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群馬での暮らし:みなかみ町藤原

Fujiwara0121c

 みなかみ町藤原地区は、関東一の積雪地域。

※ある昔の話
 村を訪れた人が、辺り一面真っ白で何も無いので「村はどこか?」と村人に訪ねたら、「足の下だ!」といわれた。

群馬での暮らし について(記事数多いです)

Fujiwara0121b

積雪170cm以上

Fujiwara0121a


○藤原
 奥州前九年の役の後、阿部貞任の子孫一族がこの地に住みつき、周囲と隔絶した生活をおくっていた。 ところがある時、下流の幸知に「藤とわら」が流れ着いたので、「上流に人が住んでいる」と沼田候が兵を送ったとの伝説がある。 (奥州藤..

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群馬での暮らし:これがグンマだ

Gunma_safari18

☆ライオンの雄にはたてがみ、マフラーのようで夏には暑いらしい…

Gunma_safari11群馬サファリパーク

Gunma_safari12

Gunma_safari13

Gunma_safari14

Gunma_safari15

Gunma_safari16

Gunma_safari17

Gunma_safari19

Gunma_safari20

Gunma_safari21

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群馬での暮らし:みなかみ町藤原

Fujiwara150

 「みなかみ町藤原」の積雪150cmとあるのは、150cm以上の意・これ以上の表示レベルが無い。

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群馬での暮らし:すすり団子

Susuridango

○すすり団子

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群馬での暮らし:蒟蒻料理

Konnyaku32

○蒟蒻の昆布巻


こんにゃく

Konnyaku_himuro

○氷室
 こんにゃくを細く切り・冷やして、黒蜜をかける。

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群馬での暮らし:蒟蒻料理

Konnyaku31

○隠里
 三角に切った蒟蒻に切れめを入れ、ひじき・人参などを詰めて、片栗粉をまぶして揚げる。

蒟蒻 について

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群馬での暮らし:焼きもち

Yakimochi31

○焼きもち

Yakimochi9

○焼き餅
 古くは、囲炉裏の灰に埋めて焼いた。

横線540

Yakimochi91やき餅

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群馬での暮らし:つみっこ

Tsumikko31

○つみっこ(すいとん)

○すいとん・きんとん
 古くは水団と金団、葛粉をこねたところへケシやサンショウをすって混ぜ合わせて団子にし味噌汁に入れたのが葛団子きんとん、砂糖入りの団子を味噌汁で煮たのがきんとん。(後には栗団子)  「すいとん」と「きんとん」のルーツは同じともいわれる。

☆きんとん
 古くは「金団」、搗ち栗を使った。(搗ち→かち→勝ち、なので祝肴の意)

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群馬での暮らし:五十五の団子

55dabgo

○五十五の団子・五十五の祝い
 五十五歳を厄年とする地域と、年祝いとする地域がある。(グンマ東南部に見られた風習)
 親が五十五歳になると、子供が団子を五十五個作り親にご馳走する。 団子は、全部食べきらないといけないので小さくする。 一合で五十五個作る地域が多い。(板倉)
※地域により正月、秋に行う。
※子供や兄弟など何軒にも呼ばれると辛いらしい。
※五十六歳になると呼びかえしてご馳走する。
※地域によっては、「ぼてぬき団子」。
※砂糖醤油で食べることが多いが、地域によってはあ..

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群馬での暮らし:長寿銭

Choujyu22

○長寿銭・長寿袋
 グンマ以南にみられる習俗(首都圏以外の地域によっては今も残る)。  百歳にあやかって百円硬貨を入れることが多いが、ご縁が十倍・百倍の意味で五円硬貨や五十円硬貨や五百円硬貨を入れることもある。
 古くは、撒き銭・投げ銭・弔い銭ともよばれ、野辺送りで花籠を振り中のお金を撒いた。 このお金は、家に持ち帰らずに使いきらねばならなかった。  1960年頃になると、拾うのもなんだからと長寿袋を出すようになった。

※長寿銭を持っていると長生きできるといわれる。


☆出がけ..

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群馬での暮らし

Syouda25

○ゼンマイ式蠅取器

※グンマでよく見かける…
 ハイトリックとかいうらしい…

ゼンマイ について

横線540

Tokyo_kacho蚊帳

横線540

Haitorikoはいとり粉

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群馬での暮らし

Mosurin29

グンマ乗り物

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群馬での暮らし

Tatebayashi22

@小学校 

※群馬県の小学校クラス名は、「松組、竹組、梅組、…」に分けられる。 足りないときは、「菊組、桜組、桃組、百合組、藤組、…」と続く。


☆九々、一々
 1×1から始まるのになぜ九々か。 昔の中国では、大人・特権階級が学ぶもので、一般人には解らないようにと9×9からはじめたといわれる。 日本でも9×9からはじめていたが、子供向けに易しい1×1からはじめるようになった。
※古く英語圏では12×12まであったらしい。

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群馬での暮らし:マムシ

Mamushi99

足下注意!
野生のマムシがいることがあります。

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群馬での暮らし

Sukai69

落石・路肩大変危険な
道路です。
注意

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群馬での暮らし:空中ケーブル

Tone_rope

○利根郡東村穴原
 片品川にかかる空中ケーブル(手動)のみが交通路だった利根郡東村穴原集落に、 ついに吊り橋「しまぶるい橋」ができた。(1951.11.20)

※赤城明神軍と日光権現軍の激戦地が、穴原山原野ともいわれる。(穴原温泉)

横線540

篭渡し・掛け橋

Cablecar5c

Cable81

Tsuribashi98

Tsuribashi61c

Bridge1_siebold

Bridge2_sieboldc

横線540透明

Kamaguchibashic釜口橋・富士川

Tsuribashi6

横線540

Tenryugawa2c

Fujigawa51c

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群馬での暮らし

Amnh5

Australopithecus afarensis
(@Gunma Museum Of Natural History)

Amnh4

Amnh6

Amnh7

Homo ergaster

Amnh8

Amnh9

Burial1Homo erectus

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群馬での暮らし

Gunma_shizenshi1

Gunma Japan Afarensis
(@Gunma Museum Of Natural History)

Gunma_shizenshi2

Gunma_shizenshi5

Gunma_shizenshi3

群馬県立自然史博物館@富岡市上黒岩1674-1

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群馬での暮らし:とうもろこし

Toukibi23

○生で食べられるトウモロコシ
 フルーツ感覚で食べられる。  名前忘れた、ミルフィーユ or サニーショコラかもしれない。

横線540透明

☆トウモロコシのヒゲ
 ヒゲは元々めしべの一部、ということはヒゲの本数は粒々の数と同じ。

☆味来トウモロコシ
 甘くて、生食もできる。

※トウモロコシは、玉蜀黍・南蛮黍(なんばきび)とも。

横線540

Edo_tomorokoshi江戸の玉蜀黍売

Edo_tomorokoshi2

☆赤とうもろこし
 かつては、四万六千日の縁日に赤とうもろこしを売る屋台もあった。 これは赤とうもろこしが落雷除けのお守りになる由の民間..

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群馬での暮らし:毒蛇

Snake17b

危険!!
毒蛇飼育中
入るな!!

について

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群馬での暮らし:群馬県食肉卸売市場

Shokuniku01

株式会社群馬県食肉卸売市場
 (群馬県佐波郡玉村町大字上福島1189)

 首都圏に近くて畜産業が盛んなため、取扱量は全国第二位。 ただし、群馬県内の食肉消費量は、全国最低レベルにある。

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群馬での暮らし:染料植物園

Senryou11

○染料植物園・染色工芸館
 (高崎市寺尾町2302-11、休園:月曜日・祝日の翌日・年末年始)

日本唯一の染料植物園。

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群馬での暮らし:永井川橋

Nagaikawabashi

○関越自動車道・永井川橋
構造形式:PC5径間連続桁橋
橋長:487.5m
橋脚高さ:75.7m
最大支間:123.0m
施工法:場所打ちカンチレバー工法
定着方法:ディビダーク工法
所在地:群馬県利根郡昭和村
発注者:日本道路公団
完成年:1984年
工費総工費:7,959,000(千円)

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群馬での暮らし:群馬の地名

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○どこまで知ってる群馬の地名
 鮎川(あいがわ)、 間の島(あいのしま)、 赤岩(あかいわ)、 秋畑(あきはた)、 秋間(あきま)、 足次(あしつぐ)、 四阿山(あずまやさん)、 穴原(あなばら)、 雨沼(あめぬま)、 新井町(あらいちょう)、 荒牧(あらまき)、 新巻(あらまき)、 新町(あらまち)、 有馬(ありま)、 安堀(あんぼり)、 安養寺(あんようじ)、

 伊香保(いかほ)、 石上(いしがみ)、 石田川(いしだがわ)、 伊勢町(いせまち)、 市(いち)、 稲荷(いなり..

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群馬での暮らし:ハムカツ

Hamukatsu11

ハムカツ¥80、大きさ13cmほどある。

Katsu11ロースカツ¥284、厚さ2cmほどある。

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群馬での暮らし:新生活運動

Shinseikatsu22

○新生活運動の推進
 市民が自らの創意と良識により、物心両面にわたって日常生活をより民主的、合理的、文化的に高めることをめざして行う新生活運動を活発にすることによって、健康で住み良い地域社会の建設に寄与することを目的とします。 地域社会で生活をともにするお互いが、自分たちの生活課題を自ら発見し、自主的努力によって解決しようとする住民運動です。

※1955年鳩山一郎内閣肝煎りで新生活運動協会発足。

Shinseikatsu21

高崎市推奨公認内容は下記
☆申し合わせ事項
 真に豊かな生活のために次のことを申し合わせま..

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群馬での暮らし:殺虫スプレー

Takasaki_rekishi2

グンマ夏の必需品

横線540透明

Fumakiller

フマキラー

☆フマキラー
 大正十三年大下大蔵が「大下回春堂創業」、1964年「フマキラー株式会社」に社名変更。 蠅と蚊→Fly & Mosquito→フ&マ→フマ、Killerをつなげて「フマキラー」。

横線540透明

横線540透明

Kinchol

キンチョール・1930年~

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Ddt1940cDDT・1940年

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Sacchuzai81理想殺虫剤フライト

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群馬での暮らし:雷(いかづち)

Nukisaki12

○雷(いかづち)
 天上には「いかづち」・「なるかみ」なる魔神がおり、夏の暑苦しい時に怒り狂い、輝ける眼の光が稲妻となり・怒号が雷鳴となる。(雷鳴はいかづち様が雷鼓を打ち鳴らす、ともいわれる。)
 いかづち様は、山の高い木々を伝わって地上に降り、雷を祀らない者を引き裂く。 激しく怒ると、直接人家・桑畑・田畑など何処へでも降りてくる。 大木をも真っ二つにし・吹く息は火焔となる。

 万場栃本では雷の目撃情報があり、鹽澤山の蛇神の向こうで雷の鳴った後に真っ二つにわれた杉の木の根本..

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群馬での暮らし:チャツボミコケ

Chatsubomikoke

○チャツボミコケ(六合村
 群馬鉱山・褐鉄鉱採掘の中心地「穴地獄」では、湧きだした鉱泉が沈殿し褐鉄鉱となるすり鉢状の地形であった。 硫黄泉なので植物が育たなかったが、閉山後ひっそりと緑の絨毯「チャツボミコケ」が広がった。 群馬鉄山閉山のさい、日本鋼管は国からの借地を返すためには現状復帰が条件だったが、その費用があまりにも莫大となりそうなので敷地を国から買い取り休暇村としたため、「チャツボミコケ」は残った。 
※当初は遊園地にする計画もあった。

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群馬での暮らし:花いんげん

Dagashi2031b

○花インゲン
 1921年、北海道からとりよせたオニマメの種を六合村・田代原に蒔いたが、きれいな朱色の花は咲けども豆はほとんど収穫できなかったので「花いんげん」とよんでいた。   その後、高地での栽培が軌道に乗り、草津温泉土産の一つになった。

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群馬での暮らし:船津伝次平

Funatsudenjibei

○船津傳次平(船津伝次平)
 老農船津傳次平、グンマ県民ならみんな知っている、もちろん小学生も全員知っている。  ただ、一歩県外へ出ると誰も知らない。
※1832年富士見村生まれ、農業技術書多数・全国を隈無く周り技術指導をした。

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群馬での暮らし:楚割

Saketoba

○楚割(鮭の塩引)そわり・すはやり・すわやり
 「すはえわり」を約めたもので、楚のように細く割って塩干にして削って食べた。 塩引を焼かずに薄くそいで酢などで食べる地域もあるらしい。

※写真は「鮭とば」

○鮭
 平安時代には朝廷への献上品や税であっり、生鮭・楚割鮭(そわり)・内子鮭・鮭児(筋子)・氷頭・背腸(めふん)・鮭鮨・鱒(なます)・塩引、などあった。
※利根川でも鮭が穫れたが、グンマまで上ってきたかは不明。

☆乾鮭(からさけ)
 江戸中期頃までは、塩に漬けた鮭を寒水に浸し・火で乾..

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群馬での暮らし:小野上駅

Onogami99

小野上駅・JR東日本吾妻線

Onogami98

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群馬での暮らし:焼まんじゅう

Yakimanjyu31

○焼まんじゅう
 実は、グンマ人でもさほど食べるわけではない…

 ならば、ウマイ食べ方はナンダ…

Yakimanjyu32

チョコレートクリーム(これが一番ウマイ)

Yakimanjyu33

梅ジャム(これもウマイ)

Yakimanjyu35

ハチミツ

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ジャム

Yakimanjyu37

くるみしゅうゆ

Yakimanjyu38

チーズ

Yakimanjyu39

海苔

Yakimanjyu40ソース

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群馬での暮らし:糀屋(こおじや)

Kouji23

創業430年 
糀屋(こおじや)  
 (高崎市元紺屋町13他)

Kouji21

Kouji22

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群馬での暮らし:花パン

Hanapan27

花ぱん
 (御菓子司・青柳@みどり市大間々町大間々1501-1)

○桐生専用食物、「玉子ぱん」砂糖がけに近い。

※グンマは、赤城山の北側と南側で気候が異なり・東側と西側で食物が異なり・東西南北で俗習が異なる。

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群馬での暮らし: いぶし

Ibushi31

いぶし(えびす・えびし・いびす・ゆべし)
 (オアシスなんもく@甘楽郡南牧村千原3-1)

 果物類の入った蒸しもので、縁起ものであった。 そば粉を味噌のたまりで溶き、串柿の細切り・くるみ・いくさ・ちんび(柑橘類の皮)・ごま・青のり・とうがらし等をいれ、丸めて竹皮で巻いて蒸す。 乾燥させた後、輪切りにして食べる。(中に入れるコは家により異なる)
※グンマ人専用食品、素朴で旨いがグンマ人以外不食。
※柚餅子のルーツとも言われている、米粉や小麦粉を使う地域もある。

ゆべし ..

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群馬での暮らし:遊園地

Kiryu99

○桐生が岡遊園地(桐生市宮本町4-1-1)

Shibukawasky99

○渋川スカイランドパーク(渋川市金井2843-3)

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群馬での暮らし:にぎらっこ

Nigirakko21

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群馬での暮らし:シトギ

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○しとぎ
 生米を水に浸して軟らかくし、臼・杵で搗いたり・すり鉢ですったりして、団子にしたもの。(火を使わない)  十日夜に山の神・地鎮祭・十二様・オクンチ、などろいろな行事に供える。


※十日夜のシトキ゜

横線540透明

Shitogi22

十日夜のシトギ

Shitogi23

おくんちのシトギ

横線540

Mameshitogi

☆豆シトギ(岩手地方)
 旧南部藩領にあたる岩手県北部と青森県八戸地方で年中行事の供物として古くから作られている郷土料理です。 多くは茹でて潰した青大豆にもち粟(あわ)を混ぜて作ります。 米作を行う農家や豊かな家では、もち粟の..

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群馬での暮らし:花パン

Hanapan21

上州名物 小松屋の 
花ぱん
 (こまつ屋@みどり市大間々町桐原245、0277-72-2171)

○焼菓子
 桐生市周辺に伝わる菓子。  グンマ独自の食べ物である。

※食感は「かにぱん」にちかい

Komatsuya

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群馬での暮らし:グンマ特食区

Kiryu15

○グンマ特食区
 グンマの中でもキリュー地区は食べ物が異なるので注意!

花パン・アイスまんじゅう・コロリンシュウマイ・カタクリシュウマイ ・ポテトやきそば・子供洋食・ひもかわ・みそぱん・ビスロール・かきな…

☆ほとんどソース文化
 この状況は、1895年そば屋だった長沼三四郎(月星食品株式会社前身)が「ソース」をつくり・「屋台やきそば」をはじめ数々のソース文化を足利近辺に広めた影響だ。 

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群馬での暮らし:餡なし酒饅頭

Annashimanjyu21

☆食パン
 当初は「餡なし饅頭」ともよばれた。 だったら「餡ありパン」があってもいいだろうというわけで「餡パン」ができたとも…
※饅頭の皮だけ食べてもうまくないので、砂糖つけて食べたらしい。

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群馬での暮らし:エレベーター

Gunma_elevetor

(高崎駅ビル)

横線540

Elevetor1877人力エレベーター・1877年

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群馬での暮らし:にごみ

Nigomi21

おきりこみ・きしめんスタイルに近い。

☆棊子麺(きしめん)
 古くは棊子(碁石)の形に抜いたので「きしめん」だった。

 「紀州の麺」が訛って「きしめん」、尾張のそば屋で、うどんを薄くして早く茹でられるようにしたのが始まりという説もある。

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群馬での暮らし:しんこ餅

Shinkomochi21

○しんこ餅
 米粉(上新粉)に水を入れて蒸して餅にしたもの。

Toraya_manjyu2○点心としての饅頭

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群馬での暮らし:東村の地名

Kunisada_st

○どれだけ読める東村の地名
 遠西→とおにし、 下代→げだい、 開発→かいはつ、 間の田→あいのた、 久保内林→くぼうちはやし、 強戸→ごうど、 曲口→しゃくじい、 御手洗下→みたらせした、 国定→くにさだ、 根性棒→こんじょうぼう、 四畝歩→よせぶ、 十二天→じゅうにてん、 小保方→おぼかた、 上田→かみた、 諏訪原→すわっぱら、 水殿→ずうどの、 掻揚→かきあげ、 大根谷戸→だいこんがいと、 宅地付→たくちづき、 鉄糞→かなくそ、 纏→まとい、 田部井→ためがい、 東菜飯田..

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群馬での暮らし:グンマの花見・第二弾

Soumagahara1

[お前はまだグンマを知らない]にもでてくる【グンマの花見】、第二弾開戦。

○第12旅団創立13周年・相馬駐屯地創設55周年 記念行事
日時:平成26年4月12日(土)
場所:陸上自衛隊相馬原飛行場地区
お問い合わせ先:第12旅団 司令部広報室

Soumagahara2


○相馬が原
 かつては御料地であったが、明治初めに相馬殖産会社ができ、明治末陸軍演習地として取り上げられた。 地元住民は大反対したが、陸軍省があの手この手を使い尽くしたらしい。
 その後は、1945年米軍が進駐、1952年相馬ヶ原駐屯..

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群馬での暮らし:グンマ語(榛東編)

Shintou_mimi

耳飾り館
 (北群馬郡榛東村大字山子田1912、0279-54-1133)

 縄文時代後晩期の集落(約3000年前)である茅野遺跡から多数の土製耳飾りが出土したことから、これを展示・紹介することを目的として開館。

横線540透明

《グンマを話そう》 @榛東村
 あそびょう→農協・役場などによる無報酬の仕事、 あんね→おんな・あねさん、 うさぎねむり→目を開いて眠る、 おけー・ぞーせー→おじや・雑炊、 おごっそう→ごちそう、 おっこす→こわす、 おてんたら→おべっか、 おばんし→炊事す..

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群馬での暮らし:グンマの花見

Gunma_shinmachi

[お前はまだグンマを知らない]にもでてくる【グンマの花見】、いよいよ開戦。

○新町創設63周年記念行事・新町桜まつり(高崎市主催)
開催日:2014年4月6日(日)
開催場所:新町駐屯地(群馬県高崎市)

○しんまち桜まつり
開催日:4月5日~6日、10:00~15:00
開催場所:陸上自衛隊新町駐屯地・桜並木


○相馬原駐屯地創立記念行事
開催日:2014年4月12日(土)
開催場所:相馬原駐屯地飛行場地区(群馬県北群馬郡)

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群馬での暮らし:高崎ソース

Takasaki_syouyu

高崎ソース・高崎しょうゆ・タバスコスパイシーしょうゆ

Takasaki_syouyu


☆ソース
 ソース味は西高北低、北に行くほど少なくなる。 お好み焼き文化でもある。
 明治時代に登場したウスターソース、当初は「薬くさい」・「舌がしびれる」などと嫌われたらしい。
※関西では、カレーライスにソースをかける傾向があるらしい。 

☆グンマでは、ポテトサラダにソースをかける。 さらに、目玉焼き・シューマイ・ギョーザ・カレーライス・天ぷら・チャーハン・肉まん・パスタ・ビーフン…、などにもかける。

※ソースで食..

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群馬での暮らし:高崎ビブレ閉店

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○北関東最大規模のイオンモール・2016年春開業
 延べ床面積約45,000平方メートル、「ビブレ高崎」の敷地を中心に、周辺部を再開発する。 イオンの駅前都市型商業施設としては北関東最大級、テナント数は200、来客の見込み数は年間1,000万人。

☆グンマで駐車場を持たない施設は存在できない。
 上野国2000余年の歴史を軽んじてはいけない。

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群馬での暮らし:しだれ桜(高崎・慈眼寺)

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開創天平年間
華敷山補陀落院慈眼寺
しだれ桜
 (滝の慈眼寺@高崎市下滝町19、027-352-8365)

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群馬での暮らし:グンマ語(専門用語)

Gunma_go3

《グンマを話そう》

○グンマ(利根)の専門用語

いしご→軽石の種類の一つ、他にもアサマ・イシマロ・カライシ・カリバンバ・カル・カルゴ・スナゴ・マナゴ・ママ・ママゴ・カリッパマ・など50語以上ある(赤城山麓には軽石がたくさんあるので呼び方もたくさんある)
うさぎねいり→薄目をあけて寝入る
おまんだ→一言挨拶
おんか→公然・おおっぴら
がっくんどっちん→シーソー
くるみ→クルブシ
けばす→毛並み・服装
こきんがん→拳固
すっぺっぽ→昔話の合いの手、詳しくは解読されていない
ちっかっきゅ→ジャンケンポン..

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群馬での暮らし:宮崎菜

Miyazakina11

○宮崎菜
 グンマ独自の食べ物。 同類に、宮崎菜・田口菜・かき菜、などがある。

※かき菜は、トチギにもある。
※これらは、ほかの地域で作ると味が異なるといわれている。 早い話、同じ物が作れないということである。

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群馬での暮らし:のっぺい汁

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○のっぺい汁
 (秋)野菜を使った野菜汁、醤油ベースで仕上げにとろみをつける。

☆濃餅(のっぺい)
 鎌倉建長寺開山・欄渓が招来したといわれる。

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群馬での暮らし:鏑汁

Kaburajiru12

○鏑汁 
 団子を加えた野菜汁、味噌ベース。 名前は、鏑川からとった。

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群馬での暮らし:こしね汁

Koshinejiru11

○こしね汁(給食版)
 こんにゅく・しいたけ・ねぎ、を主食材とした野菜汁、味噌ベース。  グンマでは、学校給食人気メニューの一つ。

※「野菜たっぶり豚汁」の
感ある。

Koshinejiru12

○こしね汁(通常版)

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群馬での暮らし:陣田みょうが  

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○陣田みょうが(旧倉渕村)
 標高600m程の高原・夏でも朝夕涼しい日較差のある気候がミョウガの生育環境に適していた。

※昭和はじめ頃から栽培がひろがった。
※写真はみょうが畑・吾妻町

☆ミョウガを食べると物忘れする
 物忘れが激しい仏僧(周梨槃特)が埋葬後、墓に生えてきた草が周梨槃特の名を荷なって「茗荷」。 
この説は、かなりアヤシイ…

☆ミョウガ
 ミョウガを食べても物忘れをしない、むしろ辛味成分で脳が活発化するともいわれる。

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群馬での暮らし:なば刺し

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○なば刺し
 椎茸をサッと茹でてスライスしてレモンの輪切りではさみ、酢味噌で食べてみた。 最後は「椎茸の沼田」に変わった。

※「ナバ」とは茸の総称だが、「なば刺し」といえばフツーは椎茸。

☆「竹の子(たけのこ)」が筍、「木の子(きのこ)」が茸…

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群馬での暮らし:こぶ観音

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○こぶ観音@邑楽郡邑楽町石打
 いろいろの病を治すが、特にコブを専門とする観音様である。 縁を切りたいときは「こぶをとってください」と拝めばよろしい。 ここでいうコブとは「瘤」の他に「子供を生む」が訛ったとの説もある。 このことから「いらないものをコブとして取り除く」とされている。


《グンマを話そう》
○こぶ観音・邑楽郡
 ある昔、大竹伊兵衛の額にコブができ日に日に大きくなり、「コブ殿」とよばれるようになった。 ある日、行商人が邑楽・石打村の明言寺に願かけをすすめた。 そしては..

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群馬での暮らし:ハタケシメジ

Hatakeshimeji

○ハタケシメジ「森の天使」
 群馬県林業試験所が前橋で採れた種菌を基に1996年より開発した。 香り控えめ・くせのない味・シャキシャキ感、が特徴。

※[きのこ王国・グンマ]では、生椎茸・ヒラタケ・舞茸・ナメコ・ブナシメジ・エノキダケ、など栽培されている。

※昔のきのこの種類は、ししたけ・いっぽん・せんぼん・ねずみたけ・きはたけ・さくらたけ・だいこく・ちちたけ・はつたけ、などあった。


Kinokoyama

花嫁の握て笑うきのこ山

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群馬での暮らし:正田醤油

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○正田醤油株式会社(館林市栄町3-1)
 明治6年12月25日正田文右衛門が創業、大正6年12月25日正田醤油株式会社設立。

☆醤油
 上州では、1716年頃初めてに製造されたらしい。 記録では、1764年「山十一醤油(田中藤左衛門)」とされる。

※[上州→嬶天下(嚊天下)→館林→正田醤油→正田美智子妃]、チョット無理はある。


上州のかかあ天下はこうして生まれた。

○男の働きだけでは食っていけなかった
 山地が多く平地が少ないので、米が採れなかった・林業も限られ、さほどの収入..

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群馬での暮らし:下植木ねぎ

Shimouekinegi2

○下植木ねぎ
 伊勢崎市下植木地区だけで栽培されている。 すでに寛政年間(1789~1800年)にあったらしい。 下仁田ねぎに似ているが、根の膨らみが大きく辛みが強いが加熱すると濃厚で甘みが強くなる。 200年以上の栽培歴史があり、主に鍋用として食べられてきた。 また、伊勢崎銘仙最盛期には「お歳暮ねぎ」として贈答品であった。 現在、この「幻のねぎ」を復活の動きがある。

※祝宴の締めは「ねぎ沼田」と決まっていた。
※ネギについては、下仁田ネギ・下植木ネギ・石倉ネギ・沼須ネギ・尾..

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群馬での暮らし:国分にんじん

Kokubininjin3

○国分にんじん
 その長さ1m以上。 大正中頃、国府村西国分寺・飯塚鉄太郎が、「仏国大長」を栽培したのが始まり、その後改良を続けた。 1926年前橋の種苗商(現カネコ種苗)に種販売を託し村中に広まった。 やがて「国分にんじん」として全国的に有名になり、村は豊かに潤い、「人参音頭」さえ生まれた。
 しかしながら連作障害などで収穫量が減り、1960年代に入るとその長さから「冷蔵庫に入らない・買い物かごに入らない・そんな長い人参イラナイ」と消えていった。

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群馬での暮らし:ざるめし&ボタ

Bota

ざるめし・ボタ

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群馬での暮らし:おけら

Okera

【おけら(ケラ・タネミ)】
 胴をつかまえると両手を合わせたり・広げたりするのを見て、はやしたてて遊ぶ。

○おけらさん おけらさん おまえのお椀はどのくらい おまえの茶碗はどのくらい
○こま虫 こま虫 旦那の肝っ玉ぁどんなでけぇ
○おけら来い来い おけらの虫は うじゃこい虫で 雨さえ降れば うじゃうじゃじゃ
○□□の□□□どんなにでっけえ 

☆おけらになる
 昆虫「螻蛄」が前足を広げた姿が、お手上げ状態に見えた。


《グンマを話そう》

○シンダンベ
 田の水口のところにいて..

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群馬での暮らし:ホレステリンソーダ

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○ホレステリンソーダ(森産業株式会社・桐生)
 シイタケ抽出エキスによる「しいたけ風味飲料」。 1970年発売、1992年消滅。 その後、ホレステリンオリゴ→スーパーホレステリンとなる。

※地域によっては「椎茸の塩漬け」もあった。

○生しいたけ
 大正前期、甘楽・富岡でシイタケ栽培が始まった。 当初は養蚕の補完的作物だったが、桐生・森喜作により新しくより簡単な栽培方法が考案され、グンマの生シイタケは全国屈指の生産量となった。
※1936年森食用菌蕈研究所創設、後に森産業となる。

..

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群馬での暮らし:てんとうむし

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○テントウムシ
 地域によっては、マンジュウムシともよぶ。 ただし、まるいムシはすべてマンジュウムシである。 動き出すと「てんとう虫てんとう虫 まんじゅうかってこい」などという。

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群馬での暮らし:200円で食べ放題

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(WEB転載)

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群馬での暮らし:金精神社

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○金精神社
 金精峠麓に鎮座する金精神社のご神体は、もともと金でできていたが、盗まれたため石製に変わったとも言われている。  かつては金精峠に祀られていたが、金精トンネルが開通してからは素通りされるようになったので、白根魚苑(有料)内に新社殿を設けて御神体を遷座した。 

※金精トンネル
 1937年工事開始、工事中止を経て1965年完成。


Konseimyojin8

○金精神社
 奈良時代、道鏡が下野国薬師寺別当に左遷されたおりこの峠を通 って下野国へ入った。 このとき、暑かったので褌まで外していた。  ..

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群馬での暮らし:高崎ハム

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○高崎ハム
 大正9年群馬県奨励事業により豚飼育が増え、1937年「群馬畜肉加工組合」が設立、後に「群馬畜産加工販売農業協同組合」・通称高崎ハムとなった。  その後戦争などにより飼料不足となり、豚・鶏の飼育頭数は激少した。 これが、現在のグンマで肉消費量が少ない要因かもしれない。

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群馬での暮らし:鴨すきやき

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○鴨すきやき・小野上村
 焼いて大根おろしに醤油で食べる。 宮内庁主催鴨猟での料理と同じ食べ方だそうだが、よばれたことがないのでワカラナイ。 

※右は、鴨の冶部汁。 

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群馬での暮らし:グンマの鰻

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○千代田村・王鉄開発株式会社(現王鉄興業株式会社・王子製鉄株式会社グループ)
 (太田市新田反町町51-1、蒲焼加工並びに冷凍パックの製造販売)

 公害問題が騒がれた時代に汚水処理した水質検査に金魚や鯉などの魚を飼ったが、なにをちまよったか鰻を飼った会社があった。 そしては本格的な鰻養殖所となり、その生産高は一工場で千葉県全体を超えるようになった。


※グンマには、ウナギに関する俗信が数多くあり、鰻を禁忌とする俗信も多かった。

《グンマを話そう》

○弘法の井戸・鰻橋
 ある昔..

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群馬での暮らし:たくあん

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漬物
 藪塚本町は、大根生産トップクラスであり、たくあん用の「理想大根」がつくられている。 これは、土壌がよい・日照時間が長い・干すための風と、たくあん作りの条件をすべて満たしているからである。 この他、「小玉すいか」も作られている。

横線540透明

○藪塚本町・たくあん
 1889年4月1日、大原本町村・藪塚村・山之神村・大久保村・六千石村・寄合村が合併して藪塚本町となった。 桃・栗・茶・西瓜・まくわ瓜・甘藷など乾燥に強い樹木作物がつくられた。
 1909年大原に「有限責任大原信用購買..

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群馬での暮らし:ことわざ編

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○足の下から鳥が立つ
○朝あめと女の腕まくりに驚くな
○朝日焼けがすると雨がふる
○朝茶はその日の難のがれ
○朝蜘蛛がおりると縁起がよい
○朝蜘蛛は恵比須様にあげろ
○頭に巻毛が二つある子は意地が悪い
○朝鳩が鳴くと雨になる
○朝霧があがれば雨になる
○朝口に女の客があるとその日は人が来る

○小豆の火は馬鹿に燃させろ
○犬の遠吠えは用心しろ
○戊の日にほ田植えをするな
○イモリにかみつかれると雷が鳴るまで離れぬ
○優曇華の花が咲くと縁起がよい
○うどの大木臼の上にあがると背がのびない
○魚が跳上って虫を喰う..

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群馬での暮らし:方言と俗語

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☆どこまで解るグンマのことば


ああ、 あい、 あいこ、 あいさ、 あいそ、 あいぶ、 あいまこいま、 あおにさい、 あおぬけ、 あがぎれ、 あかし、 あかめいなしむん、 あがり、 あがる、 あかんベー、 あき、 あきあげ、 あぎれ、 あぐ、 あくたれ、 あくつ、 あくつ、 あくて-、 あくと、 あぐら、 あげあめ、 あげしょうぎ、 あけすけ、 あける、 あこぎもね-、 あさげ、 あさって、 あさっばら、 あさひやけ、 あさまつ、 あしっつあげ、 あしゃあち、 あじょ一にも、..

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群馬での暮らし:グンマ都市

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グンマの都市は下記のように発展してきた。

○城下町を起源とする都市
 前橋・高崎・伊勢崎・館林・沼田・安中・
 (以下は陣屋:小幡・七日市・吉井)
○市場町を起源とする都市
 桐生・大間々・中之条・原町・室田・長野原・渋川・下仁田・鬼石・富岡・藤岡
 (以下は谷口集落:桐生・大間々・大胡・沼田・渋川・ 中之条・原町・室田・下仁田・鬼石)
○宿場町を起源とする都市
 高崎・安中・渋川・玉村・境・木崎・太田



○グンマの食品工業
グンマに食品製造工場は多く、

高崎市:ケロッグ・ニップン冷食..


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群馬での暮らし:電話でバス

Denwadebasu

○電話でバス@みどり市
 おとな300円で、時間と乗車区間を電話で予約して利用する乗合バス。

※電話してからバスが来るまで数時間待つらしい。

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群馬での暮らし:グンマいいつたえ

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○魔境の邦グンマ 【グンマのおきて】
 グンマで生きるにカナラズ必要な【おきて】。 これを守らねば命の保証はない。

☆もし守らねば不思議な力で死ぬことになる。
--------------------
「セッチンヨメゴ」にはきれいな人を祭った一方、器量の悪い人を「セッチンヨメゴのようだ」ともいう。
朝飯に汁をかけて食ってはいけない。
家で口笛を吹くとサンボーコージンサンが逃げ出す。
囲炉裏の灰の中に柿の種を入れるとアクが効かなくなる。
打ち身にはまむし酒・ヘビ酒をつける。
うるしかきの飯をくう..

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群馬での暮らし:鼻毛石町

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○前橋市鼻毛石町
 「鼻石」と呼ばれる人間の鼻の形をした巨石があり、その穴に生えた草が毛に見えたので鼻毛石とよぶようになった。 かつては、「鼻毛石」・「鼻ヶ石」・「はなけ石」・「鼻石」ともよばれたが何時とはなしに「鼻毛石」に統一されたらしい。

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群馬での暮らし:グンマまじない

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○魔境の邦グンマ 【グンマのまじない】
 グンマで生きるにカナラズ役立つ【まじない術】。 これを覚えねば命の保証はない。

--------------------
足が痛い→子の権現に草鞋をつくってあげる。
いぼ→米粒でなぜる。
いぼ・あざ→神社の小石を貰ってなでる、治ったら倍にして返す。
漆にかせたとき→おわんに孔をあけてさげる。
えぼ→米粒を雨だれおちにうめると、腐るころには治る。
男四十二才になると、村の辻に酒を供え・褌を落として厄おとしとする、女は蜜柑と櫛・手拭い。
かぜ→うるしの木に..

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群馬での暮らし:電話ボックス

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@群馬音楽センター

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群馬での暮らし:1キロ焼そば

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もりや食堂
 (高崎市新田町2-5、027-322-0746、月~金10:00~15:00・土7:30~14:00、日祝祭休) 1952年創業

○やきそば大(600円)
 コ(具)は、キャベツと揚げ玉。

Moriya2

○やき肉丼(570円)

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○メンチ丼(530円)
※お腹の都合上、ご飯半分です。

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○やきそば丼(メニューにはありません)
 揚げ玉がご飯にからんでおいしい。

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※グンマでは、1kgが一人前標準サイズとなります。 初めての店では一番小さいサイズを頼みましょう。


○グ..

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群馬での暮らし:道祖神

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○双体道祖神(上里見)

※双体道祖神は、兄と妹(地域によっては父と娘)とされ、結婚相手を探して旅に出た二人が見つけられずに帰ってきたらお互いこそが求めていた相手だったとの話になっている。(お互いのが大きすぎてピタリ合うのは兄妹だけだった、という地域もある)

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群馬での暮らし:鈴与し

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とんかつ定食
 (鈴与し@高崎市鶴見町11-1、027-322-4855) 

☆関西でカツといえばビフカツ。

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煮カツ定食

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群馬での暮らし:栄寿亭

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玉子丼
 (栄寿亭@高崎市新町7-1、11:00~14:00・17:00~19:00、金休・第3木休、027-322-2740)

※ビッシリ入っているのがグンマの特徴

玉子 について

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群馬での暮らし:民家

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赤城型民家

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吾妻型民家

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石置屋根民家

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妻兜型民家

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群馬での暮らし:民家

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前兜民家(平切り落とし民家)

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赤城型民家

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妻兜民家

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石置屋根民家
 板萱屋根やトタン屋根は、釘で止めても・針金で結んでも強風で吹き飛ぶ。 だったら重い石をのせようとなった。
 また毎年屋根板返しをすると家が長持ちする、このとき石置きだと簡単に裏返せた。

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群馬での暮らし:栄寿亭

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カツ定食C・ヒレ
 (栄寿亭@高崎市新町7-1、11:00~14:00・17:00~19:00、金休・第3木休、027-322-2740)

栄寿亭 について

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カツ定食B・ロース

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群馬での暮らし:民家

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○十能瓦葺き屋根
 東毛独特の「十能瓦(小泉焼)」民家。

※小泉焼
 ホーロク・植木鉢・瓦など素焼きの焼物。 18世紀末渡辺利助が植木鉢・火鉢を焼いたのが始まりといわれる、現在は植木鉢のみ。

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○石置き屋根民家
 杉(栗)皮を屋根に葺き、押さえ板(貫木)をして石をのせた。 傷んだら天地返しができたので経済的ではあった。

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Ishioki1975c

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群馬での暮らし:栄寿亭

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カツカレー
 (栄寿亭@高崎市新町7-1、11:00~14:00・17:00~19:00、金休・第3木休、027-322-2740)

栄寿亭 について

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群馬での暮らし:栄寿亭

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チキンライス・カツのせ
 (栄寿亭@高崎市新町7-1、11:00~14:00・17:00~19:00、金休・第3木休、027-322-2740)

○トンカツとチキンライスが良く合い美味しい、略して「トンチキ」。


※メニューには無いので各自工夫すべし

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群馬での暮らし:バンズパン

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 グンマの学校給食といえばコレだ。(バターバンズとか甘食とも呼ばれたらしい)

☆チョッピリ固い皮がおいしい。

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学校給食のもう一つがコレだ。

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群馬での暮らし:オニジャクシ

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○おにじゃくし(鬼杓子)
パスタをすくうアレだ。

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こんな使い方もある(おっきりこみ・おきりこみ)
 麺と汁が同時にすくえる。

※これを「アツモリ」と呼ぶ人もいる。

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群馬での暮らし:グンマ語(特殊編)

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《グンマを話そう》
○カガヤク・カヤガク(勢多郡)
☆なにそんなところをガガヤイテいるんだ
☆物置の中をみんなカカグッテみたけどみつからならった

 この場合のカガヤクは、「探す」の意。

※かたづけ仕事のことをいう地域もある(カガヤキ仕事という)
※年寄りのする仕事を「グレグレ仕事・グタグタ仕事」ともいう(地域によってはマゴマゴ仕事)



------------------------------
○ハヤス
☆お正月にのし餅を切ることをハヤスという
☆桑の木を切ることもハヤスという(..



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群馬での暮らし:オチャスケベ

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○オチャスケベ(茶好部)
 [お茶大好き人間]のこと。 地域によっては、チャフクベ・オチュッパカリ・チャドウラク・オチャクレ・チャブクレ・オチャッピキ・オチャクライなどというが、いずれもあまりいい意味ではない。

※お風呂好きはユスケベ、出歩くのが好きな人はデスケベ、酒好きはサケックライという。
------------------------------
○近所でお茶を飲みまくることを「ヒラキマワル・ヒラキアルク」という。

※ヒラキは物貰いの意。




○茶渋
 茶碗の茶渋でお茶が..



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群馬での暮らし:栄寿亭

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カツ丼
 (栄寿亭@高崎市新町7-1、11:00~14:00・17:00~19:00、金休・第3木休、027-322-2740)

A(玉子なし)400円→和風ダレ
B(玉子ひき)450円→いわゆるカツ丼
C(玉子なし・ジャンボカツ)660円

カレーやカツカレーも美味しいそうだ。

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○榮寿亭・高崎、1919年開店・四代目。

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群馬での暮らし:焼きまんじゅう

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焼きまんじゅう・あんこ入り
 (茶々@高崎市鶴見町5−1、月火休、~17:00)

※グンマに伝統ある菓子がないのは、大きな大名がいなかったからといわれる。 大藩が続くと茶道が普及し、茶菓子が珍味され銘菓が生まれた。(金沢など)

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餡入り焼き饅頭

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群馬での暮らし:振り米

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○米養生(コメヨウジョウ)・振り米
 たまよび(魂呼び)の一つ。 地形的に畑作が多く、米よりも雑穀(麦・粟・稗)が中心の食生活様式であり、とくに北部では米が貴重なため食べられるのは[年取り・正月・誕生]ぐらいでありめったに食べられなかった。
 病人が死にそうな時・病気が重い時に、竹筒に米を入れて振って聞かせると、「米食いたさに病人が生き返る」または「安心して死ぬ」とも言われた。(これはコメヨウジョウ・米養生ともいい、ニホン各地にみられた)

※魂呼びは他に、「屋根の上から大声で呼..

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群馬での暮らし:上州弁

Gunma_go3

どこまで解る[上州弁]!

 ~カンベー、~ズラーネー、~ニィ、アシタナサ、アスコ、アブト、アブラゲズシ、アンピン、イガッセ、イガネー、イギバ、イゴク、イツコクモン、イツチャン、ウスベッタイ、ウツチャル、ウデル、ウンマイ、オコサマ、オサンカラ、オシコクル、オツカカル、オツバナス、オツぺス、オテノコボー、オトーカ、オミオツケ、オヤゲネー、

カクナス、カクネル、ガショウキ、カタス、カタチンバ、ガチガメル、カンペ、カンマス、キャー、クキ、クツチャペル、クネ、クンナイ、ゲ、ゲー、ケール、ケ..

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群馬での暮らし:高崎市

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群馬での暮らし:グンマ語(上級編)

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《グンマを話そう》 @六合村
※グンマ語は日本語に較べて、遥かに解りやすく・趣ある表現が多いです。
 アカメーナシ → 無茶、 アクト → 踵、 アテクトンネー → とてつもない、 アバケル → ふざける、 アボケル → ふざける、 アボル → かばう、 アマメラ → 女子の複数形、 イーカン → たいそう、 イジル → いびる、 イチノー → 全部、 イブセー → 危ない、 イマメシイ → いまいましい、 ウジャケル → とろける、 ウラノウチ→自分、 ウチバ → 少なめ、 ..

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群馬での暮らし:正月行事

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グンマの正月は忙しい。

○グンマの正月行事

【大正月】
1日:年男、若水、年始まわり
2日:馬の乗り始め
2日~初山入り
4日:オタナサガシ(お棚下がし)、寺の年始、嫁の年始(地域によっては14日)
6日:ムイカヅメ、六日年(女の年取り)(馬の年取り:馬も歳をとる)
7日:七草粥
8日:八日ダメ(溜)
11日:鍬立て(作立て)、倉びらき
12日:マユダマ丸め(若餅)、山入り(十二様)
12日~モノヅクリ
13日:オカザリカエ

【小正月】(地域によってはダンゴ正月)
14日:ド..

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群馬での暮らし:大晦日

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《グンマを話そう》
○正月様飾り
 年の暮れに大掃除「すすはき」をして、晦日は干柿・かちぐり・こぶ(喜)・麻・するめ(如何)・ふきのとう(富貴)・さけ・半紙・ほうづき(名声鳴る)・いわし(祝う)・まり(まわる)・だいだい(先祖代々)・ねき(友白髪) などを飾った。
※「としとりの晩に早く寝ると白髪になる」とも言われた。
※貧家では正月行事をいっさい省略し「よろずおんものづくり」と紙に書き神棚へ下げ全てすました。
-------------------- 
お正月は来る来る
おらぁボロをず..

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群馬での暮らし:あんぴん餅

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【あんぴん餅】
 外は餅(鏡餅と同じ餅)、中は塩餡(甘くない餡)だ。 当然固くなるので、焼いて食べる。 食べ方は色々あるらしい。
○砂糖やきな粉をつけて食べる。
○砂糖醤油につけて食べる。
○醤油の付け焼きにする。
○雑煮に入れる。
○フライパンで焼き、蜂蜜(メープルシロップもよいらしい)をかけて食べる。

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 「小さい鏡餅の中に甘くない餡が入っている」と思えばよい。

フライパンで焼くと、外がカリッ・中がホワァ・餡がウマァで美味しい。 醤油をつけるともっと旨い。

Gunma_anpin3

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群馬での暮らし:道祖神

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○道祖神(ドウソジン・ドウロクジン)
 境の神、外界から集落に入ってくるあらゆる魔障を防ぐとされる。 グンマでは男女の双体道祖神が多い。(兄妹説が多い)

(縁結びの道祖神@室田坂下)


○ぐんまわらべうた:大晦日
だんなのきらいなおおみそか
おたばこばんとお茶もって来い
もう早おいとまつかまつる

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群馬での暮らし:道祖神

Gunma_dousojin1a

○道祖神(ドウソジン・ドウロクジン)
 境の神、外界から集落に入ってくるあらゆる魔障を防ぐとされる。 グンマでは男女の双体道祖神が多い。(兄妹説が多い)

(@六合村長平)

※昔は「サエノカミ」と読み「塞の神」であり、村境で悪霊が入ってくるのを遮ったとされる。地方により、岐の神・クナドノカミ・フナドノカミ・チマタノカミともいった。

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群馬での暮らし:石ばん

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○石板
 小学校で使っていた筆記具、ノートの代わりだ。 石板に石筆(ロウ石)で書く。 上部に計算用ソロバン玉がついているのは新型。

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群馬での暮らし

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群馬での暮らし:my洗面器

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○ケロリン桶 
 グンマこそが「おんせん県」だ、いたるところに温泉がある。 何時でも・何処でも・直ぐに温泉に入れるよう、みんな「マイ洗面器」を持ち歩いている。

※ケロリン桶には、関東サイズと関西サイズがある。 関西では、湯ぶねからお湯をすくってかける「かけ湯」なので小さくて軽い物が好まれるそうだ。

※関東と関西の銭湯(湯・風呂)の構造・形式の違いも影響している。
※関西の湯温は関東より低い。(東京湯とよんだらしい)

Kerorin5

☆ケロリン
 明治三十五年富山に薬種問屋開業するも大正十三年解散、その..

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群馬での暮らし

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群馬での暮らし:イジメ

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○イジメ・イズメ・エジメ
 赤ん坊は藁や竹で編んだ篭で育てられた。(イジメ:飯櫃を入れて保温したのでイイヅメ:飯詰が鈍ったとも言われている)  おんぶ紐は、ユッケ帯・ユッツケ帯・オトモリ帯・モロ帯などと呼ばれた。

※野良仕事のときは、中に子供を入れて見える所に置いた。

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☆カゴッパタキ
末っ子のこと。 イジメで育てたので、これで子供は最後とカゴの中の敷物を出して空にし、逆さにしてポンポンとはたいた。

Ijime21

Ijime22

Izume91

横線540透明

Izuma5cいずめ・いづめ

横線540

☆歪
 飯..

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群馬での暮らし:兜屋根民家

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群馬での暮らし:梅うどん

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別名「日の丸うどん」。 

 グンマに古くからあるグンマ名物「梅うどん」、同じものに「年明けうどん」があるがこれは「さぬきうどん振興協議会」の陰謀である。 ガンバレグンマ・マケルナグンマ!

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ネギぐらいは入れたほうがよいかも…

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群馬での暮らし:ふじやまビレジ

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○ふじやまビレジ:川場村
 ここ群馬県川場村は世田谷区との合併を本気で企てたが、実現には至らなかった。(世田谷区の飛び地になる計画であった)

Kawaba201312c

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群馬での暮らし:水沢観音

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○五徳山水澤観世音・水澤寺にある六角堂は、宮大工田村八兵衛の最後の作といわれている。  田村八兵衛は、他に大徳寺総門(前橋)・稲荷神社本宮(前箱田町と後家町)・地蔵神輿(箱田町)など作った。
 江戸で作られた仏像を水沢に運ぶ途中、道々で多数の寄進があり、その寄進で次々に仏像が作られかくて六体の仏像に増えたという。 その六体を回転できるように祀ってあるので、左に三度回して願をかけると運が開けるといわれている。
 

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○水沢寺再建
 水沢寺炎上に関して、柏階知隆が帝から処罰される..

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群馬での暮らし:焼きまんじゅう

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焼きまんじゅう
 (割田屋@沼田市)

○餡入り焼き饅頭、甘さひかえめで美味しい。

まさに【グンマのケーキ】

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群馬での暮らし

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YAMADA

群馬での暮らし:姥の皮

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《グンマを話そう》

○姥の皮(姥皮伝説)
 ある昔、田んぼで蛙が蛇に飲み込まれているのを見たおじいさんが可哀想にに思い「蛙を放したら娘をあげる」と蛇に言うと、蛙を放して山へ帰っていった。 やがて蛇が迎えに来ると、末娘が嫁入り道具に「瓢箪10個と針千本」持って蛇についていった。 住みかの沼まで来ると、蛇に「嫁入り道具の瓢箪を沈めて下さい」と言い、蛇がアタフタしている間に針を刺して蛇を退治した。

 帰り道に迷いたずねた小屋でおばあさんから「ここは鬼が出るから、この姥の皮(かぶると婆さん..


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群馬での暮らし:アブラオケスオケ

Aburaoke

《グンマを話そう》
○アブラオケスオケ
 ある昔、碓氷峠の麓におじいさんとおばあさんが住んでいました、 ある夜、雪まみれの旅の坊さんが泊をもとめて戸を叩きました。 二人は貧乏ながらもあたたかくもてなすと、坊さんは「お礼にありがたいお経を教えましょう。 【アビラウンケンソウカ】と朝晩忘れずに唱えるとよいことがあります。」と言って旅立っていきました。  その日の夕方お経を唱えようとすると、どうしても経文が思い出せません。 するとおばあさんが「アブラオケスオケ」だったかなぁと。 そし..

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群馬での暮らし:津久田村の人形芝居

Tsukuda

《グンマを話そう》

○津久田村の人形芝居
 津久田村は人形を大切にする伝統の村として平和な日々を過ごしてきました。

こんな伝説があります。
 上杉・竹田の争覇時代、上杉勢が密かに津久田の要塞を陥れ、大胡城を攻めようと企てました。 そして津久田村に近づくと、山頂には沢山の旗が立ち・鐘や太鼓が勇ましく鳴り響いていました。 これを見た上杉勢は、計画が漏れたようだ・不利な戦いは避けようと、兵を引きました。 それは、八幡様の例祭で人形芝居の日だったのです。



Tsukuda38

○津久田人形
 上ノ杜・桜..


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群馬での暮らし:おいびすこ

Gunma_ebisu

○おいびすこ・おいべすこう(御恵比寿講):えびす講市
 1929年11月19日「売るか・くれるか」のキャッチフレーズで始まった「えびす講市」は、中断された時期があったが現在も美保大国神社(高崎神社)を中心に続けられ、高崎の大祭りイベントとなっている。 神社ではくじ引きがあり、商店街は大安売りで正月用品を買う買い物客でにぎわう。 かつては「現金つかみ取り」などもあったらしい。

 

Gunma_ebiso31964年

Ebisukou

 福の神であるえびすを祭り、商屋が商売繁栄を祈願するのに対し農家では守護神として祭..

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群馬での暮らし:天に昇りそこねたカッパ

Tenkappa

《グンマを話そう》
○天に昇りそこねたカッパ
 ある昔、大間々町下神梅・観音寺辺りの渡良瀬川には高い崖があり淵にはカッパと竜が住みついていた。 水辺から天に昇る竜を見て、カエルは羨ましくて仕方がなかった。 そこで竜をおだて・ご馳走して、ついに一緒に天に連れて行ってもらうことになった。 
 カッパは竜のしっぽをしっかりとくわえた。 竜は、霧の中を・黒雲を突り・口から火を噴き・稲妻の中を・天を目ざした。 怖くなり下を見たカッパはその高さに驚き・恐れ、思わず「アッ~!」と叫んだ。 
..

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群馬での暮らし:のぞき酒

Sukimisake

《グンマを話そう》
○のぞき酒
 上野村では、婚礼の時に障子に穴をあけ覗き見る習わしがありました。 参会者が儀礼として障子に穴をあけると、「のぞき酒」として若者に酒が振舞われ、庭にムシロをひいて祝杯をあげました。 越後十日町でも「隙見酒」と呼ぶ同じ習わしがあったそうです。
 さらに古くは「婚礼のハレの行事にあたっての石打(砌礫)」と称して婚礼に石をなげる儀式もあったらしい。
 
※この儀式は東北北部でもみられたそうです。

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群馬での暮らし:デーラボウ

Derabo

《グンマを話そう》
○デーラボウ
 ある昔、日野山奥にデーラボウという大男がおった。 ある時、富士山と榛名山が背比べすることになった。 助っ人を頼まれたデーラボウは、御荷鉾山から山を一つ持ってきて榛名山に乗せようと、山を背負って歩き出した。 印地の朝谷まで来たら疲れたので山をぶちゃった。 これが子王山である。 そして歩き続けた、この時の足跡に水が貯まり緑埜の竹沼・七輿山の池・南八幡の木部の池などができた。
 またある時、大神山に腰をかけて新田川原で足をあらったので大神山は頂上が..

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群馬での暮らし:唄うがいこつ

Odorugaikotsu

《グンマを話そう》

○唄うがいこつ
 ある昔、酒大好きの旅商人が見晴らしの良い野原で昼飯を食べ始めた。 まずは、瓢箪から酒を飲み、にぎり飯を食べ始めると、どこからか唄が聞こえてきた。 旅商人は唄人を探してみたが人っ子一人いない、足下を見ると丸くて白い物がある、よく見るとがいこつだった。

旅人:がいこつさん、いい声してるな。
骸骨:お酒ごちそうさま、久しぶりに飲んだのでいい気分になってしまって。
旅人:どうしてここにいるんだ。
骸骨:侍仲間に裏切られて殺されたんです、仇を討ちたい..

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群馬での暮らし:柿

Gunma_kaki

 グンマでは、柿は買うものに非ず、採るもの・貰うもの也。

※砂糖が乏しいため、柿(イヌクワズ・ハチヤ・エドイチ等)を甘味料として使った。(柿は砂糖の代用品だった)

※柿渋は防水性・防腐性から、渋紙・渋うちわ・渋座布団・雨合羽など広く利用され た。


○柿は菓子であった
 柿の品種には、ショウゴロウ・ハチヤ・オオガマ・エドイチ・サクメ・ザンミウタン・ミズレンゲ・ツノンボウ・ヒガンガキ・ホリグシ・ツリカネ・名胡桃柿・湯原柿、などあった。

○火葬に柿の木を使うので、「囲炉裏では柿の木を..

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群馬での暮らし:養蚕農家

Minka2

 養蚕農家の二階は蚕室として活用できるように、仕切が無く・採光・通風を考えた構造になっており 、大きく分けて三つのタイプがあります。
○茅葺き屋根の前面ヒラの一部を切り落とした民家(赤城型)
○前面のヒラを切り落としてそこに庇をつけた民家(榛名型)
○茅葺き屋根の妻を切り落とした民家(中之条型)

赤城型は次のようによばれることがあります。
 キリアゲニケエ・キリアゲセガイ・キリオトシ・キリオトシニケエ・キリアゲセガイ・アナヒサシ

 

Minka3


榛名型は次のようによばれることがあります。
 ニ..

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群馬での暮らし:しょうづか婆さん

Saifukuji2

《グンマを話そう》
○しょうづか婆さん
 世間では「亡者の衣を剥ぎ取る葬頭河婆さん葬頭河婆(奪衣婆・しょうづか婆)」と恐れらますが、グンマでは地方によっては親しまれ、味噌なめ婆や養蚕の守護神として祭られています。
 榛東村では「しょうづか婆さん古着売り」と言われ、「剥ぎ取ったのはよいが自分で着るには限度があるので、結局は古着売りする」と伝えられています。  また「しょうづか婆さま振る手ぶり閻魔が数えて地獄へ桑植え蚕する」と、桑を植えて養蚕する婆さまもいます。
 さらには群馬..

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群馬での暮らし:縁切・縁結厠

Mantokuji

○満徳寺・縁切寺(群馬県太田市徳川町385-1)
 白が縁切り用・黒が縁結び用である。 縁切札・縁結札に願いをこめて、それぞれに流していただき、白黒をはっきりさせて、自分の人生を一歩前進させていただきたいとの意味がこめられている。

☆グンマが世界に誇るのが縁切寺。 縁切寺は世界に二つ、東慶寺(鎌倉)と満徳寺。

○満徳寺
 満徳寺が幕府公認の駆け込み寺となった理由は、
①もともと新田氏と関わりが深かった。(新田義季開基、義季の娘浄念尼開山、住職は新田氏系)
②徳川家康が、徳川発祥の..

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群馬での暮らし:権三虫

Gonzamushi

《グンマを話そう》
○権三虫
 ある昔、太郎はおっかさんと細々と暮らしていた。 ある時おっかさんが病気になったが子供には薬代を工面できるはずもなく、隣の権三さんへ銭を借りに行ったが断れて途方にくれていた。 帰り道、白髭のおじいさんに出会った。「この下駄をあげよう。履いて転ぶと銭が出てくる。だが欲張ると自分の体が小さくなる。」 太郎は「山の神様」に違いないと、薬を買いおっっかさんが治った後は神棚に供えて拝んでいた。
 これを聞いた権三は、無理矢理下駄を取り上げ、転び続けた。 し..

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群馬での暮らし:一もっこ山

Ichimokko

《グンマを話そう》
○一もっこ山
 ある昔、榛名の天狗が「富士山に負けない山を一晩で造る」と駿河の天狗に宣言した。 そしては、おっきな「もっこ」を作り、土を運んでは山を造り始めた。 しかしもう一回運べば榛名富士が完成というところで一番鳥が鳴き夜が明けてしまった。
 榛名の天狗はじたんだを踏み・最後の「もっこ」を投げ捨ててしまった。 そのじたんだを踏んですり鉢状の窪地になったのが「すりばち池」・投げ捨てたもっこでできたのが「一もっこ山」だ。

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群馬での暮らし:ガンバルグンマ

Gunma_bunka

○グンマのブンカ

国宝は無い。


※図書館利用者数は多いが、マナーは悪く「線引き・印書き・落書き」はあたりまえ。

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群馬での暮らし:ガソリンスタンド

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 ガソリンスタンドでガソリンを入れると、車内掃除用の雑巾を渡してくれる。


☆軽自動車には軽油、ハイブリット車にはハイオク、原付には原油、戦車には重油、

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群馬での暮らし:グンマ長期予想

Tenki_2

○農作物予想
 大雪は豊年、 門松に雪かかれば豊作、 干ばつに飢饉なし、 ケヤキの葉の出がよいと穏年、 桜の開花が早いと豊作、 十三夜に晴れると麦豊作、 正月、 大寒に雨降れば豊作、 日照りは芋よし、 夕立の多い年は柿が早く甘くなる、 夕立の多い年は豊作、 雪は融けて田水を豊富にする、 雷雨の多い年は豊作、
 笹に花が咲く(実がなる)と不作、 三日月様が立っていると不作、




○雨予想
 カラスが高所に営巣すると大水、 甲子の日に雨降れば60日続く、 梨・柿の花が多いと大雨、 ハチが河原..


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群馬での暮らし:お赤飯

Sekihann

 グンマでは、葬儀に「赤飯・強飯」を出す地域もあった。  これは、人間は「生まれてのお産めし・結婚式のお高盛り・死んだ時の枕めし」と三回お高盛りすると言われ、葬儀は普段の生活と違う「人生の大イベント」との考えからである。 ただしお葬式の赤飯は色を控えめにしたいわゆる強飯であった。

※葬儀に出る赤飯(色をつけないこともある)を「念仏玉」と言ったそうだ。
※地域によっては、老人は赤飯・それ以外は強飯とし、デハノメシと呼んだ。 この赤飯を葬後の念仏玉として出すこともあり、やが..

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群馬での暮らし:石合戦

Inji

《グンマを話そう》
○渡良瀬川の石合戦
 小石を投げ合う石合戦を印字(石撃・因陣・印地)と呼び、多くは河原で行うので「河原印字(印地)」と言います。 はじめは子供の遊びでしたが、だんだん儀式化し一月十五日と五月五日には印字(印地)が行われるようになりました。
 これで収まらないのがグンマです。 だんだん大人が加わり、ついには渡良瀬川をはさんで敵国トチギとの石合戦となりました。 特に桐生団・太田団が激しく、当然ながら多くの負傷者が出たので禁止になりました。


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☆印地打ち・石合戦 ..

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群馬での暮らし:すいとん(だんご汁)

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○「すいとん」は地域によって色々な呼び方があります。
 だんごじる・だんす・ねじっこ・ねじ・とっちゃあなげ・はさみこみ・おつみ・つみっこ・つめっこ・つめりっこ・おつけだんご・おつゆだんご・おつけねじ・おつけもち・しょっばねじ・すいとん・おしんこ・さとうねじ・あまねじ・あずきねじ・すすりねじ・

※「ねじ」→粉を練って・のばして・捻じ切るから
※「だんす」→「団子」を正しく読むとこうなる(両方とも音読み)
※「とっちゃあなげ」→グンマ語は動作を表す

Gunma_nejikko

○ねじっこ 


※「すいとん」よ..

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群馬での暮らし:おっきりこみ

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 「おきりこみ(おっきりこみ)」は、幅広うどんを野菜と一緒に煮込んだもの、味噌味が多い。 普通おきりこみは塩を入れずにこねることが多い。
○おきりこみ:全くゆでていないうどんを煮込む。
○煮込みうどん:ゆでたうどんをさらして(湯切りして)煮込む。
○うちこみ:ゆでたうどんをそのまま(湯切りしないで)煮込む。@邑楽
○ゆであげ:ゆでたうどんを醤油につけて食べる。
※煮込んだうどんがドロドロになると「どろがし」とも言いう。

おきりこみは冬の食べ物とされ、
 夏のおきりこみは犬もくわない
 夏..

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群馬での暮らし:頭の桜の木

Atamasakura

《グンマを話そう》

○頭の桜の木
 ある昔、大きな桜の木に沢山のサクランボが実った。 通りかかった男があまりにも美味しかったのでアバケ食いし、種も飲み込んでしまった。 すると腹の中で芽を出し頭を突き破って桜の木となり花が咲いた。 これが評判になり、花見客が集まり毎日毎晩ドンチャン騒ぎした。 男は我慢できなくなり、木を引っこ抜いてしまった。 その跡には大きな穴が開き、やがて雨がたまり池となり、魚が泳ぎ始めた。 今度は釣り客が押し寄せ、子供達が水遊びを始めた。 男は我慢できなくな..

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群馬での暮らし:グンマ天気予想

Tenki

携帯もテレビもラジオも電波が届かない所でも大丈夫!

○明日は晴模様
 (刻み)煙草が乾くと晴、 朝霧が深いと晴、 甲子の日に晴れれば翌日晴、 雲が東へ流れると晴、 胡麻を火にくべて跳ねれば晴、 卵の殻がよく割れると晴、 夏から冬のキタケは晴、 マッチのつきがよい時は晴、 夕(東空)の虹は晴、 夕焼けは晴、

○明日は雨模様
 (刻み)煙草が湿気ると雨、 □□山が笠をかぶると雨、 赤城山に窓が開いたら雨、 朝(西空)の虹は雨、 朝焼けは雨、 蟻の行列は雨、 家の中が湿ると雨、 井戸の中の..

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群馬での暮らし:雷事情

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《グンマを話そう》

 日本海側の雷は「雪おこし」と呼ばれる一発雷であるのに対し、グンマ北部は上昇気流を起こしやすい地形のため雷雲が発達しやすく、質的に日本一の多発雷地帯です。 このため、各種の雷情報が発達しています。

 各地の雷予想は次のとおりです。
○(御荷鉾山)の三束雨→山の雷雲はすぐに麓の雷雨となる@前橋市
○馬鹿とカンダチは西入から来る→雷雨は西から来る@水上町
○武尊の雷来たことなし→北からは来ない@川場村
○北鳴りの雷は川を越えない→北からは来ない@吾妻
○赤城の雷は干柿をしま..

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群馬での暮らし:大島梨

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○大島梨
 前橋市下大島町にて梨栽培を成功させたのが関口長左衛門と伝えられる。 その後、全国的にこの栽培法が広がったらしい。 来迎寺に、功績碑(石碑)がある。 

○里見の大梨(里見豊栄梨)
 清水家の鬼門除けに栽植されたといわれる。 

※かつて、梨はグンマの名産であった。 (梨はバラ科)

について

Ohshimanashi5

☆大島梨
 文政十三年関口長左衛門が梨の栽培をはじめた。 これを見た近在農家も梨栽培をはじめ、大島梨として名物になった。 その後、前橋藩主毎年松平侯に毎年献上するようにな..

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群馬での暮らし:大歳の火

Ohtoshi

《グンマを話そう》

○大歳の火
 ある大晦日の夜、奉公娘は庄屋の厳しいおかみさんから「囲炉裏の火を絶やさないように」と言われました。 娘は気になり夜中に起きて見ると、火が消えていました。 寒い冬の夜更け、困った娘が外に出ると向山の麓に小さな明かりが見えたので、娘は火をもらおうと一生懸命走りました。

 その小屋には白髪を振り乱して出刃包丁を研いでいるばあさんがいました。 娘は怖くてたまらなかったのですが、「火種を下さいと」を頼みました。 ばあさんは、「わしの頼みもきいてくれ。友が亡く..

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群馬での暮らし:竜宮城

Tsukiyono

《グンマを話そう》

○竜宮と人魚
 ある昔、桃野村小川に清冶という男がいました。 五人の仲間が集まって「庚申待」をすることになり、さらに仲間を探していたところ、見知らぬ若者が加わりました。 やがてその若者が世話役になり、その若者の家に招かれました。

みんなが利根川の深い淵に着くと、若者が言いました。「これから竜宮城へ招待します」  そして、まばゆい竜宮城でご馳走をいっぱい食べましたが、一皿だけ見たことが無い肉塊があり誰も箸をつけませんでした。 清冶はそっとたもとにしまいました。
 ..

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群馬での暮らし:ままごと

Ozenbana

[フシグロセンノウ]の花を二枚貼り合わせてお膳をつくることから、「オゼンバナ」とよばれた。(地方によっては「猫足のお膳」)

《グンマを話そう》
○「ままごと」をこういいます。
 おきゃくごっこ・おきゃくさんごっこ・おきゃくわるさ・おきゃごと・おきゃっこ・おきゃっこと・おばさまっこ・おもちゃっこ・かもちゃごっこ・ままにっこ・まんざっこ・まんじゃっこ… とにかく数え切れないほど沢山あります。

 あねっこあそび・あんかめ・いえこなんそ・いくとこ・うんばーじ・えれもっこ・おーふるまいこ・..

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群馬での暮らし:宝手拭い

Takaratenugui

《グンマを話そう》

○宝手拭い
 ある昔、村にみすぼらしいお坊さんがやってきました。 手にはフチの欠けた赤い椀を持ち、お経を唱えながら村一番の大尽家へ立ち寄りました。「どうか米をめぐんでくだされ」と言うと、その家のおかみさんが「乞食坊主にやるもんなんかない、さっさと消えろ!」と追い返してしまいました。

 


 これを見ていた奉公娘は「私の食べるものでよかったらどうぞ」と言って、自分の昼飯を全部食べさせました。 お坊さんは大変喜び、首に巻いていた汚手拭いを渡し「毎日これで顔を洗いなさい..

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群馬での暮らし:たの九

Tanu9

《グンマを話そう》

○たの九・たのきゅう
 ある昔、芝居好きが高じて役者になった「たの九」という男がおった。 ある時、里帰りしようと日の暮れた山道を歩いているうちに、「うわばみ」が出る峠にさしかかった。

蟒蛇「おまえはだれじゃ!」
男「じゃまだ、どけ、おれはたの九だ!」
蟒蛇「オッ!うまく化けたな、娘にも化けられるか?」(「たの九」をタヌキと聞き違えた) 
男「かんたんなこった、ホラヨ」(蟒蛇に目をつぶらせ、その間にカツラをつけ役者衣装を着替えた)
蟒蛇「スゴイ腕前だ! これなら何にも困ら..

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群馬での暮らし:ソーダ村

Dagashi489

《グンマを話そう》
○早口言葉

ソーダムラのソンチョウさんがソーダのんでしんだソーダ ソーシキマンジュウうまかったソーダ…… (とりあえずグンマ版)

ソージャムラのソンチョウさんがソーダのんでしんだソージャ ソーシキマンジュウうまかったソージャ…… (こちら総社版)

Sodamura

そうだむらのそんちょうさんが
ソーダのんでしんだそうだ
みんながいうのはウッソーだって
そんちょうさんがのんだソーダは
クリームソーダのソーダだそうだ
おかわり十かいしたそうだ
うみのいろしたクリームソーダ
なかでおよげばなおうまそう..

YAMADA

群馬での暮らし:ツノンデーロ

Denden

《グンマを話そう》

○竜になろうとしたカタツムリ
 ある昔、太郎・二郎・三郎というカタツムリ三兄弟がいました。 みんな大きくなったので外界へ行くことになりました。 三郎は庭に出て木葉の露を吸いました。 二郎は藪に入り竹の露を吸いました。

太郎は決心しました。「地べたで露を吸って生きるのはイヤだ! 角があるんだから竜になるんだ!」  そして太郎は一番高い杉の木に登り天をめざしました。 上へ登るにつれ、背中の貝殻がだんだん重荷となり、ついには貝殻を脱ぎ捨ててしまいました。 身軽にな..

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群馬での暮らし:めっぱ

Meppa

《グンマを話そう》
 [ものもらい(麦粒腫)]のことを「めっぱ・めかご・めかいご・めかい・めもらい・めこじき」などと言います。(※アクセントは語尾が上がります「メッパ↑」)

 六合村には独特な治し方があります。
○スイノー(笊の一種)を井戸に半分かけて、「井戸神さん、井戸神さん、めかごーなおしておくれ。 そーしたらすいのー みんなみせるから。」 とお願いします。 地域によっては、井戸の中を覗いたり、蓑を半分見せたり、片眼を隠してたりしてお願いします。
※「籠をかぶるとめかごができる..

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群馬での暮らし:地獄見物

J_tour

《グンマを話そう》

○地獄見物ツアー
 ある昔、鍛冶屋と行者と歯医者が地獄旅行を計画しました。 三人は三途の川を渡り地獄門をくぐりぬけると、そこには赤鬼と青鬼が立っていました。

横線540透明

Jigpkuezu8

 鬼は言いました。「なにしに地獄に来たんだ!」  騒ぎを聞いて閻魔様が出てきました。「生きたままで地獄見物など許せねぇ! 針の山へ送り込め!」すると鍛冶屋は、たちまち鉄(かね)のわらじを三足こしらえ、それを履いた三人は針山の頂上に達しました。

 これに怒った閻魔様は言いました。 「ならば、釜ゆでだ!」..

YAMADA

群馬での暮らし:雨蛙不幸

Kaeru8

《グンマを話そう》

○雨蛙不幸
 親がなにを言っても反対する子ガエルがいた。 親がなにをいっても反対のことしかしない。 それで、親が死ぬとき、どうせ反対のことをするから、その反対のことをいい残すべえと思った。

 ほんとうは(死んだら)山の方へ埋けてもらいたかったんだが、山へ埋けろっていえば、川へ埋けるにちがいないと思って、「おれが死んだら川原へ埋けてくれ」って言った。

 ところが子供は、がらりと一生に一度、正直になった。 他のことは全部反対にしたが、今回ばかりは最後の願いを聞いて、..

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群馬での暮らし:エビガニ

Ebigani1

《グンマを話そう》

 グンマではアメリカザリガニを「エビガニ」と呼びます。

 他国では、「ガンツー・ザリィ・トーチカ・トウフ・マッカチン」などとも呼ぶそうです。

 

Ebigani2

 こうして売っています。

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群馬での暮らし:きぬがさ姫

Kaiko2

《グンマを話そう》
○きぬがさ姫(おきぬさま)
 ある昔「きぬがさ姫」というかわいい娘がいました。 母親が病気で亡くなった後、継母はその美しさをねたんでいました。
○ある日、姫を馬小屋に閉じ込めました。 姫は、背中を馬にけられて痛くて泣きました。 すると、じいやが泣き声を聞いて助けてくれました。(これが、シジの休みの日です)

 

 

Kaiko2○次に、遠くの山のタカが住んでいる竹やぶに捨てました。 そうすると、タカが姫を連れ帰りました。(それがタケの休みの日です)
○今度は、裏の川に連れて行き船..


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群馬での暮らし:グンマ語(あ行)

Gunma_go3

《グンマを話そう》
※グンマ語は発音が難しい恒久源語なので、読んだだけでは会話できません。

 あいさ→あいだ・すきま、 あいぶ→あるく・あゆむ、 あいまこいま→いとま・ひまなこと、 あおぬけ→あおむけ、 あかめえなしむん→危険なことをする者・あかんーべをする者、 あぐ→あご、 あくつ→かかと、 あくと→かかと、

 

あげあめ→降ったりやんだりする雨、 あげしょうぎ→ゆで麺をすくい上げるざる、 あこぎもねー→ひどい・無謀、 あさまつ→西風、 あじょーにも→どうにみも、 あちゃ→それな..

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群馬での暮らし:グンマ語(か行)

Gunma_go3

《グンマを話そう》
※グンマ語は極めて独自な恒久源語なので、隣村に行くと通じない事があります。

 かあかあ→ぬけぬけと、 かあち→代わり、 がいに→たくさん、 がおる→よわる・困る、 かかしろー→かまう・相手する、 かがやく→探す、 かくし→ポケット、 かくねっこ→かくれんぼ、 がけえ→体つき・外形、 かけす→よく物忘れする人、 

かさ→上手・上、 かじける→縮む、 かしょー→誘う、 がしょーき→無理・乱暴、 かずける→かぶせる、 かずむ→パサパサになる・(乾水からきている?)、 ..

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群馬での暮らし:グンマ語(さ行)

Gunma_go3

《グンマを話そう》
※グンマ語には乱雑な表現が含まれています。 気分が悪くなった時は直ちに使用を中止してください。

 さあける→いろあせた、 さいちょー→おちゃら、 さいはたき→はたき、 さがねる→さがす、 さがら→唐鍬、 さくい→きさくな、 さくる→耕す、 さき→酒、 ささっぱさ→めちゃくちゃ、 さっつあ→たくさん、 さぬけ→そこぬけ、 

さま→窓、 さやねえ→かんたん・わけない、 さらんぱらん→ちゃらんぽらん、 ざんばらい→一番最後、 さんまさわがし→世間をさわがせる、 さんも..

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群馬での暮らし:グンマ語(た行)

Gunma_go3

《グンマを話そう》
※グンマ語には相手を不快にする表現が含まれていることがあります。 グンマ国外で話す時は、十分気を付けてください。

 たあくら→でたらめ、 たがらむ→巻き付ける・巻く、 たかれ→つかまれ、 だくな→無駄、 だごばち→でぶ、 たち→性分、 だつじ→足腰が強い、 たっぺい→つらら、 たてこーじ→豪雨、 たなぎ→中二階、 だぼー→ばか、 

たぼる→蓄える、 たまか→倹約、 ためる→ねらう、 だらぐそ→下痢、 だらに→たびたび、 だんま→牝馬、 

ちく→うそ、 ちゅらっぽ..

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群馬での暮らし:グンマ語(な行)

Gunma_go3

《グンマを話そう》
※グンマ語は特殊な発音を有する恒久源語です。 意志疎通が困難となることがあるので、グンマ国外での会話はおやめください。

 なあろ→(し)なさい、 ない→ナァ、 なえる→くたびれる・弱る、 なかっつえー→三人兄弟の真ん中、 なから→ほとんど・だいたい、 なぎれる→あふれる、 なぐる→手を抜く、 なす→返す、

なせ→斜面、 なで→ちいさな雪崩、 なまらはんじゃく→なまはんか、  なめ→ハゲ・水垢、 なめる→ばかにする・(ナメシからきている)、 なるい→ゆるい、 なん..

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群馬での暮らし:グンマ語(は行)

Gunma_go3

《グンマを話そう》
※グンマ語は特殊なアクセントを有する恒久源語です。 グンマ国外で使うと、パスポートの提示を求められることがあります。

 はあ→もう、 はあくろ→そばかす、 はか→仕事ぐあい・(はかどる)、 はが→損、 ばかぐれ→大食、 はがむ→はにかむ、 はぎる→くい切る・切り取る、 はぐる→失敗、 ばくる→とりかえる・交換する、 はしっこい→すばしっこい、

はしはし→てきぱき・はきはき、 はたる→催促する・強要する、 ばっかし→子供達、 はっこくる→頭を打つ、 ばっちらがう→..

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群馬での暮らし:グンマ語(ま行~)

Gunma_go3

《グンマを話そう》
※グンマ語には気嫌が隠れています。 使い方を誤ると、身体に危害が及ぶことがあります。

 まぐろう→まちがい、 まけ→血筋、 ままなき→どもり、 まんから→うそつき、 まんごーもん→長持ち、  

みぐせえ→みっともない、 みし→ね・(そうだ)みし、 みぼしい→楽しい、

むせっけえ→むちゃ、 むてっこじ→むてっぽう、

めんごん→軒並み、 めんぱ→木の弁当箱、
もーぞ→急いで、 もっちょする→大事にする・もてはやす、 もぼれる→もうろくする・老いぼれる、 もよって→もうちょ..

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群馬での暮らし:オチャピンチャンプー

Ocyanpi

《グンマを話そう》
 ある昔、働き者のおじいさんとおばあさんがおった。 ある日おじいさんは「ぼた餅」を持って山仕事に出かけた。 働きすぎて休んでいると、立てかけていた鍬の先にちっちゃな鳥がとまった。 あまりにも綺麗な鳥なので、捕まえておばあさんに見せようと、ぼた餅を鳥もちにしてぶっつけた。

 

Akaza_1

 捕まえた鳥を手に取り、鳥の羽をなめなめくっついたぼた餅をとってやったところ、あやまって鳥ごと飲み込んでしまった。 「まぁそのうち出てくるだろう」と思っていると、へそからちっちゃな足が出て..

YAMADA

群馬での暮らし:キノコの化け物

Kinoko

《グンマを話そう》

○きのこのばけもの
 ある昔、働くの大嫌い人がいた。 雨漏りしても・壁が崩れても・家が壊れても、とにかく寝てばかりいた。 そのころ村では「月がいなくなった・山の化け物が月を隠した」と大騒ぎだった。 そこでなまけ者が山に行ってみると、月を隠すように大きなキノコがたくさん生えていた。

 


 なまけ者は、屋根代わりにキノコのしたで暮らすことにした。 怠け者がキノコと仲良しになったある日、

キノコ:おまえはなんでここにいる?
怠け者:働くのが嫌でここでねてるんさ
キノ..


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群馬での暮らし:でえろんむすこ

Deiron

《グンマを話そう》
○でえろんむすこ
 ある昔、おじいさんが芝刈りに行くと、でえろんが寄ってきて「息子にしてくれ」と言った。 おじいさんは連れて帰り、我が子のように育てた。 やがて大きくなったでえろんは、おばあさんに作ってもらった「こうせん」の袋を角にかけ、嫁探しの旅に出た。

 

とある大屋敷に泊めたもらったでえろんは美しい娘を見つけ、夜中に「こうせん」を娘の部屋に撒いた。 翌朝、でえろんは「こうせんを盗まれた」と騒ぎ出し、疑われた娘は家を追い出された。 でえろんは娘を嫁にもらい、..

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群馬での暮らし:へっぷり鬼

Hepurioni

《グンマを話そう》

○赤城のへっぷり鬼
 ある昔、赤城山には沢山の鬼達が住んでいた。 なかでも大きくて強いのが「赤鬼」と「青鬼」であり、毎年行われる祭りの相撲大会の横綱であった。 その祭りが近づくと、「赤鬼」と「青鬼」は絶対勝つぞ!と大好きな山イモをたらふく食べて体力をつけ・:稽古に励んだ。

 


 そして試合当日「赤鬼」と「青鬼」は向かい合った。 シコを踏めば山々が揺れ、角と角がぶつかり合えば火花が木々を紅葉に変え、しまいに互角のまま動かなくなった。 行司が「はっけよい!」、 思..

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群馬での暮らし:味噌なめ婆

Misoba

(WEB転載)

○みそなめばあさん(味噌ぬり地蔵)
 十王信仰によるものではあるが、今なお「味噌なめ婆さん」として親しまれている。  地域によっては「お歯黒婆」とも呼ばれ、「病気のときに口に味噌をなめさせると治る」・「治った後にお礼として口に味噌を塗る」等の俗信がある。  子供が口を開けて「味噌なめ婆」の前を通ると、みそっ歯になるという地域もある。

Misoname11

 葬頭河の爺婆(そうづかのジシイハバア)ともよばれている。(葬頭河婆・奪衣婆・しょうづか婆)

※塩地蔵は多いが、味噌地蔵は少ない..

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群馬での暮らし:ガンバルグンマ

Gunma_health

○群馬県 みんなで健康 全国ランキング


[車(セダン)] グンマ人は、具合が悪いとすぐに車で病院へ行く。  その結果、統計上「患者数は多いが病気で亡くなる人数は少ない」のである。

※病気は治って元々

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群馬での暮らし:分福茶釜

Karuta_morinji

曹洞宗 青龍山 茂林寺(群馬県館林市堀工町1570)

○ぶんぶく茶釜
 元亀元年(1570)、七世月舟正初の代に茂林寺で千人法会が催された際、大勢の来客を賄う湯釜が必要となりました。

Chagama

 その時、守鶴は一夜のうちに、どこからか一つの茶釜を持ってきて、茶堂に備えました。ところが、この茶釜は不思議なことにいくら湯を汲んでも尽きることがありませんでした。守鶴は、自らこの茶釜を、福を分け与える「紫金銅分福茶釜」と名付け、この茶釜の湯で喉を潤す者は、開運出世・寿命長久等、八つの功..

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群馬での暮らし:ピヨピヨラーメン

Piyopiyo(WEB転載)

○「泉屋酒店@前橋」を経営していた井田文夫が、「富士製麺株式会社(1953年11月~)」を設立、後に「サンヨー食品株式会社(1961年7月~)」と改め即席ラーメンの製造を開始した。
 1963年、「チキンラーメン」の対抗馬として「ピヨピヨラーメン」を発売。 その後、「長崎タンメン」「サッポロ一番」と続き現在に至る。

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群馬での暮らし:なんご

Otedama

○なんご(おてだま)
[るんるん]おてだまのかぞえうた
一番はじめは一宮 
二また日光東照宮
三また佐倉の惣五郎
四はまた信濃の善光寺
五つは出雲の大社
六つ村々鎮守様
七つ成田の不動尊
八つ八幡の八幡宮
九つ高野の弘法様
十で東京心願寺

 

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《グンマを話そう》

他にも、「おてだま」をこうよんだそうです。
あや・あやんご・おいっこ・おいっちょ・おかじょ・おじゃみ・おなんご・おひーと・がっけ・おこんめ・おこめ・おむく・おじゃみ・いしな(小石)・いし..

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群馬での暮らし:まがりや

Numata_magariya

○まがりや
 片品村戸倉地区に多く見られた「曲り屋」、曲がった部分をセッチンと呼び、多くは「物置・便所」などとして使用していた。  この旧鈴木家住宅(沼田市利根町日影南郷158-1)では、曲がった部分を「うまや」として馬の飼育に使用していた。

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群馬での暮らし:群馬対栃木

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[むかっ(怒り)]ある昔「上野国赤城山の神」と「下野国二荒山の神」との間に、日光中禅寺湖をめぐって領有権争いが生じた。  話し合いでは合致に至らず、両神はそれぞれ大蛇と大ムカデに変身し、戦闘が勃発した。(両神がどちらに変身したかは諸説あるが、百足より蛇を自国の神としたいのが本音のようだ)
 この戦闘で流れた血で山が赤く染まり、「赤き山」すなわち「赤城山」となった。

  しかしながらこの戦いは終わることなく、今なお有名な「グンマー対トチギーの戦い」として闘争が続いている。

Oigami51

グンマの..

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群馬での暮らし:ねこくぐり

Nekokuguri2

○ねこくぐり・のどけ
 猫を頭に乗せると、「猫くぐり(頭部にできる腫物・皮膚病らしいが詳細不明)」ができる。  猫の毛がのどに入ると、「のどけ(喉気)」になる。 

…などと言われたらしい。

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群馬での暮らし:ホイト

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○ホイト(ノラボウ)
 禅宗の陪食(陪堂)の語が変化して、物乞い・乞食のことを「ホイト」と呼ぶようになったらしい。  ただし、ただの物乞いではなく、「鐘を叩きお経を唱えた」とも言われている。

※ホカイ(行器)からきているという説もある。
※北海道では「ホエド」と言う。

横線540透明

Hokai5

○のらぼう柱
 柱にぶら下げた箱に、毎朝米一升と挽割を入れておき、その日に来た乞食に分け与えた。
※ナポレオンという乞食が来た、彼は日本各地で見かけたそうだ。

※藁細工中に地震があると、そのとき作っている物は捨てなけ..

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群馬での暮らし:おひがみさま

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○おひがみさま
 「オヒガミ、雪隠神、便所神」とも言う。 清潔に保つために数々の風習があり、子供が丈夫に育つように「おひがみ参り」という風習もあった。 

 また片品地域では、女性厄齢除けに「セッチンベェーナ(雪隠雛)」を作る俗信もあった。

便所 について

横線540

Edo_benjyokami

○雪隠神
 便所の神様は、全国に居る。

※堤土人形

☆厠神
 厠神は目が見えないので、厠に入るときは咳払いをし・合図をしてから入る。
※インドでは指を弾いてから入ったらしい

☆厠
 厂の則にあるので..

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群馬での暮らし:火薬店

Numata_yokoyama

○湊屋横山銃砲火薬店(@沼田市下之町877)

 沼田城内にあった土岐氏の火薬蔵を、幕末に「湊屋」(横山東四朗1831~)が引き継いだといわれている。

《グンマを話そう》
嫁入りの火投げ
 沼田市薄根地区では、嫁が婚家に入ったら、来た方向にオガラに火をつけて投げる俗信がありました。 これで嫁は実家と縁が切れて新しく家の人となる、と言われています。

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群馬での暮らし:板倉町

Mugirakugan

麦落雁(三桝家總本舗@館林市本町3-9-5)

《グンマを話そう》
 利根川と渡良瀬川に挟まれた邑楽郡板倉町は、川や沼が多く低地であるため大雨が降る度に洪水にみまわれてきた。 いったん洪水になるとなかなか水は引かず、いろいろな洪水対策が施されてきた。 そのひとつに「揚げ船」があり、軒先や納屋にそこを上にして吊るしていた。 洪水については、「蛙が小便をしても水が出る」とさえ言われていた。

 


  また洪水になると米・麦を撒けないだけでなく収穫がなくなるので、食料を節約して翌年まで持..

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群馬での暮らし:オコジョ

Okojyo

《グンマを話そう》

 山仕事を主とする片品村では山の神を崇め、オコジョは山の神のお使いとして畏れられていた。 もし、山仕事に行く途中でオコジョを見た者は、すぐ家に帰り謹慎するのである。(危険を知らせてくれる)

 またこの地では、山の神様である十二様は夫婦神であり猟の神様とされている。 なぜ十二かは諸説あって定かではない。 この十二様の大好物はオコゼ(ナマズやカジカなど顔が醜い魚なら良い)とされている。

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群馬での暮らし:前橋るなぱあく

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○前橋るなぱあく@前橋市大手町3-16-3

 1954年開園(前身は前橋市中央児童遊園)、2004年「前橋るなぱあく」に名称変更、コンセプトは「にっぽんいちなつかしいゆうえんち」。

[遊園地]電動木馬(中村製作所:現バンダイナムコ、1950年製):10円木馬と呼ばれている(国の登録有形文化財2007年)

 

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[遊園地]ウエブスターライド(8人乗り):3歳以下の子どもでも乗れるジェットコースター(要付添者)

 

Lunapark5

○10円木馬のフィギュア

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群馬での暮らし:殿様ネギ

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○下仁田ネギ
 文化二年(1805年)11月8日、江戸より下仁田町名主に[ネギ200本と絹三疋半]の注文あり。  注文書「ねぎ御用につき江戸急送方達」には、金に糸目はつけないとの記。


 これにより「殿様ねぎ」と呼ばれるようになった。 これをまねて他地域でも栽培を試みたが、土壌・気候等が異なるため作ることができなかった。 そのため、今なお下仁田特産となっている。


《グンマを話そう》

ネギをつくるには日向がよいとされ、
○葱は人影でも嫌う
○葱は自分の陰さえ嫌う
とさえいわれ..

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群馬での暮らし:ゴムカン

Gomukan

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群馬での暮らし:グンマ原語

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【ひし餅は、鏡餅の上に飾るものだ。】

コレって… イミが違う…

♀♂

ひし餅 について

横線540透明

Hishimochi61

※宮中儀式などでは、本当に「鏡餅の上に菱餅などを載せる」ことがあるそうだ。

Hishimochi_nara○奈良の菱もち

横線540

○おとなのかぞえうた
一つとせ一 一つ名古屋のシャリべ殿、四国をまわりて舎利となる舎利となる
二つとせー 二股大根離れても、私とお前ほ離れりやせぬ離れりゃせぬ
三つとせー みかんは食いたし銭は無し、銭箱叩いてどやされたどやされた
四つとせ一 夜鷹のボボから火事が..

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群馬での暮らし:とっかんや

Tokkanya

《グンマを話そう》

 ポン菓子(ばくだんあられ)のことらしい。 ただし米ではなくてトウモロコシ、元祖ポップコーンか。

Ghq_pongashi☆ポン菓子

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群馬での暮らし:ガンバルグンマ

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○群馬県 みんなが持ってる 全国ランキング

[るんるん] なんといっても、群馬交響楽団(1945年~)。

[家]土地を買った→家を建てた→車を買った→大人はゴルフ・子供にはピアノ→子供が大きくなったので一人一台ずつ車を買った→…
…こんな流れだ。

※自転車は学生専用です。

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群馬での暮らし:キャベツステーキ

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[レストラン] グンマでステーキと言えば、これ「キャベツステーキ」、最高のご馳走だ。


なんという健康邦!

 

☆キャベツ
 もともとは、ケールという葉っぱで丸くなかった。

☆カリフラワー
 紀元前2000年頃地中海沿岸地方でキャベツの花蕾を食べていたのがブロッコリーの起源。 ブロッコリーが突然変異で白色となったのを品種改良したのがカリフラワー。

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群馬のおきて

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グンマーを楽しむための52のおきて

出版社名:アース・スターエンターテイメント
著者名:群馬県地位向上委員会(編)/北村 ヂン(構成・漫画)
発行年月日:2013/08/25 発売社名:泰文堂
○2012年度 都道府県の魅力度ランキング 全国最下位
○日本一ブラインド力・知名度が無い秘境の国
 未開の地グンマーの愛すべきあるあるネタ52

[爆弾]グンマについては【カテゴリ群馬】、さらなる事実は【群馬での暮らし】へ。 

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群馬での暮らし:ギンヒカリ

Ginhikari

○群馬のブランド魚「ギンヒカリ」(3年熟成・1kg以上のニジマス)。  でも、弱い魚なので、スーパーや小売店などでの一般向け販売は無い。

[むかっ(怒り)]グンマの言葉感覚、
グンマのお米は【ゴロピカリ】
グンマの小麦は【つるぴかり】
グンマの魚は【ギンヒカリ】

Gunma_ginhikari

あづま養魚場@妻郡東吾妻町大字箱島1002

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群馬での暮らし:ゴロピカリ

Goropikari

グンマのお米は、【ゴロピカリ】。


※グンマ人は、「このネーミングはカッコ悪い」と思っている。 (グンマ人でなくてもそう思うが…)

 

Goropikari2

[レストラン] 道端のバナナの葉などを取ってきて、こうして食事します。

☆「食器は料理のきもの」ともいわれています。


○手食文化
 寿司・おにぎり・饅頭・サンドイッチ・お菓子… 、手と口で楽しむのが手食文化、食の基本だ。 

☆手食の掟  
食事前後は手を洗い・口をすすぐ  
食べ物は敷物の上に並べる  
料理は共通の器に  
指が火傷をするような熱い料..


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群馬での暮らし:ポテト焼きそば

Potato_yakisoba

月星と言えばソース
ポテト入り焼きそばセット 2食入り
  (月星食品株式会社@栃木県足利市錦町77番地)

○むし中華面(ソース・肉汁・じゃがいも付き)
 足利ローカル食物、「片栗シュウマイ」とかいうものもあるらしい。

 

Potato_yakisoba2

 足利名物[ポテト焼きそば]、ソースの色は濃いが味はさほど濃くない。 [長ネギとじゃがいもの醤油炒め]が発祥らしい。

[わーい(嬉しい顔)] この地ではフツーにソース、ポテトサラダ・目玉焼き・シューマイ・ギョーザ・カレーライス・天ぷら・チャーハン・肉まん・パスタ・ビーフン…..


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群馬での暮らし

20130810b[晴れ]40℃突破!

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群馬での暮らし:つるぴかり

Tsurupikari

グンマの小麦は、【つるぴかり】。

《グンマを話そう》
 邑楽郡は、川や沼が多く低地であるため大雨が降る度に洪水にみまわれてきた。 洪水になると米・麦を撒けないだけでなく収穫がなくなるので、食料を節約して翌年まで持ちこたえる習慣ができた。 このような生活のなかで、麦を工夫して食べる方法が考え出された。 それが、麦饅頭・麦団子・麦柏餅・麦ぼうとう(うどん)などであり、今なお残っているのが麦落雁である。

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群馬での暮らし:ひっぱたき

Hippataki

「こんにゃくおでん」のことを言います。


蒟蒻を茹で、熱湯から出す
 ↓
布巾にくるむ
 ↓
まな板の上で叩く(のでひっぱたき
 ↓
水気を切って味噌をつける

☆田楽
 平安時代に豊作を祈って行われた古代舞楽の中に、高足(鷺足)に乗り白袴の田楽法師が舞った姿から、田楽とよばれるようになった。 また、田楽→田→でん→おでん、となり、やがて大根・芋・竹輪・焼豆腐などが加わり煮込みおでんとなった。

☆はんぺん
 半片という人が作った・当初は円の半分の形だった、など他にも諸説ある。

☆蒟..

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群馬での暮らし:パチンコ

Pachinko

《グンマを話そう》

 グンビン・ゴム・ゴムカン・ゴムチン・ゴムピン・ゴンピン・スズメウチ・タマウチ・テッポウ・バダブ・パチン・パチンコ・パッチン・パッチンコ・ハフフ・バラブ・バリブ・パルブ・ピチンコ・ブンチン・ユミ… など

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群馬での暮らし:祇園祭

Gynma_gion

○祇園祭(おぎよん)
 沼田・須賀神社などで行われた祭りであるが、その由来はよくわかっていない。 疫病の防除を願った「天王宮」の祭礼が始まりではないかと言われている。 その多くでは、競馬(うまくらべ)も行われた。 オギヨン・テンノウサマと呼ばれ、現在はほとんどが夏祭りへと変化した。  天王様は市神として祀られ、沼田には「天王石」がある。  天王様の祭りではキュウリを食べてはいけない・キュウリの初物は天王様に供える、等の伝承もある。(切り口が天王様の神紋に似ているからと説明されて..

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群馬での暮らし:ガンバルグンマ

Gunma_store_3

○群馬県 お店 全国ランキング

[車(セダン)]意外と麺類の店が多い。 家電量販店・スーパーマーケットなどは店舗数は少ない、郊外の大型店へ車で買いに行くのがフツー。

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群馬での暮らし:鬼と長イモ

Oni_imo

《グンマを話そう》
○鬼と長いも
 ある昔、白根山・四阿山には悪い鬼達が住んでいた。 ある五月節句鬼は「人間は柏餅をうまそうに食べてるな、オレもうまそうな人間を食うことにしよう」。 鬼がある家の前に来ると、家の中では長いもをおろしてトロロ汁を作っていた。 鬼は、「あれがご馳走か、角をおろせばいいんだな」と自分の角を少しくじいておろしてみたが、硬くて歯が立たなかった。 そのうち、家の中では美味しそうにトロロご飯を食べ始めた。 鬼は「こんなに硬い鬼の角をうまそうに食うなんてなん..

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群馬での暮らし:食生活いろいろ

Okirikomi

《グンマを話そう》

○アンゴー:竹製の杓子さし。
○ウチヅカイ:家庭用。
○オチャゾッペー:お茶だけで他のものを出さないこと。
○カジリガキ:直ぐ食べられる甘柿。
○カタケニタベル:副食でなくて主食にする。
○カッテクベル:交ぜて食べる。

○キリバン:姐板。
○キリボシ:乾燥藷。
○クスリモン:極く大切な食べ物。○シギ:筋、繊維。
○シップリ:野菜頼の切端、尻。
○シトギ:梁・屋根換えの時米粉のを一つ豆粉のを二つ助けた家に配る。
○ツカイアブラ:食用にしない油。 ..

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群馬での暮らし:黒岩in嬬恋

Kuroiwa_tsumagoi

[揺れるハート] 嬬恋で「黒岩さ~ん」と叫べばみんなが振り返る、それほど黒岩姓が多い。 スピードスケートの黒岩彰さんも嬬恋出身。

YAMADA

群馬での暮らし

Tanigawa0726a

[新幹線] 上越新幹線が一番混む日、それが本日フジロックだ。

 

Tanigawa73

[新幹線] 今日は、臨時列車が走っている。
 「たにがわ73号」、高崎駅通過だ。 しかも、先行している「Maxたにがわ401号」を高崎駅で追い抜く。

YAMADA

群馬での暮らし:医者vs.和尚

Tokei_isha

《グンマを話そう》

 ある昔、村の医者と和尚が道端で一緒になった。 そのとき、医者が時計を落とし、それを和尚が拾った。
医者:その時計はわしのものだから返せ!
和尚:医者が見捨てたものは坊主が面倒を見るのが当然だ!
医者:ならば最後の別れをさせてくれ。
 -と医者が時計を耳にあてた-
医者:まだ脈がある。 医者が面倒見るのがあたりまえだ!


☆剣幕
 脈をみて診察するのが「見脈」、転じて外から見て推察する意。
※他説もある

YAMADA

群馬での暮らし:からす

Karasu

《グンマを話そう》

○カラス(空巣)
 ある昔、鳥たちが羽を染めてもらいに染物屋へ言った。 スズメやツバメたちは「ここは何色、ここも何色」といろいろ注文した。 カラスはおしゃれだったので(欲張りだったとの説もある)、全色使ったらさぞかし綺麗になるだろうと思った。 そこで、全部の色を混ぜて染めてもらったらマックロになってしまった。


○カラスの歌
カラスカラス
カラスの勘三郎
おめえのうちが焼けるぞ
早くけえって
ためかけろ
※ため→下肥溜のこと

○カラスの歌
カラスカラス
カラスの勘三郎
鉄..

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群馬での暮らし:高崎観音

Takasakiyama

 「高崎観音」と「高崎山」の区別がつくのが、グンマ人。

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群馬での暮らし:ムジナ

Eisenji

《グンマを話そう》
○永泉寺のムジナ
 高崎駅を出た汽車が永泉寺脇にさしかかると、前方からものすごいスピードでこちらに向かってくる汽車があった。 そして避けきれずに正面衝突した…と思ったが何事も無く次の倉賀野駅に到着した。
 その夜、町医者の所に永泉寺の小僧が「和尚さんがケガをしたので膏薬を下さい」と訪ねてきた。 翌日、医者は和尚の見舞いに永泉寺へ行ったが、和尚は元気で念仏をあげていた、また寺には小僧などいなかった。  そこで、和尚と医者は裏山へ行くと、そこには膏薬を貼ったム..

YAMADA

群馬での暮らし:へびvs.かえる

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《グンマを話そう》
○ヘビとカエル
 ある昔、動物たちが集まって、お釈迦様にそれぞれの食べ物を決めてもらった。 最後に残ったヘビは、なかなか食べ物を決められなかった。 それを見ていたカエルが馬鹿にして一言、「おれの尻でもなめてろ!」。 お釈迦様が言った、「ん~」。 アッと言う間に、ヘビがカエルを飲み込んだ。 それからというもの、蛇が蛙を食べるようになった。

※「アッと言う間」の事を「めっこのめばたき」とも言う。

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群馬での暮らし:なぞなぞ

Asama201303c

《グンマを話そう》

 浅間山でふかされて、碓氷峠でこづかれて、めんがはらで腹切って、くろがねの橋を渡されて、こいけの中へとおとされて、杓子如来にすくわれて、お椀の中へと入れられて、二本の箸につままれて、のどもと峠を通りすぎ、長い細道よたよたと、ご門の外へと捨てられて、広い原っぱへふりまわされて、むかしの土にかえされるものな~に。

お餅

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群馬での暮らし:将軍塚古墳

Shougun1

《グンマを話そう》

○将軍塚古墳(島名神社)
  この塚は、前方後方墳と言い、前方部の塚上に島名神社があり彦狭島王を祀っています。第十代崇神天皇の時代(西暦四八年)、息子の豊城入彦命を東国(関東地方)に派遣してこの地方を治めさせました。 

 

Shougun2

 また、代十二代景行天皇の時代(一二五年)、豊城彦命の孫である彦狭島王を東山道十五国の都督に任命しました。ところが赴任の途中、春日の穴作邑で病死しました。上野の国の人達はこの話を伝え聞き、王を哀れみ、ひそかに王の死体を盗みここに祀ったといわれ..

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群馬での暮らし:郷土料理

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○群馬の郷土料理といえば 

 焼きまんじゅう・おっきりこみ・釜めし・水沢うどん・手作りうどん・そば・すいとん(だんご汁)・けんちん汁・やきもち(おやき)・みそパン・花インゲンの煮豆・コンニャク料理・炭酸まんじゅう・あんぴんもち・乾燥芋(さつま芋の切干)・下仁田ねぎコロッケ・こしね汁・ねぎぬた・舞茸ご飯・しし鍋・のっぺい汁・ゆべし・かみなり重(鯰天丼)・宮崎菜の漬物・小魚の甘露煮・白和え・すみつかれ・鏑汁…

※グンマに伝統ある郷土料理がないのは、母から娘へと受け継がれなかったからと..

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群馬での暮らし:問答

Asama201202d

《グンマを話そう》

 ある昔、村に問答坊主がやってきた。
村人:坊主糞くらえ!
坊主:浅間の夕立だ!
村人:その心は
坊主:にしがくらい

※にし→西・汝、くらい→来らい・食らい。

☆グンマの昔話ときたら、褌・屁(からっ風)・金玉(狸)・糞(蒟蒻)の話 ばっかだ。

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群馬での暮らし:だるま

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○五福だるま
 なんでもかんでもダルマにするのが[グンマダルマ]の特徴、グンマ人の一面でもある。 ただし「グンマのダルマ」、群馬県を出ると一気に人気を失う。

 

Daruma12

○ぐんまちゃんだるま

 

Daruma11

○くまモンの福だるま

 

Sl_daruma2

※何でもかんでも、「だるま」にできるのは上州気質。 古いもの・伝統のある物への執着が少ないからでもある。

YAMADA

群馬での暮らし:むりどん

Muridon

《グンマを話そう》
○むりどん
 ある昔、おじいさんとおばあさんが雨漏りのする古屋に住んでいた。 おじいさんんが「世の中で一番怖いものはオオカミだな」と言うと、おばあさんは「いや、むりどんが一番怖いよ」と言った。 この話を家の外で盗み聞きしたオオカミは、「おれさまより怖いむりどんって、何様だ!」と思わずうなってしまった。 この声に驚いたおじいさんは馬小屋にいた馬に乗って一目散に逃げ回った。

 


 おじいさんは、食われるのはいやだと思いっきり馬にしがみつたが、それは馬ではなくてオオ..

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群馬での暮らし:こがねいも

Koganeimo

渋川名物 
こがねいも
 (錦光堂@群馬県渋川市半田3177-1 )

○あの有名な「こがねいも」。



※群馬では、お礼と言えば「こがねいも」だが、実は好まれていないことを知らない。

YAMADA

群馬での暮らし:おにごっこ

Onigokko

《グンマを話そう》

「鬼ごっこ」にもこんな種類があったらしい。
 すじっちく・がらがらおに・かくしおに・てんじんさまのごもん・ぽこぺんおに・いろはにこんぺと・かりうどさん・つばめおに・ちゅうちゅうおに・ふうづきばばあ・あずきとぎ…

※詳しくは、「群馬のことばとなぞ・上野勇・煥乎堂」。

YAMADA

群馬での暮らし:加賀千代

Kaga

《グンマを話そう》
 加賀千代が江戸へ向かう折り、中山道を通つて岩鼻の鳥川の渡しの所まで来ました。  川越え人足が見ると、体格がよく大女に見え体重もありそうなので、皆遠ざかり誰一人渡してやろうとしません。  すると、彼女は「ひとかかえあれど柳は柳かな」という一句を作って、柳の木の柔らかさと女の優しさを訴えたといいます。  そこで、人夫達はかわいそうに思い、協力して渡してやった。

YAMADA

群馬での暮らし:浅間山焼け

Karuta_asama

《グンマを話そう》
○天明三年(1783年)7月8日午前10時頃、三ヶ月ほど前から活動を続けてきた浅間山が大爆発を起こした。 有史最大の大噴火であり、溶岩流は60km/h以上の速さで北へ流れ、土石流は嬬恋村・長野原町を壊滅し、吾妻川・利根川へと流れ込んだ。(現在の前橋市から玉村町付近まで被害が及んだ) 
 この時の溶岩流の痕跡が「鬼押出し」である。

Asama_funka

Asama_funka2

○浅間山噴火
 685年3月、1108年7月21日、1783年7月8日、の記録があるが、それ以前 も火山活動が盛んであ..

YAMADA

群馬での暮らし:碓氷関所

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碓氷関所跡・東門(復元)
 安中市松井田町横川乙573

○「碓氷峠鉄道文化むら」の裏手に東門のみ存在する。 「関所資料館」なるものもあるが、消極的公開であり見た人はいないと思われる。

YAMADA

群馬での暮らし:ヘビの目

Hebinome

《グンマを話そう》

○ヘビの目
 ある昔、ヘビが若者に化けてとある娘の所に通い続けたあげく、子供ができた。 娘は男に長い糸のついた針をさして後をつけると、その男はヘビに姿を変え寺の石垣の間に入り込んだ。 石垣の中からはヘビの親子の話が聞こえてきた。

 


 こんな針を刺されたら、もう命がないぞ」
おれは死んでもいいんだ、子供がうまれるから」
「ショウブ湯に入ればへんな物は出てしまうから、ヘビとわかればすぐに捨てられるぞ」
 これを聞いた娘は、ショウブ湯に入りタライをまたいで全部出してし..

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群馬での暮らし:五徳と犬

Gotoku

《グンマを話そう》
○五徳と犬
 ある昔、犬は三本足で四徳は四本足だった。 その犬が三本足でピョコタンピョコタンしているのを見た神様が四徳に言った。
神様:おまえは炉の中でじっとしているだけだから三本足でも良いだろう。 犬に足を一本あげろ!
四徳:イヤダ!
神様:ならばランクアップしてやる。 今日から格上げして【五徳】だ!
 それで、五徳は三本脚となった。 一方足をもらった犬は、汚さないように「おしっこをするときは神様にもらった足」を上げるようになった。

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○三徳・五徳

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群馬での暮らし:ガンバルグンマ

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○群馬県 チェーン店舗数 ランキング

[カメラ]意外と「群馬を発祥の地」とするチェーン店が多い、群馬専用のチェーン店も多々ある。

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群馬での暮らし:かみなり

Kaminari

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群馬での暮らし

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群馬での暮らし:群馬語

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 [本] 「群馬王国」へ入国される方へ 

  あなたは、「群馬語」話せますか?

(群馬弁番付表)

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群馬での暮らし:じゃんけん

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群馬での暮らし:うさぎや

Usagiya

《グンマを話そう》

 昔は、ウサギを売り歩いていたらしい。 他には、とやまのくすり売り・呉服屋・飴売り(よかよかあめ)などの行商があったそうだ。

追記)「うさぎや」はうさぎ買いだったらしい。
 うさぎは、毛皮をとるためにどこの農家でも五~六匹は飼われ、その飼育は子供の仕事としてあてがわれその収入は子供の小遣いとなった。 また、兎肉は、蒸し煮・甘酢煮・袋煮などにして食べたようだ。

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横線540

☆ノウサギ・ヤマウサギ
 味噌煮・タタキ(味噌汁)・シカ汁・干肉(秋田)、などにして食べた。..

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群馬での暮らし:たまご自動販売機

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たまご自動販売機


※群馬県東地区には、今なお[うどん・そば・ラーメン・トーストサンド・ハンバーカー]などの自動販売機が点在する。

自動販売機 について

☆卵と玉子
 古く平安時代は「卵(かひこ)」のみ、室町時代になると「玉子」ともよばれ広く普及した。
※玉のような丸い殻に子どもが入っているの意。
※現在は、食用の鶏たまごを「玉子」とよぶことが多い。

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群馬での暮らし:運動会には屋台

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 群馬の小学校運動会には屋台(たな店:主に食物)がつきもの。 昔は校内だったが、今は校外に出るそうだ。 


《グンマを話そう》
○グンマでは、「かけっこ」を「かけりっこ」とも言います。

○運動会に屋台
 大衆娯楽が少なかった名残、地域によっては盆踊り禁止・地芝居禁止・山車自粛などであった。

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群馬での暮らし:上信電鉄

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[電車]上信電鉄

○「上信電鉄」と「上毛電鉄」の区別がつけば、まちがいなくグンマ人。

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群馬での暮らし:むしとり

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※「からすのきんたま」は「カマキリの卵」のこと。
※かまきりを、エボムシ・エンボムシ・イボクイムシ・エボキリムシ・イボカッキリ・イボツリムシなどという地域もある。

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群馬での暮らし:ほたる

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《グンマを話そう》
ホタルわらべ歌

ほたるかっか とらかっか
ほたるのおやじはかねもちだ
よるはちょうちんたけのぼり
ひるまはくさばのくさのかげ
---------------------------- (グンマ版1)
ほうほうほたるこい やんぶしこい
あっちのみずはにげいぞ
こっちのみずはあまいぞ
※やんぶし→源氏蛍
---------------------------- (グンマ版2)

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群馬での暮らし:グンマネパール

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《グンマを話そう》
 勢多郡東村(現みどり市)は、山々に囲まれた中を渡良瀬川が流れて、グンマ最東端に位置している。(東へ山を越えても・北へ行ってもそこは敵国トチギである)  足尾銅山の銅を運ぶ「銅山街道」として栄える前は、炭焼きと山地農業だけの僻村であり、「グンマネパール」とも言うべき秘境であった。 今でも、東村・黒保根村を「山中」・「花輪山中」とさえ言われている。(厳しい地形の万場町・中里村・上野村なども山中・山中領と呼ばれた)  また、沢のつく地名も多く「沢入」もその一つで..

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群馬での暮らし:グンマタイマー

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[爆弾] グンマ人が外を歩けるのは3分間、それを過ぎると急激にパワーを失う。


[車(セダン)] 群馬王国は車社会。 玄関を出れば車、生ゴミを捨てに行くのも車だ。

☆縄文弥生時代から、ゴミ捨ては男の仕事だったらしい…

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群馬での暮らし:唄いろいろ

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《グンマを話そう》
地域によって言葉は全く異なります。
○ああ…浪さんなぜ死んだ ぼーくのかえりがおそかった ……
○いまないたカラスが はかばのダンゴくって ちょっとだまった ……
○いまないたカラスが おてらのダンゴくって ちょっとだまった ……
○あくたれかっちゃんかずのこ にしんのこ ……
○おんなのなかにおとこがひとり なべにほうろく あぶないところ ……

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群馬での暮らし

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 地震が少ないと言われている群馬県で、このところ新潟・長野県境付近での地震が多い。

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群馬での暮らし:館林城

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《グンマを話そう》
○館林城
 五百年程前、大袋城に赤井山城守照光なる殿様が住んでいました。 ある日、照光一行が千代田村にさしかかると、子供達が子狐を捕まえていじめていました。 照光は家来の鉢形惣五郎に言い、子狐を放してやりました。  ある夜、庭の茂みの中に男が現れ、「この前は子供を助けていただいてありがとうございました。 お礼に良い土地を照会するので新しい城を建ててはいかがてすか。」と言うと、沢山のキツネがたいまつを照らして道案内し、親キツネの指示の下新しい城の設計図を描き..

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群馬での暮らし:雙林寺

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《グンマを話そう》

双林寺の七不思議(北群馬郡子持村:現渋川市)
  白井城の殿様長尾昌賢が、月江禅師や牽牛(琵琶法師)をむかえてこの寺を建てたと言われている。 また、「白井の双林寺」とよばれるこの寺には七つの話が伝わっています。

○開山の一つ拍子木
 何か悪いことがおこりそうになると、夜中に大きな音で鳴る。

○開山のつなぎカヤ
 月江禅師がカヤの実で作った数珠の一粒を蒔いたので、カヤの木の実は糸が通る穴が開いている。

○竜神水(蛇頭水)
 本堂北の湧水は「人増せば水..

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群馬での暮らし:榛東村

Soumhara

《グンマを話そう》
 榛東村は榛名山麓傾斜地に位置し広くが山村原野であるため、限られた耕地を利用した農村であった。 古く相馬が原は演習場となり国軍→米駐留軍→自衛隊と変わったが、現在も陸上自衛隊相馬原駐屯地があり、ここから前橋へ通じる軍用道路が密かに建設中である。
 この山麓傾斜地のため水不足は深刻であり、雨乞いも度々行われ、田植えの夜は水を惜しんで風呂に入らないほどであった。 この貴重な水源である井戸には神様がいるとされ、井戸に関する俗信も数多い。

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群馬での暮らし:身代わり観音

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《グンマを話そう》
○身代わり観音
 千四百年ほど前、聖徳太子は聖観音をつくりその力により日本に攻めてきた新羅軍を破った。 戦いが終わり、その観音像を見ると刀や矢の傷だらけであったので「身がわり観音」とよぱれ、「とどまりたい地にいったら重くなる」と言われていた。
 1240年、津戸為守が関東に向かう途中上野国緑埜郡鮭塚までくると急に重たくなったので、寺を建て観音像を納めた。 この観音像が藤岡山尊願院一行寺に残されていると言われている。

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群馬での暮らし:よかよかあめ

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《グンマを話そう》
○善か善か飴
 飴を挿した盤を頭上にのせて,太鼓を打ち鳴らし「よかよか」とはやしながら売り歩いたそうだ。 

他にも飴売りがあったそうだ。
○ブッカキ飴(ドンドコ飴)
 頭上のハンダイに飴を入れまわりに旗を立て、太鼓を打ち鳴らしてた。
○ギリギリ飴(ガリガリ飴)
 オガラの棒に飴をまいて売っていた。 割った竹でガリガリ音を出していた。
○朝鮮飴
 くじ付きの飴を売っていた。
○金太あめ 


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○よかよか飴
 日の丸旗で飾った飯台に飴を入れて頭にのせ、ウチワダイコを叩きながら「..

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群馬での暮らし:ガンバルグンマ

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○群馬県 おやつ 全国ランキング

[バースデー]明らかに「亀田製菓株式会社@新潟」のなわばり圏だ。

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群馬での暮らし:おもちゃ

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群馬での暮らし:古語父の鬼女

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《グンマを話そう》

○古語父の鬼女:清岸院@川場村立岩
 立岩青岩院の住持文鳳の母「のぶ」は大力無双の女として有名であった。 古くは利根に攻め入った小田原勢を打ち破り、ある時は洗濯のじゃまをした盗賊を岩にたたきつけ、また寺を建てる際には梁を軽々と持ち上げた、などと伝えられている。 一話には、赤鬼に惚れられて力を与えられたとの伝えもある。
 「のぶ」が毎日、川まで運び洗濯をしたという「洗たく岩」が残されている。

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群馬での暮らし:めはじき

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《グンマを話そう》

 短く切った茎を瞼に挟み、眼を閉じる勢いで遠くへ飛ばす遊び。


※埋葬にもメハジキというのがあった。 これは、割った竹を弓状にして土に差して竹垣を作り墓を保護して霊魂が返るのを待つ。

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群馬での暮らし:機神様

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《グンマを話そう》
○仁田山のはた織り石
 ある昔、桐生仁田山に母娘が機(はた)を織って暮らしていた。 毎日「トンカラコン・トンカラコン」と母が織る機は、立派な反物になるのでひきてあまただった。 ある日突然母が亡くなり、娘は一人で機をおらなければいけなくなった。 しかし、どうしても母のように上手に織れない娘は、毎晩遅くまで一生懸命機織りを続けたので、ついには手が腫れて上にあげられなくなった。

 七夕の夜、娘は渡良瀬川へ行った。 川に手を入れてみると、とても気持ちが良かった。 その..

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群馬での暮らし

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《ぐんまぐんぐんキャンペーン:大盛群馬》

ぺヤング超大盛やきそば
 (まるか食品株式会社@群馬県伊勢崎市戸谷塚町49-1)

○即席カップめん(237g、1099kcal)

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群馬での暮らし:ドライブスルーたこ焼き

Gindako

 歩かない邦グンマでは何でもドライブスルー、「たこ焼き」もだ。

 実は、この「築地 銀だこ」、発祥の地は群馬県桐生市(現・みどり市)だ。
 1997年、群馬県新田郡笠懸町(現・みどり市)の総合スーパー・ アピタ笠懸店のテナントとして「築地銀だこ」を創業。

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群馬での暮らし:メンチケーキ

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メンチカツケーキ
 (手づくりおかし まちのくまさん@高崎市南大類町1436-2、水休、TEL 027-353-9035)

○洋生菓子
 レアチーズケーキにクッキーの衣、チョコソース付き。

まちのくまさん について

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群馬での暮らし:上信電鉄

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:鉄道群馬》

上信電鉄

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群馬での暮らし:やくそう

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YAMADA

群馬での暮らし:ガンバルグンマ

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○群馬県 魚消費量 全国ランキング

※「魚介の漬物」とは、たらの子・明太・いくら など。

[船]海から遠く離れた群馬県では、「サケ・マグロ」など流通量の多い魚・保存の効く魚しか入ってこなかった流れと考えられる。(1885年のメニューには「志ほびき(塩引き)」がのっている。@群馬八幡)

※ネギトロを初めて商品化したのは、群馬県の赤城水産株式会社(1987年)と言われている。

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群馬での暮らし

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:地震群馬》

地震の少ない群馬県で、このところ地震が多い。

震源 群馬県南部(北緯36.5度、東経139.4度 深さ約10km)

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群馬での暮らし:ゼロキロポスト

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:鉄道群馬》

長野新幹線の起点は【高崎駅】。
写真は、北陸新幹線ゼロキロポスト@高崎駅。

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群馬での暮らし:鰻

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《グンマを話そう》
○虚空蔵様とウナギ
 ある時、片貝の人々がお伊勢参りへ出かけた。 途中の宿で出た汁椀には「ウナギ」が入っていた。 これを食べた同宿者は具合が悪くなったり・病気になったりしたが、片貝の人々は食べなかったので大丈夫だった。
 片貝村には「ウナギは虚空蔵様のおつかいだ。食べるとバチが当たる。」という言い伝えがあったのだ。

 

《グンマを話そう》

○高崎・抜鉾神社
 ある昔、和田山村の三左衛門の子供がほうそうにかかった時、飼っていたウナギにうつって病が治った。  またある時..

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群馬での暮らし:豆腐

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《グンマを話そう》 
 ある昔、豆腐が病気になった。 そこで友達の野菜たちが見舞いに行くことになった。
ニンジン:酒飲んで赤くなってるから行かれないよ!
ゴボウ:真黒だからお風呂にはいってからにするよ!(本当は風呂嫌いらしい)
 なので、ダイコンが一人で見舞いに行った。(ナスを誘って断られたという説もある)
トウフ:みんなげんきでいいなあ、大病で元のまめにはもどれない。 生まれたままの姿でいられるのは幸せだよ。

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群馬での暮らし:竜宮の椀

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《グンマを話そう》
○利根村:竜宮の椀
 吹割の滝の底は竜宮に続いていると言われていました。 ある昔、利根村追貝の若者が嫁をもらうことになりましたが、貧しくて客用の膳と椀がありません。 そこで竜宮にお願いしようと、滝の上手から手紙を流しました。 翌日滝へ行くと、お願いした膳と椀が岩の上に置いてありました。 嫁迎えを無事すませた若者は、膳と椀をきれいに洗って返しました。 やがてこの話が広がり、多くの村人が膳や椀を借りることが出来ました。
 ただ、ある村人が返し忘れたことがありました..

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群馬での暮らし:猿ヶ京

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《グンマを話そう》
○猿ヶ京
 1560年(永禄三年)、宮野城にに泊まった上杉謙信は夢を見ました。[運ばれてきたお膳を食べようとすると箸が一本しかありません。それでも食べようすると歯が抜け、それも手のひらには8本もの歯が出てきました。]
 これを家臣の直江山城守に話すと、「れは目出度い。 一本の箸とは、片端からの意。 手のひらの8本の歯は、関八州を手中に治めるの意。」と言われました。 これを聞いた謙信はたいそう喜び「今日は庚申の日、我も申年。ではこの地を申ケ京と呼ぼう。」と言..

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群馬での暮らし:神流川

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《グンマを話そう》
○神流川
 日本武尊は、旅の途中で妻の弟橘姫を亡くしたのを哀しみ、姫の髪を形見として懐に入れていた。 そして、秩父から志賀坂峠を越え上野村 野栗についた時に、野栗神社を建て髪をおさめ臣を使えさせることにした。
 ある時、野栗に悪病が流行ると、村人達はご神体(姫の髪)を清めようと川に流した。 この後、この川を「髪流し川」そして「神流川」と呼ぶようになった。

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神流川(伊香保志)


○野栗の神(上野村)
 ある昔、武州秩父の山奥から神々軍団が信濃路にむけて進軍..

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群馬での暮らし:三峰山

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《グンマを話そう》
月夜野町(現みなかみ町月夜野)には伝説がいっぱいあります。

○雨ごい石
 河内神社近くに三つの石があり、火を燃やして竜神に雨乞いすると雨が降ると言われています。

○石神峠の泣き石
 峠の「泣きい」が濡れると雨が降ると言われていました。

○からしな姫の石
 後閑佑房の側室「からしな姫」が奥方毒殺を図ったが見つかり生き埋めにされ、その上に置かれた石が日に日に大きくなり「毒石」と呼ばれるようになり、「加良志奈神」として祭り納めたと言われています。(寛政中頃)

○げえろ石と..

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群馬での暮らし:しだれ桜

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《グンマを話そう》
 ある昔、酒井阿久波守親本(前橋藩)という殿様がこのしだれ桜を見て、あまりの美しさに一本譲ってもらい城内に植えたが咲くことは無かった。 そしては、枕元に【花の精】が夜な夜な現れ、「帰りたい」と悲しく泣くので、元あった慈眼寺へ戻すこととなった。 この殿様は享保13年(1728)酒井少将となり、それから「少将桜」と呼ばれるようになった。

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群馬での暮らし:沼田の薬師信仰

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《グンマを話そう》
沼田の薬師信仰
○虫歯神様:大釜と堀廻の境に石宮がありました。歯痛になるとオサゴ(洗米)をおひねりにして願をかけました。
○眼病の治る水:三峰神社への途中にある岩の窪みの水で洗うと治ると言われていました。
○イボ治しの柄杓:「治ったら底なし柄杓を差し上げます」と願をかけました。
○麻疹を治す神様:山崎の八幡様にある麻疹くぐってお参りすると早く治ると言われていました。  
○また、上川田町には「弘法大師が渡った足跡」と言われる岩の窪みがあります。  ここにたま..

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群馬での暮らし:グンマの山々

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《グンマを話そう》

 グンマの山々には、大蛇・龍・竜・鬼・雷・天狗をはじめ色々な方々が暮らしておられます。 中には、有り余った力で山を蹴散らかしてしまう方もみうけられます。 グンマの山々がギザギザなのはこのためです。 また、転んだり・投げ飛ばされたりしてできた窪みに水が貯まっると、沼や湖になってしまいます。
 さらには、「からっ風」は寒くなると鬼達が大好きなイモを焼いてたらふく食べるために起きる自然現象です。

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群馬での暮らし:御荷鉾と鬼

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《グンマを話そう》

○御荷鉾と鬼
 ある昔、御荷鉾山には鬼が住みつき村人たちを苦しめていた。 そこに弘法大師が立ち寄り、御荷鉾山に向かってお経を唱えた。 鬼は石棒を振りかざし襲ってきたが、お経を唱える弘法大師には近づくことさえできず、とうとう石棒を投げ捨てて逃げかえり山に封じ込められてしまった。
 喜んだ村人たちは、この石棒を祭りこの地を「鬼石」と名づけた。 鬼が石棒を投げ捨てた場所が「投石峠」である。

○御荷鉾山
 古くは三株山とよばれ、東御荷鉾山・西御荷鉾山・オドケ山の総称だ..

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群馬での暮らし:小学校クラス

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 群馬県の小学校クラス名は、「松組、竹組、梅組、…」に分けられる。(北部では現在もある)  足りないときは、「菊組、桜組、桃組、百合組、藤組、…」と続くとか…

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群馬での暮らし:グンマの店

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○これが解ればグンマ人

 アバンセ、あおぞら、いせや、いっちょう、おおぎや、おぎのや、グランドパティオ、サロン・ド・ジュン、しみず、ジョージアンハウス、スズラン、セーブオン、セキチュー、たかべん、でりしゃす、トヨナガ、とりせん、ハラダ、ファミリーブック、フジマート、プラザアテネ、フレッセイ、ベイシア、マシモ、マルエドラッグ、まるか、マルシェ、ルアン、ワークマン、白銀屋、清閑堂、清月堂、相模屋、朝鮮飯店、登利平、文真堂、煥乎堂、

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群馬での暮らし:六合村

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《グンマを話そう》
○六合村にはグンマから独立した方言があります。
 あなた→こんた、 いしけり→けだし、 かくれんぼ→かくねっこ・おにさんこ、 かたぐるま→てんぐるま、 かまきり→とーろー・はえとり・かまぎっちょ・かまよん、 くるぶし→くるみ、 しゃがむ→つくじょむ・しょごむ・しょごじょむ・しょごずむ、 たけうま→たかあし・たかうま、 つむじ→まきめ・まきまーし・まきむし、 とかげ→かまちょろ・かなへび・とかよん・とかちゃん・かまぎっちょ、 なめくじ→なめら・なめらっ..

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群馬での暮らし:音無川

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《グンマを話そう》

○音無川
 嬬恋村干俣に、源頼朝が蹴鞠をしたとされる鞠宮神社があります。 源頼朝が鞠宮に宿をとったときの事です。  そばを流れる川の音が枕元に響き眠れませんでした。 そこで、頼朝は床から起き上がると「川の音よ、静まれ!」と厳かに念じました。 はたして、川音はやみ、音もなく流れ始めました。 これが「音無川」です。

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群馬での暮らし:みもすぎの湯

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《グンマを話そう》

○みもすぎの湯
 谷川岳山頂には浅間神社の奥宮があり、麓の谷川村には里宮があります。 ある時浅間神社の神が小川で足を洗っていると、小石の間から暖かい湯が湧いているのを見て「この湯につかれば病を癒すことができよう」と伝えました。 これを聞いた里人は川底から沸く湯を引いて湯場を作りました。 こうして、神様も入った湯なので「御裳濯の湯」と言われるようになりました。
※谷川岳は谷川富士とよばれ、富士山より馬の沓分だけ低いと信じられ、浅間神社が信仰対象であった。

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群馬での暮らし:めっぱ

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:群馬語を学ぼう!》

 群馬では、[ものもらい(麦粒腫)]のことを「めっぱ・めかご・めかいご」などと言います。 治し方は地域により異なり、
○めっぱを井戸に半分見せ、治るようにお願いする。
○井戸の中へ笊を半分覗かせ、治ったら全部見せると言ってお願いする。
 などいろいろです。 「ざるをかぶるとメッパになる」、言い伝えもあります。
※アクセントは語尾が上がります「メッパ↑」。
※地域によっては水嚢。

 

横線540透明


《グンマを話そう》
笊や籠をかぶるとなるの..

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群馬での暮らし:しゃべり石

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《グンマを話そう》
○しゃべり石
 伊参村に三角形をした大きな石「しゃべり石」があります。 ある昔、親の敵討ちに歩いていた男が大道峠にさしかかったときにはもう日が暮れ、石のそばで一夜を明かしました。 すると、真夜中に人の声がしました。 まわりには誰もいません、石が「敵のいる場所」を教えているのでした。 こうして敵を討つことができました。
 やがて、里人は「しゃべり石」と名付け祠を建てました。  その後、通りかかった越後人が石の声に驚き、刀で石の角を切り落としてしまいました。 それ..

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群馬での暮らし:草津の湯

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《グンマを話そう》
○草津の湯
 建久四年八月三日、源頼朝は三原野で狩りをした後草津へとやってきました。 その三日月の夜、一面のアシの中から立ち昇る白い煙をみつけました。 かまでアシを刈り分けて進むと、それは、ゆけむりがたつ温泉でした。  頼朝は大喜びで旅の疲れをとりました。 これが、「御座の湯」です。 また、そばにあった大きな石に腰を下ろして休んだので「御座の石」と呼ばれました。 
 そこで頼朝は「まだ他にも湯口かあるだろう」と探すと、岩の間から滝のように流れ出しいてる「滝..

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群馬での暮らし:二荒山vs.赤城

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《グンマを話そう》

○二荒山vs.赤城:日光編
 ある昔、赤城山の神と二荒山の神との間に、中禅寺湖の水利権を巡り争いが起きました。 ある晩赤城の仁王が水を盗みに行き、二荒山の仁王と水掛戦争となり、飛び散った中禅寺湖の水で大沼と小沼ができました。

 その後も戦いは続き、ついに日光側は「大蛇」に・赤城側は「大百足」に姿を変え大戦争となりました。(今回の話は日光編なので、自国が大蛇となっている)  やがて、足尾が日光軍に・小川(片品)が赤城軍に加わり、戦場ヶ原で戦闘が繰り広げられまし..

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群馬での暮らし:沼田湖の主

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《グンマを話そう》

○沼田湖の主
 ある昔、沼田は赤城山・子持山・武尊山に囲まれた大きな湖でした。 ある時、都の役人「鳥臣」が上野国に来て、戸河の滝を広げて干拓しこの湖に田畑を開こうとしました。 しかし湖に住む「蛟(みずち)」が暴れたので、日本武尊と諏訪の神様の力を借り、ついには「みずち」を三峯山の大沼に追いやりました。 

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群馬での暮らし:六合村湯本家

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《グンマを話そう》
 湯本家は鎌倉時代から続く村医者でした。 ある日、日影村への往診の帰り道、夜も更け井出橋にさしかかったところ乗っていた馬が何かにおびえて動かなくなりました。 「カッパにちがいない!」と見当をつけて振り下ろした刀が、カッパの手を切り落としました。
 夜も更けたころ、「トントン、お医者様、お頼み申します」と誰かが訪ねてきました。 そう、カッパです。 「もう悪いことはいたしません。 どうぞ手を返してください。」とカッパが泣きながら言うのを見て、医者はふびんに思..

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群馬での暮らし:稲含の神

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《グンマを話そう》
稲含の神
 ある昔、姉妹であった「稲含山・榛名山・一ノ宮」の三神は住むところを決めました。 稲含の神は最も高い稲含山、春名の神は眺めの良い榛名山、一ノ宮野上は両方の山に挟まれた一ノ宮にしました。 稲含には大小の沼があり、榛名にはサルオガセがあります。 やがて、稲含の神はサルオガセが欲しくなり・榛名の神は沼が欲しくなったのでお互いに交換することになりました。

  しかし、榛名の神は惜しくなり山麓のサルオガセしか渡さなかったので、稲含野上と榛名の神は不仲になりまし..

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群馬での暮らし:ガンバルグンマ

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○群馬県 食物消費量 全国ランキング

[位置情報] 群馬で催事に欠かせないのが「登利平の弁当」、群馬県内(埼玉・東京も可能らしい)どこへでも届けてくれる。 しかも、雨天中止の場合は朝8:00までならキャンセルできる。


[レストラン] グンマ人は、肉を食べないが野菜は食べる。 実は、この食生活こそ、「群馬県は心臓疾患による死亡者が少ない」要因なのだ。(グンマ人が肉を食べないのは古代からである)

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群馬での暮らし:新町駅

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:鉄道群馬》

 「新町駅」は群馬県内最古の駅(1883年12月27日)、高崎駅(1884年5月1日)より古い。

[電車] 高崎線は上野を起点に、熊谷(1883年7月28日)・本庄(1883年10月21日)・新町(1883年12月27日)・高崎(1884年5月1日)、と順次開通した。

 

Gunma_shinmachi1

 当時の新町には、官営の新町屑糸紡績所があったそうだ

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群馬での暮らし

Katakuri

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:花花群馬》

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群馬での暮らし

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:近代群馬》 (WEB 転載)

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群馬での暮らし:群馬県の歌

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:群馬温泉歌》

 「いいゆだな(にほんのうたシリーズ)」by デューク・エイセス。  群馬県の御当地ソングとして1966年にリリースされた。

いい湯だな いい湯だな 
湯気が天井から ぽたりと背中に  
冷てえな 冷てえな 
ここは上州 草津の湯

 

いい湯だな いい湯だな
誰が歌うか 八木節が
いいもんだ いいもんだ
ここは上州 伊香保の湯

いい湯だな いい湯だな
湯気にかすんだ 白い人影
あの娘かな あの娘かな
ここは上州 万座の湯

いい湯だな いい湯だな
日本人だな ..

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群馬での暮らし:太子駅

Taishi_st2

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:鉄道群馬》 (WEB 転載)

 旧国鉄長野原線(1971年に廃止)、長野原~太子間(通称・太子線)の終点・太子駅。

○国鉄太子線
 1945年群馬鉱山鉱石運搬専用線として開通、1954年旅客営業開始、1955年気動車化、1970年廃線。

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Ohshi31○太子駅(1945年)

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群馬での暮らし:群馬弁

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《ぐんまぐんぐんキャンペーン:群馬語》

どこまで解る[ぐんまのことば]!

あいさ・あいだ・あさっぱか・あてこともねー・あんじゃーねー・いいかぶ・いいからかん・いいしき・いきあう・いぐ・いごく・いちかる・いっこっつ・いっさき・いますでっこ・うっちゃる・うでっこき・うら・えててる・えむ・おおいい・おーく・おおごと・おーごと・おーふー・おくり・おこさま・おしこくる・おたね・おっかく・おっきりこみ・おつくべー・おっつぁれる・おっぱなす・おやげない・おやげねー・おやす・おんか

横線540透明

..

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群馬での暮らし

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:鉄道群馬》

高崎駅南口

 

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 高崎駅には、東口・西口の他に、南側に「駐車場・駐輪場 直結口」がある。 しかも、新幹線改札から駐車場直近まで、同一階で約100m。 (ドライブスルーもやれば可能)

 

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群馬での暮らし:北陸新幹線

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:鉄道群馬》

長野新幹線の起点は【高崎駅】。
写真は、北陸新幹線ゼロキロポスト@高崎駅。

[新幹線]高崎駅への新幹線乗入れは、上越新幹線開業(1982年11月15日)に始まり、北陸新幹線(1997年10月1日)に続いた。北陸新幹線は当初「長野行新幹線」と名乗っていたが、後に「長野新幹線」となった。

 

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上越新幹線「あさひ」の名残。

 

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(WEB 転載)

[電車][電車] 昔は、高崎と渋川間を結ぶ路面電車(東武鉄道軌道線・前身は..


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群馬での暮らし:寿だるま

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:祝祝群馬》

 群馬の結婚式に欠かせないのが「寿だるま」。
目入れ式・引き出物・寄せ書き・席札・貴重、など出番多種多様だ。

Daruma_world[プレゼント]群馬県、「結婚式費用」は全国1位だ。


☆お開き
 古くは、戦いで退却する・逃亡するなどの「忌み詞」。 後に、宴会を終えて帰る意となった。
 

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群馬での暮らし

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:車社会群馬》 (WEB 転載)

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ぐんまがいちばん!

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:これが群馬》

 群馬県から、群馬の魅力をまとめた冊子 「ぐんまがいちばん!」 がリリースされた。

[爆弾] 群馬のことなら本ブログ 「カテゴリー群馬」「群馬での暮らし」 も負けてはいない。

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群馬での暮らし:下仁田ねぎ

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:葱葱群馬》

【上毛かるた】
ねぎとこんにゃく下仁田名産
 絵に描かれているのは、「下仁田ネギ」ではなくて「深谷ネギ」。  これは、「上毛かるた」ができた1947年当時、「下仁田ネギ」は庶民は目にすることがないほどの高級食材だったので、とりあえず身近な「深谷ネギ」を描いたらしい。
※この下仁田ネギ、不評のため関西方面には出荷されない(関西では青い葉の部分を好むそうだ)

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群馬での暮らし:かしぐね

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:ぴいぷう群馬》

【かしぐね】
  からっ風を防ぐ「かしぐね(樫久根)」、主にシラカシ(白樫)を利用した風よけの垣根だ。 防風以外にも、防砂・防陽・防火などの目的があるとも言われている。  ※写真はサンゴジュ(珊瑚樹)

注)11月から翌年4月にかけて吹く冷たく乾燥した季節風が「からっ風」。  新潟地方で雪を降らした後、北部山地を越えて吹き降りるて来る。 地域によって「赤城おろし」・「榛名おろし」・「妙義おろし」・「浅間おろし」・「白根おろし」・「大根お..

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群馬での暮らし:グンマでクマ

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:くまくま群馬》

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熊よけの鐘。

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クマ除けにはコレがよいらしい…

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群馬での暮らし:こしね汁

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:ホカホカ群馬》

 群馬・富岡郷土料理「こしね汁」を試みる。 地元特産の「こんにゃく・しいたけ・ねぎ」の頭文字を取って名づけたもので、他意は無い。 学校給食として定着しているそうだ。 いわば「野菜いっぱい・食べる味噌汁」、豚汁のオトモダチ版。

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群馬での暮らし:上毛かるた

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:札札群馬》

児童福祉法推薦文化財
郷土の歴史と地理をよみこんだ 美しい たのしい かるた

【上毛かるた】
 (財団法人群馬文化協会)

 群馬県なら、どの家庭にもある。 小学生が育成会(こども会みたいなもの)で覚えるそうだ。

※フツーのかるたは「犬棒かるた(犬も歩けば棒に当たる)」。

○子供会
 明治三十八年多野郡中里村平原にて、日本初の子供会が結成された。 


○犬棒かるた
 江戸の町には犬が多かったらしい。
※「犬も歩けば棒にあたる」、出歩けば意外なこと..

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群馬での暮らし:焼きまんじゅう丼

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:どんどん群馬》

○焼き饅頭丼
  群馬といえば、「焼きまんじゅう」。 「焼きまんじゅう」といえば、「焼きまんじゅう丼」。  「お好み焼き丼」・「たこ焼き丼」と共に日本三丼の一つだ。 甘い味噌ダレ&餡子がご飯にマッチしなくて美味しい。ワケハナイ
(タレをソース&マヨネーズにしたら、イケルかもしれない…)

※ここは、香川の「あんもち雑煮」に対抗して、「焼きまんじゅう雑煮」で…

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群馬での暮らし:だるま自動販売機

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:だるまさんがころんだ》

だるま自動販売機。 
お金を入れるとダルマが出てくる

わけはない…

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群馬での暮らし:プリペイドカード

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:コンビニ群馬》

コンビニでQUOカード。

QUOカードが使えなかったら、
そこは間違いなく群馬県。


※株式会社セーブオンは、群馬県を拠点にコンビニ566店舗余を展開している。

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群馬での暮らし:ヤクルト

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:グイグイ群馬》

 群馬県は、乳酸菌飲料&リポビタンDの消費量が全国トップ。 その理由を探ってみた。  

○買い物は車で、まとめ買いをする。
○群馬人にとっては量が少ないので、1本では足りずに何本も飲む。(群馬の飲食店では量が多い)

ヤクルト について

 

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 右手にヤクルト・左手にリポビタンDを持ち、「おなかの調子を整える乳酸菌・ファイト一発・ぐんま~!」。
 ちなみに、ヤクルトは手を使わずに口で開ける。 それも、包装パックから出すことなしに5本(o..


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群馬での暮らし:大塚製薬

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:くじらの群馬》

大塚製薬株式会社 高崎工場

 四国、徳島から水の大切さを伝えるために、海のない高崎にやってきました。以前、工場の壁面に大きく目立つ青いくじらが描かれたことから、高崎工場は「くじらの工場」と呼ばれるようになり、工場のシンボルとして、今でも地域の人たちに愛されています。

 

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 工場見学は、平日午前と午後。 少人数でも見学できるが、前もっての電話予約が必要。


※大塚製薬(オロナミンC)と大正製薬(リポビタンD)の区別がつけばグンマ人だ。

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群馬での暮らし

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:火の用心 群馬》 (WEB 転載)

 

横線540

Yomawari

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群馬での暮らし

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:端端群馬》

 スポンジケーキの切り落とし(100円)@セーブオン

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群馬での暮らし:地震・雷・火事

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:火の用心群馬》

 群馬県(特に高崎)は火事(建物火災+野火火災)が多い。(2012年上期出火率全国3位)

○群馬に少いもの:
 地震・台風・雨

○群馬に多いもの:
 車事故・火事・夕立・雷・強風・高温・低温・雪(利根沼田地区)・花粉・害虫・漏出


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○地震・雷・火事・親父

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群馬での暮らし:号令

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:いろいろ群馬》

群馬の学校では、
 起立!
 注目!
 礼!
 着席!

※他の県でもあったそうだ。

《グンマを話そう》
○グンマでは整列させるとき、「手をあげて、前の子のチンゲを見ろ!」と言ったそうな。 (チンゲとは「ぼんの窪の毛」のことです)

○チンゲ・トトゲ・トトクイゲ
 後頭部盆の窪の毛を剃らずに残しておく。 こうすると、何かあった時(転んだ・鼻血がでた)に、神様がこの毛を引っ張って助けてくれると言われていた。(七つ坊主・五つ坊主とも言う)

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群馬での暮らし

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:猛暑群馬》 

群馬が暑い!

今、群馬コンビニで売れているもの、それは 【アイス カフェラテ】。

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群馬での暮らし:蒟蒻紙幣

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:富富群馬》

【群馬といえば蒟蒻】
 「日本銀行券」が初めて発行されたのは1885年、紙質を強めるため「こんにゃく」の粉が使われていた。 このため虫に食われたりする諸問題があり、1889年から改造兌換銀券が発行された。 

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群馬での暮らし:ガンバルグンマ

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○群馬県 飲料消費量 全国ランキング

※乳酸菌飲料とは、[ヤクルト]のこと!


[右斜め上] 群馬は「ヤクルト」の消費量、ダントツの全国1位だ。 「ココア」については調査中、TVダイエットの名残か…

ランキング について

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群馬での暮らし:高崎駅夜景

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:近代群馬》 (WEB 転載)

Gunma_web05

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群馬での暮らし:横浜銀行

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:富富群馬》

 群馬県には、「横浜銀行」が3店舗ある。(「みずほ銀行」は2店舗、「りそな銀行」は1店舗)   これは、明治時代に生糸を横浜港から輸出していた名残である。  横浜開港(1859年)以来、日本最大の輸出品が生糸(マイバシシルク)であり、前橋がその集積地だった。  また、銀行創設者の一人「茂木惣兵衛」が、群馬県高崎市出身であったためもある。
○群馬初の銀行は、「第三十九国立銀行(@前橋)」。
※国立銀行条例に基づく銀行。上州銀行とともに群馬..

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群馬での暮らし:ハーゲンダッツ

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:World wide 群馬》

I LOVE Hagen-Dazs
ハーゲンダッツジャパン株式会社[マル秘]群馬工場

 アジア唯一の「ハーゲンダッツ・アイスクリーム」工場、群馬から世界中へ「最高級アイスクリーム」をお届け。

※イメージダウンになります。 この工場の事は忘れてください。

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群馬での暮らし:鶴or海鷂

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:つるつる群馬》

【つる舞う形の群馬県】(上毛かるた)

ムリがないか…
【つる舞う形は群馬県人】:鶴に見えるの群馬県人だけ。

 

Gunma_ai2

 探してみた、【エイ泳ぐ形の群馬県】。 
 エイは漢字で「海鷂魚」だそうだから、鶴でもまぁイィカァ…

 

Jyoumou_tsu

 『群馬県統計書』の明治十六年版には群馬県の解説として、「地形ノ殆ント海鷂魚ノ東南ニ飛フニ似タリ」との記述があるらしい。 その後、「めでたい鶴」に 入れ替えたようだ。
 当時の記述がおかしいのは、エイに馴染みのない群馬県で..



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群馬での暮らし:落雁

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《ぐんまぐんぐんぐんまんじゅう キャンペーン》

「鉢の木」でもらった干菓子(和三盆)。
 
【ぐんま和菓子事情】
 群馬では、「打菓子(落雁の類)・押し菓子(塩がまの類)」をよく見かける。(中に餡類が入っている物が多い)  お彼岸というわけではなく、フツーに食べるようだ。

※落雁が多いのは、小正月の花菓子に由来するようだ。

○塩釜
 本来の塩釜の意は、海水を煮詰めて塩を作るのに使ったかまど。 製塩地の陸奥にちなんで菓子名となった。

☆古川などでは、盾菓子(押しもの菓子)として7..

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群馬での暮らし:ぶっちめ

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《グンマを話そう》

 小鳥を捕るために笹などで作った罠。 ふるい等をつかって生け捕る「からねこ」というのもある。

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群馬での暮らし:MAXたにがわ

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:新幹線群馬》

MAXたにがわ428号
現在時刻 20:29
発車時刻 20:54
停車時間 25分
所要時間 大宮まで36分

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群馬での暮らし:ラーメンケーキ

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:ラーメン群馬》

まちくま特製ラーメン
 (手づくりおかし まちのくまさん@高崎市南大類町1436-2、水休、TEL 027-353-9035)

○洋生菓子
 モンブラン+紅茶ゼリー+杏仁豆腐+ラズベリー+リンゴ+ピスタチオ ほか。

 

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 麺と汁は別々に食べることが望ましい。 モンブランケーキは甘すぎず美味しい。 食べ終わった後は、「ラーメンどんぶり」として使える。

 

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まちくま特製ちゃわんむし..



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群馬での暮らし:看板

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:望郷群馬》

アース製薬

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Kanban1960

Roat21ロート目薬


☆アース製薬
 明治二十五年木村化学創業、大正五年炭酸マグネシウム国産化、1929年家庭用殺虫剤不アース発売、1973年ごきぶりホイホイ。
※1969年に会社更正法申請も取り下げた。 大塚製薬からアース製薬へ「三年間は絶対に会社を辞めないという全従業員の誓約書」が要..

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群馬での暮らし:一方通行

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:車車群馬》

161mの地点に何かがある…

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161m地点、異常なし。

※看板は、[本店タカハシ高崎本店]。 もしかすると、[株式会社タカハシ本店高崎本店]かもしれない。

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群馬での暮らし:片品村

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《グンマを話そう》
 沼田より片品村へ向かう事を「利根の東入り」、三国峠へむかう事を「利根の西入り」と言う。 今でも、沼田から車で一時間ほどかかるこの地は、山々で囲まれ標高も高く(役場でも813m)、その気候は冬長く・春無く・夏短く・秋短く・年中曇空に覆われ、日本海気候である。そのため住民は時間を惜しんで山稼ぎと養蚕に精を出し働いた。「朝食→茶菓子、昼飯→朝飯、おやつ→昼飯、夕食→夕飯」とさえ言われた。「雪隠よりとま(里)へでろ!」は土地の言葉である。
※片品村には「星野」性..

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群馬での暮らし:ウクレレ

Ukulele

群馬は「ウクレレ」の生産量日本一。

 国内で「ウクレレ」を製造しているのは、三ッ葉楽器株式会社(前橋市上大島町97番地)だけだ。

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群馬での暮らし:しもにたバス

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:秘境群馬》

路線バス「しもにたバス」(事業者委託)

 車社会の群馬でバスを利用するのは、高齢者だけ。 スクールバス利用やフリー乗降区間を設けているが、一日4~6便が現状。 下仁田は集落が点在するので、顕著らしい。

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群馬での暮らし:運動会

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:学遊群馬》

【赤城団・榛名団・妙義団】

 群馬の学校運動会は、「紅組・白組」ではなく「赤城団・榛名団・妙義団」に分かれる。(鉢巻の色はそれぞれ違う)  これで足りないときは、地元の山の名前を付けたらしい。

※群馬の運動会は、1887年4月16日東群馬郡の学校が連合運動会を開いたのが最初とされる。

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群馬での暮らし:1キロ中華丼

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:大盛群馬》

驚異のお弁当!! 食べきる事が出来るか!!
1キロ中華丼
 (株式会社セーブオン/株式会社マルモデリカ@かすみがうら市穴倉6147-39)
○1036kcal
 ず~と避けていた「1キロ中華丼」を試した。 それなりの味だ。

 

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【群馬県ランキング:ラスト3】
○全国45位
サバ消費量(2008年)、漁獲量(2008年)
○全国46位
年間相対湿度(2010年)、ビール消費量(2009年)
○全国47..


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群馬での暮らし:バンズパン

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:限定群馬》

バンズパン(マーガリンサンド)
 (セブンイレブン/株式会社ヒガシヤデリカ@太田市新道町1267)

○菓子パン
 群馬(南部)でよく見かけるパン。 バターバンズとか甘食とも呼ばれ、学校給食にも出たらしい。

 

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 あんバターバンズ

バンズ について

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群馬での暮らし:中野公会堂

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:秘境群馬》

中野公会堂@下仁田町

 日本の「中野公会堂」へ行ってきた。 それだけだ…

続きはGoogleマップで検索。

 

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小出屋公会堂@下仁田町

早い話が「集会所」だ。
※地域によっては、参集殿・庁屋(チョウヤ)ともいう。

 

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☆中野は、上野と下野の中心地である…

☆上野(こうずけ)・下野(しもつけ)はあるが、中野はない。
上総・下総、豊前・豊後、肥前・肥後、筑前・筑後、
備前・備中・備後..


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群馬での暮らし:ガンバルグンマ

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○群馬県 果物消費量 全国ランキング


[exclamation&question] この件については不思議な点が多すぎる、高梨乳業株式会社が絡んでいるとのウワサも…


※柿が少ないのは、「柿の木はどこにでもあり、買ってまで食べるものではない」から。

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群馬での暮らし:歌川広重(安藤広重)

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:広重群馬》 (WEB 転載)

Gunma_web09b

Gunma_web09c

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群馬での暮らし:海

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:海有群馬》

【群馬にも海があった】
 邑楽郡板倉町には貝塚(寺西貝塚・離山貝塚・一峰貝塚・権現沼貝塚群など)が多くあることから、10000年位前は海に面していたと考えられる。

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群馬での暮らし

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:謎謎群馬》

[群馬県謎解き散歩]がおもしろい!


【群馬県ランキング】
○全国1位
 カインズホーム店舗数(2010年)、キャベツ生産量(2007年)、運転免許保有者数(2010年)、セブンイレブン店舗数(2013年)、セーブオン店舗数(2013年)、乳酸菌飲料消費量(2009年)
○全国47位
 結核感染者数(2009年)、教育費(2008年)、ローソン店舗数(2013年)、牛肉消費量(2008年)、鶏肉消費量(2008年)

..

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群馬での暮らし

山田君の世界

(WEB 転載)

[詳細不詳]

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群馬での暮らし

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:山山群馬》

「浅間山」と「ヴェスヴィオ山」、チョット似ている。

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群馬での暮らし:ハゲ盛り

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:大盛群馬》

【はげ盛チャンピオンシップ in 尾瀬かたしな】
 「かたしなの食・盛上委員会」@片品村むらづくり観光課([電話]0278-58-2112)
※群馬ならではの企画。 群馬では、「大盛こそ最高のサービス」と考える風潮がある。

 《グンマを話そう》
グンマならではの食べ方があります。
「アバケ食い」→むやみにとにかく沢山食べる。
「カタケに食う」→おかずのうち一品だけをやたら食べる
「ホグイ」→ご飯だけ食..


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群馬での暮らし

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

 群馬県(南部)は、日照時間が長い。 ただし、夏の青空は烈暑、冬の青空は極寒。

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群馬での暮らし:からっ風

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:雪雪群馬》

 赤城おろしに代表される「上州空っ風」。 ただ風が強いだけではない、土・砂・砂利などを巻き上げるので【痛い】のである。

※かつてグンマでも12月にフルマラソンが行われていたが、からっ風を経験したランナー達はその威力に恐れおののき、参加者が減り続けた結果ついには消滅した(1992年頃)いきさつがある。 現在は昔に比べて「からっ風」がおとなしくなり、色々な所でマラソン大会が行われている。

※安政二年安中藩主板倉勝明候が行った七里ほどの心身..

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群馬での暮らし

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン:クルクル群馬》

YAMADA

群馬での暮らし:カイコチョコ

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:秘境群馬》

蚕チョコ 「かいこの王国」
 (有限会社丸エイ食品@藤岡市篠塚579-3、0274-23-9887)
[ふらふら] 次は、蚕饅頭はたまた蚕ケーキか? ちなみに、繭形のくず湯「まゆこもり」というのは既にある。


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○さなぎ(蚕)の煮つけ

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○さなぎ(蚕)の佃煮

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群馬での暮らし:群馬の歴史

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:昔昔群馬》 (WEB 転載)

グンマ・アファレンシス
(Gunma_japan_afarensis)

数百万年前の化石人類、何故名前に[Gunma]が付いているかは謎だ。
追記)群馬県南西部で見られたので、Gunma_japan となったらしい。

 後ろは「アカギ」か?

 

Gunma_japan_neanderthal

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:昔昔群馬》 (WEB 転載)

グンマ・ネアンデルタール
(Gunma_japan_neandertha..


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群馬での暮らし:1キロ中華丼

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:悲境群馬》

 1キロ弁当シリーズ第2弾 【1キロ中華丼】、これに伴い「1キロカレー」は絶滅飯種。(コンビニ弁当)
 (セーブオン@前橋市亀里町)

[ふらふら] 歳を鑑み、今回は観るだけにとどめる。

(群馬では、[量が多いのはサービスが良い証拠]と考え、「大盛り・デカ盛り」に走る傾向がある。)

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群馬での暮らし:とっこ

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《グンマを話そう》

  グンマの正月遊びに「とっこ」があります。

 遊び方は、中央の6枚の絵の上にお菓子など景品をおきます。  子供達は両脇にある小片をはがすと、その小片裏に描いてある絵の所にあるお菓子がもらえます。

※地域によっては「むき」とよんだそうだ。

 

Tokko2

○正月のわらべうた@昭和村
おしょうがつはいいもんだ
ぼろをきててもいいもんだ
あぶらのようなさけのんで
ゆきのようなごごくって
こっぱのようなととせえて
おしょうがつはいいもんだ

○正月のわらべうた@片品村
おんしょうしょうしょう しょうが..


YAMADA

群馬での暮らし

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《ぐんまぐんぐん キャンペーン》

 

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YAMADA

群馬での暮らし:群馬県民手帳

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

 これがウワサの「群馬県民手帳」、群馬県民なら誰でも持っている。 グンマで生きるには、「運転免許証」と「県民手帳」が必要だ。

YAMADA

群馬での暮らし

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:雪雪群馬》

除雪中

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見てると楽しい。

YAMADA

群馬での暮らし:ダルマストーブ

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:ホカホカ群馬》

 「だるま」と言えば、これ「ダルマストーブ」。  

YAMADA

群馬での暮らし:?

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:円円群馬》

これが解れば群馬人。

 

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(WEB 転載)

前橋市旗】、前橋藩主・松平氏の馬印「輪貫」が元らしい。

YAMADA

群馬での暮らし:おしょうがつ

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YAMADA

群馬での暮らし:高崎編

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:氷境群馬》

 都心から1時間で温度差7℃、仙台より寒い。 実際は風があるので、体感温度はもっと低い。

YAMADA

群馬での暮らし:群馬県の歌

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:悲境群馬》

[ふらふら] 群馬県民なら誰でも歌える、「群馬県の歌(日本語版)」。

晴れやかな 赤城の朝は   
よろこびの 歌ごえ高く   
光とび 花はひらいて   
こだまする 未来のかなた   
この丘に この丘に つどうわれらは   
栄えゆく 群馬のいのち

二番以下略

YAMADA

群馬での暮らし:巳年

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:蛇蛇群馬》

ジャパンスネークセンター@群馬県太田市藪塚町3318

☆世界屈指の蛇類動物園、もちろん「ふれあいコーナー」もあるらしい。 まだ行っていない…

○ジャパン・スネーク・センター
 1968年日本蛇族学研究所発足(1965年には財団法人として開設されていた)、現在は毒蛇咬症治療・予防が主目的となっている。
※現陶陶酒本舗が、この地の洞窟の中にマムシ酒を寝かせていたともいわれる。

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群馬での暮らし:巳年

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》



※[南蛇井]は、古代の[那射(なさ)郷]が訛ったらしい。 近くの蛇宮神社(七日町)には、日本唯一の「竜骨(オオツノシカの化石)」が伝えられている。 群馬県立自然史博物館(富岡市上黒岩1674-1)も、この地にある。

○南蛇井
 「ナ」は土地の意、「ジャ」は狭(サ)の転じたもの、「井」は井戸。 併せて鏑川沿いの「狭い平地」を意味するともいわれている。


※他にも蛇のつく..

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群馬での暮らし:正月料理

Suberihiyu

《グンマを話そう》

 正月料理と言えば、「マメ(青ばち豆)・カズノコ・ヒョウ」だ。 【マメでカズカズ働いてヒョッとしたことのないように】とのことらしい。

 ヒョウはスベリヒユ(滑莧)のことで、ゆでてカラシ醤油で食べる、正月用には干して保存したものをゆで戻して食べたようだ。
※厄病除けとしてスビョー(スベリヒュウ)を戸口にさげる地域もある。
※地域によってはゴンベイともいう。(ゴンベゴンベ酒飲んでよっぱらぇ)

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群馬での暮らし:ガンバルグンマ

Gunma_yasai

○群馬県 野菜生産量 全国ランキング


[わーい(嬉しい顔)]日本の野菜の大半はグンマで作られる。

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群馬での暮らし:巳年

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:日日群馬》

☆グンマで気をつけなければいけない動物類:
クマ・シカ・イノシシ・サル・ヘビ・ツツガムシ…

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群馬での暮らし:大晦日

Misoka

《グンマを話そう》
○正月様飾り
 干柿・かちぐり・こぶ(喜)・麻・するめ(如何)・ふきのとう(富貴)・さけ・半紙・ほうづき(名声鳴る)・いわし(祝う)・まり(まわる)・だいだい(先祖代々)・ねき(友白髪) など 

正月様こざった
どこまでござった
赤城さままでござった
何にのってござった

※「としとりの晩に早く寝ると白髪になる」とも言われた。


☆橙色
 橙の木、同じ木に親・子・孫と実を結ぶ(実が落ちない)ことから「先祖代々」、その実の色を橙色とよぶようになった。

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群馬での暮らし:前橋ブルース

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:歌歌群馬》

[前橋ブルース]

 関東で県庁都市名が歌名になっているのは、東京・横浜・前橋だけだ。 宇都宮・水戸・浦和・千葉に勝ッタ~! (TV主題歌を除く)

 

Maebashi_uta2

 「前橋市の歌」というのもあることはある。  




《グンマを話そう》
 【落語:「たいらばやし」か「ひらりん」か「いはちじゅうのもくもく」】の源話はグンマ、という説がある。

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群馬での暮らし:メロディーライン

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

【メロディーライン マップ】

多くは下り線側、冬季は積雪箇所あり。

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群馬での暮らし:群馬の地名

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

○どれだけ読める群馬の地名
 相生(あいおい)、間野谷(あいのや)、天引(あまびき)、安楽土(あらと)、請地(うけち)、碓氷(うすい)、鶉(うずら)、笂井(うつぼい)、采女(うねめ)、祖母島(うばしま)、老神(おいがみ)、邑楽(おうら)、大胡(おおご)、大間々(おおまま)、邑楽(おおら)、行田(おくなだ)、乙父(おっち)、乙母(おとも)、女屋(おなや)、鬼石(おにし)、… 

上小塙(かみこ..

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群馬での暮らし:おてつだい

Tetsudai

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群馬での暮らし:毛毛毛

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:毛の国群馬》

群馬は、おおよそ以下に分かれる。
--------------------
東毛:桐生市・太田市・館林市
両毛:桐生市・太田市・館林市+栃木県南西部
西毛:南西部一帯、高崎市中心
南毛:一般的には無い
北毛:群馬県北部一帯、沼田市・中之条町中心
中毛:群馬県中部一帯、..

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群馬での暮らし:インフルエンザ編

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:コンコン群馬》

 【インフルエンザ注意報・警報】発令中。

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群馬での暮らし:ダルマクロース

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

 高崎でサンタクロースと言えば、当然「ダルマクロース」だ。

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群馬での暮らし

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:秘境群馬》

@利根町

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群馬での暮らし:食品安全基準

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:食彩群馬》

【群馬へ入国される方へ重要なお知らせ】











 
下記食品を食べないようにして下さい。
--------------------------------------
厚生労働省 医薬食品局食品安全部監視安全課
食品中の放射性物質の検査結果について(第548報)
・食品中の放射性物質の検査が行われ、その結果について別添のとおり情報を入手しましたので、お知らせします。

基準値超..











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群馬での暮らし:うし

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

ナンダァ~
(群馬の動物は、人なつっこい)

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群馬での暮らし:選挙

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:??群馬》

 群馬は車社会、車は多いが歩行者はいない、家もまばら。 そこで候補者のとった作戦は、【交通量の多い国道交差点角に立ち、車に向かって手をふる】。

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群馬での暮らし:軽自動車

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

○自動車保管場所標章

 コレが貼ってある軽自動車はとても少ない。 群馬で「軽自動車保管場所の届出」が必要な地域は、ごくごく限られるためである。 

☆「軽自動車は高速道路では80km/h」…

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群馬での暮らし:ゲート

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:秘境群馬》

 道路に設けられたゲート。 通行止めではない、動物等の出入りを防ぐ為の手動ゲートである。 この先ゲート内はグンマーが待っている。

群馬特別区、グンマーへの入口。

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群馬での暮らし:とり

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

チョット人なつっこい鳥だ。

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群馬での暮らし:群馬の名字

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

○どれだけ読める群馬の名字
 阿久沢(あくざわ)、阿久澤(あくざわ)、阿久戸(あくど)、阿佐見(あさみ)、阿佐美(あさみ)、阿左見(あさみ)、阿左美(あさみ)、薊(あざみ)、畔見(あぜみ)、天笠(あまがさ)、天田(あまだ)、蟻川(ありかわ)、有阪(ありさか)、淡島(あわしま)、安済(あんざい)、………

飯出(いいで)、家住(いえずみ)、家泉(いえずみ)、砂盃(いさはい)、石北(いしきた)、..

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群馬での暮らし

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:雪雪群馬》

○これからの季節、群馬県雪情報は

[群馬県積雪情報]

 

Gunma_camaera1

[群馬県 道路ライブカメラ 画像]

 

Gnma_douro1

[群馬県内の大雨等による通行規制情報(国道・県道)]

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群馬での暮らし:飛地

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:悲境群馬》

群馬県桐生市、立派な飛び地、どちらが飛び地か?

桐生市東側は137.47km²、西側の飛地は137.10km²。

☆これで話が終わらないのがグンマ。

 

Midori2

 「桐生市」の間に挟まるのが「みどり市」。 この「みどり市」を、南北を移動するには西側の桐生市を経由しなければならず、実質的に飛地になっている。(地面はつながっているが、市内だけを通る交通手段が無い)    [大間々]の「..


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群馬での暮らし:ぐんまちゃん

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:嬉楽嬉楽群馬》

 どこの家庭でも飼っている「ぐんまちゃん」。  「ゆるキャラグランプリ2012」 第3位。

Gunmachan2

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群馬での暮らし:セーブオン

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:悲境群馬》

 群馬県産最大手コンビニのセーブオンでは、[suica]が使えない。(駅構内店を除く)

注)株式会社セーブオンは、群馬県を拠点にコンビニ566店舗余を展開している。 地産野菜を売っている店もある。

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群馬での暮らし:1キロカレー

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:悲境群馬》

驚異のお弁当!! 食べきる事が出来るか!!
1キロカレー(コンビニ弁当)
 (セーブオン@前橋市亀里町)
 「セーブオン史上、最も重量のあるカレーライス」。 直径約20センチの容器に、ご飯とカレーが500グラムずつ入り1116kcal。

[わーい(嬉しい顔)]一応食べてみた、食べられるもんだ。 が、ムチャ食いはヨクナイ、反省している。

※グンマでは、【量が多い=サービスが良い】と思っている店が多い。


☆カレーライスは炭水化物..

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群馬での暮らし:へび

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

○グンマでよく見かけるもの
「ヤマカガシ」とか言う蛇らしい。(毒有)@高崎市内 
かなり人なつっこいヘビだ。 

※マムシもいるらしい。

○へびとめめず
 昔、蛇に目がなく・いい声で鳴いていた、みみずには目があった。 ある時、みみずが蛇のところへ行って、目と声をとりかえっこした。(いきさつはわからない) それからは、蛇には目があり・みみずはいい声で鳴くようになった。

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群馬での暮らし

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:悲境》

グンマの秋は短い。

 

20121109b

【群馬県ランキング:ベスト3】
○全国1位
カインズホーム店舗数(2010年)、キャベツ生産量(2007年)、運転免許保有者数(2010年)、セブ ンイレブン店舗数(2013年)、セーブオン店舗数(2013年)、乳酸菌飲料消費量(2009年)
○全国2位
コジマ店舗数(2011年)、自動車普及率(2009年)、保育園定員充足率(2008年)、熱中症救急搬送 者数(2011年)..


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群馬での暮らし:保渡田古墳群

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:悲況群馬》

 保渡田古墳群(二子山古墳・八幡塚古墳・薬師塚古墳)@高崎市保渡田町・井出町

○墳丘長約100メートル。

 

Takasakikofun3

[完成後(2009年12月12日)]

 

Takasakikofun4

[古墳建設中]

って、おかしくないか?

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群馬での暮らし:赤城山大鳥居

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

○赤城山大鳥居

 他県の人は驚く。 道路(県道4号線)を跨いでいる、しかも赤城山まで約20km。

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群馬での暮らし:電話

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:おとなり足尾町》

【日本初の民間電話】

現在は使われていない。(念のため))


※足尾には「星野」性が多いらしい。


Souka26電話機

Souka27

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群馬での暮らし:東京物産展

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

 大東京展@高崎タカシマヤ

[わーい(嬉しい顔)]「高崎タカシマヤ」初の東京物産展。

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群馬での暮らし:電子マネー

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

 群馬県内の私鉄電車・バスでは、[suica や pasmo]が使えない。(県外から乗り入れている路線を除く)

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群馬での暮らし:群馬姿

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群馬県、
鶴に見えるはグンマ人、
エイに見えれば○○人。

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群馬での暮らし:県民の日

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

 今日10月28日は群馬県民の日。 群馬県では、官公庁・企業・学校等ほとんどが今日休みだ。 


※廃藩置県(1971年)以降、群馬県→熊谷県→群馬県と紆余曲折を経て現在の[群馬県]に至る。 読み方は、「車評(くるまのこほり)]→「久留米(くるま)」→「群馬」になったと言われている。

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群馬での暮らし:NHKTV

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

 群馬県では、本日より[関東地方向けのNHK総合テレビ]が見られるようになった。 今までは関東ではなかった…

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群馬での暮らし:かぜ

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

 群馬県民は道に迷うことがない。  [赤城山 or 風]で方向を確かめる。

○人によっては、[赤城山・榛名山・妙義山]から、現在位置を測定できる(人間GPS)。

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群馬での暮らし:群馬県の国宝

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン》

○群馬県の国宝
 そういうものは無い。(重要文化財ならある)
徳島県・宮崎県も国宝ゼロなので、心配いらない。

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群馬での暮らし:コンビニ

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

 群馬のコンビニは駐車場広大、トラックや観光バスなどが余裕でとめられる。

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群馬での暮らし:携帯電話

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

 群馬では、携帯電話が使えない地域が多いので、使える場所には看板が立っている。

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群馬での暮らし:グンマの掟

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

 群馬では、【自分の身は自分で守る】が掟。

落石路肩悪路キケン
通行者は自己責任で通行をおねがいします。

危落石険
通行者は自己責任で通行して下さい。

Gunma_kanban2

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群馬での暮らし移動コンビニ

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:WEB 転載》

○移動コンビニ
 ファミリーマートは10月22日、群馬県藤岡市の鬼石地区と法久地区で、常温、定温(16~20℃)、チルド(3~8℃)、冷凍(-24℃以下)、HOT飲料の5温度帯販売設備を搭載した、軽自動車タイプの移動コンビニ「ミニファミ号」を新たに導入する。
 今後は県内の過疎地域など、地域の要望を聞きながら、順次営業拠点を拡大する予定だ。
 おむすびやサンドイッチなどの中食商品のほか、カップ麺や調味料などの加..

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群馬での暮らし:シルダー

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

 群馬で必要な生活用品はコレ!  高崎市推奨品だ。 

 さすがに群馬。

 

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【防弾シールド】
機動隊の盾を小さくした物(シルダー)、みんな持っている。

 

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それでもな人はコレ、防弾チョッキだ。

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群馬での暮らし:屋根付道路

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

道路に屋根がぁ~ @野栗沢林道

 さすがに群馬。

 

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道路を走っていると、突然屋根の下に。


[わーい(嬉しい顔)]驚くに及ばず、群馬ではフツーの事。 赤城山大鳥居だって道路を跨いでいる。

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群馬での暮らし:クリーニング

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

 ドライブスルーのクリーニング店、群馬ではごくごくフツー。

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群馬での暮らし:くりもと牛乳

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン》

くりもと牛乳
 (上毛食品工業株式会社@高崎市矢島町160/榛名酪農協同組合連合会@高崎市小八木町307-3)

○牛乳(200ml)
 群馬で牛乳と言えばコレ! らしい
 栗本牛乳>森永牛乳>明治牛乳>…

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群馬での暮らし:ズゴックとうふ

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鍋用!ズゴックとうふ
 (相模屋食料株式会社@前橋市鳥取町156)

○充てんとうふ(170g)
 今や、【群馬名物】と言えばコレ! 世界に通じる。

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群馬での暮らし:つつが虫

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

群馬県では、
1.長袖・長ズボン・長靴・手袋を着用し、素肌を出さない。
2.草の上に腰をおろしたり、寝転んだりしない。
3.脱いだ上着やタオルは、不要意に地面や草の上に置かない。
4.防虫スプレーを使用する。
5.帰宅後は入浴し、脱いだ衣類はすぐに洗濯する。
以上、つつが虫病予防でした。
【群馬県衛生環境研究所情報】


☆ツツガムシ
 古くはツツガムシにより死ぬこともあったので、ツツガムシがいなければいいと願い「つつがない」。..

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群馬での暮らし:群馬県民手帳

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

群馬県民なら誰でも持っている「群馬県民手帳」。

免許証>県民手帳>パスポート>…

 さすがに群馬。

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群馬での暮らし:ペヤング

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:Nippon Wide 群馬》

ペヤング 
ソースやきそば
 (まるか食品株式会社@群馬県伊勢崎市戸谷塚町49-1)

○国内で【群馬県産】と言えばコレ!

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群馬での暮らし:ガンバルグンマ

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

○地域ブランド調査2012
 全47都道府県の魅力度ランキング。
 47都道府県中、堂々の第47位。

 さすがに群馬。

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群馬での暮らし:福島県境

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

○福島県境
 群馬県は福島県と接しているが、直接福島県へ行く道路は無い。

※この理由により、現在まで「グンマー対フクシマー」の戦闘は起きたことがない。

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昔は会津街道があった。

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群馬での暮らし:60Hz

Gunma60hz

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

 群馬県には、商用電源周波数60Hzの地域が存在する。

さすがに群馬。

 

Gunma60hz2

【東京電力供給約款附則】

東京電力にも、60Hz地域がある。

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群馬での暮らし:ビックカメラ

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

○高崎DPセンター跡(たぶん@高崎市中大類)。 1968年、ビックカメラ発祥の地だ。

 

Biccamera2

○現在の「ビックカメラ高崎東口店」。

※1968年3月、新井隆司(新井隆二)が株式会社高崎DPセンターを設立(@高崎市中大類町)。 1972年5月、カメラ販売部門を分離して「株式会社ビックカラー」を設立。 1978年、高崎東口店を開設。 その後、「株式会社ビックカメラ」に社名変更し現在に至る。

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群馬での暮らし:コーンフレーク

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

 ケロッグコーンフレーク(日本ケロッグのほとんどのシリアル)は、群馬(日本ケロッグ高崎工場@高崎市台新田町250)で作られている。

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群馬での暮らし:サッポロ一番

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

○サッポロ一番
  サンヨー食品株式会社は、昭和28年富士製麺株式会社(前橋市新町)から始まった。

Fujiseimen

富士製麺

Sapporoichiban

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群馬での暮らし:こんにゃくアイス

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

あずき
こんにゃくアイス
 (アイス工房@みどり市笠懸町西鹿田426-10)

○氷菓(75ml)
 一見「小倉アイス」。 食感は、アイスキャンデーとチョット違うし、アイスクリームともチョット違う。

 

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群馬での暮らし:公衆電話

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

[携帯電話] 車内電話
 携帯圏外のため、列車には「公衆電話」が常設されている。

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群馬での暮らし:雷

Raiden

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:雷様群馬》 (WEB 転載)

 群馬県(特に前橋)は雷が多く、それも夏場に集中している。 そのため、古くから雷神信仰が盛んで「ライサマ(雷様)」・「オカンダチ(御神立)」などと呼び雷を神として祭ってきた。(明治期に実施された神社統合以前は、雷神(水神)などを祭る神社が354社あったそうだ。)
 今でも、雷電神社・雷神社・大雷神社・火雷神社など雷よけの神社が数多くある。


★もし雷様の子供に臍がなかったら…
 それは…

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群馬での暮らし

山田君の世界

《ぐんまぐんぐん キャンペーン:秘境群馬》

○フリクションカラーズ
 「間違ったら消せる・不要になったら消せる」など、とても便利。 ドライブ前には、道路地図でルートを丹念・詳細にチェック。 そしてドライブ当日、すべて消えてる…  ここは熱帯群馬。
 しかしながら心配無用、群馬激寒の冬になれば再び見えるようになる。 たぶん…

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群馬での暮らし:ザク豆腐

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

濃厚枝豆風味
ザクとうふ
 (相模屋食料株式会社@前橋市鳥取町156)

○充てんとうふ(200g)
 今や、【群馬名物】と言えばコレ! 世界に通じる。
(シールは、一つ一つ手で貼るらしい…)

 

Zaku1

 

 

Zaku3

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群馬での暮らし:焼きまんじゅうスナック

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

上州
焼きまんじゅうスナック
 (株式会社つるまい本舗@沼田市白沢町上古語父79)

○油菓子(90g)

Dagashi2060b

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群馬での暮らし:上毛かるた

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○ 終戦後日本に引き揚げた浦野匡彦は、荒廃した郷土を復活させるべく、子供達が楽しく郷土の歴史や文化を学べるようにと「上毛かるた(昭和22年11月)」を発行した。 

※グンマ人は「上毛かるた」をすべて暗記している。

 

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群馬での暮らし

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

車内温度 70℃ @ 12:00

YAMADA

群馬での暮らし:最高気温

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

[晴れ] 日本の最高気温は、2010年8月5日に報じられたコレだ。 群馬、ダントツ・文句無しの日本一。

 

Maizuru90

追記)日本一ではないそうです。

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群馬での暮らし

Gmcmilk

群馬の
うんまい牛乳
 (群馬牛乳協業組合@前橋市飯土井町426-2)

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群馬での暮らし:アイスまんじゅう

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

氷菓子 アイスまんじゅう
 (合資会社シロフジ製パン所@桐生市相生町1-298-9)

○ラクトアイス(100ml)
 アイスの中に、はみ出て「饅頭餡」。

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群馬での暮らし:鯖の串焼き

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

○鯖の焼き
 一匹食べるとお腹キツくなる。

 次は、「鮭の串焼き」買ってくる…  

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群馬での暮らし:自家用へり

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

群馬では、フツーによく見る [自家用へり]。

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群馬での暮らし

20120620

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

[晴れ] この夏、全国で初めての【高温注意情報】。 堂々単独一番乗り!

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群馬での暮らし:あんしん歩行エリア

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

【あんしん歩行エリア】
○路側帯の拡幅
○歩道、自転車道、幅の広い歩道、歩車共存道路の整備
○段差・勾配の解消、電線類の地中化

☆ちなみに、群馬は車最優先國。

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群馬での暮らし:首都高崎

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

【国会議事堂誘致キャンペーン】

高崎(競馬場跡)地周りは、
○台風少・雨少・地震少・津波無・夏熱温・冬強風
○新幹線完備・蒸気機関車可・飛行場未完
○駐車場完備・高速道路完備・幅員広・車依存
○自然豊富・温泉豊富・水源豊富
○スキー可・海水浴不可・サイクルトレイン有
○空物件多・ショッピングセンター大・饅頭多・ダイエット食有

Kokkai91

和風国会議事堂案(R・A・クラム)


Kokkai81

Kokkai82

☆国会
 国民大会議、明治..

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群馬での暮らし:群馬県群馬郡群馬町

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

○群馬県群馬郡群馬町
  2006年に高崎市に編入されたため、現存しない。
(土屋文明の歌碑・山村暮鳥の詩碑、などある)


☆群馬県
 古くは、群馬郡(くるまのこおり)。 車は車持公に由来。

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群馬での暮らし:群馬空港

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

○群馬空港
  そう言うものは無い。

○群馬ヘリポート

 

Takasaki_heliport

○高崎ヘリポート

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群馬での暮らし:市町村

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

○群馬県市町村一覧
  市町村名、どこまで読める?

 

みどり市
安中市
伊勢崎市(いせさき)
館林市
桐生市
高崎市
渋川市
沼田市
前橋市
太田市
藤岡市
富岡市
甘楽郡(かんらぐん)・下仁田町(しもにたまち)
甘楽郡(かんらぐん)・甘楽町(かんらまち)
甘楽郡(かんらぐん)・南牧村(なんもくむら)
吾妻郡(あがつまぐん)・高山村(たかやまむら)
吾妻郡(あがつまぐん)・草津町(くさつまち)
吾妻郡(あがつまぐん)・中之条町..

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群馬での暮らし:車事情

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

群馬県車事情
【みない・ださない・とまらない】

○周りを見ない、流れを見ない。
○ウインカーは出さない、出せば後出し。
○一時停止では停まらない、横断歩道でも停まらない。

 ちなみに、人口10万人当たりの交通事故負傷者数はワースト4位、人身事故件数はワースト5位。

YAMADA

群馬での暮らし

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

【群馬に沢山あるもの】
温泉・まんじゅう・からっ風

【群馬に全くないもの】
海・空港・運転マナー

*群馬メモ
○人口千人当たりの歩行者事故件数は、関東甲信越地方ワースト1位。
○群馬県民1人1日当たりの生活系ごみ排出量は、全国ワースト1位。

☆群馬に海が欲しい。 かつて埼玉岩槻藩に海があったのだから、できないことはない。 ここで海無し県返上、なんとかガンバレグンマ!

YAMADA

群馬での暮らし

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン:秘境群馬》

 群馬車装備必需品。 

YAMADA

群馬での暮らし:碓氷峠

Karuta_usui

《グンマを話そう》
 1030年ある日、生まれ故郷の碓氷に里帰りした碓氷定光は、碓氷峠に住む毒蛇退治をすることとなりました。 定光が碓氷峠をめざして上っていくと、空がにわかに暗くなり・風が吹き・林がゆれ・雲がわきおこりました。 そして、金色の眼。赤い二筋の舌・白金色の鱗をもつ大蛇が襲いかかってきました。 定光は太刀を振りかざして戦い、明るくなった天空から現れた観音様から渡された鎌を持ち、毒蛇を退治しました。
 こうして、碓氷峠に「降魔の宝鎌」を祭り、お守りとしていた観音様を..

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群馬での暮らし:ちゃんころりん石

Annaka_daisenji

《グンマを話そう》

○ちゃんころりん石(大泉寺@安中市)
 ある昔、安中の町を真夜中に「ちゃんころりん、ちゃんころりん」と鳴りながら転がり歩く物があった。 町人は怖がり、どこの家もさっさと戸を閉めて早寝してしまった。 そんななか、怖い物見たさの目撃者が現れた。「おっきな石が転がりながら大泉寺のなかへ入っていったぞ」

 そこで町の力自慢が集まって化け物退治となり、転がってきたおっきな石を打ちすえ・切りつけたが、「ちゃんころりん」はいつものとおり大泉寺の中に入っていった。  翌朝、寺を..

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群馬での暮らし:弘法の井戸・鰻橋

Unagibashi

《グンマを話そう》
 ある昔、弘法という坊さんが堀を見ると、いつもは静かに澄んでいる水が、今日は黒く濁って激しく波立てていた。 「これでは渡れないなあ」と困っていると、おっきなウナギが現れて言った。 「私はここに住んでいるうなぎです。 橋の代わりになりますから背中を渡ってください」 そこで、坊さんは丸太のように浮いた背中を渡って、向こう岸に着いた。 信心深い坊さんは、「これも仏様のおかげじゃ。この堀に水が絶えることのないように井戸をほってやろう」。 そして、持ってい杖で地..

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群馬での暮らし:鉢の木

Jouyo

《グンマを話そう》
○常世神社(高崎市佐野町)
 七百年前、雪の中旅の僧が宿を求め、やっとのことで一軒の家に泊まることができました。 その家では貧しいながらも泡粥を出し、鉢に植わった梅・松・桜の枝を囲炉裏にくべて暖をとらせました。 僧は家に馬がいて鎧兜があるのを不思議に思いたずねると、「落ちぶれてはいるが佐野源左衛門常世、いざ鎌倉とうときにははせ参る」 と答えました。
 やがて春になると鎌倉から召集がかかりました。 関東中から集まった武士の中で一番身なりが粗末なのが常世でし..

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群馬での暮らし:おんちょろちょろ

Onchororo

《グンマを話そう》
○おんちょろちょろ
 ある昔、正直じいさんが一人で暮らし、寂しいので毎晩念仏を唱えながら寝ていた。 ある真夜中、カタッと音がしたので目を覚ますと、天井の穴からネズミが顔をのぞかせた。 
「おんちょろちょろ」と言うとネズミはジッとなった。
「おんたちどまってナムアミダブツ」と言うとネズミは穴に戻った。
「穴をくぐつておんナムアミダブツ」 ちょうどその時家に入ろうとしていた泥棒はこれを聞き、見つかったと思い逃げていった。
 おじいさんはネズミが面白くて念仏を唱..

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群馬での暮らし:赤金様・白金様

Akaganeshirogane

《グンマを話そう》
○赤金様・白金様
 ある昔、大久保村に無人のあばら屋があったが、夜になると人の声が聞こえるのでだれも近づかなかった。 ある冬の寒い晩、泊まるところの無かった旅の坊さんがその家に入り、枯枝を集めて囲炉裏で暖をとっていると、奥の方から声が聞こえてきた。
「あかがねさーまよ、しろがねさーまよ」 誰もいないはずの家の中、声は縁の下から聞こえてきた。 坊さんが縁の下を覗くと、瓶の中から金貨・銀貨が世に出たくて叫んでいた。

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群馬での暮らし:仙人嶽の梨の木

Sennindake

《グンマを話そう》
○仙人嶽の梨の木
 ある昔、桐生仙人嶽の麓に塩乃瀬町に母と三人の兄弟が住んでいました。 ところが、お母さんが病気になり、夜も寝ないで看病しましたが重くなるばかりでした。 ある日、三男が桐生宿場に薪を売りに行った帰り、白い衣を着た占師に呼び止められました。

 占師は「お前の孝行に感心した。仙人嶽の頂上にあるナシの木の実を食べさせるがよい。」と言って、小さい弓と矢を置き立ち去りました。 三男はこの話を兄弟に伝えまると、みん困ってしまいました。 仙人嶽には魔物がいて..

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群馬での暮らし:民間療法

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[風邪]
○梅干しや大根おろしに湯をさして飲む。
○卵酒・まむし酒・梅酒などを飲む。
○ミミズの干したものを煎じて飲む。
○馬の骨を削って煎じて飲む。
○梅干しの黒焼きを煎じて飲む。 
○卵酒を飲んで寝る。 
○鉢巻をして手で叩いて寝る。

[胃腸]
○梅果汁を煮詰めたものに湯をさして飲む。
○野草を干したものを煎じて飲む。(げんのしょうこ・せんぶり・いしゃごろし・てんのぐさ・おおれん・どくだみ等)

[痛み]
○梅干しに湯をさして飲む。
○梅干しを痛い歯にあてる。
○梅漬けの実を割っ..

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群馬での暮らし:女堀と桜姫

Onmabori

《グンマを話そう》

○女堀と桜姫
 ある昔の戦国時代、桜姫を大将とする軍勢が攻め入り東村に住み着いた。 桜姫は荒れ果てた野山を見て、田畑を耕し農作物を収穫しようと企てた。 それには水が要ると探したが、水源は何処にもなかった。 ならば、利根川から水を引こうと考えた。 桜姫は幾千という女軍勢を集めて簪で地を掘り起こし水路を築いたが、赤城の裾野はあまりにもなだらかで水が流れることはなかった。 それでも桜姫は自国をこの地に定めたいと願い「国定」と名付け、長く自国を治めた。
 今なお前橋から..

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群馬での暮らし:川場の湯

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《グンマを話そう》
○川場の湯
 ある昔、川場湯村は遠い沢まで水を汲みにいかなければならない「水の不便なさびしい村」でした。 そこへ旅の坊さんが疲れ歩いてきました。 一軒の百姓家の前まで来ると、おばあさんに「喉が渇いた、水をめぐんでください。」と頼みました。 おばあさんは『気のどくだがもう水がないのじゃ。 この里には水がないので、沢まで水を汲みに行かねばならぬ。 ちょっと待っててくんろ。」 と遠い沢まで水を汲みに行きました。
 その水をおいしく飲んだ坊さんは、持っていた杖をい..

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群馬での暮らし:三角餅

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 グンマでは、鎮守様のお祭りで投げる餅や太々神楽の途中でまく餅が、三角形をしていることがあります。

 また、上棟式にまく餅が三角形のことがあります。 この場合は「木の葉餅」と呼ばれ薄くて透ける方が良いとされています。 ひし形の餅(ぐしもち)をまく地域も多いです。  

※【ひし餅は鏡餅の上に飾るものだ】というのは、この餅と無関係です。

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群馬での暮らし:バクッパ

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 グンマでは、丸麦をふかして大きなおひつに入れ、きささげの葉にのせて食べます。

 

Bakkupa

○甘楽町・諏訪神社では麦供えが年二回行われています。

 麦供え(バクゾナエ)は、「麦(バク)まつり」とも「鬼穀(オニゴク)」とも呼ばれ、安土桃山(アズチモモヤマ)時代この地で疫病(エキビョウ)(はやり病)が流行した時、氏子(ウジコ)(守り神の地元民)の代表者が諏訪大社に出かけて参篭(サンロウ)(一定期間こもって祈願する)し、厄除け(ヤクヨケ)の仕方を教わってきた。これが麦飯だったという..

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群馬での暮らし:百合若大臣

Yuriwakadaijin

《グンマを話そう》
○百合若大臣
 ある昔、妙義山の麓に百合若大臣という大男がいた。 有り余る力をもてあました男は、妙義連山にひときわ大きい岩を見て、穴を開けてみたくなった。 幾日か過ぎ、大きな弓と矢を持った男は、左足を下横川の小山沢に・右足を五料の名木にふんばり、妙義山に向けて力一杯矢を放った。 そして岩に穴が開き穴からは星が見えたので、その後「星穴」と呼ばれるようになった。 足を踏ん張った所は窪みとなって残った。

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※百合若大臣話は、復讐譚として日本各地に伝わっている。

☆百合若..

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群馬での暮らし:万字峠

Manki

《グンマを話そう》
○万字峠(万騎峠)
 1193年源頼朝が三原野でまき狩りをしたところ、大勢の勢子が集まった。 あまりも勢子の数が多すぎるのを不思議に思った頼朝は、翌日、峠まで来た所で勢子の額に墨で「卍」の印を付けた。 実は、昨日は野伏が紛れ込んでいたのであった。 この印により、野伏達は成敗されてしまった。 この峠が万字峠である。 日が暮れて狩りも終わり、途中の谷川で卍印を落とした一行は本宿へと引き上げた。 頼朝は勢子を見て「きれいになった、素顔になった」と言った。 これが「..

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群馬での暮らし:金の茶がま

Kinnochagama

《グンマを話そう》
○金の茶がま
 ある昔、おじいさんがイタズラタヌキを捕まえ、おばあさんと一緒にかわいがっていた。  貧乏で食べ物もあんまりないので、タヌキと分け合って食べていた。 ある時、タヌキ が恩返しだと言って「金の茶がま」に化けた。
 この金の茶がまを見た和尚がたいそう気 に入り寺にもらっていった。 やがて金色がくすぶってきたので小僧が磨いていると、そ の痛さにもとのタヌキの姿に戻り、おじいさんの家へと逃げ帰った。
 おじいさんとおばあさんは喜こび「こんどは綱渡りして..

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群馬での暮らし:車と糖尿病

Gunmabyouki

○群馬での暮らし:車と糖尿病
 グンマでは、車保有台数の増加とともに糖尿病患者が増加している。 もともと野菜生産王国であるグンマでは、肉類より「ネギ・椎茸・蒟蒻をはじめとする野菜類」を食べる生活習慣であった。(ただし麺類などからの塩分摂取量は多い)  にもかかわらず糖尿病患者が多い(全国27位)のは、一人一台の車王国なので「車に頼り歩かないため、運動不足が生活習慣病をまねいた」と言われいる。  患者数が多いのにはもう一つ理由がある。 それは、グンマ人気質であり、具合が悪いとす..

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群馬での暮らし:カッパヤナギ

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《グンマを話そう》
○カッパヤナギ
 ある昔、湯檜曽に阿部彦太郎貞政(後の隼人正)なる番所の役人かいた。 ある日馬を洗いに川へ行き、戻ってみると馬の尻尾に何かがぶら下がっていた。 捕まえようとすると、馬小屋の中を逃げ回った。 カッパだった。
 追いつめて捕らえようとするとカッパが言った。  「お助けください。今まで川で静かに暮らしていたのです。 そこへあなた様が馬をつれ、川を騒がせ・汚したので仕返しに来たのです。」
 これを聞いた隼人正は一理あると、カッパを許してやることにした。..

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群馬での暮らし:鏜々が淵

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《グンマを話そう》

○鏜々が淵(堂々が淵)
 高山村尻高の龍海寺跡・名久田川近くに鏜々が淵があった。 858年春、与五右衛門が藤の花を採ろうと「どうどうが淵」へやってきたが、ふとした拍子に鉈を淵に落としてしまった。 鉈を拾おうと淵に入った与五右衛門は水底深く吸い込まれてしまった。

 気がつくと機織り娘が、酒・さかなを運びご馳走してくれた。 三日三晩を過ごした与五右衛門が村に帰ると、村人はいなくなった与五右衛門のお弔いをしていた。  このことがあってから、与五右衛門はす..

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群馬での暮らし:敵国サイタマ

Fukaya

グンマーの敵国サイタマ菓子

そうなん娘
 (有限会社西倉西間堂@深谷市岡2836-3)

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群馬での暮らし

山田君の世界

《勝手に 群馬デスティネーションキャンペーン》

赤城高原産 上州牛
萌土産の
萌萌牛丼のもと
 (株式会社あかぎチキン@群馬県利根郡昭和村大字糸井143-4)

○牛どんのもと、150g。
 レトルトパウチ食品。

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群馬での暮らし:赤城山

Karuta_akagi

《グンマを話そう》
 赤城山は、標高1828m(黒檜山)・裾野面積は富士山に次ぐ広さだ。  この「あかぎやま」、古代は富士山と高さそしてその美しさを競いあっていた。  しかしながら「赤城山の神」と「二荒山の神」が大蛇と大百足に変身して戦った際に上半分を蹴散らかされ、今のギザギザ山になった。 という伝説は………ない

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群馬での暮らし:雷

Karuta_kaminari

《グンマを話そう》

 【木部殿領分桑原桑原】と唱えれば決して雷が落ちない、という言い伝えがある。

※「桑ばら」とは、桑畑の意でもあった。

☆「くわばらくわばら」と唱えるのは、菅原道真の領地桑原だけには雷が落ちなかった名との説もある。

☆一生懸命
 時は鎌倉・室町時代の武士「何としてもこの一所(領地)だけは守らねばならぬ」、命がけで守るので一所懸命の地、略して「一所懸命」。 時がたち・領地を守ることもなくなり、「一生懸命」となった。

☆くわばらくわばら
 菅原道真が太宰府で没した際、各地で..

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群馬での暮らし:猫踊り

Nekoodori

《グンマを話そう》
○猫踊り
 ある昔、沼田市岩本村では夜遅くなると、屋外に干しておいた手ぬぐいがなくなり・飼い猫がいなくなりました。 不思議に思って猫の後をつけてみると、猫たちが手ぬぐいをかぶって踊っていました。
「おまぇおそいニャン」
「わるいニャー、夕飯の団子汁が熱くてなかなか食えなかったニャン」
※ほかにも「ねこのおんがえし」など猫が集まって踊る民話が数多くある。(大きな藁ムシロを"ねこ"と呼ぶのも関係しているかもしれない)
※猫の話が多いのは、養蚕のネズミ除けとして猫を..

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群馬での暮らし:竜の穴

Kawaba3

《グンマを話そう》

○川場村:竜の穴
 ある昔、川場村七子坂の道脇(現:門前~大倉の坂)に大きな穴がありました。  赤城大沼につながっていると言われ、竜が行き来していたそうです。 また、この穴に向かって大声を出すと、門前中の人々に聞こえたそうです。

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群馬での暮らし:長年寺・木部姫の井戸

Karuta_haruna

《グンマを話そう》
○長年寺・木部姫の井戸
 榛名町・下室田に長歳寺があり、そこには榛名湖に通じていると言われる古井戸があります。 ある昔、この寺に大勢の人々を集めて寺ぶるまいをしてご馳走することになりました。 しかし、お膳やお椀が足りなくて困っていました。

 この長年寺には、ある寂しい雨の夜一人の女がやってきたことがありました。 それは榛名湖に身を沈めた木部姫が長い苦しみ・悲しみから助けを求めて来たのでした。 住職は木部姫の願いをかなえてやり、木部姫は「お礼に、この寺を守..

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群馬での暮らし:錦野伝説(玉村伝説)

Manpukuji

《グンマを話そう》
○錦野伝説(玉村伝説)
 千年ほど前上野の土豪たちは、平将門の攻めから逃れようと、沼田の庄(現玉村町芝根)の地頭の娘を差し出すことにしました。 しかしながらこの娘には、許婚がいました。 親子ともども悩んだあげく、娘は錦野(現玉村)にいる許婚のもとへと走りました。 ところが、矢川まで逃げた所で追い詰められ川に身を投げてしまいました。 このことを知った許婚はたいへん嘆き悲しみ、後を追ってこの矢川に身を投げてしまいました。 その後この二人は竜となり、それぞれに玉を抱..

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群馬での暮らし:袈裟丸山

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《グンマを話そう》

○袈裟丸山
 ある昔、弘法大師が利根村に立ち寄りその景色が気に入り、お寺を建立して霊場としました。 ところが霊場とするには千の谷が必要ですが、どう数えても九百九十九谷しかありません。 天狗が一谷隠してしまったのです。 これにがっかりした弘法大師は、袈裟を脱ぐと丸めて谷底へ投げ入れました。 これが袈裟丸山です。

○袈裟丸山
 百万年ほど前の火山、長い年月の間に浸食され、前袈裟・後袈裟・中袈裟・奥袈裟・法師岳などギザギサな袈裟丸連峰となった。

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群馬での暮らし:かき菜

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グンマーからトチギーでは、おひたしなどで食べる。

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かき菜のごま和え

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群馬での暮らし:虚空蔵様

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《グンマを話そう》

 川場村虚空蔵山には虚空蔵様が祭られ、その社のそばに小さな池があります。 この池は どんなに日照りが続いても、決して枯れることがありませんでした。 「この池の底は赤城大沼とつながっている」と言われています。

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群馬での暮らし

山田君の世界

《群馬デスティネーションキャンペーン 勝手版》

赤城高原産 奥利根もち豚
萌土産の
萌萌豚丼のもと
 (株式会社あかぎチキン@群馬県利根郡昭和村大字糸井143-4)

○どんぶりもののもと(豚どん)、150g。
 レトルトパウチ食品。

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群馬での暮らし:おくまん様

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《グンマを話そう》
○おくまん様
 沼田熊野神社の近くににある大きな岩には、熊がひっかいたような跡があります。 昔、熊が持ってきた岩なので、おくまん様(熊野神社)とも言われています。

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群馬での暮らし:奇応丸

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《グンマを話そう》
○奇応丸
 ある昔、身なりの貧しい坊さんが一夜の宿を求めて利根村根利(小出屋峠を越え降りたところに根利の宿があった)へやって来た。 どこの家でも泊めてくれなかったが、小林家では気持ちよく泊めてくれた。 これに感謝した坊さんは、ある薬の製造方法を教えて立ち去った。
 これが「奇応丸」であり、小林家は日本三大奇応丸と言われた薬屋となった。  しかし、利根村は1946年以来の大水によりほとんどの家屋や寺を流出した。 また小林家は旅館として続いていたが、2001年焼失..

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群馬での暮らし:矢場川の薬師様

Yabagawa

《グンマを話そう》
○矢場川の薬師様
 ある昔、矢場川村の薬師山には薬師様を祭ってあった。 ある晩、泥棒が盗んだ物を背中にしょい薬師山を通り抜けて逃げようとしたが、同じ道をグルグル回るばかりで山から出ることができなかった。 やがて泥棒は薬師様に気づき、薬師様の目を見えないようにして逃げ去った。
 目が見えなくなった薬師様は、毎夜矢場川の水で目を洗いつつけると、やがて目が見えるようになった。 
 こうして、「目洗い薬師」と呼ばれ、目の悪い人がお参りするようになった。

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群馬での暮らし: 片品村の穴観音

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《グンマを話そう》

○片品村の穴観音
 1798年越後東福寺和尚が金の如来観音を背負い片品村にやってきました。 「上野国針山の岩屋の前に祭りなさい」とのお告げがあったそうです。 この話を聞いた村人たちは喜んで、岩屋の前にお堂を建て観音様を祭りました。
 ある時、村人が「この岩穴は越後に通じているかもしれない」と、ニワトリを穴に放ちました。 すると、数日後に越後の蔵王堂の裏岩穴から出てきたそうです。

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群馬での暮らし:日限地蔵様

Higirijizou

《グンマを話そう》
○日限地蔵様
 ある昔、桐生安楽土に繻子の機屋があり、毎日朝早くから夜遅くまで娘達が機を織っていた。 そしてある晩から窓の外に坊さんが現れるようになった。 娘達がこわがるので、機屋の主人は火縄銃を撃った。 翌朝、血の跡を辿ると観音院まで続き、そこには肩に玉跡のある地蔵様が立っていた。 
 その夜、主人の夢枕に地蔵様が現れた。「毎夜みんなの家内安全を祈って訪ねていた。我は野天立っているのでお堂を建てて欲しい。そうすれば願いごとを望む日までにかなえよう。」
 こ..

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群馬での暮らし-NHK

山田君の世界

 群馬県では、県内向けのテレビ放送(県域放送)が行われている。(関東地方向け放送と内容が一部異なる)

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群馬での暮らし

Ghq_tire☆タイヤ滑り止め

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群馬での暮らし:長手の幽霊

Nagate

《グンマを話そう》
○長手の幽霊
 ある昔、長手の溜池に幽霊が出るとの噂が広まり、強者どもが正体を見届けようと出かたが皆逃げ帰ってしまった。 村はずれにおっかさんと住んでいた天真爛漫男が「捕まえておっかさんにみせてやるべぇ」と溜池へ出かけていった。
 はたして真夜中過ぎ、さざ波をたて振り髪姿の娘が現れた。 男が娘を連れて帰ろうとするとイヤがる娘は、「私は小判です。新田義貞の家来がヨシの根本に千両箱を埋めた後討ち死にしました。この三千両は世の中に出て使って欲しいのです。」と言いま..

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群馬での暮らし:百姓のいない村

Nanushi

《グンマを話そう》

○瀧の慈眼寺・百姓のいない村
 旧瀧村は一軒家で名主家族のみ、一人の百姓もいませんでした。  それは、武田氏に従っていた江原河内佐藤原重安が討ち死にした後、上州に移り住んだ重安の子・江原源左衛門が「天狗岩用水工事」に功績があったとして三町四反一畝二十二歩・二十九石七斗の土地を与えられ、江原家は一村一軒代々名主をつとめることとなったのです。

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群馬での暮らし:指太郎

Yubitaro

《グンマを話そう》
○指太郎
 ある昔、おじいさんとおばあさんがおった。 子供がいなかったので神様にお願いすると、おばあさんの親指がふくらんで子供が生まれた。 指から生まれたので「指太郎」と名付け大事に育てが、いつまでたっても指ほどの身丈だった。
 ある日、馬の耳の中に入った指太郎は、馬を操って薪を売りに出かけた。 帰り道泥棒につかまりやっと逃げ出したと思ったら、狼に飲み込みれてしまった。 指太郎は狼の腹の中から「ご馳走のある所を教える」と言って狼を操りおじいさんとおばあさん..

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群馬での暮らし:こけし

Gunma_kokeshi

○群馬こけし

 グンマのからっ風(乾燥気候)を利用したのがこけし創りである。  東北地方を中心にした昔ながらの「伝統こけし」に対して、グンマで創られるのが自由放漫な「近代こけし(創作こけし)」。 この「近代こけし」の7割はグンマで創られ、その大半は前橋・総社で生まれる。 その姿は、グンマ名物「多種多様なデザインのダルマ」に通じるものがある。
※創作こけしの起源は、1910年ごろ惣社町の関口専司が玩具と一緒に作った「こけし 」だといわれている。

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群馬での暮らし:おっぱいぱん

山田君の世界

《群馬デスティネーションキャンペーン 勝手版》

おっぱいぱん
 (ラ・シュシュ@前橋市問屋町1-11-1)

○かなり小ぶり、中はチーズクリーム。

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群馬での暮らし:城跡・古墳

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 グンマには、多くの城跡・古墳がある。 特に古墳は、東国一の数を誇り、一万基以上あったと言われている。 
○主な城館
 山名城、桐生城、尻高城、長野原城 、名胡桃城 、中山城 、岩楯城 、白井城 、長井坂城 、五覧田城 、大胡城 、太田金山城 、反町城 、上江田城 、安善寺明王院舘 、館林城 、箕輪城 、後閑城 、碓氷城 、松井田城 、磯部城 、固唾城 、平井城・平井金山城 、根小屋城

 

Gunma_kofun


☆ただ一つ言えることがある。
【グンマ人は新しいもの好き】 だ。

Gunmakofun13

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群馬での暮らし:ネギチップス

山田君の世界

《群馬デスティネーションキャンペーン 勝手版》

群馬 下仁田ねぎ
ポテトチップス さっぱり うす塩味
 (株式会社つるまい本舗@沼田市白沢町上古語父79)

○スナック菓子(145g)
 ネギの香がするような… しないような…

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群馬での暮らし:館林飛行場

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○館林飛行場(大西飛行場):1954年~2004年
 群馬県館林市と同県邑楽郡邑楽町の境界線上にあった飛行場、個人が建設した非公共用飛行場であった。 滑走路中央付近を道路が横切っていたため、飛行機が離着陸するときには遮断機が下りて車両を通行させないようにしていた。

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群馬での暮らし:女神の足跡

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《グンマを話そう》
○女神の足跡
 かつて子持村・子持神社では、ある時社殿が火事になりご神体に累が及ぶとみるや、忽ち美しき女神と化した祭神が乳兒をしかと抱きしめ社外へ舞い、沓ぬぎ石に足跡を残したと伝えられています。
 現在は「兒持山若かへるでのもみづまで寝もと吾は思う汝はあどか思う」なる万葉歌の石碑が建てられています。
 グンマには足跡に関する言い伝えが多くあります。  渋川・早尾神社の足跡、榛名・白岩観音の手跡、松井田の百合若大臣の足跡、前橋深山・天狗の足跡、(前橋下小出の..

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群馬での暮らし:熊汁

Kumajiru

 グンマでは「二足四足は食べない」と言う人もいるぐらい、獣肉を食べない習慣があった。 実際のところは、鹿や熊はいたが簡単に捕らえられるわけではなく、せいぜい兎程度だったと思われる。 また、卵は食べたが、鶏肉は食べなかったようだ。 鶏を祭った庚申様もあるぐらいだから、食べるのを嫌がった感もある。
※グンマ人気質として「自分で飼った家畜は、可哀想で食べられない」というのがあるようだ。
※ケイヤク(村寄合)により、鶏・犬の放し飼いを禁じたり・飼育数を制限していた地域もあったそうだ。
※鶏..

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群馬での暮らし:乾燥注意報

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○乾燥注意報

 グンマはもともと乾燥しているため、乾燥注意報発令基準は他県より低めに設定されている。

群馬:最小湿度25%で実効湿度50%
栃木:最小湿度30%で実効湿度60%
茨城:最小湿度40%で実効湿度60%

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群馬での暮らし:坂東太郎の伊勢参り

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《グンマを話そう》
○坂東太郎の伊勢参り
 ある昔、東村沢入りから坂東太郎がお伊勢参りへ出かけた。 お参りも終わり宿を出ようとすると財布が無いのに気づいた。 困り果てた太郎は宿屋の主人に「何かの用事で上州にきたら沢入りによって下さい、お支払いします」と頼み込んで帰った。
 何年か後、宿屋の主人が上州に来ることがあり、沢入に太郎を尋ねた。 しかしながら、坂東太郎を知る村人は居なかった。 主人は仕方なく渡瀬川の中にある坂東太郎と言う岩を見に行った。 はたして岩の上には、宿に泊まった時太..

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群馬での暮らし:田かき地蔵

Takakijizou

《グンマを話そう》
○田かき地蔵
 ある昔、小泉に働き者のおじいさんとおばあさんがおった。 寄る年波には勝てず「田かきがつらくなったのぉ 子供がおったら手伝ってくれたじゃろぅ」と話していると、あぜ道の向こうから見たことのない子供がやって来て手伝ってくれた。
  仕事も終わり子供を家に連れて帰り、ご馳走するよと言うと子供は「煮たてのあずき飯が一番好きだ」と言った。 おばあさんがあずき飯を作っていると子供は「川で手足を洗ってくる」と出ていったきり戻ってこなかった。  心配したおじい..

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群馬での暮らし:赤城山

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[雪]グンマは南と北とでは全く別の邦。 赤城山を境に、南が太平洋側・北が日本海側。 気候・習慣・食物も違えば言葉も違う。

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群馬での暮らし:おびんずるさま

Ohinzurusama

《グンマを話そう》
○おびんずるさま
 ある昔の鷺の宮、村人が小さな石の橋を通るたびに馬から落ちたり・転んだりしとけがが絶えなかった。 そこで村人が石橋の裏側を見ると、何かの彫物があり、泥を落としてよく見ると仏様のようであった。 そこで村人は、仏様をきれいにみがき・橋のたもとに祭り・通るたびに手を合わせて拝んだ。
 それ以来けがをする人はいなくなった。  やがて白頭長眉の像から「おびんずるとま」と呼ばれ、病気を治す仏様として伝えられるようになった。


○おびんずるさま・安中市鷺..

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群馬での暮らし:ガラメキ温泉

Garameki

○ガラメキ温泉(がら女き・我楽目嬉)
 群馬県北群馬郡榛東村上野原にあった温泉。 1946年米軍相馬原駐屯地として接収され、取り壊された。

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群馬での暮らし:龍の鱗

Zendouji

《グンマを話そう》

○龍の鱗
 吾妻町・善導寺の円光上人(道阿上人の説もある)の母(娘の説もある)が榛名湖に身を投げ龍(大蛇の説もある)になった伝説があり、その「龍の鱗」が残されている。

○大蛇になった寺のばあさん
 ある昔、寺の婆さんがあまりにも「榛名湖へ連れて行け」というので、家の者が榛名湖の畔へと連れて行った。 すると榛名湖の中から大蛇が現れ、おばあさんが湖に飛び込むと大蛇と一体になり湖底へと消えてしまった。  それからというもの、毎年5月25日の命日には、赤飯を重箱に入れ..

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群馬での暮らし:上信電鉄・上毛電鉄

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[電車]「上信電鉄」と「上毛電鉄」の区別がつくのが、グンマ人。

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Jyoshin56

Jyoshin57

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群馬での暮らし:化粧薬師

Kesyouyakushi

《グンマを話そう》

○化粧薬師(元総社)
 ある昔、蝦夷が攻め込んできた時、上毛野君の祖・荒田別王の第二子・田道の霊が大蛇になり撃退した。 しかしながらその後、大蛇は風呂沼に住み着き、村中を荒らし回った。 これに困った村人は若い娘を人身御供とした。 村が静かになると、娘を薬師様をお祀りした。
 ただ「この薬師堂の前を花嫁が通ると離縁になる」と今なお伝えられている。

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群馬での暮らし:赤城凧

Gunma_tako

○赤城凧
 上州名物「からっ風」、風と言えば凧だ。 が、赤城凧はチョット違い、強風に耐えるため、対角線上に骨を入れ・さらに菱形に骨を組んで頑丈な構造になっている。

凧に関する童唄も多く、凧を揚げる時は、
 たこたこあがれ 天まであがってけつみせろ

風のない時は、
 赤城(榛名・妙義・浅間)山からかぜこいこい

 

しかし何と言っても特筆すべきは、風が強くて凧が・揚げられない時だ、
 風さん風さんやんどくれ 晩にはとろろ(飯)をしてあげる
 風さん風さんやんどくれ、晩にはよい嫁とってやる
 風さ..

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群馬での暮らし:夢見小僧

Hatsuyume

○夢見小僧
《グンマを話そう》
 ある正月夢見の晩、大きな庄屋で主人が奉公人から縁起の良い夢話を買っていたが、風呂たき番の男だけはどうしても言わなかった。 これに怒った主人は男を箱に入れ川に流してしまった。 岩にぶつかり壊れた箱からはい出した男はカッパに出会った。 男はカッパから水の上を歩ける「川足袋」を借りて遊んだあげく「生き針死に針」をまきあげた。

 

 男が歩いていくと一人娘が死んで悲しんでいる大臣の家に出くわし、無理矢理上がり込むと娘に「生き針」を刺した。 生き返った娘を見た..

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群馬での暮らし:蔵金

Zoukin

《グンマを話そう》
○ぞうきん
 ある昔の大晦日、えらいお大尽では年越しの準備も終わり、奉公人の娘がしまい湯をもらう時には12時をまわっていた。 娘は拭き掃除をしながら「ぞうきんがボロボロになってしまった、正月から新しくしよう」と思いながら、気づかずにバケツの水と一緒に外へぶちゃった。
 あけて正月、門松に引っかかったぞうきんを見つけた主人は烈火のごとく怒り狂った。 それを見たおかみさんが「ぞうきんは文字で書けば蔵に金、そして福(拭)の守。まことに縁起がよい、みんなにお年玉をは..

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群馬での暮らし:ダルマストーブ

山田君の世界

《群馬デスティネーションキャンペーン もう終わってる版》

【鋳物ダルマ薪ストーブ】
「ダルマストーブ」、群馬ではフツー


なわけないか…

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群馬での暮らし:道路標識

山田君の世界

《群馬デスティネーションキャンペーン もう終わってる版》

道路標識 @高崎

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[車(RV)] 上へ一方通行、よく見ると進入禁止の標識も湾曲している。

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群馬での暮らし

山田君の世界

《群馬デスティネーションキャンペーン B級版》

○猛暑日
暑いので、温度計を持って屋外に出てみた。

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群馬での暮らし:信号機

山田君の世界

《群馬デスティネーションキャンペーン B級版》

歩行者用信号機@前橋市

Mebashi_1b

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群馬での暮らし:看板

山田君の世界

《群馬デスティネーションキャンペーン B級版》

何の変哲もない看板。

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近くで見ると、看板の前に街路灯…

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群馬での暮らし

山田君の世界

《群馬デスティネーションキャンペーン B級版》

セブンイレブン 温めてお召し上がりください
こだわり米の焼おにぎり(醤油)
 (わらべや日洋株式会社@群馬県太田市大原町2394-1)

○おにぎり(173kcal)
[exclamation] どこにでもある「コンビニ焼きおにぎり」… ではない …

 

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 かなりしょっぱい、一見「石炭おにぎり」。 なんと言っても「焼きまんじゅう」の地だ。 ちなみに、当地では「コンビニおにぎりは温める」のがデ..


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群馬での暮らし:立ち食いそば

山田君の世界

《群馬デスティネーションキャンペーン B級版》

今では少なくなったホーム上の「立ち食いそば」。 [ゴボ天そば]が美味しい。

☆1937年高崎駅構内にそば屋開業、駅構内蕎麦屋の最初といわれる。

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群馬での暮らし:39円アイス

山田君の世界

《ぐんまぐんぐんキャンペーン》

いちごミルク味アイスバー
 39円アイス@セーブオン(本社=前橋市亀里町)

 

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コーヒー&バニラ アイスバー

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群馬での暮らし:こんにゃくの燻製

山田君の世界

上州の特産 ぼくは上州山国育ち
珍味 

コンニャクの薫製
 (株式会社まるへい@群馬県甘楽郡下仁田町下仁田334)

○蒟蒻の薫製(40g)

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