に池を配し・祭祀の場とし、享保十四年九月八日名称を「磐船祭」として復活した。 しかし、江戸時代の終わりとともに祭は廃止となった。

※四本竹とよばれる地には、古代氷..

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氷川女體神社参道鳥居

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○氷川女體神社参道鳥居(氷川女体神社)
 さいたま市緑区宮本1-5-24

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 参道入口、古代周りは沼であり氷川女体神社へはここ(西側)からしか行かれなかった。 享保十二年見沼干拓前の氷川女体神社は、西向きだった可能性がある。

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Hikawanyidai_toriimapc1947年

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☆氷川女體神社磐船祭祭祀遺跡
 見沼田んぼがまだ沼だった頃、宮本の氷川女體神社から神輿を乗せた御座船が、今の浦和くらしの博物館民家園の南・下山口新田字四本竹にあった御旅所まで渡御..

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文殊寺

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○文殊寺・さいたま市緑区大字三室1956

 古くは氷川女体社境内の神宮寺であり、江戸時代には吉祥寺の末寺でもあった。 明治四年神仏分離令により、薬師寺へ仮移転・その後現在地に移転した。

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 文殊寺は古くは氷川女體神社の境内に、社宝・持統天皇勅納と伝える大般若経の写経の保護のため別当寺(神仏習合説に基づいて神社に設けられた神宮寺)として建立されたという寺で、約30坪の本堂と文殊堂があり、大般若経を収蔵していました。 明治四年の神仏分離令により、薬王寺(喜見山長樹院)と合併し文殊寺とな..

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氷川女体神社磐船祭祀遺跡

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○氷川女体神社磐船祭 祭祀遺跡
 さいたま市緑区見沼5381

 近世の祭祀遺跡、見沼御舟祭りは千年以上続けられていたといわれる。

祭祀 について

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 享保十二年見沼の干拓により、古より行われていた氷川女體神社の御手洗瀬である見沼に神輿を渡御させる「御船祭」の神事は、中止せざるを得なくなりました。 そこで、神事の形態を改め、鳥居下の突端に柄鏡形の土壇を設け・その周囲に池を配し・祭祀の場としました。 享保十四年九月八日、名称を「磐船祭」として復活しましたが、江戸時代の終わりとと..

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大牧氷川女体神社

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○大牧氷川女体神社
 さいたま市緑区東浦和6-23-1

 宮本氷川女体神社の二女・附島氷川女体神社の三女をまつった、宮本氷川女体神社の古い分社ともいわれる。

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☆大牧氷川女体神社本殿
 付 寛永十三年棟札 一枚 貞享元年棟札 一枚
 江戸時代・寛永13年。 一間社流見世棚造・目板葺・桁行1.182m・梁間0.970m・向拝の出0.667m・覆屋内。

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附島氷川女体神社

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○附島氷川女体神社
 さいたま市緑区大間木1522

※見沼溜井造成による氷川女体神社社領地の代替地一部が附島村内に与えられた。

見沼 について

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☆附島氷川女体社本殿
 江戸時代中頃。 一間社流見世棚造・こけら葺・桁行0.690m・梁間0.610m・向拝の出0.510m・覆屋内。

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Urawabunka_fushimahikawa1○附島氷川女体神社本殿

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氷川女体神社

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氷川女体神社
 さいたま市緑区宮本2-17-1

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☆氷川女體神社社殿
 武藏国一宮。 社殿は、本殿と拝殿を幣殿でつなぐ複合社殿。 本殿は江戸時代寛文7年・三間社流造・こけら葺(現銅板葺き)・桁行3.465m・梁2.260m・向拝の出1.364m。 拝殿は江戸時代中頃、入母屋造・桁行9.450m・梁間4.560m。
※依石、神山を拝する祭祀の場に埋められた神霊を依りつかせる石。

○武蔵一の宮氷川神社
 古くは、男神の氷川神社(須佐之男命)・女神の三室氷川女躰社(稲田姫命)・女神の川簸..

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厳島神社

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○弁天様・厳島神社(厳嶋神社・山口弁財天)
 川口市東内野/さいたま市緑区下山口新田

 古くは沼の中程に弁財天を奉っていたが、沼地が無くなり移設。  「この沼には雌の大蛇が住んでおり、印旛沼に住む雄の大蛇に会いに行った」・「大蛇の鱗」などの伝説もある。
※沼の中から見つかった弁天様を奉ったといわれる。

弁天 について ・ 大蛇 について

○山口弁財天(氷川女體神社)
 暑い夏の日、蓮見家馬子が千住からの帰り道、疲れ果てた旅姿の女を木曽呂橋まで馬に乗せた。 その女がお礼に渡..

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氷川女体神社

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氷川女体神社
 さいたま市緑区宮本2-17-1

 見沼を囲み、大宮氷川神社を男体社・中山神社を王子社・氷川女体神社を女体社、ともいわれる。

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氷川神社 について

さいたま市緑区 について

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○案山子の碑・唱歌「案山子」発祥の地
 唱歌「案山子」を作詞した武笠三、氷川女体神社神主家系といわれる。

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Urawa_mimuro三室村・元簸河神社

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☆氷川女体神社
 奈良時代以前の創建ともいわれる。 寛文七年、徳川家康が忍城主阿部忠秋を奉行として再興。 見沼方向に..

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